SDGsとデザインの交差点:岩瀬大地教授が語るサステナブルな未来
2024.08.28

SDGsとデザインの交差点:岩瀬大地教授が語るサステナブルな未来


SDGsの目標12のターゲットに「つくる責任 つかう責任」がある。この目標は、“生産者も消費者も、地球の環境と人々の健康を守れるよう、責任ある行動をとろう”というものだ。

特に目標12-2にある「*2030年までに天然資源を持続的に管理し、効率よく使えるようにする。」の項目は、地球資源に配慮した倫理的なモノ作りに関して記載されている。

そんな中、SDGsの達成を目指す新たなモノ作りとして、注目されているのが「地域主義的生産」である。地域の資源や文化を最大限に活かし、地元の人々の手で生み出されるこの生産方法は、従来の大量生産に伴う環境や社会への負荷を軽減するだけでなく、地域社会の持続可能な発展にも寄与する。

「地域主義的生産」を研究し、その重要性を提唱するのが東京造形大学の岩瀬教授だ。本記事では、地域資源を活用したデザインがどのようにSDGsの促進につながるのか、岩瀬教授の取り組みを通じて探っていく。

引用:『SDGs CLUB』SDGsの目標12のターゲット

岩瀬 大地
インタビュイー
岩瀬 大地氏
東京造形大学
造形学部、大学院研究科デザイン領域教授
タイ国立マヒドン大学大学院環境資源研究科博士課程修了(Ph.D.)。 著書に「竹自転車とサステナビリティ(風人社)」「タイに学ぶSDGsモノづくり(めこん)」など。


SDGsを促進する新しいモノ作り「地域主義的生産」とは?


東京造形大学 取材イメージ画像
―――岩瀬先生の現在の研究について教えてください。

私の専門は、サステナブルデザイン論です。その中でも私は、地域資源をテーマに東南アジア・多摩地域をフィールドにした調査を通じてサステナブルなモノ作りと社会のあり方について研究しています。

特に、現在は「デザインの地域主義的生産」の研究に注力しています。デザインの地域主義的生産とは、地域の人たちが地域資源を生かし、地域の人たちが主体となり生み出すデザインのことです。地域資源には、再生可能な自然資源やリサイクル資源、伝統文化等の文化資源、人が持つ手技や知識等の社会資源などが挙げられます。

地域主義的生産は、SDGsを促進するモノ作りの姿でもあるんです。従来のモノ作りには、大量生産や大量破棄による資源の問題や、フェアトレードなど社会的な問題などグローバル課題が残っています。

地域主義的生産は、タイやインドネシア等のローカルの現場から見えてきたモノ作りで、従来のグローバルなモノ作りが生み出す負の側面を補完するものと考えています。

―――地域主義的生産はSDGsの促進につながってくるんですね。デザインとSDGsにはどのような関係がありますか?

SDGsのゴール 引用:公益財団法人 日本ユニセフ協会「SDGs CLUB

SDGsは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称ですが、デザインの文脈で見たときに、Sustainable Design Goals(持続可能なデザイン目標)と読み替えることができます。

このようにSDGsの17の目標を「デザイン事」と捉えることが可能になったことで、デザインが積極的に関与できるタッチングポイントを見出せました。SDGsの登場のおかげで、デザイン領域やデザイナーの役割が商業活動といった経済的側面だけでなく、環境問題や社会問題解決、サステナブルな社会のデザインといった非経済的側面にも広がってきました。

里山を中心にさまざまなプロジェクトが自然発生?!


