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経営者を見極める重要な手がかり「利益予測」とは?財務諸表の関係性も解説

経営者を見極める重要な手がかり「利益予測」とは?財務諸表の関係性も解説|阪南大学 経営情報学部 中條良美教授


株式投資で銘柄を選ぶには、さまざまな分析方法があります。その中でも特に重要で知りたいのが、経営者の資質に関する情報ではないでしょうか?

しかし、個人投資家が経営者と直接会う機会は非常に限られており、何を考えて企業を経営しているか知ることは難しいのが現実です。少しでも経営者のことがわかれば、より正確な投資判断が下せるでしょう。

そこで今回は、阪南大学で主に会計情報と株価の関係を研究されている中條良美(ちゅうじょう よしみ)教授にインタビュー実施。

先生によると、「利益予測」が経営者を知る重要な手がかりだと言います。経営者の利益予測とは何か、投資判断でどのように活用できるか財務諸表と絡めながらお聞きします。

企業の銘柄選定の方法を知りたい方、企業の将来性を正確に分析したい方は、ぜひ当記事をご参照ください。

この企業に投資できるか、より明確に判断できるヒントが得られるでしょう。

インタビュー日:2023年9月27日



中條良美
インタビューを受けていただいた人
中條 良美
阪南大学経営情報学部教授

1975年、三重県生まれ。1998年、名古屋大学経済学部卒業。
2004年、名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(博士:経済学)。
北陸大学未来創造学部専任講師、阪南大学経営情報学部准教授を経て現職。

専門は財務会計。
著書:『経営と情報の融合と深化』(共著:2014年:税務経理協会)、『現代企業論』(共著:2008年:実教出版)など。

経営者を知る手がかり「利益予測」とは?

利益予測からわかる経営者の4タイプ

――――中小企業であれ大企業であれ、経営者の存在は企業に大きな影響を与えます。優秀な経営者かどうか判断するには、どうすればいいでしょうか?

投資先の経営者がどのような人か、誰もが知りたいですよね。経営者を知るための手段として、私は利益予測が有効だと考えています。

なぜなら、経営者が不確実な将来を適切に予測できるかどうかで、企業経営の成否が決まるからです。もちろん、経営者も神様じゃないので全知全能ではありませんが、将来を見通す能力は経営者の必須条件と言えるでしょう。

幸いなことに、日本の上場企業では経営者による利益予測の公開が半ば義務付けられています。毎期の利益予測が確認できるので、その推移を分析することで、経営者の学習能力を予測することが可能です。

――――経営者の学習能力が予測できるとのことですが、具体的にはどのようなことがわかりますか?

大きく4つのタイプに分かれることがわかりました。どのようなタイプがあるかお話するために、まずは以下のグラフを確認してみましょう。

経営者の学習能力の図表

縦軸は、利益予測の誤差を表します。ゼロを正確な利益予測とした場合、正の値は楽観的、負の値は悲観的な利益予測となります。横軸に時間軸を設定し、予測誤差の時系列変化をグラフで表します。

1つ目は初期値がプラスで、その後の利益予測が増加傾向にある自信過剰な経営者。私は「最強」パターンと読んでいますが、正直私の1番苦手なタイプですね(笑)。

2つ目は「最強」の真逆で、初期値からマイナスでさらに下がってしまう「最弱」パターンです。どんどんネガティブな利益予測を立ててしまう経営者と言えます。

経営者の学習能力①

上図のグラフはイメージしやすいよう、予測誤差のパターンをあえて単純化して示しています。現実の予測誤差の推移は、これほど滑らかではありません。

――――時系列変化とともに、正確な予測値からどんどん離れていますね。

そうなんです。正確な利益予測から離れているので、ポジティブ・ネガティブ関係なく、学習能力があまり高くないと判断できます。

そして、残りの2パターンは初期値がプラスかマイナスでも、徐々にゼロに向かっていくタイプです。

経営者の学習能力の図表②

言い換えれば、最初は自信過剰でも徐々に慎重な予測を立てる、または初めは慎重な予測でも時間が経つほど客観的な予測に寄せる経営者と考えられます。

経営者のもともとの心理的偏りを示す初期値がどこにあるかも重要ですが、予測誤差がゼロに向かって縮小していくことが、学習能力の高い経営者の特徴と言えます。

利益予測からわかるのは経営者の学習能力

――――最初ははずれたとしても、そこからどう修正するかが重要なんですね。

その通りです。うまく学習されている経営者は、自分自身の心理的な偏りを冷静にコントロールできているのでしょう。

一方、利益予測がはずれ続けていても、自信過剰・慎重のままでいる経営者も意外と多いんです。良い意味でも悪い意味でも、ブレていないと言えます。

そのため、1期の利益予測だけでその企業の経営者が優秀かどうか、判断するのは早計です。短くても5年、可能であれば10年以上の利益予測の推移を見るのをおすすめします。

――――なぜ10年が目安になるんですか?

