CEOの研究から分かった、成長する企業・不正が起こる企業の違い|一橋大学 経営管理研究科 鈴木 健嗣教授
企業が成長するうえでCEO(Chief Executive Officer/最高経営責任者)の存在が大きいことは、なんとなく理解できるでしょう。ただ、企業を成長させるCEOとそうではないCEOの違いは、どこにあるのでしょうか?
今回、一橋大学 経営管理研究科でCEOに関する研究をされている、鈴木 健嗣(すずき かつし )教授に「企業の成長とCEOの関係」についてお聞きしました。
先生によると、CEOの性格・考え方が企業の成長にどう影響を与えるか、研究の世界では次々と判明しているとのことです。
先生の研究内容を交えつつ、勤務先・取引先・投資先など、ご自身が関わる企業を深く知るためのヒントを探っていきましょう。
インタビュー日:2023年8月30日
インタビューを受けていただいた人
鈴木 健嗣
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授
2005年一橋大学大学商学博士を取得。専門はコーポレートファイナンス。
2005年4月~2010年3月 東京理科大学 経営学部 専任講師。
2010年4月~2015年9月 神戸大学大学院 経営学研究科 准教授。
2015年10月~2018年3月 一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 准教授。
2018年4月~2019年9月 一橋大学大学院 経営管理研究科 准教授。2019年10月に現職。
日本証券業協会外部委員、日本証券経済研究所客員研究員なども務める。
受賞歴として、2018年11月日経・経済図書文化賞、2022年6月Deloitte Best Paper Awardなど多数。
主な著書は「日本のコーポレートファイナンス(共著)」、「日本のエクイティ・ファイナンス」、「MBAチャレンジ金融・財務(分担執筆)」など。
2005年4月~2010年3月 東京理科大学 経営学部 専任講師。
2010年4月~2015年9月 神戸大学大学院 経営学研究科 准教授。
2015年10月~2018年3月 一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 准教授。
2018年4月~2019年9月 一橋大学大学院 経営管理研究科 准教授。2019年10月に現職。
日本証券業協会外部委員、日本証券経済研究所客員研究員なども務める。
受賞歴として、2018年11月日経・経済図書文化賞、2022年6月Deloitte Best Paper Awardなど多数。
主な著書は「日本のコーポレートファイナンス(共著)」、「日本のエクイティ・ファイナンス」、「MBAチャレンジ金融・財務(分担執筆)」など。
目次
CEO研究の現状
CEOの特徴によって企業は大きく変わる
――――先生はCEOに関してさまざまな研究をされていますが、現在どのようなことが判明しているのでしょうか?研究の世界では、企業の収益性の変化に最も影響を与えているのは、CEOであることが判明しています。しかも、会社の名前・業種・規模など、他の要素よりも圧倒的な影響度があるんですよ。
わかりやすい例として、年齢が挙げられますね。年齢の違いで投資判断も変わってくるのか、定年に近い人だとどうなのか、さまざまな条件で分析されています。
生物学的な性別の違いも研究されており、男性ホルモンのテストステロンの分泌量が比較的多い男性のCEOは、中長期的にリスクを取って冒険する傾向があるんです。一方、女性のCEOは安定志向で、会社を潰さない経営を志向する傾向があることがわかっています。
ちなみに、上記の論文が公開された後、海外のCEOはクリニックに行って、テストステロン注射を打ちにクリニックの列に並びに行っていることが、フィナシャルタイムズで公開されました。
もはや生物学?!CEO研究は人間を研究することだった
インタビュー時の鈴木先生――――海外CEOが注射を打ちにいくほど、経営においてテストステロンは重要視されているんですね……!
