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日常生活に生かせる会計情報の知識|愛知学院大学 経営学部 西海学教授
投資先を調べる方法の1つとして、会計情報が挙げられます。日本では元々独自の会計基準を設けていますが、任意で国際会計基準を導入することも可能です。この2つの会計基準には、どのような違いがあるのでしょうか。企業情報を正確に調べるために、会計基準の違いや会計情報を読むポイントを知りたい方もいらっしゃるでしょう。そこで、HonNeでは愛知学院大学で主に財務会計を研究されている、 西海学(にしうみさとる)教授にインタビューを実施。先生の研究テーマに触れつつ、国際会計基準の特徴や日本の会計基準との違いをお聞きします。会計情報が読めるようになりたい方や、国際会計基準について詳しく知りたい方は、ぜひ当インタビュー記事をご参照ください。インタビュー日:2023年10月20日国際会計基準と日本の会計基準の違い国際会計基準を導入するメリット先生は国際会計基準について研究されています。日本の上場企業は任意で導入できますが、導入することでどのようなメリットがありますか?1番大きなメリットは、外国人投資家に対するアピールです。文字通り、国際会計基準は世界基準の会計基準なので、外国人投資家にとって他国企業と比較がしやすく、その分投資するハードルが下がります。日本独自の会計基準で海外投資家にアピールする場合、会計情報を英語に翻訳し、日本ならではの話も英語で説明しないといけません。当然、海外投資家に理解を促すことは困難になるでしょう。国際会計基準に基づいて会計情報を作成する際、メインである財務諸表は英語を使います。国際会計基準を採用すれば、自然と海外投資家にとって読みやすい会計情報が作成可能です。なので、海外投資家から資金を集めたいなら、国際会計基準で作ったほうが断然有利になります。国際会計基準は2009年から任意移行が可能ですが、既に15年近く経過しました。なぜ、近年になって移行する企業が増えているのでしょうか?国際会計基準を率先して採用した企業の株価変動や利回りの動きを見て、大きな変化はないという学習効果が得られたからです。日本の会計基準と国際会計基準は、組み立て方が異なります。日本の会計基準は、細則主義的な基準で、どのように処理、記載すべきか細かく指定されています。一方、国際会計基準は原則主義的な会計基準で、世界中の様々な企業に適用可能なように、大枠を定めるにとどめ、細かなところまでは規定されてません。国際会計基準に移行すると、移行前までの会計情報と比較しにくくなります。連続性のない情報となり、参照できる会社情報が実質的に減って情報の非対称性が大きくなります。なので、日本企業が国際会計基準に移行することは、当時はかなり戸惑いがあったでしょう。ただ、実際に導入した企業に対する市場の反応を見てみると、大きな違いがなかったため、ここ数年で移行する国内企業が増えていると思います。国際会計基準で書かれた会計情報の特徴日本の会計基準と国際会計基準で組み立て方が違うなら、会計情報の見え方にも違いが出てきますよね。はい。国際会計基準で書かれた会計情報は、日本の会計基準で書いた会計情報よりも資産が大きくなる傾向があります。その理由の一つは、企業買収して計上された「のれん」を、日本の会計基準なら規則的に償却し、必要なら減損処理しますが、国際会計基準では減損処理のみで、償却不要だからです。かつて、企業結合した場合、会計における処理方法は2種類ありました。1つはパーチェス法と呼ばれる会計処理で、この場合はのれんが計上され、のちの年度に規則的に償却されます。もう一つは持分プーリング法と呼ばれる会計処理で、この場合は2社の財務諸表をただ合わせるため、のれんは計上されません。敵対的買収を含む子会社化など他社を買収するタイプの企業結合はパーチェス法が、対等合併のような企業結合は持分プーリング法が適しているといえます。ただ、のれんが大きくなってしまうような買収をおこなった場合、のれんの償却を回避するために、持分プーリング法を使おうとする企業が多く問題となりました。その結果、2001年に米国で持分プーリング法が廃止され、2003年に国際会計基準も追随しました。この持分プーリング法の廃止に合わせ、米国と国際会計基準ではのれんを償却しないことにしましたが、我が国ではのれんの償却は残しています。そのため、買収を頻繁におこなう企業にとっては、のれんが償却されない国際会計基準を採用するほうが、見栄えがよく見えます。頻繁に企業買収をしていて、かつ国際会計基準を採用した日本企業の代表例として、どこが挙げられますか?わかりやすいのはソフトバンクですね。貸借対照表を見ると、のれんの金額が多く、資産に占める割合がとても高くなっています。2023年3月末の連結貸借対照表では、資産総額が約14.7兆円のところ、のれんは約2兆円あり、資産全体の13.6%も占めています。また、同期の売上高は約6兆円、当期純利益は約6,540億円です。もしのれんを20年で償却すると、この年の償却額は1,000億円となります。赤字になるわけではないですが、当期純利益は15%程度減額します。当然、国際会計基準を採用してのれんを償却しないほうが、明らかに財務諸表の数値は良くなりますよね。仮に、ある企業買収によって思いの外売上が伸びなかったとしても、のれんを償却しないので業績は著しく悪化せず、投資家から悪い印象を持たれにくいでしょう。比較のために、同業他社で国際会計基準を採用しているKDDIを見ると、資産総額は増えてきていますが、のれんはほぼ横ばいです。一方、ソフトバンクは国際会計基準を採用してからさらに多角化を進めていく中で、のれんはほぼ毎年増大しています。ソフトバンクとKDDIののれんの推移(単位:百万円) ソフトバンク 2019年3月末 2020年3月末 2021年3月末 2022年3月末 2023年3月末 資産総額 5,775,045 9,792,258 12,226,660 12,707,913 14,682,181 うち,のれん 198,461 618,636 1,256,593 1,257,889 1,994,298 3.44% 6.32% 10.28% 9.90% 13.58% KDDI 2019年3月末 2020年3月末 2021年3月末 2022年3月末 2023年3月末 資産総額 7,330,416 9,580,149 10,535,326 11,084,378 11,917,642 うち,のれん 539,694 540,886 540,420 540,962 541,060 7.36% 5.65% 5.13% 4.88% 4.54% そのため、ソフトバンクは経営戦略の一環として、国際会計基準を採用した側面もあると私は推測しています。ということは、国際会計基準を採用した企業の会計情報を見るときは、のれんに注視する必要がありますね。のれんの価値とは?国際会計基準でのれんを減価償却しない理由なぜ、国際会計基準ではのれんを償却しないのでしょうか?確かに日本の会計基準だと、のれんは20年間で償却する必要がありますね。国際会計基準でのれんを減価償却しない理由は、敵対的買収をしたのに、会計上では合併したと見せかける恐れがあるからです。その背景を説明するために、米国の会計基準についてお話する必要があります。企業買収が頻繁におこなわれる米国では、企業の負担を考慮して2001年までのれんの償却期間が40年でした。しかし、40年という長期間だと不正する企業がいたため、20年に変更する議論が出てきました。減価償却の期間が半分になるので、単純に言うと企業の負担が2倍に上がりますよね。そこで一部の企業が危機感を抱き、実際は敵対的買収をしたのに、会計上では合併したように見せ、持分プーリング法を採用することが問題になりました。そのため、米国の会計基準では、持分プーリング法を廃止し、のれんは償却しないと変更されました。その結果、国際会計基準も米国の会計基準に準じて、のれんは償却しないと決められたんです。では、なぜ日本の会計基準では今でも償却するのですか?のれんとはいえ、基本的にのれん分の対価は支払っています。損益計算書で企業結合という投資の成果を計算する、つまり投資の回収計算をおこなうのであれば、稼得した収益にのれんに対する支払対価を賦課、対応させた方が良いと言えます。これまでの財務諸表の機能を維持したと言えるでしょう。なお、のれんを償却する意味として、商法の影響もあります。商法は、債権者を1番保護するように考えられています。のれんは換金できないものなので、少しでも早く貸借対照表から抜いた方が、債権者保護の観点にかないます。そのため日本の会計基準では、現在では20年で減価償却できますが、1997年の連結財務書表原則の改訂までは、のれんはわずか5年で償却することとなっていました。のれんの価値を正確に測る方法ここまで、会計基準によってのれんの考え方が違うことがわかりました。投資家がのれんの価値を正確に測るには、どうすればいいでしょうか?買収された企業の「超過利益力」を見定めることですね。のれんは、言い換えたら企業の超過利益力を指します。平均的に市場で10万円で販売される商品を15万円で売ることができれば、超過利益は差額の5万円です。つまり、将来の超過利益を現在価値と合計して資本化したものが、のれんの価値になります。しかし、これはのれんの価値の話で、財務諸表上の「のれん」とは分けて考えた方が良いです。企業買収の場合、買収される企業の純資産(資産―負債)の公正価値を超えた額で買収した場合、基本的にその超過分が財務諸表上の「のれん」となります。例えば、純資産の一株あたり構成価値が800円のところ、一株あたり1,000円で全株式取得して買収すれば、財務諸表上の「のれん」は一株あたり200円です。さらに、TOB(株式公開買い付け)を実施して、1株1,500円で買収したら、さらに500円分財務諸表上の「のれん」が増大します。つまり、買収価格が高いほど財務諸表上の「のれん」は大きくなりますが、裏を返せば高い買収コストを支払っていると言えます。そのため、財務諸表上の「のれん」がそのまま超過利益力を表しているかというと、必ずしもそうではなく、単純に買収コストをかけ過ぎている可能性があるんです。株価には、すでに市場が評価したのれんがある程度含まれています。市場の株価は投資家の企業利益に対する期待が反映されているので、財務諸表の一株あたり純資産より、高くなることが一般的です。単純ですが株価が高いほど、その分超過利益力も高いと考えられます。しかし、企業買収を行った場合、株式取得に対して支出している以上、のれんに対しても支出がなされているので、財務諸表上の「のれん」は、全額が超過利益力を指していると考えない方がいいでしょう。どうしたら、具体的な超過利益力を見定められますか?上場企業に限られますが、買収された企業の買収直前の時価総額とその時点での純資産額を比較すれば、買収時点での市場が評価するのれんの価値がおおよそ推定できます。これを買収した企業の財務諸表に計上された「のれん」と比較すれば、のれん価値以上に買収対価を支払っているかどうか予想可能です。TOBによる敵対的買収の場合だと、買収される前後の時価総額を調べたら、TOBの金額がある程度算出できます。このように、買収価格と買収された企業の株価を調べれば、超過利益力を推定する参考になります。のれんの研究を始めたきっかけインタビューが盛り上がり、お話は先生の研究テーマに移りました。先生は、何がきっかけでのれんの研究を始めたのですか?実は学部生時代、私の専攻はミクロ経済学で会計学とは無縁だったんです。ある日、いつものように大学へ向かっていると、普段なら見向きもしなかったガラス板工場が目に止まりました。「ガラスって、日本板硝子と旭硝子の2社がほぼ独占してるから、価格競争って起こりにくいはず」と、独占市場の価格設定のメカニズムに興味を抱きました。その研究を論文にまとめる際、大学院から会計学を専攻する予定だったので、担当教官から「研究論文は会計学寄りに書いた方がいい」とアドバイスをもらいました。その際、「独占市場は超過利益が得やすいから、その分のれんが大きいよな」と思って、のれんに注目して論文を書いたんです。ちなみに、私は大学に進学する前、音大で作曲を学んでいました。そのことを担当教官は知っていて、のれんを選んだことを伝えたら、「作曲って雲を掴むようなものだから、不確定な要素が多いのれんは西海くんに合っているかもね」と言われたことを、今でも覚えています(笑)。見たこと・経験したことが、今の研究テーマに繋がっているんですね。のれんについて、現在どのような研究をしているんですか?国際会計基準を導入した国で、情報の非対称性が解消されたのか研究しています。その中で、国際会計基準を全面的に採用したカナダに注目して、一時期は現地に行って研究を進めてきました。カナダの上場企業の数は米国と比べて10分の1程度しかなく、その分経済規模は小さくなっています。理屈で考えたら、自国の経済事情に合わせた独自の会計基準を定めたほうが良いんですが、既に完成された国際会計基準を導入した方が負担が少ないと判断したんです。要は、多少合わなくてもお金がかからない方を選ぶ、プラグマティズム(実践主義)的な考え方が進んでいる国なんです。例えば、カナダでは1セントといった少額硬貨を発行していません。少額硬貨を発行してもみんな捨てて市場に出回らないからです。なので、カナダでは四捨五入でお金の計算をします。正確に計算できないことより、1セント硬貨を作るコストのほうが経済的損失が高いと考えてるんです。日常生活も同様で、例えば家や車などの大きな買い物をする際、書類上の手続きが不要でクレジットカードを切るだけで購入できるんです。会計や買い物に対する考え方が、日本と比べて全然違いますね。とはいえ、実際に国際会計基準を導入し始めると、ほとんどのカナダ企業が混乱していました。そこで印象的だったのは、企業同士で国際会計基準の導入をサポートしていたことです。カナダ人は困った人がいたら助ける習慣が根付いていて、差別・区別を嫌う国と言われています。市場も同様で、お互い経営スタイルが異なることを認め合い、相手の企業が困っていたら助けるそうです。そのため、国際会計基準の導入方法がわからない企業があれば、証券委員会や競合他社、監査法人までもが導入のサポートをしていました。そのおかげで、導入における混乱を最低限に抑えられたんです。ただ、他に国内に似たような企業がない航空機メーカーのボンバルディアはかなり苦労したと聞いています。なので、日本の国柄との違いに、大きなカルチャーショックを受けましたね。国際会計基準やのれんについてお聞きするつもりでしたが、先生の研究対象であるカナダの国柄も知れて新鮮でした。やっぱり何事も違いを知ると、新たな学びが得られますね。今回はインタビューを受けていただき、本当にありがとうございました! 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経営者を見極める重要な手がかり「利益予測」とは?財務諸表の関係性も解説|阪南大学 経営情報学部 中條良美教授