―――デザインの地域主義的生産について、具体的なプロジェクトを教えてください。

プロジェクトの背景が伝わるように、東京造形大学の特徴からお伝えします。東京造形大学は里山(森)の中にある美術大学です。世界や日本の美術大学の中でも大変ユニークな場所に立地しています。

東京造形大学 取材用写真 ▲東京造形大学の中の里山

里山はかつて地域のコモンズ(共有財)として自給自足的な暮らしの基盤でした。今では、人々のライフスタイルの変化に伴い、全国各地の里山は放置され荒れてしまっているところが少なくありません。

しかし、私は健全な里山が現代においてサステナブルなライフスタイルを創造する基盤になると考えています。

デザインで東京造形大学の里山を再生することができれば、他の里山においても希望を持てるため、大学の里山をフィールドにさまざまなプロジェクトを進めることにしました。

具体的には、大学の里山を元気にして里山からお裾分けしてもらった惠や自分たちで育てた作物からデザインを考える「野生の思考プロジェクト」や、里山で採集した自然素材や地域から集めた素材から天然素材の紙やプロダクトを考える「八王子和紙プロジェクト」を行っています。

1番目の「野生の思考プロジェクト」では、以下の取り組みを行っています。

  • 大学の里山に落ちている素材で里山の歩道を作る
  • 里山の植生を調べる
  • 古竹やナラ枯れした木を伐採しチップや炭にして里山に戻し、元気なった里山から得られる自然の恵みからデザインを考える
  • キャンパス近くにある乗馬クラブから馬糞をもらい大学で大量に発生する枯葉と混ぜて腐葉土を作って、綿やコウゾ、野菜を育てている大学の畑に使い、収穫物からデザインを考える
  • 芽吹いたチャノキから緑茶を作る
  • 造形茶としてパッケージを考える
  • お茶の器を考える
  • 収穫した綿から綿糸を作る

さらに、写真のように大学の土から器を焼くこともしています。

東京造形大学 取材用写真 ▲東京造形大学の土から作った器やタイル(学生の試作の作品)

2番目の「八王子和紙プロジェクト」は、大学内の里山で伐採した竹や自然素材、企業から回収した綿や麻の衣料品を繊維化して紙にし、紙をベースにさまざまなプロダクトを作るプロジェクトです。

東京造形大学 取材用写真 ▲大手小売店が回収した綿の衣類を繊維化して作った花瓶(学生が作った作品)

日本では長い間、紙から傘や箱、布、家具を作ってきた伝統があります。里山由来の自然素材や地域から回収したダンボールや不要になった衣類等の素材から紙を生成させることによって、環境に優しいモノをデザインすることが可能になります。

―――一つのプロジェクトの中でも、さまざまな取り組みをされていて驚きました。これらのプロジェクトはどのような成果が出ていますか?

紹介したプロジェクトは、具体的な成果が出るまで成熟していません。しかし、私たちが取り組むプロジェクトをきっかけに、さまざまなプロジェクトが学内外の人たちを巻き込みながら、造形の里山を中心に自然発生しています。

例えば、地域の人たちやNPO、学生、教職員たちが里山の整備に積極的に関わるようになりました。これは月に2回実施している定期的な取り組みになっています。

また、職員や学生主体で瓢箪(ひょうたん)を育てるプロジェクトが生まれています。瓢箪は、世界最古の栽培植物の一つでさまざまなデザインやアートに使われてきました。

他にも、学生が大学の土から器や里山の素材を使った作品を作る等、自身の課題制作に里山からの恵みを使い始めています。今後、課題制作だけにとどまらず、地域に根ざしたモノ作りから起業したり、地域に根ざしたアーティストとして活動したりする動きに展開していくと素晴らしいと思います。

SDGsなモノ作りでは「足るを知るデザイン」がこれからのグッド・デザインに。


東京造形大学 取材イメージ画像
―――これからのSDGsなモノ作りにおける重要なポイントは何ですか?

