国際貿易の視点から見る日本の未来|神戸大学 大学院経済学研究科・経済学部教授 胡雲芳
日本はバブル崩壊後、経済が停滞し続けていると言われ、「失われた〇〇年」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。
しかし、日本国内に住み続けていると、今の日本がどのような状況にあるのか、把握するのが難しくなります。これからの日本はどうなるのか、日本経済は復活してまた成長できるのか気になるかもしれません。
そこで、マネップでは神戸大学 大学院経済学研究科で主に国際貿易を研究されている、 胡 云芳(こ うんほう)教授にインタビューを実施。
先生の研究テーマに触れつつ、国際貿易の視点から見た日本の現状や未来をお聞きしていきます。
より一層深い知識が知りたい方、専門家から経済を学びたい方は、ぜひ当インタビュー記事をご参照ください。
変化の激しい時代のなかでも、変化し続ける世の中と向き合い続けるヒントが得られるでしょう。
インタビュー日:2023年9月22日
インタビューを受けていただいた人
胡 云芳教授
神戸大学経済学研究科教授
1965年中国山東省生まれ。
清華大学応用数学学部卒業、神戸大学経済学研究科修了。中国人民大学講師、東北大学准教授を経て2014年より現職。
専門は国際経済学、マクロ経済学。
学術論文“Flying or Trapped?”(2022, Economic Theory共著)、“Trade Structure and Belief-driven Fluctuations in Global Economy”(2013, Journal of International Economics 共著)、 “Human Capital Accumulation, Home Production and Equilibrium Dynamics”(2008, Japanese Economic Review 単著)、 “Status-Seeking, Catching-Up and Policy Effect Analysis in a Dynamic Heckscher-Ohlin Model”(2007, Review of Development Economics 共著)、「内生的成長と国際貿易」(2004,『国民経済雑誌』共著)、その他。
清華大学応用数学学部卒業、神戸大学経済学研究科修了。中国人民大学講師、東北大学准教授を経て2014年より現職。
専門は国際経済学、マクロ経済学。
学術論文“Flying or Trapped?”(2022, Economic Theory共著)、“Trade Structure and Belief-driven Fluctuations in Global Economy”(2013, Journal of International Economics 共著)、 “Human Capital Accumulation, Home Production and Equilibrium Dynamics”(2008, Japanese Economic Review 単著)、 “Status-Seeking, Catching-Up and Policy Effect Analysis in a Dynamic Heckscher-Ohlin Model”(2007, Review of Development Economics 共著)、「内生的成長と国際貿易」(2004,『国民経済雑誌』共著)、その他。
目次
【1】国際貿易の定義からわかる、日本の強み
【1-1】そもそも国際貿易の定義とは?
――――先生は国際貿易に関して研究されていますが、経済学における国際貿易の定義はなんでしょうか?国際貿易と言うと、モノのやり取りがイメージしやすいかもしれませんが、モノだけでなくサービスのやり取りも国際貿易の一部です。例えば、旅行や留学で外国人が日本に来ると、外国人がサービスを買う形になりますよね。
このような、モノやサービスの国際間の取引を国際貿易と言います。
――――国際貿易と聞くと、為替の存在は避けて通れないですよね?
はい。国際貿易をおこなう以上、お金のやり取りも同時に発生します。国際貿易におけるお金のやり取りは国際金融と言い、学術的には国際マクロ経済学とも言います。
ご存知のように、国内金融と国際金融の違いは、お互いの貨幣が違うことです。為替レートは、異なる通貨でも取引ができる重要な要素となります。
例えば日本だと、自動車などの輸送機器および半導体関連の機械・機器等について、世界市場で比較優位を持っています。貿易収支が黒字になって円高になると、日本の商品・サービスが売れにくくなります。逆に円安だと、外国から輸入する資源の円建ての価格が上がるため、資源が少ない日本に住む私たちの生活に大きな影響を及ぼします。
ただし、いずれにしても外国と貿易することで、日本全体としては利益になることは間違いありません。
【2-2】技術大国日本、現状はどうなってる?
――――国際貿易において、日本の強みは何でしょうか?日本の強みは沢山あります。やっぱり高い技術力を持って、上手に綺麗で高品質な製品が作れることですね。日本の自動車は勿論、化学品、精密機械および集積回路・半導体製造機器機械なども世界市場で高い競争力を持っています。
古典的な貿易理論では、各国の特有な生産要素や資源賦存による優位性に基づいて貿易のパターンを決めます。いわゆる、自国に相対的に豊富な資源を利用し、優位性のある商品を安く作れるため、自然と国際競争力が高くなると考えられてきました。
現在は国際市場において、自国企業の競争力を生かして産業間の貿易をおこなうことが重要視されています。
日本の場合だと、資源を豊富に持っていない代わりに技術力を高めることで、国際競争力を付けてきました。特に、自動車のような最終財や、自動車の部品といった中間財が強いですね。
以上のように、たくさんの分野で日本は国際市場に対して強い競争力を持っていることは、ぜひ忘れないで欲しいです。
――――しかし、米国や中国など、日本と同じくらい技術力が高い国が増えていますよね。この場合、何が重要になるんでしょうか?