株式投資で銘柄を選ぶには、さまざまな分析方法があります。その中でも特に重要で知りたいのが、経営者の資質に関する情報ではないでしょうか?しかし、個人投資家が経営者と直接会う機会は非常に限られており、何を考えて企業を経営しているか知ることは難しいのが現実です。少しでも経営者のことがわかれば、より正確な投資判断が下せるでしょう。そこで今回は、阪南大学で主に会計情報と株価の関係を研究されている中條良美(ちゅうじょう よしみ)教授にインタビュー実施。先生によると、「利益予測」が経営者を知る重要な手がかりだと言います。経営者の利益予測とは何か、投資判断でどのように活用できるか財務諸表と絡めながらお聞きします。企業の銘柄選定の方法を知りたい方、企業の将来性を正確に分析したい方は、ぜひ当記事をご参照ください。この企業に投資できるか、より明確に判断できるヒントが得られるでしょう。インタビュー日:2023年9月27日経営者を知る手がかり「利益予測」とは?利益予測からわかる経営者の4タイプ――――中小企業であれ大企業であれ、経営者の存在は企業に大きな影響を与えます。優秀な経営者かどうか判断するには、どうすればいいでしょうか?投資先の経営者がどのような人か、誰もが知りたいですよね。経営者を知るための手段として、私は利益予測が有効だと考えています。なぜなら、経営者が不確実な将来を適切に予測できるかどうかで、企業経営の成否が決まるからです。もちろん、経営者も神様じゃないので全知全能ではありませんが、将来を見通す能力は経営者の必須条件と言えるでしょう。幸いなことに、日本の上場企業では経営者による利益予測の公開が半ば義務付けられています。毎期の利益予測が確認できるので、その推移を分析することで、経営者の学習能力を予測することが可能です。――――経営者の学習能力が予測できるとのことですが、具体的にはどのようなことがわかりますか?大きく4つのタイプに分かれることがわかりました。どのようなタイプがあるかお話するために、まずは以下のグラフを確認してみましょう。縦軸は、利益予測の誤差を表します。ゼロを正確な利益予測とした場合、正の値は楽観的、負の値は悲観的な利益予測となります。横軸に時間軸を設定し、予測誤差の時系列変化をグラフで表します。1つ目は初期値がプラスで、その後の利益予測が増加傾向にある自信過剰な経営者。私は「最強」パターンと読んでいますが、正直私の1番苦手なタイプですね(笑)。2つ目は「最強」の真逆で、初期値からマイナスでさらに下がってしまう「最弱」パターンです。どんどんネガティブな利益予測を立ててしまう経営者と言えます。上図のグラフはイメージしやすいよう、予測誤差のパターンをあえて単純化して示しています。現実の予測誤差の推移は、これほど滑らかではありません。――――時系列変化とともに、正確な予測値からどんどん離れていますね。そうなんです。正確な利益予測から離れているので、ポジティブ・ネガティブ関係なく、学習能力があまり高くないと判断できます。そして、残りの2パターンは初期値がプラスかマイナスでも、徐々にゼロに向かっていくタイプです。言い換えれば、最初は自信過剰でも徐々に慎重な予測を立てる、または初めは慎重な予測でも時間が経つほど客観的な予測に寄せる経営者と考えられます。経営者のもともとの心理的偏りを示す初期値がどこにあるかも重要ですが、予測誤差がゼロに向かって縮小していくことが、学習能力の高い経営者の特徴と言えます。利益予測からわかるのは経営者の学習能力――――最初ははずれたとしても、そこからどう修正するかが重要なんですね。その通りです。うまく学習されている経営者は、自分自身の心理的な偏りを冷静にコントロールできているのでしょう。一方、利益予測がはずれ続けていても、自信過剰・慎重のままでいる経営者も意外と多いんです。良い意味でも悪い意味でも、ブレていないと言えます。そのため、1期の利益予測だけでその企業の経営者が優秀かどうか、判断するのは早計です。短くても5年、可能であれば10年以上の利益予測の推移を見るのをおすすめします。――――なぜ10年が目安になるんですか?景気循環もさることながら、リーマンショック・東日本大震災・コロナ渦など、世界的な大事件も10年に1回は起きているからです。余談ですが、投資の時間分散を考えるなら、10年でも短く、30年は見越しておくと良いと言われています。30年くらいコツコツ投資を続ければ、大恐慌が起きても立ち直る機会があるからです。とはいえ、歴史が浅い上場企業もあるので、10年以上のデータが使える企業は少なくなります。なので、利益予測に限らず、使えるデータはすべて使うのが望ましいでしょう。――――ちなみに、利益予測から経営者の学習能力を分析するときの注意点はありますか?利益予測のグラフは、経営者の能力そのものを表していないことに注意してください。なぜなら、経営者は立場上さまざまな影響を受けているからです。代表的な例として、企業文化をはじめとする組織特性が挙げられます。周りを自分自身と同じようなタイプの人で固めることで、伝達される情報に偏りが生じると、さらに自信過剰になったり慎重になったりするかもしれません。そこで自分の能力を補完してくれる人を置けば、自身の強みを発揮しつつ、客観的な意思決定が下せるでしょう。実際、私は2023年4月から大学院の研究科長を担当していますが、副研究科長にすごく助けてもらっています。私は心理的にブレてしまうタイプで、いきなり判断を求められるとYESもNOも言えないんです。ただ、副研究科長が良いトスを上げてくれるおかげで、意思決定の精度が上がっていると実感しています。なので、経営者も周りにどのような人を置くかで、学習能力は変わります。もっと言えば、組織全体の情報処理システムが、経営者の学習能力そのものと言い換えられます。学習能力に大きく影響する要素とは――――つまり、企業の組織作りが経営者の学習能力に影響する、ということですか?はい。経営者のタイプや会社の状況によって必要な情報は変わるので、必要に応じて正しい情報が入ってくる組織作りが大切です。おそらく、多くの経営者は組織作りに関われておらず、ましてやどんな情報が欲しいのか明確に伝えられていないと思います。「気づいたことがあったら、なんでも言ってね」という雰囲気だけでは、必要な情報がほとんど上がってこないのが実情でしょう。そのため、どのタイミングでどのような情報が必要か明確に伝え、情報処理の仕方とルートを整理できていれば、正確な利益予測に繋げられるでしょう。――――先生にとって、欲しい情報が上がる組織を作れている経営者として、誰が挙げられますか?私が知る限りでは、Panasonicの松下幸之助さんやリクルートの江副浩正さんですね。おふたりとも、従業員のことを真剣に考えて経営されていたと思います。特に江副さんは「人たらし」な経営者として有名で、従業員を動かすのがすごく上手かったと言われています。末端の従業員の誕生日も覚えていて、自ら誕生日プレゼントを渡しに行くくらい、従業員1人ひとりの情報を把握していたそうです。やっぱり、経営者が従業員を大事にしていることが伝わると、従業員のモチベーションが上がるのはもちろん、情報伝達を遮る「壁」も低くなるのではないでしょうか。世間ではリクルート事件で悪者扱いされている印象ですが、経営者としては非常に優秀だったと私は思います。経営者の学習能力が影響を及ぼすもの経営者の学習能力と財務諸表の関係性――――企業分析の手段といえば財務諸表がありますが、経営者の学習能力と何かしら関連性はありますか?はい。経営者の学習能力は経営判断と密接に関わっており、その影響は財務諸表の質にも及びます。ここで言う質とは、投資家が投資判断する際に財務諸表からどこまで有益な情報を得られるかを指します。しかし、財務諸表を見るにしても、ほとんどの投資家は損益計算書しか見ません。損益計算書は端的にどれだけ儲けたかを表しているので、直感的に理解しやすいからです。私としては、損益計算書と一緒に貸借対照表、特に資産の部を見て欲しいと思っています。――――それはなぜでしょうか?貸借対照表は企業の財政状態を表すだけでなく、どのような事業にフォーカスして経営しているのか把握できるからです。例えば、現金の割合が大半を占めていたら、極端に言うとその企業は何もしておらず、投資家から預かったお金を増やす努力をしていないと言えます。なので、企業の現状を理解するなら、損益計算書と貸借対照表をセットで見るのがおすすめです。――――では、ちゃんと本業をおこなっている企業の財務諸表には、どのような特徴がありますか?売上や利益に対して、資産がどれくらい増えているか確認してください。売上や利益が拡大するにつれて、自然と資産も増えているはずです。企業は売上・利益を増やすために生産設備の増強や店舗増加など、いろんな活動をおこないますよね。事業活動の拡大に伴って投資が活発になると、貸借対照表に計上される資産も大きくなります。そのため、売上・利益が上がってくると、貸借対照表も同時に拡大するのが普通です。――――確かに、企業は資産を活用して売上・利益を生み出すから、売上・利益が増えたら資産も増えるのは当たり前ですね。もし、売上・利益が増えても資産が増えていない場合は、資産の中身を見てください。資産構成がどのように変化したことで、売上・利益が増えたか理解できると面白いですよ。ただ日本企業の多くは、売上・利益に対して貸借対照表が拡大し過ぎているんです。例えば、自信過剰な経営者はM&Aを頻繁に実施する傾向があります。M&Aも大事な経営戦略ですが、多角化するため経営の難易度はグッと上がります。また、M&Aで買収した企業の価値より多く支払った分は「のれん」として貸借対照表に計上されますが、現実には減損処理されることが大半です。つまり、支払う必要のないお金を出してしまった。売上・利益を増やすことよりも、企業規模を大きくすることが目的になっているのかもしれません。今の日本企業に求められること――――なるほど、売上・利益に対して、身の丈に合った資産管理ができているかが重要ということですね。はい。学習能力の高い経営者は、企業の資産をきちんと管理しているはずなので、きちんと将来の利益に裏付けられた資産が増えるという意味で、財務諸表の質も高くなると考えられます。だから、今の日本企業の経営者に求められているのは、資産のやみくもな拡大ではなく選択と集中だと思います。ただ単に資産を減らすのではなく、不要なものを整理する。成熟し切って減退局面に入った事業セグメントは、ある程度清算したほうがより良い経営に繋がるはずです。始めるだけでなく終わらせることも、経営者の大事な仕事ではないでしょうか。とはいえ、経営者にとって撤退は1番やりたくない意思決定でしょう。今まで自社が長年頑張ってきたことを自分の代で清算したら、余程やり方が悪かったと思われるので、やりたくても怖くてできないと思います。――――良い形で終わらせるには、どうしたらいいんでしょう?トップダウンしかないと思います。強力な経営者でないと、なかなかできないかもしれません。それこそ松下さんや江副さんのような、オーナー社長であれば実行しやすいでしょう。20世紀は民主的な会社が伸びやすく、21世紀はオーナー社長の会社が伸びやすいと考えられています。周りの意見を聞くことも大切ですが、そこで悩み過ぎて意思決定できなくなるのは本末転倒です。思い切った行動が必要なとき、権限が強いオーナー社長なら、いち早く決断できます。ただ、オーナー社長の将来に対する見方に偏りがあると怖いですね。人間なので、どうしても何かしらの色眼鏡を持っています。大胆にリスクをとれるのがこうした企業の魅力ですが、大胆さは無謀さと背中合わせです。決断力のある経営者こそ、冷徹な現状認識が求められます。だからこそ、学習能力が重要なんです。最初は偏りがあっても、徐々に客観的な地点から予測できるようになれば、誤った決断を避けて地に足のついた企業の舵取りができるでしょう。――――トップダウンだからこそ、高い学習能力が求められるということですね。経営者の利益予測は、財務諸表や組織作りとの関係性が高く、経営者を知る重要な手がかりだと理解できました。今回はインタビューを受けていただき、本当にありがとうございます! 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国のお金の使い方を見極めるには?財政の理解を深めるポイントも解説|京都府立大学 公共政策学部 三宅裕樹准教授
