都市を再考する:持続可能なデザインで生まれ変わる生活環境
2024.02.03

都市を再考する:持続可能なデザインで生まれ変わる生活環境


今回は、佐賀大学理工学部理工学科都市工学部門・三島伸雄教授を取材。三島教授は「都市デザイン」の視点から、その街の歴史や自然を活かした都市開発について研究をおこなっている。

高度経済成長期からバブル期前後まで、日本の各自治体はいわゆる「箱もの」と呼ばれる施設を建設していた。しかし現代になると「箱もの」の維持管理や更新に費用がかさみ財政を圧迫している自治体も存在する。

少子高齢化が進み、人口が減り始めている日本では「箱もの」に重きをおいた街づくりをしていては、持続させていくことは難しいだろう。さらにSDGsでは「住み続けられるまちづくりを」という目標が掲げられている。果たして持続可能な街づくりとはどのようなものなのだろうか。

このような背景のなか、三島教授は実際の都市開発を通して持続可能な都市デザインを提示している。本記事では三島教授と共に、持続可能な都市とはどのようなものなのか考察する。

佐賀大学 三島 伸雄氏
インタビュイー
三島 伸雄氏
佐賀大学 理工学部 理工学科 都市工学部門 教授
研究分野:都市デザイン、都市計画、環境設計、空間計画・設計、建築設計

歴史や自然を活かした都市デザインに携わる佐賀大学・三島氏


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―――三島先生、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。先生が研究されているアーバンデザインについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

もちろんです。私の専門は建築に関連するアーバンデザイン、つまり都市デザインです。特に注力しているのは、歴史的な背景や自然環境を考慮に入れた都市計画と設計。街並みの保存や再生にも力を入れています。

―――アーバンデザインは我々の生活に密接に関わっていると思うのですが、最近のアーバンデザインのトレンドにはどのようなものがありますか?

トレンドというよりも、昔から、どうすれば地域の特性を活かせるかという視点があると考えています。言い換えれば、特定の場所だからこそ存在する建築を目指しています。ただ建てるだけでなく、作られたものが長く持続することも重要です。

また地域の自然や歴史が損なわれず、むしろよりよくなるようなデザインが求められるようになってきています。

―――なるほど…渋谷のような大都市の再開発については、どのようにお考えですか?

渋谷の再開発は、経済論的な観点が大きく影響しています。都市をコンパクトにして経済活動を集中させることで、都市全体の波及効果を高める狙いがありますね。

これは国際競争力を高める上で重要ですが、地方には必ずしも適していません。

ただ大都市でも自然環境が持つ機能を活かしたインフラ整備である「グリーンインフラストラクチャー」という手法も広がっています。今後は歴史や自然との共存と、経済活動とのバランスがポイントになってくるでしょう。

街づくりの成功のポイントは「受け入れ態勢」と「住民の巻き込み」


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―――ありがとうございます。実際に街づくりで成功した事例はどのようなものなのでしょう。

はい、良い例として挙げられるのは福岡県の柳川市です。柳川市はその特色が観光客にも認識され、住民も自信を持って住んでいると感じます。また、佐賀県の鹿島市にある肥前浜宿も成功事例です。

福岡県柳川市のまちづくり

柳川市は国土交通省の「居心地が良くあるきたくなるまちなか」を目指す『ウォーカブル推進都市』のひとつです。 主に「西鉄柳川駅周辺地区」と「沖端水天宮周辺地区」にて取り組みが行われており、前者は水郷柳川の掘割を活かした駅前空間を目指し、後者は道路や水辺空間を再整備して歴史や文化を継承した街づくりを目指しています。



肥前浜宿を訪れる観光客は1998年には0人だったのですが、2018年には25万人にまで増え、内閣総理大臣賞を受賞し、佐賀県のトップランナーといえる存在になりました。

―――柳川や肥前浜宿のような成功を遂げるために重要な要素はなんですか。

大きく分けて2つあると考えています。それは「受け入れる体制や組織があること」「住んでいる人たちを巻き込むこと」です。

体制や組織という点でいうと、肥前浜宿の場合は街づくりの組織ができたのですが、当初は観光の受け入れをする予定はありませんでした。ただ街づくりを進めていくなかで、組織が成長し事務局が確立して、現在では財政的にも少しずつ回るようになってきています。

また当初は経済活動ではなく社会活動を重視していました。保存地区となり、活用されていなかった建物を整備していくなかで、周辺住民を巻き込むことができました。住民たちが外からくる観光客に慣れていって、経済的な循環も生まれてきています。

―――住民を巻き込むうえで、彼らにとって当たり前な地域の良さを発掘するにはどのようなプロセスを踏むのでしょうか。

街並みの良さは、建築士などの専門家が調査し、ほかにはない特徴を明確にしていきます。この際、足しげく現地に通い街の人たちと議論することで信頼関係が構築されるのです。信頼関係が築けていなければ、何かを提案しても、良い返事を頂けません。

また、地元の建築士を巻き込んでその地域にとって信頼のおける専門家になって頂くことにも取り組みました。専門的なアドバイザーとして関わってくれたので、個別の施主との対応や計画策定などの実務的な局面で助かりました。

国際的な視野でのアーバンデザイン


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―――海外の都市デザインと日本のそれを比較すると、どのような違いがありますか?