年齢とともにテストステロンは減少していくので、結構重要なことなんですよ。何事も合理的に判断するのではなく、「やりたいからやる!」っていう思い切った決断も、CEOには求められます。急成長企業には冒険するCEOが常に存在するのです。
例えば、個人投資家のお金を預かって運用するファンドマネージャーのテストステロンを調べてみると、業績が良いファンドマネージャーとテストステロンの多さに相関関係があることも判明しています。
ちなみに、男性の手を見るのが好きな女性っているじゃないですか。単純に好きだから見ているんじゃなくて、実は無意識にテストステロンの多さを見ているという話もあります。
テストステロンが多いと暴力的になるって言われていますが、実は仲間には優しくなったり女性にモテたりするなど、研究を通じていろんなことが判明しています。
――――経営学のお話を聞きに来たつもりでしたが、ホルモンのお話が出てきてすごく面白いです!経営を研究するというより、もはや人間を研究している学問ですね。
おっしゃる通りです。他にも、性格・経験・プライベートでのお金の使い方など、いろいろな角度から検証されています。
要は、肉体的なことから心理的なことまで、人間の特徴が経営にどう影響するか、分析して実証することが我々の研究です。
実は、経営学における初期の研究にも、どのような宗教・宗派を信じるかで経営方針は変わるのかっていうものもありますよ。
CEOを取り巻く人間関係と業績の関係性
「しがらみ」があることによる影響
――――経営学って難しいイメージがありましたが、私たちにとても身近なお話ですね。では、先生は現在どのような点に注目して、CEOの研究を進めていらっしゃいますか?現在、しがらみについて研究を進めています。しがらみとは、会社での存在感が大きい人の影響で、本来取るべき経営判断ができないことを言います。
やっぱり、良い意味でCEOが自由に経営できないと、会社が成長するのは難しいんです。
じゃあ、なんでしがらみが生まれるかっていうと、お世話になった人への恩義があるから。先輩たちが残したものを本当は潰したほうがいいけど、先輩たちのおかげでCEOになれたから手が出せないんですよ。
実際、「レシプロシティ(返報性)」という、やってもらったことに対して報いたいという心理があることが、科学雑誌「Science(サイエンス)」で掲載されていました。
――――具体的には、どのようなしがらみを研究されているのでしょうか?
私の研究では、自分をCEOに選んでくれた人が顧問や相談役のポジションにいることで、会社の経営にどのような影響を及ぼすか分析・検証しています。
例えば、大きな戦略変更が起きやすいかどうか検証した結果、そうしたポジションに恩義のある方がおられると、戦略変更が起きにくいことが判明しています。
併せて、経営者の選ばれ方に関しても研究しています。
本来、企業の将来性を考えて有能な人を選ぶべきですが、前のCEOのえこひいきで選ばれる場合もあるんですよ。同じ大学出身とか同じ部署で一緒だったとか。
自分が院政を引くために、息のかかった人を選ぶということですね。その結果、能力が低い人がCEOになって、会社のパフォーマンスが悪くなってしまう。
しかも、えこひいきで選ばれたCEOは、次のCEOを選ぶ際にもえこひいきする可能性が高いこともわかっています。
――――ちなみに、米国でのCEOの選ばれ方はどんな感じですか?日本は先輩後輩の関係を大事にして、米国は合理的に判断するイメージがあります。
実は、米国ってめちゃくちゃコネと学歴社会ですよ。MBA持っているだけで給料めちゃくちゃ上がりますし、そもそもコネがないと就職するのも大変。米国ほどコネや学歴がものをいう国はなかなかありません。
逆に言えば、人からの評価を重要視している社会と言えます。学歴も言い換えたら教授の評価ですし、信用される関係性を築いたから紹介されるわけです。人を通じた情報のやり取りに、高い価値があると考えられてるかもしれません。
やっぱり人って、関係性がないと相手をちゃんと評価できないと思うんです。えこひいきで評価したらよくないけど、人を正しく見るという意味では、すごく大切なことじゃないかな。
癒着が起きたりわざと良い取引をしなかったりするのも、人との関係から始まっているわけです。
企業の代謝を上げるには
――――どうしたら、日本の大企業は変われるでしょうか?大企業は変わらなきゃいけないって言われておきながら、変わらない理由の1つとして、能力が高い人というよりはえこひいきで選ばれることが、連鎖的に起こっていることが考えられます。
じゃあ、単純に有能な人がCEOになったら大丈夫かというと、そうとは限りません。なぜなら、時代は常に変化していて、その人の経験・知識が陳腐化する可能性があるからです。
とはいえ、業績を上げて偉くなったわけだから、会社内でものすごい影響力を持ってしまい、誰も歯向かうことができない。
だから、能力が陳腐化し会社の成長を阻害するようになったとしても、実績のあるCEOをやめさせることは非常に難しいんですよ。株主ですら、次のCEOを連れてきにくいと言われています。
――――業績を上げて高いポジションに就いたとしても、常に変化が求められると。具体的な対策はないのでしょうか?