財政は、私たちの生活を良くするために重要な役割を担っており、ニュースでも日々取り上げられています。しかし、財政がどのようにおこなわれているか理解するのが難しく、自分とはあまり関係ないと思う方もいらっしゃるでしょう。そこで、HonNeでは京都府立大学で主に財政学を研究されている、 三宅裕樹(みやけ ひろき)准教授にインタビューを実施。先生の研究テーマに触れつつ、財政を見るためのポイントを解説していただきます。当記事を読めば、財政の見方や自分との接点が理解でき、日々のニュースを読み解く力が身に付けられるでしょう。インタビュー日:2023年10月12日財政を理解するためのコツ財政が持つ3つの役割と3つの見方財政は重要だと理解しているものの、難しい印象もあります。財政にはどのような役割分担があるのですか?大きく3つに分けられます。1つ目は中央政府です。北海道から沖縄まで、47都道府県を統括して財政を管理しています。イメージとしては、いわゆる永田町・霞ヶ関が中央政府に当たります。2つ目は地方自治体です。各都道府県・市町村ごとの財政を管理します。3つ目は、社会保障基金です。年金や医療など特別な基金を積み立てています。これら3つの財政に、私たち国民の税金が行き渡ります。具体的には、所得税であれば中央政府、住民税なら地方自治体、年金は社会保障基金に振り分けられています。私たちが納めている税金がどこに行っているか把握できると、イメージしやすいですね。では、私たちの資産運用という観点からは、財政の動きをどのように見たらいいでしょうか?こちらも3つ挙げられます。1つ目はマーケットを規定する財政です。財政では事前に予算を決めますが、その使い方は日本経済全体の動向に大きな影響を与えます。また、予算の使い方によって、盛り上がる業界もあれば冷え込む業界もあります。2つ目は、投資ライバルとしての財政です。GPIFや大学ファンドなど、私たち個人投資家と同じように、政府自身も大きなお金を運用しています。どのような考え方で投資先を選んでいるか理解しておくと、ご自身の投資判断で役立てられます。3つ目は投資対象としての財政です。中央政府は国債、地方自治体なら地方債、他にも財投機関債など、各部署で借金をしています。そのため、私たちが直接的に投資して財政運営に関わることも可能です。財政が難しいと感じる原因今までは1つ目の見方が強い印象でしたが、投資家として活動するなら2つ目・3つ目の見方も重要ですね。おっしゃる通りです。どの立場で見るかによって、財政の見え方は変わってきます。2つ目は資産運用する主体、3つ目は投資する対象として財政を見るので、金融の側面が強くなっています。なので、投資家としては比較的馴染みやすい見方と言えます。1つ目は、金融というよりも財政学の見方になってきます。政府がどのようにお金を使うのかを決める際には、基本的に金融の発想とは大きく異なります。なぜなら、お金を儲けようという発想で使っていないからです。財政は日本全体を良くするため、困っている人を助けるために運営されています。社会をどうやって安定させるのか、格差を減らすことができるのか、狭い意味での経済とは違う視点で考える必要があります。つまり、全く逆の発想なんですよ。儲けることと社会を良くすることは全然違いますよね。このように財政には2面性があって、場面に応じて考え方を切り替える必要があります。財政は難しい印象がありますが、その原因は金融の視点から関わる要素があるからなんですね。では、投資家として関わる場合、具体的にどこに注目すればいいでしょうか?私たち個人投資家からすると、何百兆円ものお金を動かす中央政府には太刀打ちできないですよね。だから財政の動きに合わせて、「財政がこれからこう動くのなら、世の中はこうなるのでは?じゃぁこの分野に投資しよう。」という発想で投資するのは、1つの考え方として挙げられます。財政の動きがわかれば、1歩進んで自分自身の投資判断が下せます。財政のことを理解するのは、投資する上で大切なことだと私は思います。財政は、どうしても動きが遅いんですよ。学校でも学んだように、国民の税金をどう使うかを決める際には、あらかじめ国会や地方の議会を通す必要があります。通過しても官僚や公務員たちが色んな手続きをおこなって動くので、時間のラグが生じます。この時間のラグを先取りして、どこに投資するか考えることは有力な投資行動になります。国の借金に対する考え方借金が多いことは良くないこと?財政では国債・地方債などを通じて借金をしていますが、よく聞く意見として「日本は1人当たり1,000万円も借金している」という意見があります。この意見に対して、先生はどのような見解を持っていますか?さまざまな意見があるので、正直一概には言えません。しかし、少なくとも1つ知っておいて欲しいのは「ただ借金があるのか?」ということです。現在、日本には約1,000兆円の借金がありますが、そのお金は何に使われているでしょうか?橋や道路などインフラを作ったり、公営施設を運営したりするために使われていますね。つまり、日本には借金があると同時に資産もあるわけです。この話は、私たちの家計にも当てはまります。例えば、住宅ローンも一種の借金ですが、ただ借金している訳ではないですよね。住宅ローンを組むことで、マイホームという資産が手に入っています。したがって、借金だけ見るのではなく、その裏側にどのような資産が作られたか見ることも大切です。確かに、民間企業の貸借対照表も資産と借金を合わせて記載していますよね。ただ、借金と資産を同時に見るには、その資産が売却できる前提があります。じゃあ「橋や道路を転売できるか?」というと、個人や民間企業と同じように考えることはできません。例えば、道路を売却する場合、すべて買い取ってくれるほどの買い手がいるとは限りませんし、外国人投資家に買われると安全保障面での問題を考慮する必要があります。国の資産は国民が使うために作られているため、個人や民間企業のように単純に売却できるものとして見れない側面もあるのです。いわゆる担保の考え方が、財政では当てはまらないということですね。財政だからこそ考えられる、もう1つの考え方実はもう1つ、「そもそも国の借金って大したことないんじゃない?」という考え方があります。例えば、10兆円分の20年国債を発行した場合、本当に20年後に返す必要があるかというと、同じ金額の20年国債を発行して先送りすることが可能です。このような借金の先送りを「借換債」と言いますが、同じことは個人や民間企業ではなかなか政府のようにはできません。個人はいつか必ず死にますし、民間企業も永続性が求められるとしても絶対倒産しないとは限りません。ただ国の場合は、ちょっと不謹慎ですが国民がいる限り返済元である税金は集まります。その気になれば、一気に増税することも可能です。そのため、国債を繰り返し発行して永久に引き継ぐなら、実質的に返す必要がないとも考えられるわけです。このような考え方から、国の借金の大きさは、そこまで大した問題じゃないという意見も見受けられます。国が存在し続けている限り、借金を繰り返せば実質的に存在しないと…。ただ、借換債を何回も続けられるかというと、毎回同じ利子で借りれるとは限りません。例えば、最初は1%で借りれたのに、20年後は日本のマーケットが落ち込み、日本政府の信用度が下がっていると利子が3%に上がるかもしれない。つまり、将来のマーケットや日本政府の信用度がどうなるかわからないので、本当に同じ条件で借換債が発行できるとは限りません。もし出来なかったら、返済するために私たちの税負担が跳ね上がってしまいます。借金の大きさよりも使い方がポイントそもそも、なぜ国債・地方債を発行するのか?国債や地方債は私たち国民の税金で返済されますが、そもそもなぜ国債・地方債を発行する必要があるんでしょうか?時間のラグを埋めるためです。例えば、コロナ渦で日本社会が大きく混乱し、その対策として何十兆円という例年にはないお金が必要になりました。そのお金を増税すれば集められるかと言うと、混乱の最中では現実的ではないですよね。そこで、とりあえず国債・地方債を発行すれば、今困っている人を助けてコロナ渦を乗り越えることが可能です。もちろん返済する必要があるので、混乱が収まれば将来的に税金を増やして徐々に返済していきます。つまり、お金を使うタイミングとお金を集めるタイミングのラグを埋めることが大切で、その手段として国債・地方債が重要なんです。例えば、東日本大震災の復興で必要だったお金は、国民全員で負担しようということで復興増税が実施され、震災の後しばらくしてから少しずつ返しています。なので、コロナ渦で発行した国債・地方債の返済も、何かしらの形で増税されて少しずつ返していく流れになるでしょう。金額の大きさよりも健全な使い道が重要そう考えると、国を運営するために国債や地方債の存在は重要ですね。ただ注意したいのは、発行された国債・地方債で集めたお金が健全に使われるかどうかです。本当にコロナで困った人たちに使われたか、使われたとしても必要以上に使っていないか見る必要があります。お金の使い方と規模が理にかなっていれば、国債を発行する、そして将来私たちが税金で負担することも納得しやすいでしょう。日本の財政には、少子高齢化や安全保障などいろんな課題が挙げられます。そのような課題に対して、約1,000兆円の借金を納得した使い方ができていれば、そこまで大きな問題にはなりません。もし借金が膨らみ続けていることを問題視するなら、歯止めをかける仕組みがしっかり機能していればいいでしょう。つまり、国のお金の使い方に対して国民全員が納得できているかが、大きな問題でないかと考えています。現状、国民がちゃんと理解できないまま一部の偉い人が一方的に予算を決めたり、無駄な使い方が見つかってもなかなか修正しなかったりする部分があると、私は感じています。なので、本当に大事なところに予算を振り分けたり、無駄だった使い方が見つかったら軌道修正したりする議論を、積極的におこなうことが1番の課題だと考えています。借金自体の大きさではなくその使い方、財政運営に対するガバナンスが効いているかが、大きな課題ということですね。とはいえ、選挙や支持率調査の回答だけで、財政運営に変化を促すのは難しいでしょう。だからこそ、投資対象の財政として、投資家目線から財政のガバナンスにプレッシャーを与えることが鍵だと考えています。民間企業が何をしたいのかわからない経営をしていたら、投資家はその企業の株式を買うか迷ってしまいますよね。同じように財政が納得できないお金の使い方をしていると、投資家は財政に投資しにくくなります。となると、資金調達源である国債・地方債の買い手が減るので、金利を上げざるを得ません。当然、金利が上がると借金しにくくなるので、結果として財政のあり方を見直させるプレッシャーを与えられます。したがって、私たちが財政運営に対して影響力を行使することには、いろんな観点から相乗効果を生み出す可能性があると思います。 -
日本のキャッシュレス事情をまとめて解説!|専修大学 経済学部 小川健先生
「日本のキャッシュレス決済、多すぎてどれを使えばいいかわからない!」と感じたことはありませんか?ここ数年、さまざまなキャッシュレス決済サービスが普及しました。便利になった一方、使えるサービスが乱立し、どれが自分に合っているか迷ってしまう方もいらっしゃるでしょう。そこで、今回は専修大学で主に国際経済論を研究されている、 小川 健(おがわ たけし)先生(以下、OGAWA先生)に日本のキャッシュレス事情をお聞きしました。ここまで複雑になっているのは、日本ならではの背景があると先生は言います。日本のキャッシュレス事情を知りたい方は、ぜひ当記事をご参照ください。取材日:2023年9月14日キャッシュレス決済が重要な理由とは?当たり前に使っている銀行口座、実は珍しい?!日本のキャッシュレス事情を知るためにも、まずは日本の金融の現状について教えてください。OGAWA先生:まず日本の金融の強みとして、日本在住の日本国籍保有者の銀行口座保有率が他国より高いことが挙げられます。特に成人だと、銀行口座保有率は97〜98%となっています。ほとんどの銀行が口座維持管理手数料を取っておらず、水道光熱費や家賃などあらゆる支払いが銀行口座からの引き落とし・振り込みで済ませられます。企業が新入社員を採用する際、給与振込用の銀行口座を聞きますよね。「銀行口座はありません」と言えば、「作って来てね」と返されるのがオチになります。本来、給与の支払いは労働基準法24条で原則手渡しと定められています。給与の手渡しなんて、日雇いバイトくらいしか考えられないと思いますが、銀行口座は例外的な扱いです。それくらい、日本の金融は銀行口座によって支えられていると言えます。現金の弱みとは?当たり前のように銀行口座を持っていることが、実は凄いことだったんですね。OGAWA先生:そうですね。ただ、強みと弱みは表裏一体です。銀行口座を活用した現金の支払いが普及したことで、逆に新しい金融サービスが普及しにくい側面があります。「金融包摂(きんゆうほうせつ)」という用語をご存知でしょうか?どんな人・地域でも金融サービスを受けられるように、という意味で貧困対策でも使われています。この用語の背景には、現金だけしか使えないと出来ることが限られる、という実情が含まれています。具体的には、どのようなケースが考えられますか?OGAWA先生:例えば通販サイトでお買い物をする場合、支払い手段が現金しかないと、代金引換に対応している商品しか買えなくなります。なぜなら、代金引換は配達人を選ぶ必要があり、その配達人の安全性を確保する必要があるからです。結果として、支払い手数料が引き上がってしまいますし、買えないものが出てくるでしょう。海外通販サイトの商品も直接買うことができません。また、所有者の証明手段が今その場で持っていることに限られる点も、現金の弱みとして挙げられます。昔のCMにもありましたが、自分が保有している現金でも他人の手に握られていたら、持ち主は自分だと主張しても信じてもらえないですよね。一方、クレジットカードを使えば海外の通販サイトでも簡単にお買い物できますし、虚偽申告でない限り不正利用の申告は基本的に認められます。つまり、状況によっては現金よりもキャッシュレス決済を使える方が良いと言えます。そう考えると、キャッシュレス決済は重要な役割があることが理解できますね。日本のキャッシュレス決済サービスの現状中国大陸・韓国は普及率高!日本の普及率は?ここ数年で、キャッシュレス決済サービスがかなり普及した印象ですが、実際はどうなんでしょうか?OGAWA先生:実は日本のキャッシュレス決済の普及率は32.5%と、先進国の中でかなり低いんですよ。特に、同じ東アジアの中国大陸 ・韓国と比べて、さらに差が開いています。 引用:経済産業省「キャッシュレス更なる普及促進に 向けた方向性」中国と韓国は、80%を超えていますね!どうしてここまで普及したんでしょうか?中国大陸では、日本でも使えるAlipay・WeChatPayの2大QRコード決済アプリがかなり普及しています。