2023.09.22

SDGs教育の観点で、地球の未来を考える。桜美林大学藤倉まなみ教授が、SDGs教育を通して伝えたいこととは?


2004年に公開された『デイ・アフター・トゥモロー』という映画をご存知だろうか? 二酸化炭素の大量排出により、地球に氷河期が再来。世界各地で異常気象が起こり、警鐘を鳴らしていた古代気候学者の仮説が証明されることになるというパニック映画だ。

この映画では、世界の主要都市が竜巻や洪水などで崩壊するのだが、私たちも昨今の異常気象を肌身で感じるようになった―― 企業や行政もSDGs(持続可能な開発目標/Sustainable Development Goals)を掲げ、環境問題へアプローチしている。しかしひとりの人間が、環境問題の課題解決へ向け、日々何かしらのアクションが取れているかというと疑問を感じる(もちろん私もその一人)。

そんな中、環境問題の問題定義をSDGs教育という形へ落とし込み、環境問題を「自分ごと」としてとらえ、解決できる人材育成を目指すのが、桜美林大学・リベラルアーツ学群・藤倉まなみ教授だ。今回は、藤倉教授にSDGs教育の可能性についてお話をお伺いした。

 藤倉まなみ,桜美林大学,リベラルアーツ学群
インタビューイー
藤倉まなみ氏
桜美林大学
リベラルアーツ学群
教授
桜美林大学リベラルアーツ学群(環境学専攻)教授。1985年、京都大学大学院工学研究科衛生工学専攻修了(工学修士)、2013年、北海道大学大学院工学研究科後期博士課程修了、博士(工学)。環境省大臣官房環境情報室長などを経て、2010年より現職。


環境問題を自分ごととして考え、解決する力を育む。


SDGs,ソウグウ,桜美林大学

――― まずは藤倉教授の研究領域について教えてください。

私は、環境問題に関する幅広い問題に焦点を当てています。元々環境省に勤務しており、そこから環境政策や環境問題に関する多岐にわたる研究を進めてきました。具体的には、「環境システム」という分野で、環境問題がどのような要因で起こるのかを科学的に解明しています。

特に食品ロスなどの廃棄物や、熱海での土石流事件の原因となった建設残土問題、悪臭問題も私の研究対象です。

「におい・かおり環境協会」の副会長も務めており、さらに市役所での人事交流を経て、市民の環境問題への関心喚起やワークショップの手法についても学んできました。現在は桜美林大学の授業で、このワークショップを導入し、学生に環境問題について「気づき」を得てもらうような取り組みを行っています。

――― ありがとうございます。“環境問題”と言っても、自分ごととして捉えきらない部分も多い印象があります。環境問題を自分ごととして考えるうえで、大切なことは何ですか?

環境問題を自分ごととして考えるのに大切なことは、単なる知識の収集を超えて、実際に体験や体感を通じた学びを得ることです。

たとえば、私が担当する大学の授業では、町田市のごみ処理施設を履修学生全員で実際に見学します。このような実体験を通じて、学生たちはごみ処理の現状や課題を実感し、その重要性を深く理解できるのです。

また、「アクティブラーニング」という教育手法を用いることで、学生自身が主体的に問題に取り組む授業の仕組みを取り入れています。

具体的には生徒たちは、地球温暖化の問題について、未来の気温予測や環境へ与える影響を予想します。自分たちが能動的に考え、未来の予測と近い環境を実際に体感することで、深い学びを得ることができます。

実際にグループワークで「地球が熱くなるとどんな影響が出るか?」を考える活動などを行い、それにより学生たちは環境問題の深刻さを実感できました。このような実践的な学びや体験を通じて、環境問題を自分ごととしてとらえ、それに対する意識や行動を変えるきっかけを持つことが大切だと考えています。

SDGs教育への期待



SDGs,ソウグウ,桜美林大学

――― SDGs教育に関して期待していることはありますか?