確かに現代的不完全競争貿易理論では、産業内の貿易が重視され、特に日本と米国のような先進国同士での間では、このような産業内貿易においてはブランド力が大きく影響します。
商品だけではなくサービスを含む技術力で裏付けされたブランド力が世界で競争することが、これからの日本経済全体が競争力を高める鍵になるでしょう。トヨタのブランド力は言うまでもなく、日本特有のサービスのブランド力ももっと発揮すべきできないかと思います。
【2】日本の国際競争力を高める鍵は?
【2-1】国際貿易でも問われる生産性
――――そのためには、先生として何が必要だと考えられますか?大企業だけでなく中小企業も国際市場で活躍できることです。
とはいえ、国際市場へ進出するには、それ相応のコストがかかります。中小企業が自ら海外に市場開拓するのは難しいのが現状です。
ただ、日本の自動運転スタートアップが中国のEVメーカーと提携するニュースがあったように、国際間の協力で市場開拓ができれば、日本の中小企業が世界で活躍できるでしょう。
――――なぜ、中小企業が国際市場で活躍しづらいのでしょうか?
2000年代以降の産業内貿易について注目されたのは、同じ産業の中では大企業と中小企業を区別し、国際市場での競争力によって、国内市場で生き残れるかどうか、生き残った企業が国際市場に進出可能かどうかについての議論です。
これを最初に研究したのは、メリッツという著名な国際経済学者です。イメージとして簡単に言いますと、横軸を企業の生産性、縦軸を利益としてグラフで表すと、生産性が小さい企業は国内市場しか事業をおこなえず、生産性が高い大企業は海外進出できていることがわかります。
市場参入特に海外市場の開拓コストを考えますと、確かに財力的に中小企業にとっての壁が高いことがわかります。
ただし、近年IT技術と規制の進歩によって、より深い経済統合が可能になり、新興企業や小規模企業も参入障壁を軽減され、海外市場にアクセスしやすくなりました。ここでカギになるのは中小企業のIT技術力です。世界的なデジタル・ネットワークにどこまで参加できるかということですね。
【2-2】危機をいち早く脱出するために必要なもの
――――日本の経済が成長するために、中小企業の生産性以外に考えられる課題はありますか?
リーマンショックやコロナ禍のような危機が起きてから、いかに早く回復できるかですね。
資料によりますと、アメリカと中国は金融危機が起きた2008年末から2014年の四半期までそれぞれ14%と65%とGDPが成長し回復しましたが、なかなか元の成長経路に戻らず長期停滞(Stagnation)に陥る経済も少なくありません。日本もバブル崩壊後に長期的な停滞にあると言われています。
その原因の一つとして、金融市場の効率性に関連があるといわれています。この金融市場の効率の差が企業の参入・退出のダイナミクスに差をつけ、ショックから経済回復スピードの差が生まれると関連研究では推定されています。
2015年の日銀リサーチラボによりますと金融危機後の景気回復が緩慢であった原因の一つは、「企業の資金調達環境の悪化を通じた生産性の低迷」だと指摘されています。
例えば米国の場合、コロナショックが起きた2019年から2020年の間に新規ビジネスが生まれた数が20%も上がりました。
金融市場があまり発展していないと思われがちな中国がベンチャーキャピタル取引額においてすでにアメリカ市場に続いて世界2位になったことが最近の研究で判明しました。これによって、中国でも新規ビジネスが多く生まれております。
つまり、金融市場の効率性、特に資金調達力を高めることで参入と退出がうまく円滑化されているのです。他にもさまざまなケースが考えられますが、参入と退出のスピードを高めることで、リーマンショックやコロナ禍といった大きな危機から早く回復することが可能だと考えています。
――――なぜ、日本は参入と退出が比較的遅いのでしょうか。
難しい質問ですね。
我々の進行中の研究では、新規企業の育成における金融市場の働きを究明することを目指しています。金融市場がうまく機能すれば、生産性の低い企業・産業の退出と将来の可能性が大きい産業への資源配分の転換が効率的に実現可能となり、経済全体の生産性上昇にもつながるのではないかと期待しています。
例えばコロナで一気に普及したZoomは、10年ほど以上前からエンジェル投資を受けてきました。逆に言えば、投資を受けられなかったら、今のような大きな発展はなかったかもしれません。
それくらい、スタートアップが資金調達できる環境は重要なのです。
【3】国際貿易では避けて通れない政治的側面
――――国際貿易は、政治的な影響も受けると思います。日本が国際貿易を続けられるためには、何が重要でしょうか?国際競争力を保つためには、地政学的なリスク分散が重要です。
日本の製造業はアジアを中心に成熟しており、特に中国は最も大きな投資先かつ貿易相手です。ここで何か問題が起きると困りますよね。場合によっては、経済安全保障の観点から考える必要もあります。
実際、コロナ禍で半導体の供給が滞ってしまったことをきっかけに、半導体の生産拠点を海外から日本国内に移す動きも出ています。
グローバルバリューチェーンは日本経済において非常に重要な役割が果たされ、今まで培ったネットワークが壊れないよう、今後の動きに注目していきたいですね。
――――国際貿易は為替の影響も考慮する必要があります。ここ数年、日本の円安が続いており、国際市場における日本の競争力はどうなっているでしょうか?