ほとんどの支払いが、どちらかのアプリで済ませられます。韓国では1997年のアジア通貨危機をきっかけに、一定年商以上の店舗ではクレジットカードの取り扱いが義務付けられています。そのため、お店の支払いはほぼクレジットカードで済ませられ、結果として普及率が高くなりました。痒いところに手が届かない!日本のキャッシュレス事情中国と韓国、それぞれ異なるキャッシュレス決済が普及しているのが面白いですね!日本でもキャッシュレス決済が使える場所は増えていますが、使えるサービスが多すぎると感じています。OGAWA先生:そうですね。サービスが多様過ぎる一方で対応しているサービスがローカル過ぎる部分があることが、日本のキャッシュレス事情だと言えます。もし、外国人がキャッシュレス決済だけで日本を旅行するなら、空港に着いた時点で“詰み”になるかもしれません。 というのも、公共交通機関でキャッシュレス決済が使える場所が、日本で最も国際線が乗り入れている成田空港でさえも、かなり限られるからです。外国から来た人が持っているキャッシュレス決済では在来線・バスはほぼ直接の乗車には使えません。 切符を買うのにクレジットカードが使えたとしても、外国製だと一部使えない場合があります。また、オンラインサイトでの切符の購入もインターフェースが複雑で、購入し難い面があります。一方で、シンガポールでは「SimplyGo」という、Visaタッチ決済のような非接触型のクレジットカードで直接鉄道に乗れる仕組みが普及しています。 引用:MSNEWS「SimplyGo EZ-Link Gives You Unlimited Cashback With Every Tap, Save Money On MRT Rides」日本でも、一部の鉄道で採用されていますが、全国規模で普及するのはまだ先の話でしょう。でも、SuicaやICOCAなどの交通系ICカードなら、現金を使わなくても全国の電車やバスに乗れますよね?OGAWA先生:おっしゃる通りです。特に「10カード」と呼ばれる交通系ICカードなら、全国相互利用サービスに対応しており、ICOCA圏内でSuicaが使えるといったエリアを跨いだ利用が可能です。全国くまなく、とはいかないまでも都市部を中心に数多くの地区で使えるように広がりつつあります。 引用:TeraDas「交通系電子マネーの相互利用状況が分かる相関図」2023年10月時点で、Suica・PASMO・ICOCAがスマートフォンに対応しているので、初めて日本に来た外国人でも、アプリをダウンロードしたら交通系ICカードが使えます。ただ、日本の交通系ICの規格は国際的に少数派のFeliCaで、海外のAndroidスマートフォンだと使えないと言われています。しかも、海外でのスマートフォン普及率はiPhoneよりもAndroidが高いため、スマートフォンで交通系ICカードを使える人は限られます。プラスチックカードを買えばいいと考えがちですが、SuicaやPASMOなど一部の10カード系の交通系ICでは、2023年10月時点でプラスチックカードが販売されていない例もあります。 交通系ICカードを使いたくても、使えない人が多数なんですね。OGAWA先生:もちろん、外貨両替やキャッシングで現金を確保したら問題はありませんが、普段からその国のキャッシュレス決済に慣れている外国人にとっては、少々戸惑うかもしれません。なので、もし私が日本に来る前に相手へ手紙を送れるなら、「日本中多くの主要都市の鉄道・バスで使え、少額の買い物もできるカード」と添えて、数万円チャージした無記名のSuicaなど10カード系の交通系ICカードを送りますね(笑)。乱立する日本のキャッシュレス決済サービス、その背景とは?統一化されないキャッシュレス決済の規格どうして、日本は他の先進国と比べてキャッシュレス決済の普及速度が遅いのでしょうか?OGAWA先生:これは日本の色々な業種で起きていることですが、サービス提供会社・地域が各々規格を持ちたがるからです。先ほど申し上げた交通系ICカードの全国相互利用サービスは、正確に言うと「10カードの規格を地方へ一方的に開放した」という意味です。例えば、札幌市営地下鉄で使えるSAPICAや広島の路面電車・モノレール・バスなどで使えるPASPYは、Suica圏内では使えません。SAPICAやPASPYの圏内でSuicaなどは使えるのに、です。また、未だ交通系ICカード自体が使えないエリアも未だに多くあります。例えば東北圏内はまだまだ普及しておらず、2023年5月に青森県・秋田県・岩手県の主要駅でやっとSuicaが導入されたのが現状です。また、 JR四国の駅にも非対応区域は多いと言われています。 引用:読売新聞「JR東がSuica「空白県」を解消…ICカード対応改札機、一つもなかった青森・秋田にも」普及が遅くても、いずれ全国で交通系ICカードが使えるようになるのではないですか?OGAWA先生:実は、そうとも言い切れないんです。例えば、2022年に北海道釧路市では流通系ICカードと言われるAEONの電子マネー「WAON」で、バスに乗れるサービスが拡大しました。地方ではAEONの影響力が強く、お買い物で使うWAONでバスも乗れた方が助かるニーズがあるんです。他にも、一部の吉野家ではWAONと10カード系が両方とも使えるお店でも、両者の決済端末を分ける事があるくらい、相互利用のハードルは高いんです。このように、技術的・地域的な背景からキャッシュレス決済サービスの規格が分断されてしまって統一化が難しく、結果として普及が遅れていると考えられます。なるほど、今のお話はQRコード決済・送金アプリにも当てはまりますね。OGAWA先生:おっしゃる通りです。ここ数年でQRコード決済アプリが使えるお店は増えましたが、顧客データの確保・給与のデジタル払い・マイナポイントへの対応等で、サービスが乱立してしまいました。そのため、使えるお店が増えたと言っても、お店によって使えるサービスが異なり、使いたくても使えないケースが出ています。個人間送金も、サービス自体は便利でも使える機会が少ないと感じています。OGAWA先生:そうですね。サービス間の互換性がなくて、個人間送金も利便性があるとは言い難いです。例えば、主に横浜で普及している「はまPay」から「PayPay」への送金はできません。送金するなら、相手が同じサービスを使っていることが前提となっています。飲み会の代金をもらう際、各サービスの電子マネーで集められたとしても、互換性がなければ幹事も困ってしまいますね。このような背景から、数年前に「JPQR」というQRコード決済の統一規格の動きもありましたが、現状うまくいっていません。技術的な責任だけにはできませんが、異なるコード決済アプリへの送金は難しいのが現状です。日本ならではの事情で、キャッシュレス決済の普及・統一が上手く進んでいないんですね。キャッシュレス決済と合わせて注目したい変化ちなみに、キャッシュレス決済に関する変化として、先生が注目しているものはありますか?OGAWA先生:電子レシートと無人レジですね。お買い物でほぼ必ずもらえるレシートですが、受け取ってもすぐに捨てたりそもそも受け取らなかったりすることがほとんどではないでしょうか。レシートを電子化すれば、受け取りの手間が省け、レシートに使われる紙を削減することも可能です。電子化すれば家計簿アプリ等にも組み込みやすい筈です。また、レシートに使われる紙の多くはFaxでも使われる感熱紙で、紙の中でも再生困難と言われています。環境保全に繋がるため、米国では環境団体の後押しもあって、スマートフォンで受け取れる電子レシートへの移行が進んでいます。無人レジは、日本でも一部のコンビニエンスストアやファッション店で普及しつつありますね。商品をバーコードで読み取る作業を購入者がおこなえば、人件費の削減が可能です。中国大陸では、顔認証決済端末も普及しつつあります。入店時の顔と登録した顔が一致していれば、棚から商品を取ったまま店を出ても自動で決済されるため、財布・スマートフォンがなくてもお買い物できます。細かな違いはあるのですが、日本でも話題となったAmazonのレジ無し店舗「Amazon Go」も近い性質を持った実験として知られています。番外編:ニュースを俯瞰的に見る方法とは?先生のお話を聞いて、情報を多角的に仕入れていらっしゃると感じました。ニュースを俯瞰的に見るには、どうすればいいでしょうか?OGAWA先生:目的を持ってニュースを見ることが大切です。私の場合は、講義で使えそうかどうか考えながら読んでいます。研究者であれば自身の研究に活かせるか、教育に意識がある人は教材として使えるか考えるでしょう。大事にして欲しいのは、自分と関連すること・興味の向くことに繋げるように見ることです。やはり、人間なので興味の向かないことに意識は向きにくいですから。確かに、私も今回のようなインタビューをさせていただく機会が増えたことで、金融・経済に関する興味が大きくなりました。OGAWA先生:「投資の勉強をしたかったら、少額でもいいから買ってみよう」という意見がありますよね。これってある意味正しくて、自分自身の意識を投資に関連付けるための手段の1つなんです。例えば、投資信託を少しでも購入すると、運用報告書が年に数回届きます。1回でも読めば、新しい気づきを得られるかもしれません。気づきを得られれば、世の中の出来事が自分にも関係あると感じて、自然とニュースが読めるようになるでしょう。私も担当する講義で外貨建て保険を教えたいと思い、実際に入ることで日本建て保険との違いが理解できました。なるほど!ニュースを読みたくても続けられない場合は、自分と関連付けることや興味を持たせる工夫をすればいいんですね。自分にとって新しいことを知っていく意義・楽しさが理解できました。この度はお話していただき、ありがとうございました! -
国際貿易の視点から見る日本の未来|神戸大学 大学院経済学研究科・経済学部教授 胡雲芳
日本はバブル崩壊後、経済が停滞し続けていると言われ、「失われた〇〇年」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。しかし、日本国内に住み続けていると、今の日本がどのような状況にあるのか、把握するのが難しくなります。これからの日本はどうなるのか、日本経済は復活してまた成長できるのか気になるかもしれません。そこで、HoNneでは神戸大学 大学院経済学研究科で主に国際貿易を研究されている、 胡 云芳(こ うんほう)教授にインタビューを実施。先生の研究テーマに触れつつ、国際貿易の視点から見た日本の現状や未来をお聞きしていきます。より一層深い知識が知りたい方、専門家から経済を学びたい方は、ぜひ当インタビュー記事をご参照ください。変化の激しい時代のなかでも、変化し続ける世の中と向き合い続けるヒントが得られるでしょう。取材日:2023年9月22日【1】国際貿易の定義からわかる、日本の強み【1-1】そもそも国際貿易の定義とは?先生は国際貿易に関して研究されていますが、経済学における国際貿易の定義はなんでしょうか?国際貿易と言うと、モノのやり取りがイメージしやすいかもしれませんが、モノだけでなくサービスのやり取りも国際貿易の一部です。例えば、旅行や留学で外国人が日本に来ると、外国人がサービスを買う形になりますよね。このような、モノやサービスの国際間の取引を国際貿易と言います。国際貿易と聞くと、為替の存在は避けて通れないですよね?はい。国際貿易をおこなう以上、お金のやり取りも同時に発生します。国際貿易におけるお金のやり取りは国際金融と言い、学術的には国際マクロ経済学とも言います。ご存知のように、国内金融と国際金融の違いは、お互いの貨幣が違うことです。為替レートは、異なる通貨でも取引ができる重要な要素となります。例えば日本だと、自動車などの輸送機器および半導体関連の機械・機器等について、世界市場で比較優位を持っています。貿易収支が黒字になって円高になると、日本の商品・サービスが売れにくくなります。逆に円安だと、外国から輸入する資源の円建ての価格が上がるため、資源が少ない日本に住む私たちの生活に大きな影響を及ぼします。ただし、いずれにしても外国と貿易することで、日本全体としては利益になることは間違いありません。【2-2】技術大国日本、現状はどうなってる?国際貿易において、日本の強みは何でしょうか?日本の強みは沢山あります。やっぱり高い技術力を持って、上手に綺麗で高品質な製品が作れることですね。日本の自動車は勿論、化学品、精密機械および集積回路・半導体製造機器機械なども世界市場で高い競争力を持っています。古典的な貿易理論では、各国の特有な生産要素や資源賦存による優位性に基づいて貿易のパターンを決めます。いわゆる、自国に相対的に豊富な資源を利用し、優位性のある商品を安く作れるため、自然と国際競争力が高くなると考えられてきました。現在は国際市場において、自国企業の競争力を生かして産業間の貿易をおこなうことが重要視されています。日本の場合だと、資源を豊富に持っていない代わりに技術力を高めることで、国際競争力を付けてきました。特に、自動車のような最終財や、自動車の部品といった中間財が強いですね。以上のように、たくさんの分野で日本は国際市場に対して強い競争力を持っていることは、ぜひ忘れないで欲しいです。しかし、米国や中国など、日本と同じくらい技術力が高い国が増えていますよね。この場合、何が重要になるんでしょうか?確かに現代的不完全競争貿易理論では、産業内の貿易が重視され、特に日本と米国のような先進国同士での間では、このような産業内貿易においてはブランド力が大きく影響します。商品だけではなくサービスを含む技術力で裏付けされたブランド力が世界で競争することが、これからの日本経済全体が競争力を高める鍵になるでしょう。トヨタのブランド力は言うまでもなく、日本特有のサービスのブランド力ももっと発揮すべきできないかと思います。【2】日本の国際競争力を高める鍵は?【2-1】国際貿易でも問われる生産性そのためには、先生として何が必要だと考えられますか?大企業だけでなく中小企業も国際市場で活躍できることです。とはいえ、国際市場へ進出するには、それ相応のコストがかかります。中小企業が自ら海外に市場開拓するのは難しいのが現状です。