SDGs教育に、私たちはさまざまな期待を抱いています。実は、SDGsが採択されるずっと前から、環境教育の取り組みは存在していました。

例として、1992年の「国連環境開発会議(UNCED/地球サミット)」で「持続可能な開発」(SDGsの“SD”すなわちSustainable Development)が世界共通の目指すべき方向となりました。その10年後の2002年の「ヨハネスブルクサミット」では、日本のNGOと政府が共同で「ESD(Education for Sustainable Development)/持続可能な開発のための教育」を提案する流れが生まれました。

その時期には、多くのNPOやNGOが積極的な取り組みを行っていましたが、大学の中での共有はやや不足していたように思います。

ですが、2015年にSDGsが採択されたことで、その意識は変わってきました。SDGsは環境問題だけでなく、人々の生活や権利に関連する課題も幅広く取り上げられているため、これらの課題に対して全ての大学の教員や学生が、関わるべきだと強く感じています。

――― なるほど。藤倉教授の中では、SDGsが認識されることで、世の中の意識は変わった印象などは持たれていますか?

SDGs,ソウグウ,桜美林大学

SDGsのロゴの浸透や、具体的な目標が明確にされている点は非常に良い効果だと思います。例えば、SDGsの目標「1.貧困をなくそう」や「2.飢餓をなくそう」は、2000年に採択された、SDGsの前身の「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)」と共通します。

このMDGsは開発途上国だけを対象にしていましたが、先進国にも貧困はあることから、すべての国で取り組むべき目標となっているのです。

しかし、現在も地球温暖化が進行している中、報道などでの取り上げ方に課題を感じています。たとえば、アフリカの*気候難民の問題は深刻でありながら、日本では十分に報じられていないのが現状です。

SDGs教育を通じて、私たちはこれらの課題を正しく認識し、多角的な視点で考える力を学び取ることが重要だと考えています。

私たちにとって、SDGs教育は単なる流行やトレンドに終わらせるものではなく、真の持続可能な社会を目指すための教育と位置づけて取り組んでいます。

気候難民とは?

地球温暖化の異常気象により住んでいた土地を追われてしまう人々のことを「気候難民(climate refugee)」と呼びます。極度の暑さによる乾燥、異常な寒さや降水量などは、作物や家畜の生育に悪影響を及ぼし、生計の手段を脅かしています。年間平均2,000万人以上の人々が故郷を追われ、自国内の他の地域への避難を強いられているのが現状です。





受け手のリテラシーとメディアの弊害



SDGs,ソウグウ,桜美林大学


――― SDGs教育の課題は何ですか?

SDGs教育の課題として、受け手のリテラシーが大きく影響しています。

特に現代においては、マスコミやインフルエンサーが情報の拡散手段となっています。

そのため、情報の受け手としてのリテラシーが、問われる瞬間が多々あります。

実際には、情報を適切に理解し、拡散することの重要性や、自分自身で情報を分析し、独自の判断を下す能力が求められているんです。残念ながら、情報を誤って拡散する人や、知らない間に誤情報を広めてしまう人が存在します。

そのため、リテラシーを高めること、そしてそれを教育の中でどのように取り入れるかが重要な課題となっています。桜美林大学としても、リベラルアーツ教育を通じて、様々な視点から物事を考える力を育成することを目指しているんです。

繰り返しになりますが情報の多様性が増す中、自分の頭でしっかりと考える能力は、必要不可欠となっていると感じます。


――― これらの課題を解決するためには、どのような戦略があるのでしょうか?

私たちが直接できる範囲での取り組みとして、学内で気づきの機会を増やすことを強化しています。そして、取材や各県や国の委員会での活動を通じ、私たちの意見やアドバイスを広めることを目指していますね。

そして、メディアを通じての情報発信や若い世代への啓発活動を強化することで、社会全体の意識改革につながることを目指しています。

私の最終的な目標は、若い人たちが基本的な人権の問題として、地球温暖化などの課題を捉え、自分たちのためにどう考え、行動すべきなのかという考え方を持ってもらうことです。