地域住民が、地域の素材を生かして、今の自分たちの暮らしに必要な有用物を自分たちの手で作るモノ作りである「地域主義的生産」が大切になると思います。デザインにおいても、地域主義的生産の普及がSDGs達成のポイントになるはずです。

なぜなら地域主義的生産のモノ作りは、結果的に地域全体の自然環境をケアしたり、荒れた里山を再生させたりする可能性を秘めているからです。また社会的包摂や人間開発を促進したり、地域の人たちに生きがいや働きがいを提供したりするにも効果的だと思います。

資源循環を促進したり、技能や知識を向上したり、地域コミュニティを活性化したりすることで、SDGsの目標達成の確度は高まることでしょう。

―――なるほど…SDGsの達成に向けて、新しいアプローチが重要になるわけですね。

従来のモノ作りでは「何を作るか」が重視されてきました。デザイン教育の現場でも「何を作るか」が重視されていて、本学の学生もいかに面白いモノをデザインするかに全力を傾けて努力しています。

「面白いモノがグッド・デザインである」という風潮は今でも強くあります。昨今ではこれに加え「どのように作るか(環境や人権に配慮して作る方法等)」も加わってきています。しかし、そのモノを「どこで作るか」「誰が作るか」は優先順位が低いものとして捉えられています。

SDGsを促進するモノ作りでは「どこで作るか」「誰が作るか」を考えることは「何を作るか」や「どのように作るか」と同じくらい重要です。なぜなら、デザインの地域主義的生産では地域にある自然や文化、社会資源からデザインを発想することが求められるからです。

そうすると、地域で作れない、地域のキャパシティを無視したデザインはバッド・デザインとなって、逆に地域の身の丈にあったある意味「足るを知るデザイン」がグッド・デザインとなります。

将来的には地域分散的なモノ作りが世界各地で現れる


―――SDGsが実現された未来のデザインやモノ作りの姿をどのように想像していますか?

SDGsが達成された未来ではデザインやモノ作りが今よりも地域分散的に行われていると思います。

タイやインドネシアでは、各地の地元の人たちが現地の自然素材で驚くほど多種多様な生活必需品・衣食住に関するモノを手作りし、豊かに暮らしています。まさに地域主義的生産を体現しています。

例えば、地元の竹や木から自転車や学校や住宅等の建築物、文房具、薬を作ったり、生態系に影響を及ぼすとして社会問題になっているホテイアオイ(南米原産の多年草)から家具や蒸留酒のジンを作ったり、地元の綿や藍から衣類、地元のハーブから薬やシャンプーを作ったりする等です。

東京造形大学 取材用写真 ▲バンブーバイク(インドネシア)

東京造形大学 取材用写真 ▲竹でできた学校(タイ)

東京造形大学 取材用写真 ▲ホテイアオイから作った椅子(タイ)

東京造形大学 取材用写真 ▲ハーブから作ったシャンプー(タイ)

地元の人の中には、YouTubeで学びながら、見よう見まねでモノ作りにチャレンジして、上手に制作する人たちもいます。また、腕に覚えがある人が地元の仲間に声をかけて、起業してプロダクトを作っていたり、地元に戻ったデザイナーが地元の人を雇って作ったりしています。

地域主義的生産は、地球環境的にも、地域社会的にも、コミュニティウェルビーイングの点においても望ましいものです。タイやインドネシアの人たちの創造力は大変驚かされますが、将来的には世界各地で目にすることができると思います。

―――その未来が実現するためには何が必要だと思いますか?

まず、グローバルに展開されているモノ作りが重要と思い込むのではなく、タイやインドネシア等のデザイン後進国と見なしていた世界からモノ作りを学ぶ謙虚さを持つことです。

そして日本で地域主義的生産を実装化するには、「八王子和紙プロジェクト」や「野生の思考プロジェクト」のように地域に根ざしたプロジェクトベースのコミュニティをたくさん作る必要があります。

モノ作りによるコミュニティから起業につながり、事業を通して地域のキャパシティを高めることが期待できます。さらに、地域の色々な人たちを巻き込み、つなぎながら、新たなプロジェクトベースのコミュニティを発生させるといった好循環が生まれます。そして結果的に、SDGs達成につながっていく――― このような動きは、地方創生の観点からも望ましいと思います。