景気循環もさることながら、リーマンショック・東日本大震災・コロナ渦など、世界的な大事件も10年に1回は起きているからです。

余談ですが、投資の時間分散を考えるなら、10年でも短く、30年は見越しておくと良いと言われています。30年くらいコツコツ投資を続ければ、大恐慌が起きても立ち直る機会があるからです。

とはいえ、歴史が浅い上場企業もあるので、10年以上のデータが使える企業は少なくなります。なので、利益予測に限らず、使えるデータはすべて使うのが望ましいでしょう。

――――ちなみに、利益予測から経営者の学習能力を分析するときの注意点はありますか?

利益予測のグラフは、経営者の能力そのものを表していないことに注意してください。なぜなら、経営者は立場上さまざまな影響を受けているからです。

代表的な例として、企業文化をはじめとする組織特性が挙げられます。周りを自分自身と同じようなタイプの人で固めることで、伝達される情報に偏りが生じると、さらに自信過剰になったり慎重になったりするかもしれません。

そこで自分の能力を補完してくれる人を置けば、自身の強みを発揮しつつ、客観的な意思決定が下せるでしょう。

実際、私は2023年4月から大学院の研究科長を担当していますが、副研究科長にすごく助けてもらっています。

私は心理的にブレてしまうタイプで、いきなり判断を求められるとYESもNOも言えないんです。ただ、副研究科長が良いトスを上げてくれるおかげで、意思決定の精度が上がっていると実感しています。

なので、経営者も周りにどのような人を置くかで、学習能力は変わります。もっと言えば、組織全体の情報処理システムが、経営者の学習能力そのものと言い換えられます。

学習能力に大きく影響する要素とは

――――つまり、企業の組織作りが経営者の学習能力に影響する、ということですか?

はい。経営者のタイプや会社の状況によって必要な情報は変わるので、必要に応じて正しい情報が入ってくる組織作りが大切です。

おそらく、多くの経営者は組織作りに関われておらず、ましてやどんな情報が欲しいのか明確に伝えられていないと思います。「気づいたことがあったら、なんでも言ってね」という雰囲気だけでは、必要な情報がほとんど上がってこないのが実情でしょう。

そのため、どのタイミングでどのような情報が必要か明確に伝え、情報処理の仕方とルートを整理できていれば、正確な利益予測に繋げられるでしょう。

――――先生にとって、欲しい情報が上がる組織を作れている経営者として、誰が挙げられますか?

私が知る限りでは、Panasonicの松下幸之助さんやリクルートの江副浩正さんですね。おふたりとも、従業員のことを真剣に考えて経営されていたと思います。

特に江副さんは「人たらし」な経営者として有名で、従業員を動かすのがすごく上手かったと言われています。末端の従業員の誕生日も覚えていて、自ら誕生日プレゼントを渡しに行くくらい、従業員1人ひとりの情報を把握していたそうです。

やっぱり、経営者が従業員を大事にしていることが伝わると、従業員のモチベーションが上がるのはもちろん、情報伝達を遮る「壁」も低くなるのではないでしょうか。世間ではリクルート事件で悪者扱いされている印象ですが、経営者としては非常に優秀だったと私は思います。

経営者の学習能力が影響を及ぼすもの

経営者の学習能力と財務諸表の関係性

――――企業分析の手段といえば財務諸表がありますが、経営者の学習能力と何かしら関連性はありますか?

はい。経営者の学習能力は経営判断と密接に関わっており、その影響は財務諸表の質にも及びます。ここで言う質とは、投資家が投資判断する際に財務諸表からどこまで有益な情報を得られるかを指します。

しかし、財務諸表を見るにしても、ほとんどの投資家は損益計算書しか見ません。損益計算書は端的にどれだけ儲けたかを表しているので、直感的に理解しやすいからです。

私としては、損益計算書と一緒に貸借対照表、特に資産の部を見て欲しいと思っています。

――――それはなぜでしょうか?