ただ、日本の自動運転スタートアップが中国のEVメーカーと提携するニュースがあったように、国際間の協力で市場開拓ができれば、日本の中小企業が世界で活躍できるでしょう。なぜ、中小企業が国際市場で活躍しづらいのでしょうか?2000年代以降の産業内貿易について注目されたのは、同じ産業の中では大企業と中小企業を区別し、国際市場での競争力によって、国内市場で生き残れるかどうか、生き残った企業が国際市場に進出可能かどうかについての議論です。これを最初に研究したのは、メリッツという著名な国際経済学者です。イメージとして簡単に言いますと、横軸を企業の生産性、縦軸を利益としてグラフで表すと、生産性が小さい企業は国内市場しか事業をおこなえず、生産性が高い大企業は海外進出できていることがわかります。市場参入特に海外市場の開拓コストを考えますと、確かに財力的に中小企業にとっての壁が高いことがわかります。ただし、近年IT技術と規制の進歩によって、より深い経済統合が可能になり、新興企業や小規模企業も参入障壁を軽減され、海外市場にアクセスしやすくなりました。ここでカギになるのは中小企業のIT技術力です。世界的なデジタル・ネットワークにどこまで参加できるかということですね。【2-2】危機をいち早く脱出するために必要なもの日本の経済が成長するために、中小企業の生産性以外に考えられる課題はありますか?リーマンショックやコロナ禍のような危機が起きてから、いかに早く回復できるかですね。資料によりますと、アメリカと中国は金融危機が起きた2008年末から2014年の四半期までそれぞれ14%と65%とGDPが成長し回復しましたが、なかなか元の成長経路に戻らず長期停滞(Stagnation)に陥る経済も少なくありません。日本もバブル崩壊後に長期的な停滞にあると言われています。その原因の一つとして、金融市場の効率性に関連があるといわれています。この金融市場の効率の差が企業の参入・退出のダイナミクスに差をつけ、ショックから経済回復スピードの差が生まれると関連研究では推定されています。2015年の日銀リサーチラボによりますと金融危機後の景気回復が緩慢であった原因の一つは、「企業の資金調達環境の悪化を通じた生産性の低迷」だと指摘されています。例えば米国の場合、コロナショックが起きた2019年から2020年の間に新規ビジネスが生まれた数が20%も上がりました。金融市場があまり発展していないと思われがちな中国がベンチャーキャピタル取引額においてすでにアメリカ市場に続いて世界2位になったことが最近の研究で判明しました。これによって、中国でも新規ビジネスが多く生まれております。つまり、金融市場の効率性、特に資金調達力を高めることで参入と退出がうまく円滑化されているのです。他にもさまざまなケースが考えられますが、参入と退出のスピードを高めることで、リーマンショックやコロナ禍といった大きな危機から早く回復することが可能だと考えています。なぜ、日本は参入と退出が比較的遅いのでしょうか。難しい質問ですね。我々の進行中の研究では、新規企業の育成における金融市場の働きを究明することを目指しています。金融市場がうまく機能すれば、生産性の低い企業・産業の退出と将来の可能性が大きい産業への資源配分の転換が効率的に実現可能となり、経済全体の生産性上昇にもつながるのではないかと期待しています。例えばコロナで一気に普及したZoomは、10年ほど以上前からエンジェル投資を受けてきました。逆に言えば、投資を受けられなかったら、今のような大きな発展はなかったかもしれません。それくらい、スタートアップが資金調達できる環境は重要なのです。【3】国際貿易では避けて通れない政治的側面国際貿易は、政治的な影響も受けると思います。日本が国際貿易を続けられるためには、何が重要でしょうか?国際競争力を保つためには、地政学的なリスク分散が重要です。日本の製造業はアジアを中心に成熟しており、特に中国は最も大きな投資先かつ貿易相手です。ここで何か問題が起きると困りますよね。場合によっては、経済安全保障の観点から考える必要もあります。実際、コロナ禍で半導体の供給が滞ってしまったことをきっかけに、半導体の生産拠点を海外から日本国内に移す動きも出ています。グローバルバリューチェーンは日本経済において非常に重要な役割が果たされ、今まで培ったネットワークが壊れないよう、今後の動きに注目していきたいですね。国際貿易は為替の影響も考慮する必要があります。ここ数年、日本の円安が続いており、国際市場における日本の競争力はどうなっているでしょうか?確かに、米ドルやユーロと比較すると、円安が続いていることが目立っていますね。円安は日本のサービス業にプラスの影響を与えますが、輸出促進効果が弱まっていることがデータで示され、円安の正の効果が以前より弱くなるように思われます。また、円安による資源を中心とした輸入負担増、人員の国際間移動のコスト増にもなっており、今後も注目したいです。【4】日本が成長するために若い世代に求められること・出来ること日本にとって国際貿易がいかに重要か理解できました。日本の国際競争力を高めるためにも、今の日本に必要なことは何でしょうか?これからの国際競争力は人材の競争ともいわれています。若い世代が日本の将来に自信を持つこと、能力・実力がある人に見合った環境を提供すること、この2つが大切だと思います。能力・実力がある若い世代が、世界で活躍できることが勿論良いことですが、日本でも有能な若手が活躍できる環境が提供できれば、世界から人材が集めてくることが可能ですし、AIなどの新しい技術を含めて、次世代の技術発展につながることができます。私たち個人としては、何が大切になりますか?以前、私のゼミ生から「なんで経済成長させないといけないの?今のままでも十分に便利な生活が送れるじゃん」という質問を受けました。一見、その通りかもと思うかもしれません。しかし、今の便利な生活を維持するために、経済成長させる必要があるのです。実際、年金や医療保険など、今の生活を維持するための財政負担が大きくなっています。日本の充実した生活を守るために、経済を成長させて日本の財政を保たないといけません。若い世代の中には、年金をもらえないと悲観的に思う人がいるかもしれません。Animal spiritsまたは自己実現(self-fulfilling)という行動表現があり、人々の思いや行動によって、実際の経済に影響を与え、結果として人々の思う方向へ経済が動くことが可能なことを指します。年金はもらえないと諦めるのではなく、年金をもらうために、今どのような行動が必要か、と考えて欲しいなと思っています。個人の生産性を高めることについて、最近は女性の労働環境も注目されています。女性がもっと活躍するために、何が重要だと考えていますか?近年日本の女性が積極的に市場進出し、世界から見ても高い市場参加率になりました。1980年代からのデータ分析から見れば、日本女性の労働環境は良くなりつつありますが、まだまだ改善の余地があります。例えば、男女間の賃金格差が依然として残っていますし、休みの取りやすさや育休からの復帰のしやすさも課題になっています。女性の社会進出は、日本経済全体にとっても重要な意味を持っています。我々の試算では、もし男女の労働環境が同じように改善されれば、女性と男性の労働意欲ともに高くなることが可能で、これによって日本の財政状況の改善にも繋げられます。そのため、だれでも働きやすい環境づくりに可能な範囲でサポートすることを意識して欲しいなと思います。国際貿易という大きなテーマでインタビューさせていただきましたが、突き詰めると私たち1人ひとりに関わる話でびっくりしました…!では、最後に読者へメッセージをお願いします。英語が苦手だと思っている日本人が少なくないですが、私は日本人の英語力は高いと思っています。実は、外国の方とはキーワードだけを言っても、お互いコミュニケーションを取れるので、周りの異文化の人と友達を作ったらいかがでしょうか。これは国際貿易と同じ理屈で、きっと双方ともに利益になると信じます。日本の英語力は低いと思っていて、私も自信がなかったんですけど、すごい勇気をもらえました…!身の回りだけでも、積極的に英語を使ってコミュニケーションを取ってみます。今回はインタビューを受けていただき、ありがとうございました! -
為替・コモディティの専門家から聞く、分散投資の必要性|岡山大学 経済学部 酒本隆太准教授
近年、NISAやロボアドバイザーなどを活用して投資を始める方が増えています。コロナ渦やウクライナ侵攻を相まって、将来の資産形成をより重要視している方もいらっしゃるでしょう。しかし、投資の方法は人によってさまざまです。株式だけ投資する人もいれば、複数の資産に分散投資する人もいます。自分はどのような投資をしたらいいか、迷っている方もいらっしゃるでしょう。そこで、マネップでは岡山大学経済学で主に国際金融を研究されている、 酒本 隆太(さけもと りゅうた)准教授にインタビューを実施。先生の研究テーマに触れつつ、投資に対する考え方をお聞きします。自分に合った投資方法を見つけたい方、専門家の人から投資の知識を学びたい方は、ぜひ当インタビュー記事をご参照ください。世の中の変化に合わせながら投資を続けられるヒントが得られるでしょう。取材日:2023年10月6日 分散投資先の為替・コモディティとは?株式と為替・コモディティの違い先生は、為替・コモディティに関する研究をおこなっています。まず、株式と為替・コモディティの違いを教えてください。株式は10年20年という長期的目線で見ると、経済成長と共に価格が上がり、配当も増える特徴があります。もちろん、企業によって倒産したりより大きく成長したりしますが、株式市場全体で見ると基本的に右肩上がりと捉えて構いません。一方、為替は2国間の物やサービスの交換レートなので、お互いの経済・政治状況によって上がったり下がったりします。経済成長とともに価格が上がりませんし、配当もありません。原油・ 金などのコモディティも同様の性質を持ちます。このように、為替・コモディティは株式とは異なる値動きをします。そのため、実際に為替・コモディティ投資する際は、その特徴を踏まえた取引をする必要があります。株式と為替・コモディティでは、投資の基本的な取引の考え方が違うんですね。では、為替・コモディティは、一般的にどのような取引をするのでしょうか?為替の代表的な取引方法は2つ挙げられます。1つ目は、低金利の国の通貨を売って高金利の国の通貨に投資し、その金利差で利益を狙う「キャリートレード」です。2000年代はパフォーマンスが良くて人気でしたが、2008年のリーマンショックでパフォーマンスが大きく悪化したことがあります。 【世界株式とキャリートレードの値動き比較】 ※Sakemoto (2018)とByrne, Ibrahim, Sakemoto (2018)より作成 キャリートレードは株式投資と同様に世界経済が好調な時に、収益を上げやすい取引方法です。ファイナンス理論的にはキャリートレードの高収益は、株式との分散効果が働かない高リスクな投資手法なので、その高リスクを反映して収益率が高いと考えることができます。2つ目は、購買力平価を活用した取引方法です。ある国の物価が高くなると今までと同じ金額で買える物の量が減るため、長期的には他国の通貨に対して通貨価値が下落する傾向にあります。この特徴を踏まえて、2国間の物価上昇率から考えた為替レートの理論価値と、実際に取引されている為替レートを比較して、割安になっている通貨を買うことで収益を狙います。別名「バリュー取引」とも言われていて、株式と違う値動きをすることから、2008年のリーマンショック時には良いパフォーマンスが出ていました。そのため、分散投資の1つとして活用されることがあります。コモディティだと、一般的に分散投資先の1つとして取引されます。特に金・銀・プラチナといった貴金属は、株式市場が大きく下落する時に価格が上がる傾向にあるため、貴金属をポートフォリオに入れておくと、ポートフォリオの値動きをある程度滑らかにできるでしょう。したがって、株式とは異なる動きをすることで、分散効果を狙いたい場合は、為替のバリュー取引や原油・ 金などへの投資が有効と考えられます。その中でも、為替のバリュー投資は分散効果だけではなく長期的な収益も狙いたい場合、金への投資は収益よりも株価の大幅な下落に対する分散効果を得たい場合と、目的に合わせて使い分けることが可能です。為替・コモディティの値動き、どう捉えるべき?為替はニュースで日々報道されますが、投資においては難しい存在だと感じます。特に米ドルベースで投資する時は、為替ヘッジも考えないといけません。まず、国際投資する時の為替ヘッジについてです。為替変動は短期的に外国株式のパフォーマンスに影響しますが、過去の100年以上のドルベースのデータを見てみると、自国通貨安になったり自国通貨高になったりする期間が交互にやっていきます。 【円/米ドルの為替変動】 出典:Googleファイナンス「アメリカ合衆国ドル から 円」2023年10月12日確認 つまり、世界経済の成長に合わせて値上がりする株式の場合、長期的には為替の影響はそこまで大きくありません。個人的には、長期的な株式投資においては為替ヘッジは不要かなと思います。次に、日本株式市場に限定します。日経225やTOPIXといったインデックスは、輸出関連の企業の時価総額が大きく、インデックスに与える影響が大きくなっています。みなさんご存知のように、円安になると輸出が有利で、逆に円高だと輸入が有利です。そのため、程度の話はあれど円安の方が円高よりも、輸出関連の企業の業績が上がり、日本のインデックスにはプラスの影響を与えます。そして、インデックスが伸びると言われています。日々の為替の値動きに対しては、どのように捉えたらいいでしょうか?物価の上昇率が高くて金利を上げた国の通貨は短期的に価格が上昇しますが、中長期的には下落しやすい傾向にあります。ここが、世の中の人が混乱しやすい為替の特徴かなと思います。また、個人的にややこしくなっている原因として、ニュース・新聞では短期的な値動きだけを報道して、国際経済学の教科書では中長期的な部分しか解説しないことが挙げられます。