日本でもアーバンデザインという言葉は使われていますが、ヨーロッパやアメリカと比べると職能が確立されていないと思います。それは日本にはアーバンデザインに関する資格や法律が整備されていないためです。

また都市計画に関する考え方も違います。ドイツでは2段階の仕組みがあり、準備的計画であるFプラン(土地利用計画)で未来の都市の姿を示し、拘束的計画のBプラン(地区計画、地区詳細計画)が策定されなければ開発が進められません。一方で日本はドイツのような仕組みが無く、例えば渋谷の再開発というプロジェクトが起こって初めて都市計画が建てられますし、地区計画がなくても開発が行われます。いわば、ドイツではアーバンデザインが地区計画で法的に担保されますが、日本ではプロジェクトベースであるため必ずしも求められないのです。

―――なるほど…アーバンデザインは日本では求められていないのでしょうか。

決してそういうわけではありません。プロジェクトベースの開発であったとしても、景観的なものや建物の設計においても、アーバンデザインに知見のある専門家が入って取り組んだ方が街の価値は高まります。

ただどうしても個別に行われている部分があって、出来上がった建物が自己満足的なものになってしまうことがあるのは残念です。委員会を作って取り組んでいる場合もありますが、建築士や施主との関係性があるなかで、我々がどこまで入り込むかは難しい構造になっています。

どのように進めていけばいいかは、地域の特色や行政の方針によってさまざまです。成功事例を生み出して、広げていくことが重要だと考えています。

三島氏が考える理想のアーバンデザインとは


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―――理想のアーバンデザインとはどのようなものなのでしょうか。

日本の事例で言えば、横浜の都市開発は理想的だったと考えています。プロジェクトベースの形式ではありましたが、市長直下の体制が作られて上手く進行できました。全体の方針やプロジェクトの骨格、計画を決めていく段階から市民も参加しており、この形は日本のアーバンデザインのひな形になったと捉えています。

ただ横浜のようなことを地方都市でできるといいなと思って、ワークショップや実際のまちづくりにも取り組んでいますが、まだ道半ばです。自治体によって事情が異なるので、そのまま当てはまらないこともあります。全体を機能させていくには、地域の事情を踏まえた実績を作っていくことが重要でしょう。

―――将来的にはどのようなアーバンデザインになっていくとお考えですか。

持続可能な社会とは「誰も取りこぼさない社会」だと認識しています。ただ人間だけが取りこぼさない社会ではなく、自然や歴史も取りこぼさない社会になっていけばいいと考えています。

鹿島市に流れる浜川で、洪水対策の河川改修が行われた時の話です。肥前浜宿では住民との協議会を作り、生態系に対しても優しく歴史的環境を残す形で改修されたのですが、上流は全く違う形の改修になってしまいました。同じ県・市が関わったはずなのに違うものになってしまい、思想を引き継ぐ難しさを実感しました。

このような課題を乗り越え、全体の調和を目指すことが、将来のアーバンデザインにおいて重要です。

時間を超えた価値観を持つアーバンデザイン – 三島伸雄教授の展望


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―――最後に読者の方へのメッセージをお願いします。

街づくりやアーバンデザインには将来を見通した長期的な視点が必要です。投資の回収率の良いものや、すぐに効果が出るものに目を向けることもあると思います。それでも、自分たちが生きている時代だけでなく、次の世代になっても上手くいくものは何かという視点が重要です。

私は以前、交換留学で2年半ほどオーストリアのウィーンに滞在していました。ウィーンでは100年から150年前に計画されたデザインが今でも生きています。例えばウィーンに流れるドナウ川では、約100年前に川のなかの島を整備しました。その際、鳥が島にやってくるようにわざと窪地を作り、水が溜まるようにしたのです。結果、鳥が集まりフンを落とし、フンのなかに含まれていた樹木の種が成長して、自然あふれる環境が作られました。

またウィーンの電車や地下鉄では、乗車券を購入後、設置してある箱に券を入れて刻印して入場します。この箱は100年以上経過した今でも使われています。日本の改札は便利ではありますが、仕組みが変わるたびに機械ごと変えなければなりません。これはある意味、無駄なことではないでしょうか。

ウィーンの事例を参考に、50年後、100年後も活かされるような都市環境を創造していきたいですね。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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