貸借対照表は企業の財政状態を表すだけでなく、どのような事業にフォーカスして経営しているのか把握できるからです。

例えば、現金の割合が大半を占めていたら、極端に言うとその企業は何もしておらず、投資家から預かったお金を増やす努力をしていないと言えます。

なので、企業の現状を理解するなら、損益計算書と貸借対照表をセットで見るのがおすすめです。

――――では、ちゃんと本業をおこなっている企業の財務諸表には、どのような特徴がありますか?

売上や利益に対して、資産がどれくらい増えているか確認してください。売上や利益が拡大するにつれて、自然と資産も増えているはずです。

企業は売上・利益を増やすために生産設備の増強や店舗増加など、いろんな活動をおこないますよね。事業活動の拡大に伴って投資が活発になると、貸借対照表に計上される資産も大きくなります。

そのため、売上・利益が上がってくると、貸借対照表も同時に拡大するのが普通です。

――――確かに、企業は資産を活用して売上・利益を生み出すから、売上・利益が増えたら資産も増えるのは当たり前ですね。

もし、売上・利益が増えても資産が増えていない場合は、資産の中身を見てください。資産構成がどのように変化したことで、売上・利益が増えたか理解できると面白いですよ。

ただ日本企業の多くは、売上・利益に対して貸借対照表が拡大し過ぎているんです。

例えば、自信過剰な経営者はM&Aを頻繁に実施する傾向があります。M&Aも大事な経営戦略ですが、多角化するため経営の難易度はグッと上がります。

また、M&Aで買収した企業の価値より多く支払った分は「のれん」として貸借対照表に計上されますが、現実には減損処理されることが大半です。

つまり、支払う必要のないお金を出してしまった。売上・利益を増やすことよりも、企業規模を大きくすることが目的になっているのかもしれません。

今の日本企業に求められること

――――なるほど、売上・利益に対して、身の丈に合った資産管理ができているかが重要ということですね。

はい。学習能力の高い経営者は、企業の資産をきちんと管理しているはずなので、きちんと将来の利益に裏付けられた資産が増えるという意味で、財務諸表の質も高くなると考えられます。

だから、今の日本企業の経営者に求められているのは、資産のやみくもな拡大ではなく選択と集中だと思います。

ただ単に資産を減らすのではなく、不要なものを整理する。成熟し切って減退局面に入った事業セグメントは、ある程度清算したほうがより良い経営に繋がるはずです。

始めるだけでなく終わらせることも、経営者の大事な仕事ではないでしょうか。

とはいえ、経営者にとって撤退は1番やりたくない意思決定でしょう。今まで自社が長年頑張ってきたことを自分の代で清算したら、余程やり方が悪かったと思われるので、やりたくても怖くてできないと思います。

――――良い形で終わらせるには、どうしたらいいんでしょう?

トップダウンしかないと思います。強力な経営者でないと、なかなかできないかもしれません。それこそ松下さんや江副さんのような、オーナー社長であれば実行しやすいでしょう。

20世紀は民主的な会社が伸びやすく、21世紀はオーナー社長の会社が伸びやすいと考えられています。周りの意見を聞くことも大切ですが、そこで悩み過ぎて意思決定できなくなるのは本末転倒です。

思い切った行動が必要なとき、権限が強いオーナー社長なら、いち早く決断できます。

ただ、オーナー社長の将来に対する見方に偏りがあると怖いですね。人間なので、どうしても何かしらの色眼鏡を持っています。

大胆にリスクをとれるのがこうした企業の魅力ですが、大胆さは無謀さと背中合わせです。決断力のある経営者こそ、冷徹な現状認識が求められます。

だからこそ、学習能力が重要なんです。最初は偏りがあっても、徐々に客観的な地点から予測できるようになれば、誤った決断を避けて地に足のついた企業の舵取りができるでしょう。

――――トップダウンだからこそ、高い学習能力が求められるということですね。
経営者の利益予測は、財務諸表や組織作りとの関係性が高く、経営者を知る重要な手がかりだと理解できました。
今回はインタビューを受けていただき、本当にありがとうございます!


田中律帆
インタビューアー
田中 律帆(Riho Tanaka)
WEBディレクター
2015年3月 西南学院大学 商学部経営学科卒業
一般教育系企業や国立大学勤務を経て、2021年4月 EXIDEAへ入社。現在は特別企画のジャンルでインタビューを担当。投資歴は10年以上で、主な投資先は株式投資・投資信託・ロボアドバイザーなど。

記事編集:亀井郁人



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