為替を全体的に把握できる機会が、そもそも少ないんですよ。なるほど。短期・中長期どちらの視点から見るかで、為替の捉え方が変わると言うことですね。では、債券やコモディティの値動きはどう捉えたらいいでしょうか?債券や金といった値動きが比較的緩やかな資産では、為替の影響が大きくなります。特に世界債券に投資する場合、金利の値動きを把握できても為替の予測をはずせば、パフォーマンスを大きく落とすかもしれません。なので、債券や金に投資したい場合は、為替ヘッジを おこなうか真剣に検討したほうがいいでしょう。個人的には、重要なパラメーターが2つ以上あると予測が難しくなるので、基本的に為替ヘッジをすることをおすすめします。また、金利と金の値動きは綺麗な逆相関の関係になることが多いので、金の価格を把握すると、金利の値動きがよりわかりやすいでしょう。 【米国債10年と金現物の値動き比較】 出典:SBI証券「米国債10年」2023年10月12日確認 ちなみに、日本はエネルギーを輸入に頼っているので、原油を中心としたエネルギー価格の変動は日本の景気に大きな影響を与えます。エネルギーは世界経済の必需品なので、経済の見通しを知りたいなら、エネルギー価格を把握するのがおすすめです。自分に合った投資戦略を作る方法投資のリスクとは、何かを犠牲にしてパフォーマンスを狙うこと自分がどの投資戦略を取ったらいいか判断するには、どうすればいいでしょうか?ご存知のように、投資することは資産関係なく何かしらのリスクを取り、その見返りとしてリターンを得ます。リスクとは、パフォーマンスを狙うために、何かを犠牲にしていることです。なので、気になる投資戦略を見つけたら裏側にある考え方、何を犠牲にしているか考えてみてください。先ほど申し上げたキャリートレードで例えると、株式と同じような値動きをするので分散効果を犠牲にしています。資産価値が減ってほしくない時にパフォーマンスが下がる可能性がある投資手法は、通常時は高いリターンが得られる傾向にあります。「リスクは値動きの幅」と聞いたことがありますが、値動きの仕方まで考えるとわかりやすいですね!では、そもそも投資のリターンは、何が原因で起こるのでしょうか?全て説明できる訳ではないですが、大きく3つ挙げられます。1つ目は、何かを犠牲にしている、何かのリスクを取っている見返りにリターンが生じます。上で説明した以外の例では、買いたい時に買えなくて売りたい時に売れない、流動性のリスクが代表的です。具体例として、不動産が挙げられます。注文と実際に取引するタイミングにズレがあるので、その分平均的なリターンが高くなる傾向にあります。2つ目は、なんらかの心理的バイアスが含まれている場合です。人間なので、どうしても感情的に判断してしまいます。感情に任せて取引する人もいるので、想定していた値動きにならない可能性があり、それがリターンにつながる場合があります。3つ目は、制度的な要因でリターンが生じる場合があります。例えば、銀行は四半期末にバランスシートのリスクを増やせないので、通常であれば 収益機会が残されたままの場合があります。そこに参入できれば、リターンを生み出すことができます。株式の例を参考に気になる金融商品を見つけたら、なぜリターンが生まれているかぜひ確認してください。そもそも分散投資って必要?個人の資産形成において、株式を主体とした分散投資が人気を集めています。株式以外に、なぜ債券や金などに投資した方が良いのでしょうか?資産の分散投資は、ポートフォリオの短期的な値動きの変動を抑えることが目的です。例えば年金基金だと、長期的に資産を増やしつつも毎年残高が引き出されるため、資産額を大きく変動させないことが求められます。そのため、債券や金などに投資して、ポートフォリオの値動きを抑えています。ただ、私たちのように投資の結果を20年30年後に求めている場合は、株式以外に分散投資すべきか一度立ち止まって考えるべきかなと思います。なぜなら、先ほど申し上げたように世界全体の株式市場は、長期的に見れば経済成長に合わせて株価は上昇し続けるからです。時間をかけるなら、株式だけに投資する選択肢も考えられると。では、どのような場合だと分散投資をした方がいいのでしょうか?もし分散投資したいなら、世界株式あるいは米国のインデックスへ投資して世界経済の成長と共に資産を増やしつつ、ポートフォリオの短期的な値動きをどうするか考えてみるといいでしょう。 【世界株式(MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス)の価格推移】 参照:三菱銀行「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)基準価格」2023年10月12日確認 例えば、シンプルに当面の生活費や医療費などを現金で貯蓄しながら、世界株式のインデックスに投資するだけでも十分な分散効果が得られます。まずは、つみたてNISA(2024年から新NISAに変更)やiDeCoで世界経済や米国のインデックスにを積立投資をしていただき、慣れてきたら他の資産に投資するか検討してみてください。分散投資は、あくまで世界株式に投資して世界経済の恩恵を受けることが前提なんですね。日本に住んでいるとあまり実感しにくいですが、1990年代のバブル崩壊の影響が強く、株式市場が成長するイメージが湧かないかもしれません。株価を見る時は、以下のように世界株インデックスや米国株インデックスを参考にすると、株式市場が成長していることをイメージできるでしょう。 【世界株式(MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス)とS&P500の値動き比較】 引用:Yahoo!ファイナンス「インベスコ MSCIコクサイ・インデックス基準価格」2023年10月12日確認 分散投資で起こりうるリスクを考えてみるもし分散投資で資産形成を始める場合、どのようなリスクを考える必要がありますか?世界株式のインデックス投資では、資産がゼロになることは考えにくいです。株価が上がり続けることがないように、下がり続けることもありません。ただ、ある程度投資に慣れていないと、日々の値動きの乖離に戸惑うと思います。ファイナンス理論的には下落している局面こそ期待リターンが高くなり、買うタイミングになることが多いのですが、個人で判断するのは難しいかもしれません。自分自身の投資で日々の値動きに耐えられないなら、ルールに基づいて運用してくれる積み立て投資・ロボアドバイザー・AI投資を考慮してもよいかもしれません。ちなみに、個別株で分散投資をしたい場合、何に注意したらいいですか?個別株だと、人によって投資する銘柄が変わりますよね。投資の仕方によっては、似たような企業にばかり投資してしまうでしょう。企業によって成長するタイミングは異なるため、長期的に考えると成長率が高い状態は永続しません。したがって、個別株ではどこかのタイミングで、投資する企業を入れ替える必要があります。このように、世界株と個別株では、同じ株式投資でも考え方が変わってくることを理解しておきましょう。投資する銘柄の数によって、ポートフォリオの値動きの仕方が変わることを理解しておくといいんですね。情報を客観的に捉えるために大切なこと先生のお話を聞いていて恐縮ですが、経済・金融に関する情報にはいろんな意見があります。情報を鵜呑みにせず情報を集めるには、どうすればいいでしょうか?意見を言っている人の経歴・実績を確認することに加えて、どの立場から言っているか意識することですね。その上で、企業・金融機関・研究者など、立ち位置の違う人の意見を取り入れることが大切です。また、短期的な見通しで意見を言う人もいれば、長期的な目線で話す人もいます。それこそ、為替の値動きは人によって、捉え方が大きく変わります。同じ円安でも、輸出企業と輸入企業で意見は反対になります。立ち位置が違う人の意見を取り入れると、判断が難しくなると思います。ただ、特定の立ち位置の人の意見だけ取り入れると考えが傾いてしまい、本来自分が取りたい判断が下せないかもしれません。極端にいうと、長期運用したいのにデイトレーダーの意見ばかり取り入れるのは、ちょっと違いますね。中立的な意見を言うことを意識していても、どうしてもその人の置かれている場所や経験が大きく影響します。実際、若い時に経験した内容によって、運用に対する考え方が変わることが、研究でも明らかになっています。私はイギリスに留学した経験があるんですが、当時はまだグローバル金融危機、ユーロ圏の債務危機、東日本大震災などの影響が残る時期でした。当然、長期的な経済の見通しにネガティブな印象を持っていましたが、景気が良い新興国から来た留学生はポジティブな見通しを持っていたんですよ。出身国の違いでここまで意見が違うのかと、ギャップを感じたことも今でも覚えています。先生のお話も鵜呑みにせず立場が違う人の意見も取り入れて、自分自身で判断できるようにしたいですね。今回はインタビューを引き受けていただき、ありがとうございました! 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CEOの研究から分かった、成長する企業・不正が起こる企業の違い|一橋大学 経営管理研究科 鈴木 健嗣教授
企業が成長するうえでCEO(Chief Executive Officer/最高経営責任者)の存在が大きいことは、なんとなく理解できるでしょう。ただ、企業を成長させるCEOとそうではないCEOの違いは、どこにあるのでしょうか?今回、一橋大学 経営管理研究科でCEOに関する研究をされている、鈴木 健嗣(すずき かつし )教授に「企業の成長とCEOの関係」についてお聞きしました。先生によると、CEOの性格・考え方が企業の成長にどう影響を与えるか、研究の世界では次々と判明しているとのことです。先生の研究内容を交えつつ、勤務先・取引先・投資先など、ご自身が関わる企業を深く知るためのヒントを探っていきましょう。取材日:2023年8月30日CEO研究の現状CEOの特徴によって企業は大きく変わる先生はCEOに関してさまざまな研究をされていますが、現在どのようなことが判明しているのでしょうか?研究の世界では、企業の収益性の変化に最も影響を与えているのは、CEOであることが判明しています。しかも、会社の名前・業種・規模など、他の要素よりも圧倒的な影響度があるんですよ。わかりやすい例として、年齢が挙げられますね。年齢の違いで投資判断も変わってくるのか、定年に近い人だとどうなのか、さまざまな条件で分析されています。生物学的な性別の違いも研究されており、男性ホルモンのテストステロンの分泌量が比較的多い男性のCEOは、中長期的にリスクを取って冒険する傾向があるんです。一方、女性のCEOは安定志向で、会社を潰さない経営を志向する傾向があることがわかっています。ちなみに、上記の論文が公開された後、海外のCEOはクリニックに行って、テストステロン注射を打ちにクリニックの列に並びに行っていることが、フィナシャルタイムズで公開されました。もはや生物学?!CEO研究は人間を研究することだった インタビュー時の鈴木先生海外CEOが注射を打ちにいくほど、経営においてテストステロンは重要視されているんですね……!年齢とともにテストステロンは減少していくので、結構重要なことなんですよ。何事も合理的に判断するのではなく、「やりたいからやる!」っていう思い切った決断も、CEOには求められます。急成長企業には冒険するCEOが常に存在するのです。例えば、個人投資家のお金を預かって運用するファンドマネージャーのテストステロンを調べてみると、業績が良いファンドマネージャーとテストステロンの多さに相関関係があることも判明しています。ちなみに、男性の手を見るのが好きな女性っているじゃないですか。単純に好きだから見ているんじゃなくて、実は無意識にテストステロンの多さを見ているという話もあります。テストステロンが多いと暴力的になるって言われていますが、実は仲間には優しくなったり女性にモテたりするなど、研究を通じていろんなことが判明しています。経営学のお話を聞きに来たつもりでしたが、ホルモンのお話が出てきてすごく面白いです!経営を研究するというより、もはや人間を研究している学問ですね。おっしゃる通りです。他にも、性格・経験・プライベートでのお金の使い方など、いろいろな角度から検証されています。要は、肉体的なことから心理的なことまで、人間の特徴が経営にどう影響するか、分析して実証することが我々の研究です。実は、経営学における初期の研究にも、どのような宗教・宗派を信じるかで経営方針は変わるのかっていうものもありますよ。CEOを取り巻く人間関係と業績の関係性「しがらみ」があることによる影響経営学って難しいイメージがありましたが、私たちにとても身近なお話ですね。では、先生は現在どのような点に注目して、CEOの研究を進めていらっしゃいますか?現在、しがらみについて研究を進めています。しがらみとは、会社での存在感が大きい人の影響で、本来取るべき経営判断ができないことを言います。やっぱり、良い意味でCEOが自由に経営できないと、会社が成長するのは難しいんです。じゃあ、なんでしがらみが生まれるかっていうと、お世話になった人への恩義があるから。先輩たちが残したものを本当は潰したほうがいいけど、先輩たちのおかげでCEOになれたから手が出せないんですよ。実際、「レシプロシティ(返報性)」という、やってもらったことに対して報いたいという心理があることが、科学雑誌「Science(サイエンス)」で掲載されていました。具体的には、どのようなしがらみを研究されているのでしょうか?私の研究では、自分をCEOに選んでくれた人が顧問や相談役のポジションにいることで、会社の経営にどのような影響を及ぼすか分析・検証しています。例えば、大きな戦略変更が起きやすいかどうか検証した結果、そうしたポジションに恩義のある方がおられると、戦略変更が起きにくいことが判明しています。併せて、経営者の選ばれ方に関しても研究しています。本来、企業の将来性を考えて有能な人を選ぶべきですが、前のCEOのえこひいきで選ばれる場合もあるんですよ。