確かに、米ドルやユーロと比較すると、円安が続いていることが目立っていますね。
円安は日本のサービス業にプラスの影響を与えますが、輸出促進効果が弱まっていることがデータで示され、円安の正の効果が以前より弱くなるように思われます。
また、円安による資源を中心とした輸入負担増、人員の国際間移動のコスト増にもなっており、今後も注目したいです。
【4】日本が成長するために若い世代に求められること・出来ること
――――日本にとって国際貿易がいかに重要か理解できました。日本の国際競争力を高めるためにも、今の日本に必要なことは何でしょうか?これからの国際競争力は人材の競争ともいわれています。若い世代が日本の将来に自信を持つこと、能力・実力がある人に見合った環境を提供すること、この2つが大切だと思います。
能力・実力がある若い世代が、世界で活躍できることが勿論良いことですが、日本でも有能な若手が活躍できる環境が提供できれば、世界から人材が集めてくることが可能ですし、AIなどの新しい技術を含めて、次世代の技術発展につながることができます。
――――私たち個人としては、何が大切になりますか?
以前、私のゼミ生から「なんで経済成長させないといけないの?今のままでも十分に便利な生活が送れるじゃん」という質問を受けました。
一見、その通りかもと思うかもしれません。しかし、今の便利な生活を維持するために、経済成長させる必要があるのです。
実際、年金や医療保険など、今の生活を維持するための財政負担が大きくなっています。日本の充実した生活を守るために、経済を成長させて日本の財政を保たないといけません。
若い世代の中には、年金をもらえないと悲観的に思う人がいるかもしれません。
Animal spiritsまたは自己実現(self-fulfilling)という行動表現があり、人々の思いや行動によって、実際の経済に影響を与え、結果として人々の思う方向へ経済が動くことが可能なことを指します。
年金はもらえないと諦めるのではなく、年金をもらうために、今どのような行動が必要か、と考えて欲しいなと思っています。
――――個人の生産性を高めることについて、最近は女性の労働環境も注目されています。女性がもっと活躍するために、何が重要だと考えていますか?
近年日本の女性が積極的に市場進出し、世界から見ても高い市場参加率になりました。1980年代からのデータ分析から見れば、日本女性の労働環境は良くなりつつありますが、まだまだ改善の余地があります。
例えば、男女間の賃金格差が依然として残っていますし、休みの取りやすさや育休からの復帰のしやすさも課題になっています。
女性の社会進出は、日本経済全体にとっても重要な意味を持っています。我々の試算では、もし男女の労働環境が同じように改善されれば、女性と男性の労働意欲ともに高くなることが可能で、これによって日本の財政状況の改善にも繋げられます。
そのため、だれでも働きやすい環境づくりに可能な範囲でサポートすることを意識して欲しいなと思います。
――――国際貿易という大きなテーマでインタビューさせていただきましたが、突き詰めると私たち1人ひとりに関わる話でびっくりしました…!
では、最後に読者へメッセージをお願いします。
英語が苦手だと思っている日本人が少なくないですが、私は日本人の英語力は高いと思っています。
実は、外国の方とはキーワードだけを言っても、お互いコミュニケーションを取れるので、周りの異文化の人と友達を作ったらいかがでしょうか。
これは国際貿易と同じ理屈で、きっと双方ともに利益になると信じます。
――――日本の英語力は低いと思っていて、私も自信がなかったんですけど、すごい勇気をもらえました…!
身の回りだけでも、積極的に英語を使ってコミュニケーションを取ってみます。今回はインタビューを受けていただき、ありがとうございました!
インタビューアー
田中 律帆(Riho Tanaka)
WEBディレクター
2015年3月 西南学院大学 商学部経営学科卒業
一般教育系企業や国立大学勤務を経て、2021年4月 EXIDEAへ入社。現在は特別企画のジャンルでインタビューを担当。投資歴は10年以上で、主な投資先は株式投資・投資信託・ロボアドバイザーなど。
一般教育系企業や国立大学勤務を経て、2021年4月 EXIDEAへ入社。現在は特別企画のジャンルでインタビューを担当。投資歴は10年以上で、主な投資先は株式投資・投資信託・ロボアドバイザーなど。
記事編集:亀井郁人