―――岩瀬先生ご自身の今後のプロジェクトの展望を教えてください。

今後、すべてのデザインにおいて、サステナブルが前提であることを目指しています。現在、自然の恵みから生まれるデザインは一部にとどまっています。将来的には地域の人たちと一緒にデザインを考え、一緒に形作るコ・デザインプロジェクトに発展させていきたいと思います。もう一つは、現在チャレンジ中ですが、大学の卒業証書をみんなで育てた竹と桑で作るプロジェクトを軌道に乗せたいと考えています。

また、プロジェクトで学んだことがきっかけで、起業してデザインの力で社会貢献をする卒業生が生まれてくれたら嬉しいですね。

消費者は経済活動を意識的にスローダウンする必要がある


東京造形大学 取材イメージ画像
―――これまで生産者側のお話を伺いましたが、SDGsを達成するために、消費者が意識すべきことはありますか?

日本や欧米を含む高所得国は資源消費量を劇的に減らし、可能な限り自然循環を生かした豊かな暮らしのモデルを世界に示す必要があります。

世界のマテリアルフットプリント(消費された天然資源量を表す指標)は、1995年頃に地球が耐えられるレベルとされている年500億トンを超えて、2019年現在、920億トンにまで達していて、既に限界の2倍近くも超過していると言われています。

世界のマテリアルフットプリントは、毎年増加し続けている状況にありますが、資源浪費の原因は、高所得国のライフスタイルに起因しています。低所得国の年間1人当たりの資源消費量は約2トン、低中所得国は4トン、高中所得国は12トン、高所得国は28トンで、14倍もの差があります。持続可能な資源消費レベルは1人当たり年間6〜8トンと言われています。

低所得国や低中所得国は、生活水準を向上させるために、今後資源消費を今より増やさなければなりませんが、高所得国は他国から資源を収奪を劇的に減らし、自国の自然循環の惠を最大限生かしながら暮らしていかなければなりません。

―――自然循環の中で豊かな暮らしを実現するために、私たちができることは何でしょうか?

自然循環の中で豊かに暮らしていくには、モノの生産・消費といった経済活動を意識的にスローダウンしていかなければならないと思います。

生きるのに全く必要のない生産・消費活動を意識的に縮小していく必要があると思います。例えば、休暇毎の海外旅行、日常化したフードマイレージの高いグルメ、スマートフォンの新モデルが出る度の買い替え、使い捨ての衣類、気晴らしのための買い物といった環境負荷が高いライフスタイルは諦めなければなりません。

もちろん地域で作られたモノを消費を通じて応援することも必要ですが、「市場から買ったモノで暮らす」のではなく「地域で作って暮らす」ライフスタイルを実践することだと思います。

たとえサーキュラーエコノミーといった、資源を循環する仕組みができたとしても、生産・消費がどんどん増加すれば、いずれ崩壊してしまいます。そのため、資源浪費的な生産・消費を低減しながらも、豊かに暮らすための新たな生産と消費のあり方を考えていく必要があると思います。だからこそ地域主義的生産が重要になるはずなんですよね。


東京造形大学 取材イメージ画像
―――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

地域主義的生産は、手工業的・前近代的として切り捨ててしまっては何も学べません。

東南アジアの事例では、専門家でない地元の人たちがやる気になれば、建築物でも自転車でも工業製品でも地元の自然素材で地元の人たちの手によって作ることができることを示しています。また、YouTubeを活用すればさまざまなアイデアや作り方が学べ、モノ作りの敷居は今まで以上に低くなってきています。

地域の中でモノ作りプロジェクトを自分で起こすことも可能ですし、関心のあるプロジェクトがあればそこに参加することもできると思います。

重要なのは、一人でやらないことです。仲間を作りながら、コミュニティを作りながら行うことです。

そのつながりは、人を巻き込み、更なるつながりやプロジェクトを生みながら広がっていきます。モノ作りをてこに地方創生をしようとする日本においても草の根的な地方創生にもっと注目してもいいと思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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