同じ大学出身とか同じ部署で一緒だったとか。自分が院政を引くために、息のかかった人を選ぶということですね。その結果、能力が低い人がCEOになって、会社のパフォーマンスが悪くなってしまう。しかも、えこひいきで選ばれたCEOは、次のCEOを選ぶ際にもえこひいきする可能性が高いこともわかっています。ちなみに、米国でのCEOの選ばれ方はどんな感じですか?日本は先輩後輩の関係を大事にして、米国は合理的に判断するイメージがあります。実は、米国ってめちゃくちゃコネと学歴社会ですよ。MBA持っているだけで給料めちゃくちゃ上がりますし、そもそもコネがないと就職するのも大変。米国ほどコネや学歴がものをいう国はなかなかありません。逆に言えば、人からの評価を重要視している社会と言えます。学歴も言い換えたら教授の評価ですし、信用される関係性を築いたから紹介されるわけです。人を通じた情報のやり取りに、高い価値があると考えられてるかもしれません。やっぱり人って、関係性がないと相手をちゃんと評価できないと思うんです。えこひいきで評価したらよくないけど、人を正しく見るという意味では、すごく大切なことじゃないかな。癒着が起きたりわざと良い取引をしなかったりするのも、人との関係から始まっているわけです。企業の代謝を上げるにはどうしたら、日本の大企業は変われるでしょうか?大企業は変わらなきゃいけないって言われておきながら、変わらない理由の1つとして、能力が高い人というよりはえこひいきで選ばれることが、連鎖的に起こっていることが考えられます。じゃあ、単純に有能な人がCEOになったら大丈夫かというと、そうとは限りません。なぜなら、時代は常に変化していて、その人の経験・知識が陳腐化する可能性があるからです。とはいえ、業績を上げて偉くなったわけだから、会社内でものすごい影響力を持ってしまい、誰も歯向かうことができない。だから、能力が陳腐化し会社の成長を阻害するようになったとしても、実績のあるCEOをやめさせることは非常に難しいんですよ。株主ですら、次のCEOを連れてきにくいと言われています。業績を上げて高いポジションに就いたとしても、常に変化が求められると。具体的な対策はないのでしょうか?一部の企業では、対策として任期制度を導入しています。どれだけ影響力を持っているとしても、任期が過ぎたら次の世代にバトンを必ず渡すことで、企業の代謝を維持できます。いずれ交代することがわかっているから、CEO候補の人は選ばれるために仕事を頑張れるんですよ。新CEOの就任直後は業績が悪くなる傾向にあるんですが、任期制度を導入している企業だと比較的安定することがわかっています。任期制度を導入すると目先の利益を追いかけて、長期的な投資ができないって意見もあるんですが、日本の場合は任期制度は上手く機能しています。じゃあ、なんで日本は任期制度を導入したら上手くいったのか研究すると、相談役・顧問が中長期的な目線で行動を促す役目を果たしていると考えられているからです。最初に相談役・顧問のしがらみが、CEOに悪い影響を及ぼすと言いましたが、ちゃんと役割を果たせたら良い側面もあります。企業の不正を防ぐには企業の不正事件がきっかけでCEOの研究に興味を持ったそもそも先生がCEOの選び方に興味を持たれたのは、どのようなきっかけがあったんですか?2011年に起きた「オリンパス事件」がきっかけですね。オリンパスが長年隠し持っていた不正会計を、当時のCEOであるマイケル・ウッドフォートさんが海外投資家向けに公表しました。 当時のオリンパス社長、ウッドフォード氏 出典:THE WALL STREET JOURNAL「オリンパスに嵐を巻き起こした男-ウッドフォード氏、会社人生を語る」なんで彼じゃないと不正が世に出てこなかったのか、長年不正を隠し続けられたのか気になって調べると、しがらみが影響していたことがわかったんです。もう1つ、きっかけがあります。2015年に起きた東芝の不正会計が発覚した後、CEOに就任した室町正志さんが役割を十分に果たせていないと感じたんです。なぜなのか調べてみると、やっぱり「先輩方が残したものに手を付けられない」っていうしがらみが影響していたんです。 当時の東芝社長、室町正志氏 出典:毎日新聞「東芝不正会計を見逃した超巨大法人の「節穴監査」」元々まったく異なるジャンルの研究をしていましたが、CEOによって企業の業績が大きく変わることに興味を持ち出して、現在の研究を始めました。法的整備が進んでも最後はCEOのモラルが重要企業の不正を防ぐには、どうすればいいのでしょうか?会社の不正はいろんなケースがあるので一概には言えませんが、ニュースでよく取り上げられるのはガバナンスの話ですね。近年、法的観点からガバナンスを改善する動きがあります。多少は改善されると思いますが、根本的な解決にはなりません。例えば、社外取締役はどのように選ばれるか調べると、ほとんどの場合が経営者の友達か名前が売れている人を連れてきます。友達の首はなかなか切れないし、名前が売れているからといって会社の状況を見抜けるとは限らない。特に忙しい人だと見る暇もありません。友達・能力がない・忙しい、この3つが揃っていると会社の意思決定に対して、評価することができません。結果、企業が不正を起こしても見逃してしまう。不正を防ぐための社外取締役も、結局トップのCEOが選んでいるから、根本的な解決にならないと…。テクニックとして、役員のインセンティブとしてストックオプションを渡す方法もありますが、合法的な範囲で利益操作はできるので、正しく機能しない場合もあります。例えば、あえて業績を下げておいて、株式の権利行使権が決まる前に引き上げる方法があります。現在は違法ですが、株価が低い時にストックオプションを渡したことにする価格操作(バックデート操作)が、日本よりもガバナンスが厳しい米国で頻繁におこなわれました。不正を防ぐためにガバナンスの仕組みをどれだけしっかり作っても、やっぱり抜け道は必ずあるんですよ。ガバナンスはあった方がいいけれど、最終的に重要なのは経営者のモラルなんですよ。企業を成長させるにも不正を防ぐにも、トップであるCEOによって左右されるのですね。企業の動きを見るうえで、たくさんヒントをいただきました。今回はインタビューを受けていただき、本当にありがとうございます! -
競争が激化する日本のデジタル決済サービス。シンガポール在住の経済学者の視点は?|埼玉大学 経済経営系大学院 長田 健教授
ここ数年で、日本ではデジタル決済が一気に普及しました。クレジットカードや電子マネーを皮切りに、QRコードをはじめとしたスマホ決済も身近な存在になっています。しかし、あまりにも多種多様なデジタル決済サービスが乱立しており、使いたくても種類が多くてややこしく感じた人もいらっしゃるでしょう。そこでHonNeでは、現在シンガポール国立大学で研究を進めている埼玉大学の 長田 健(おさだ たけし)教授に、シンガポールのフィンテック事情を交えつつ、日本のデジタル決済の現状についてお聞きしました。日本のフィンテック事情が知りたい方や経済に関する教養を深めたい方は、ぜひ当記事をご一読ください。取材日:2023年8月3日写真出典:埼玉大学シンガポールで体感した海外フィンテックの利便性日本も含めて、世界中でフィンテックが注目されています。先生は現在シンガポール大学で研究されていますが、シンガポールはどこまでフィンテックが普及していますか?シンガポールは日本よりもフィンテックが普及している印象です。私がシンガポールに住み始めて、便利だなって思ったサービスが3つあります。それぞれ紹介しますね。海外送金アプリは早くて送金手数料がやすいまず1つ目が「Wise(ワイズ)」っていう海外送金サービス。ワイズはイギリスの企業が開発したサービスですが、とにかくめちゃ簡単で送金手数料がめっちゃ安い。 出典:wise公式サイト日本で一般的に海外送金するには銀行を利用しますが、まずアポイントメントを取らないといけません。アポイントメントを取って、銀行に行って本人確認やいろんな必要書類を書いて、やっと手続きが完了。海外送金の準備をするだけでも約1週間もかかるんです。そこから送金がおこなわれるので、実際にお金が相手に着金するまで、早くても数週間はかかります。銀行を使った海外送金は、なぜ1ヵ月近くもかかるんですか?マネーロンダリング(資金洗浄)のリスクを防ぎたいからです。悪いことして手に入れたお金でも、国境を超えた送金を何度か繰り返せば、綺麗なお金になって戻せます。国としてはマネーロンダリングを防ぎたいから、誰が誰に対してお金を送ったのかきちんと確認する必要があって、結果的に時間がかかるんですよ。でもワイズを使えば、1時間くらいで海外送金ができる。その理由は登録時にマイナンバーを使うから。マイナンバーとワイズアプリを連携するだけで本人認証が完了するので、アプリをダウンロードして数時間後には、もう海外送金ができてしまいます。マイナンバーがスマートフォンの中に!あらゆる本人認証手続きが数十分で完了なぜ、ワイズならマイナンバーを連携するだけで海外送金ができるんですか?それこそ、2つ目のサービスであるシンガポール版のマイナンバー「シングパス」です。 出典:singpass公式サイト日本のマイナンバーとの違いは、マイナンバーがスマートフォンのアプリ内にあること。アプリ内にあることで何が便利になるかというと、本人認証がスマートフォンの画面で完結するんです。僕がシンガポール労働省で労働ビザを発行した後、「銀行口座作らなきゃ」と思って、現地銀行のアプリを帰り道のバスの中でダウンロードしました。そしたら、帰宅した頃にはもう銀行口座が開設されていて、すごくビックリしたんです。銀行口座が数十分で開設できたんですか!とても早いですね。数十分で銀行口座が開設できる理由は、銀行アプリからシングパスのアプリへ移動して、パスワードの入力と顔認証だけで本人認証が完了したからです。銀行口座だけじゃなくて、本人認証が必要なあらゆるアプリがシングパスと紐づいている。だから、あらゆる手続きがスマートフォンの画面だけで完結するんです。他にも、いろんな商業施設の利用料が割引されるアプリがあって、そのアプリを使うにも本人認証が必要だったんですが、シングパスと連携したらすぐに使えました。日本だと毎回マイナンバーカードを撮影する必要があるのと比較すると、スマートフォンにマイナンバー情報があるのは便利ですね。あらゆる世代に普及したデジタル決済サービス。決め手は銀行口座への直接送金機能では、3つ目のサービスはなんでしょうか?3つ目は、デジタル決済サービスの「PayNow(ペイナウ)」です。 出典:PayNow公式サイトペイナウはシンガポール銀行協会が主導して作った送金サービスで、現地の人はみんな持ってる。だから、シンガポールでは現金を使う機会がほとんどなくて、ペイナウかクレジットカードさえ持っていれば、シンガポールでの支払いにほぼ困りません。しかも、ペイナウなら銀行口座に直接送金できるんです。シンガポールの銀行は電話番号と紐づいていて、ペイナウに電話番号を入力すれば、指定した銀行口座にすぐ送金してくれます。しかも、手数料も無料なんですよ。それは便利ですね!日本でもデジタル決済アプリで送金できますが、送金先は銀行口座じゃなくて専用のデジタル口座です。人によって使っているアプリが違うから、ちょっと利便性に欠けるなと思っていました。僕もゼミのゼミ合宿を開いた時、ゼミ長に合宿費用の集金をお願いしたんですけど、集金方法が銀行口座とLINE Payに指定されたんです。僕は銀行口座で振り込みましたけど、おそらくLINE Payを使っていない人は、「PayPay使ってよ〜」って思ったはずです(笑)。でも、シンガポールならみんなペイナウを持ってるから、個人間のお金のやり取りで困ることは基本的にありません。それこそ飲み会を開いた場合、グループチャットで自分の電話番号を共有すれば、みんなペイナウで送金してくれるので、飲み会代を1つの銀行口座で簡単に集められます。日本で銀行口座に直接振り込むなら、スマートフォンアプリでも口座情報やらパスワードやら入力する必要がありますよね。振り込み手数料も支払わないといけなくて、面倒臭いじゃないですか。だったら「現金で直接渡すよ」って思いませんか?おっしゃる通りです(笑)。しかも、おじいちゃんおばあちゃんが営んでいるようなお店でも、ペイナウで送金できる。先日、近所の八百屋さんで果物を買ったんですけど、お店の壁にペイナウのQRコードが貼ってあって、それを読み込めば送金完了。送ったお金は、お店の銀行口座に直接振り込まれました。日本国内でもPayPayやLINE Payなどのデジタル決済サービスはありますが、おじいちゃんおばあちゃん世代まで普及していないと思うんです。確かに便利だけど、超便利とまでは言えない。その理由を考えると、やっぱハードルが高いんじゃないかな。ペイナウはシンガポールの銀行協会が作りましたが、言い換えればシンガポールの銀行が共同で作ったようなもの。だから、お互いの銀行口座が違っても手数料無料の直接送金が実現したんだと思います。銀行が決済サービスに力を入れている理由とは国内に目を向けると、三井住友銀行のOliveをはじめとして、多くの銀行が決済サービスに力を入れています。銀行が決済サービスに力を入れている理由として、何が考えられますか? 出典:三井住友銀行「Olive」今の日本だと、伝統的な銀行サービスは儲からないんです。ご存知の通り、金利が低くなり過ぎて預金金利もほぼゼロと言っていい。銀行が担ってきた仲介ビジネスがほぼ成り立たなくなっています。私が小学生くらいの1980年代は、お金を貸せば貸すほど銀行が儲かる時代でした。預金金利も5〜6%付くから、当時の新人行員たちは地元のお金持ちの家庭に行って、「お金を預けてくれませんか」って一生懸命営業していたんです。でも、今は預金がたくさんあっても貸し出し先が少ない。預金と貸出の比率を「預貸率」と言いますが、1980年代は100以上だったのが、今では70程度なんですよ。ということは、0.001%でも預けている人たちに金利を渡すと、ますます銀行の取り分が減ってしまう。さらに預金管理の維持費用も考えたら、伝統的な銀行サービスはもはや利益を産まないお荷物のような存在と言えます。