一部の企業では、対策として任期制度を導入しています。どれだけ影響力を持っているとしても、任期が過ぎたら次の世代にバトンを必ず渡すことで、企業の代謝を維持できます。
いずれ交代することがわかっているから、CEO候補の人は選ばれるために仕事を頑張れるんですよ。新CEOの就任直後は業績が悪くなる傾向にあるんですが、任期制度を導入している企業だと比較的安定することがわかっています。
任期制度を導入すると目先の利益を追いかけて、長期的な投資ができないって意見もあるんですが、日本の場合は任期制度は上手く機能しています。
じゃあ、なんで日本は任期制度を導入したら上手くいったのか研究すると、相談役・顧問が中長期的な目線で行動を促す役目を果たしていると考えられているからです。
最初に相談役・顧問のしがらみが、CEOに悪い影響を及ぼすと言いましたが、ちゃんと役割を果たせたら良い側面もあります。
企業の不正を防ぐには
企業の不正事件がきっかけでCEOの研究に興味を持った
――――そもそも先生がCEOの選び方に興味を持たれたのは、どのようなきっかけがあったんですか?2011年に起きた「オリンパス事件」がきっかけですね。オリンパスが長年隠し持っていた不正会計を、当時のCEOであるマイケル・ウッドフォートさんが海外投資家向けに公表しました。
当時のオリンパス社長、ウッドフォード氏
出典:THE WALL STREET JOURNAL「オリンパスに嵐を巻き起こした男-ウッドフォード氏、会社人生を語る」
なんで彼じゃないと不正が世に出てこなかったのか、長年不正を隠し続けられたのか気になって調べると、しがらみが影響していたことがわかったんです。
もう1つ、きっかけがあります。2015年に起きた東芝の不正会計が発覚した後、CEOに就任した室町正志さんが役割を十分に果たせていないと感じたんです。なぜなのか調べてみると、やっぱり「先輩方が残したものに手を付けられない」っていうしがらみが影響していたんです。
当時の東芝社長、室町正志氏
出典:毎日新聞「東芝不正会計を見逃した超巨大法人の「節穴監査」」
元々まったく異なるジャンルの研究をしていましたが、CEOによって企業の業績が大きく変わることに興味を持ち出して、現在の研究を始めました。
法的整備が進んでも最後はCEOのモラルが重要
――――企業の不正を防ぐには、どうすればいいのでしょうか?会社の不正はいろんなケースがあるので一概には言えませんが、ニュースでよく取り上げられるのはガバナンスの話ですね。
近年、法的観点からガバナンスを改善する動きがあります。多少は改善されると思いますが、根本的な解決にはなりません。
例えば、社外取締役はどのように選ばれるか調べると、ほとんどの場合が経営者の友達か名前が売れている人を連れてきます。
友達の首はなかなか切れないし、名前が売れているからといって会社の状況を見抜けるとは限らない。特に忙しい人だと見る暇もありません。
友達・能力がない・忙しい、この3つが揃っていると会社の意思決定に対して、評価することができません。結果、企業が不正を起こしても見逃してしまう。
――――不正を防ぐための社外取締役も、結局トップのCEOが選んでいるから、根本的な解決にならないと…。
テクニックとして、役員のインセンティブとしてストックオプションを渡す方法もありますが、合法的な範囲で利益操作はできるので、正しく機能しない場合もあります。
例えば、あえて業績を下げておいて、株式の権利行使権が決まる前に引き上げる方法があります。現在は違法ですが、株価が低い時にストックオプションを渡したことにする価格操作(バックデート操作)が、日本よりもガバナンスが厳しい米国で頻繁におこなわれました。
不正を防ぐためにガバナンスの仕組みをどれだけしっかり作っても、やっぱり抜け道は必ずあるんですよ。
ガバナンスはあった方がいいけれど、最終的に重要なのは経営者のモラルなんですよ。
――――企業を成長させるにも不正を防ぐにも、トップであるCEOによって左右されるのですね。企業の動きを見るうえで、たくさんヒントをいただきました。今回はインタビューを受けていただき、本当にありがとうございます!