天然高分子の未来を紡ぐ - オラフ・カートハウス教授の環境革新
2024.04.03

天然高分子の未来を紡ぐ – オラフ・カートハウス教授の環境革新


公立千歳科学技術大学のオラフ・カートハウス教授は、環境問題へのアプローチとして、天然高分子の研究に情熱を注いでいる。彼の研究室では、セルロース、キチンなどの天然素材を用いて、環境に優しい新素材の開発に挑戦。

木材は、古代から建築材料として、木材由来のセルロースは、紙などさまざまな分野での応用がなされて来た。一方、カニやエビはもっぱら食用でその甲羅(キチン)は今まで特に活用されることなく今日まで来ている。しかし、今や、セルロースもキチンもナノサイズにまで微細化することで、未知の反応や機能を引き出すことが可能となった。

今回はオラフ・カートハウス教授に天然高分子について取材を実施。見えてきたのは、天然高分子の可能性、そしてこれからの世の中を生きるうえでのヒントだった。

オラフ・カートハウス
インタビュイー
オラフ・カートハウス氏
公立千歳科学技術大学 応用化学生物学科
教授・理学博士


天然高分子の魅力とは:オラフ・カートハウス教授に聞く


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―――教授、まずはご研究の概要とテーマについて教えていただけますか?

現在私たちは「天然高分子」を活用し、環境に優しい新素材の開発に力を入れています。天然高分子とは、自然界に存在し、生物由来の高分子化合物です。多糖類のセルロース、キチン、アミノ酸でできているタンパク質などが代表例で、これらは植物や動物などの自然界の生命から得ることができるんです。

天然高分子は、その生分解性や生体適合性から、環境に優しい材料や医療分野での応用が期待されています。特に、環境問題の解決策として、プラスチックの代替品としての研究が進んでおり、未来の持続可能な社会構築に貢献する可能性を秘めているんです。

特に、私の研究では*セルロースや*キチンなどの素材に着目しています。これらをナノサイズまで分解することで、新たな科学反応を引き出しています。例えば、ナノセルロースは、我々が特に期待を寄せている素材の一つです。

*セルロースとは?

セルロースとは、植物の細胞壁を構成する天然高分子で、地球上で最も豊富に存在する有機物です。非常に強固な繊維で構成されており、紙や繊維、生分解性プラスチックの原料として利用されています。


*キチンとは?

キチンとは、カニやエビの甲羅に多く含まれる天然高分子で、セルロースに次いで地球上で二番目に豊富な生物由来ポリマーです。抗菌性があり、医療分野や農業、水処理技術など幅広い用途での応用が期待されています。



―――ありがとうございます。天然高分子の研究に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

環境に優しい材料の開発に興味があり、セルロースや木材など、自然界に存在する素材に注目しました。これらの物質は、付加価値が高く、ナノサイズにすることで、さらに新しい用途を見出せる可能性があります。
特に、カニやエビの甲羅に含まれるキチンには、セルロースと似た分子構造があり、非常に興味深いですね。またプラスチックに変わる素材として注目を集めているのも特徴です。

キチンのサンプル ▲キチンのサンプル

―――現在、天然高分子研究で最も注目しているポイントは何ですか?

私たちは、「キチン」の生分解性に特に注目しています。海に流しても数日から数ヶ月で分解されるような生分解性プラスチックの開発に取り組んでいます。ただし、分解される速度を適切に制御することが重要です。例えば、一定期間は機能を保ちながら、その後自然に分解されるような素材を開発することが、現在の課題の一つです。

また、ナノセルロースの生成過程における環境負荷に注目しています。ナノセルロースは天然由来であるのに強度や軽量性に優れるなど、環境に優しい素材としての利点が多い一方で、製造過程で使用される薬品やエネルギーの観点から、さらなる改善が求められています。

そのため、私たちは様々な工程を経て生成される物質よりも、天然物をそのまま利用し、原料の採取から最終的な廃棄に至るまで、環境負荷を最小限に抑える方法を探求しています。

―――確かに、製造プロセスが環境に与える影響も重要な要素ですね。

まさにその通りです。ライフサイクル全体を考慮し、原料の採取から製品の製造、使用、廃棄に至るまでの環境負荷を最小限に抑えることが、私たちの目指すところです。天然高分子の研究は、その点で非常に有望だと考えています。

自然の原理を生かした科学技術の進歩


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―――どのようにして現在の天然高分子への研究に移行したのでしょうか?