だから、銀行は他に利益を得られる方法として、決済に力を入れていると。もっと言えば、預金管理が負担になっているから、預金の使い道を探していると考えられます。例えば、証券口座と銀行口座を連携させた投資サービスも挙げられます。預金を使って株式を買ってくれたら銀行の手元から預金が離れますし、取引手数料で利益も得られる。少なくとも、日本国内では預金がコストになってます。その預金をうまく使いたいと、銀行は考えているんでしょう。 ちなみに、日本国内の預金がどんどん株式市場に流れたら、経済はより活発化するでしょうか?学術的な立場で話すと、預金が株式市場に移ったことで経済の資金循環が良くなるかどうかは、自明ではありません。確かに、株式市場にお金が流れたら株価は上がりますが、企業にお金が流れた訳ではないですよね。あくまで株価は、上場企業が発行した株を私たちが転売し続けた結果の価格です。もちろん、株価が好調という理由で株式を追加発行すれば、新たな資金の流れは生まれます。逆に株価が下がったら、企業は資金調達を控えるかもしれない。私達個人にとっても資産が目減りするから、消費活動が停滞して景気が悪くなる可能性もあります。政府は積極的に投資による資産形成を推進していますが、みんながリスク資産を持てば経済全体が良くなるかどうかは、きちんとした分析・検証が必要ですね。ただ、少なくとも銀行口座に置いておくよりも株式市場に流れている方が、経済的にポジティブな影響を与えているでしょう。戦国乱世な日本の決済サービス、なぜ乱立している?銀行だけでなく、PayPayやLINEPayなど多くのIT企業もデジタル決済サービスに力を入れています。ますます競争が激化していますが、先生は日本のデジタル決済業界をどう捉えていますか?おっしゃる通り、今の日本のように「〇〇Pay」がいくつもあるよりも、シンガポールのペイナウのようにみんな使うサービスを1つに絞った方が便利だと思いますよね。実際、外国人が日本のコンビニのレジを見たら、「決済方法どれだけあるの!?」ってビックリすると思います。ただ、経済学的には競争すべきと考えられています。複数の主体がサービスを提供していれば、競争が生まれて適正価格に落ち着き、より良いサービスも生まれるからです。もしサービスが1つしかない場合、独占状態になって価格が言い値になる恐れがあります。それこそ、もし銀行が1つしかなかったら他の借り先がないので、お金を借りるために銀行の言いなりになるしかありません。経済学の基本的な考え方ですね。ただ、民間がやると問題が発生するものは政府が担う必要があって、その最たる例が防衛です。民間に防衛を任せたら、大変なことになるでしょう。つまり、民間による競争原理がうまく機能しない領域は、政府が入った方がいい場合もあるんです。だからシンガポール政府は、デジタル決済は民間で競争を促すよりも自ら主導した方がいいと割り切って、ペイナウを作ったんだと思います。一方、日本の場合は競争を促し過ぎてしまった。今この瞬間も、トップの人たちは日本の小口決済のプラットフォーマーになるべく、一生懸命考えてると思います。それこそ、三井住友銀行は日本を代表する銀行だから、PayPayやメルカリとかに奪われたら、たまったものじゃない。だから、三井住友銀行はOliveというサービスをリリースしたのだと思います。どの企業が日本の決済サービスを牛耳るか、今後も目が話せないですね。この度はお話していただき、ありがとうございました! -
経営学の理論を実務に活かす!新潟大学の准教授が挑むサービスのイノベーションとは|合同会社RJ’s リサーチ・アンド・アドバイザリー代表 伊藤龍史
皆さんは経営学について、どのようなイメージを持っていますか?もしかしたら、会社経営という実務の場で活かされない、机上の空論だと思う方もいらっしゃるでしょう。そこに一石を投じるのが、新潟大学で主にアントレプレナーシップ論を研究されている、 伊藤 龍史(いとう りょうじ)先生。先生は自らの研究活動を通じて、新潟発のスタートアップ「RJ's リサーチ・アンド・アドバイザリー」を立ち上げました。先生によると、「経営学の研究者だからこそ、理論と実務の橋渡しができる」と語っています。その根拠を探るために、当記事では会社の事業内容や先生が起業した理由を聞いていきます。インタビュー日:2023年9月26日経営学の理論を実務で活かすサービスを提供したいまずは、先生が立ち上げた会社「RJ's リサーチ・アンド・アドバイザリー」の事業内容を教えてください。一言で言えば、コンサルティング会社のコンサルティング業務や、個別企業への経営アドバイスなどをおこなっています。具体的には、クライアントの文脈に合わせて適切な理論や分析手法を探し出し、それらを応用してアドバイザリーサービスを提供しています。事業を一言で表現する言葉があまりないので、私は「アドバイザリー」と呼んでいます。以前から、私は経営学と実務の場に距離感を感じてました。この間を取り次いでいるのがコンサルティング会社ですが、時間やスキルなどの要因で、現状は体系化されたフレームワークに当てはめることがほとんどです。コンサルティング事業のバリューチェーンがあるとすれば、その一番上流側に位置するのが、アドバイザリー業務だと思います。その業務が最も出来るのは研究者じゃないかなと思って、会社を立ち上げました。なぜ、理論と実務の場に距離感が生まれているんでしょうか?それぞれのベクトル、目的が違うからです。本来、研究はあらゆる文脈に当てはまる理論を作り上げて、普遍化することが目的です。自然科学だとイメージしやすいと思いますが、経営学や経済学といった社会科学では、条件によって理論が通用しなくなる場面が多くあります。一方、実務の場では状況に合わせて対処することが求められます。つまり、普遍化を目指して作られた理論が、実務の場で綺麗に当てはまることは、ほとんどありません。したがって、企業の事情に合わせて理論を当てはめるには、作られた理論の一部を崩して作り替えたり、1から構築したりする必要があるんですよ。先生の事業内容は、他の会社でおこなわれていないんですか?日本だと、数えるほどしかないですね。ただ、米国だと珍しくありません。実際、米国の大学に所属している研究者で起業している人も知っています。実は、個別の企業でしか成り立たない理論を作ることは、多かれ少なかれ一般化(普遍化)を目指す経営学の世界では、ゴールではなく通過地点でしかありません。でも、医者だって普段は患者を診断・診療しつつ、特殊な患者を見つけたら詳しく分析して新しい知見を生み出していますよね。医学だと当たり前なのに、経営学だと学問の世界と実務の世界の目線が分断されているように思えて、ずっと変だなって思っていたんです。都会ではなく、あえて新潟で起業した理由とても意義のある事業だと感じましたが、会社の拠点は新潟ですよね?東京や大阪といった都会の方が、ニーズは高いと思うんですが…。おっしゃる通り、業績だけを考えると都会に拠点を置いた方が成長スピードは早いでしょう。それでも新潟で起業したのは、世間からまだ理解されにくい・受容されていないサービスが、どのように受け入れられ浸透していくか見ていきたいからです。その背景には、私の研究テーマである「顧客側のアントレプレナーシップ」が関わってきます。アントレプレナーシップは、本来企業がイノベーションを起こすために考えられた概念です。イノベーションといえば商品・製品といったモノがイメージしやすいですが、近年ではサービスでのイノベーションも確認されています。一方、サービスはモノと違って再現性が非常に難しいんです。例えば大学の講義で例えると、毎年同じ講義をするつもりでも、私のコンディションや生徒の態度によって、講義内容は多少変わる可能性があります。つまり、サービスの価値を最大化してイノベーションを起こすには、企業側と顧客側、双方のアントレプレナーシップが必要です。このことを、私の造語として「デュアルアントレプレナーシップ」と呼んでいます。自らデュアルアントレプレナーシップを実践したいと思って、あえて新潟で起業することを決めました。1番攻略しにくい場所、いわゆるラスボスから攻める感覚ですね。おっしゃる通りです。私は、最も必要ないと感じそうなクライアントにサービスを提供できることが、“勝ち”だと考えています。メインバンクも、ほとんどの新潟の会社が選ぶ第一北越銀行ではなく、あえて燕三条信用金庫にしました。燕三条地域には、自分自身の経験知で長年会社を続けてきた、職人気質な経営者さんがたくさんいらっしゃいます。当然、いきなり私のサービスを持っていっても、「いらん」と言われるのがオチです。実際、自分たちが考えていることを理論的に補強する朝ゼミを企画したんですが、「いらない」「高い」「朝は忙しい」って言われて、案の定惨敗しました(笑)。だからと言って、相手に寄せては意味がありません。寄せずに受け入れられるよう、サービス内容やアプローチの仕方をブラッシュアップして、日々再挑戦しています。起業の原点となった、シリコンバレーでの共同研究起業した背景には、先生の研究テーマが関係していたんですね。何がきっかけで、顧客側のアントレプレナーシップを扱い始めたんですか?コールセンターのオフショアリング(企業がサービス業務を海外に移すこと)研究がきっかけです。研究するには、理論・分析方法・現象の3つが必要です。私の場合、3つ目の現象をなかなか選べず、当時の指導教授からヒントをもらったのがオフショアリングでした。ただ、オフショアリングはいろんな仕事で活用されているので、何かしらの側面に焦点を当てないと、研究するのが難しかったんです。そんな中、シリコンバレーでマーケティング領域でのオフショアリングを共同研究する機会に恵まれました。シリコンバレーには、マーケティングで世界的権威がある研究者が集まっています。当時の私は駆け出しの研究者で、彼らと研究するには「この領域なら私が一番詳しい」という、私だけの強みを求めていました。強みとなる具体的な研究対象を調べた結果、コールセンターのオフショアリングが最もマーケティング寄りだと気づき、今でも共同研究を続けています。そこから、どのように顧客側のアントレプレナーシップへ行き着いたんですか?コールセンターのオフショアリングを分析し続けると、顧客が海外に繋がっていると気づいた場合、急に態度を変えることが判明しました。スタッフは日本語名を名乗って違和感のない日本語を話すので、海外に繋がっていることは基本的に気づきません。ただ、何かしらの理由で「海外に繋がってる…?」と感じた瞬間、良い意味でも悪い意味でも、話し方やサービスの満足度が変わってしまうんです。この現象を説明できる考え方は何か、研究を進めてみた結果、顧客側のアントレプレナーシップにたどり着きました。起業と研究は別々におこなっていると思っていましたが、裏ではしっかり繋がっていたんですね。文化を作って、お世話になった場所に恩返ししたいここまで、先生の事業内容や起業までのエピソードを聞きました。今後のビジョンについて教えてください。新潟に加えて、福岡・東京・シリコンバレー、この4箇所に会社の拠点を出すことを目標としています。なぜかというと、この4箇所が私にとって大切な場所で、恩返しがしたいからです。福岡で生まれ育ち、学生として東京で学び、私の研究に大きなきっかけを与えてくれたシリコンバレーを経て、今は新潟で研究をさせてもらっています。会社経営の目標というと、売上〇〇円が一般的かもしれません。でも私の場合は、その4箇所に拠点を出して、サービスを提供し雇用を生み出し、私のサービスが浸透する文化を作りたいんです。文化を作っていく、素敵な言葉ですね。研究者としては、何を追求していきたいですか?個人的な感覚ですが、私は世の中のイノベーションに対して、偏りを感じています。その偏りのメカニズムを解明することが、研究者として生涯をかけて追求したいことです。お客さんの悩みを解決する商品・サービスの組み合わせをすべて考える場合、解明するには膨大な時間がかかります。例えば、世の中には50の「何か」しかないとします。一方、お客さんの悩みの構成要素は10だとします。そうすると、単純に組み合わせだけを考えてみても膨大なパターンが考えられますよね。しかし、世に次々と出てくるイノベーションは従来の商品・サービスと似ており、私はどうも生まれ方に偏りを感じるんです。政府の政策といった外部的な要因も十分考えられますが、私は起業家と顧客との出会い方に原因があると考えています。だから、起業側と顧客側、双方のアントレプレナーシップの研究が必要だと思って研究しています。また、自身でも身をもって観察してみようとも考えて、自ら起業にも挑戦しました。研究も教育も起業も、何かの残り香を社会に残したい先生が企業した理由は、研究の一貫でもあったんですね!そう考えると、先生はとてもチャレンジングな方だと思いました。私、世の中に「私がいた!」っていう証、残り香を残したいんです。寂しがり屋なので、忘れられたくないんですよ。なので、論文の執筆や学生への指導、会社を作ることは、ある意味世の中へのマーキングです(笑)。もちろん、自分が死んだ後の世の中なんてわかりませんが、少なくともやりたいことをやらないと、自分の生きた痕跡は残せないんだろうなって思っています。だから、私は挑戦しているつもりはなくて、単純にやりたいことをやっているだけです。その結果、将来誰かが「伊藤がいたおかげで助かった」って、言ってもらえる世の中にできたら良いなと考えています。やりたいことをやっているだけ、そう考えたらシンプルですね。ちなみに、やりたいことをやるために、どのような工夫をしていますか?人には見せないんですが、やりたいことリストを作っています。結構細かく書いていて、大きいこと小さいこと関係なくまとめていますね。それこそ、思いつきで「0時を回った後にラーメンが食べたい!」とか書いてますよ(笑)。普段は思いつく度に箇条書きでメモしていますが、ある程度たまったタイミングで、自分にとって幹になる部分と分けて整理しています。あと、1〜2分だけでも毎朝見るようにしています。やっぱり人間なんで、どうしても忘れちゃうんですよ。どれだけ本当にやりたいことでも、目の前の仕事ややるべきことで頭から抜けてしまう。毎日見ることで、思い出すきっかけを作ることが大事じゃないでしょうか。