研究の道のりは大きく三つの段階に分けられます。最初は、私は学生時代にドイツで液晶高分子について研究し、それが私の学問の基礎を築きました。その後1992年に日本に移ってからは、エレクトロニクス分野へとシフトし、有機エレクトロニクスの薄膜研究に没頭しました。この研究中に、マイクロレベルの周期的な構造を発見したのです。

その構造は分子レベルでの周期的な構造ではなく、1ミクロンや10ミクロンの長い周期の構造でした。この発見がきっかけになり、エレクトロニクス分野の研究を中断し、この周期構造がなぜ生まれるのかを研究するようになりました。

その後、研究を進める中で、この周期的構造は植物や昆虫、蝶の羽など自然界にも存在していることが、電子顕微鏡での観察を通じて明らかになりました。

驚いたのは、これら天然の構造が液晶材料とは異なるにも関わらず、類似した周期的パターンを持っていたことです。これが、生物模倣技術、つまりバイオミメティクスへの興味へとつながりました。

私は生物が作り出す美しい機能性を持つ表面構造を模倣しようとする過程で、天然物そのものの魅力に気づきました。特に、生分解性プラスチックへの関心が高まり、天然高分子の研究を本格的に始めるきっかけとなりました。

―――自然が生んだものの根本原理についてはどう思いますか?

植物や動物は、高圧や高温、有機溶媒を使わずに、常圧、常温、細胞中の水分のゆえ、複雑な構造を合成します。このプロセスは極めてエネルギー効率が高いです。一方で、人間の合成法は膨大なエネルギーと化学薬品を必要とします。自然界の合成法から学ぶことで、より持続可能な方法を見出せると確信しています。

―――科学技術における自然の模倣の可能性について、どのように思われますか?

自然界は、我々が目指すべき究極のモデルです。例えば、人間の脳を模倣したミューラコンピューターがありますが、これは自然の創造物の素晴らしさを再認識させてくれます。実際に人間の脳みそはたった20ワットで動いています。つまりパソコンの5分の1の低エネルギーなんですね。つまり、我々の周囲にはまだ解明されていない自然の不思議が溢れており、自然の原理・原則を学ぶことで、新たな科学技術の発展につながると信じています。

天然高分子で環境問題の意識を持つきっかけを作る


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―――天然高分子の研究が環境問題解決にどう貢献できると考えますか?

一つは研究職や専門領域に携わっていない一般の方に、環境問題の意識を持たせることができるのではないかと考えています。

特に、海洋プラスチックや温暖化などの環境問題は即座に解決できる問題ではありません。しかし、まずは一般市民がこれらの問題について知ることが重要です。私たちの研究が直接的に解決策を提供するわけではないかもしれませんが、社会全体の意識を変えるきっかけとなり得ます。

―――なるほど、考えるきっかけを与えるということですね。

正確には、「マルチプリケーター」の役割を果たすことですね。単に情報を足し算するのではなく、私たちの研究や教育が人々に与える影響が他の多くへと拡散し知識が積み重なり、社会全体での意識改革へと繋がることを目指しています。
個人的には、社会へ影響を掛け算式に与えることは、1本の論文を書くよりも重要なのではないかとも思っているんです。

―――ありがとうございます。一方で昨今の科学と技術の進歩をどう捉えていますか?

技術の進歩が驚くべきスピードで進んできた結果、情報過多の状態に陥っている一方、本質的な思考や疑問を持つことが希薄になりがちです。真の意味での進歩とは、情報を超えて、深い理解と考察に基づくものであるべきなのではないかと思っています。

またデジタルデトックスではありませんが、自分の思考に向き合うことや余白を持たせることも重要だと思います。

オラフ先生のサイクリングの写真 ▲オラフ先生が趣味のサイクリングをしている様子

例えば、私の趣味はサイクリングです。長距離のサイクリングのときには、朝5時に自宅を出発して何時間もかけて目的地に向かいます。自転車を漕ぎながら、長い時間をかけて自分自身と向き合い思考を深める時間を持つことができます。こんな時間を持つことが情報に振り回されない豊かな生活への鍵だと考えています。このように時間をゆっくり過ごすことで、生活の質が高まると信じています。

特に都市生活では、常に何かに追われる感覚に陥りがちですが、意識的に心と頭に「余白」の時間を作ることが重要です。これにより、結果として、生産性や創造性が高まります。自分自身にとって価値ある時間を見つけ出し、それを大切にすることが、私たちが目指すべき生き方なのではないかと考えています。

独自性の探求と共有


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―――最後に読者の方へメッセージはありますか?

自分の独自性や個性を発見し大切にすることです。重要なのは、自分だけの特別な何かを持ち自信を持ってそれを表現することです。

しかし、ただ個性を持つだけでなく、それを社会や他者とどう共有し、どう活かすかが重要です。自分視点の一方的な主張ではなく、他者の立場を理解しながら考え方を伝え、共有することが大切です。お互いの個性を認め、ウィンウィンな関係を他者と構築する―― そうすることで、全ての人が尊重される社会を実現できると考えています。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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