――― なるほど…メディア側の人間としても、偏った情報配信には課題を感じますね… 根拠もない主観的な情報発信を視聴者が、正しいと認識してしまう課題というか…。

SDGs,ソウグウ,桜美林大学

確かにメディアの報道は、特定のトピックを中心として取り上げることが多いです。またヨーロッパやアメリカ中心の報道ではなく、世界全体の状況を均等に伝えることも重要かもしれません。

しかしながら、産業界の人々は、メディアの報道の有無に関わらず、すでに地球温暖化の影響を日々感じているのが現状です。

具体例として、台湾の半導体産業では、雨の減少が水不足を引き起こし、生産に支障をもたらすケースがありました。さらに、Appleなどの大手企業も環境問題への取り組みを強化しており、ゼロカーボンを目指す動きも見られます。

このように、産業界はすでに環境問題に真剣に取り組んでいる一方で、一般の人々への情報の浸透は不十分な気がしています。例えば日経新聞などの一部のメディアでは、環境問題に関する報道を発信していますが、一般の人々にどの程度まで伝わっているのかは、定かではありません。


――― なるほど… 今のお話を聞いていると、自分で情報を取りにいくことも重要な気がしました。そして、先程もおっしゃっていた情報の受け手のリテラシーも重要となってきますね…。

そうですね。以前、NHKで放送された海外のドキュメンタリーで、地球温暖化対策を進めると利益を失う特定の業界が、資金を投じて地球温暖化懐疑論(地球温暖化を否定する意見)を意図的に流布していたことが報じられました。

意図的に地球温暖化懐疑論を唱えた人だけでなく、それに影響されたメディアやインフルエンサーが「地球温暖化はウソかもしれない」という情報を再生産することで、真実が歪められ、多くの人々に誤った認識を与えてしまっているケースも存在するのです。

確かに、科学的には絶対的な確証を持つのは難しく、それが逆に誤情報の広がりを助長してしまった側面があります。ですが現在の状況を鑑みると、その危険性を認識し、行動を起こすことが急務となっています。

次世代に地球を残すには、“今の行動”が重要



SDGs,ソウグウ,桜美林大学

――― ここまでお話を聞いていると、環境問題の深刻さが身にしみるのですが、地球環境の悪化を食い止めるのは、もう手遅れなのでしょうか?

30年前から、今年の猛暑や大雨といった状況は多くの専門家たちによって予測されていました。手遅れかと問われると、「すでにかなり気温は上昇してしまったが、放っておくともっとひどいことになる」ということです。

現状で何も対策を講じないと、将来の日本をはじめとする世界の状況はさらに悪化する恐れが高まります。

パリ協定で掲げられた気温を2度下げる目標も、すでに1.7度の上昇が報告されるなど、厳しい数字を迎えています。

ですが未来を悲観してただ諦めるのではなく、次世代の人々や世界の未来のためにも、私たちは現時点から地球環境を守るための何かしらのアクションを取ることが重要です。

明るい未来を実現可能にするかは、我々が今、どれだけの環境に対する対策に真剣に取り組むかにかかっています。

異常気象を自分ごととして考える。


SDGs,ソウグウ,桜美林大学

――― 読者の方へメッセージはありますか?

温暖化は実際に進行中の深刻な問題です。ただ、『異常気象が深刻な問題だ!』というだけでは、人々の心には届かないかもしれません。

快適な冷房がある生活の中では、「何とかなる」と感じるかもしれませんが、開発途上国では、冷房がない中、日々40度を超える環境で生活を送っている人々がいます。

彼らは昼間の炎天下では、働くことができないばかりか、脱水症状で命を落とす子どもたちも少なくありません。

日本でも、熱中症での死亡者が増えており、夏の屋外での活動が困難になっています。もしかすると近い将来には、夏の甲子園は開催できなくなるかもしれません。

このような状況を想像し、他者の立場を理解すること―― つまり“環境問題を自分ごととして考えること”が、私たちの環境問題に対する意識を変える一歩となるでしょう。

――― ありがとうございます。自分たちは、快適な住環境の中で生活できているので、地球のどこかで発生している問題をつい忘れてしまいますよね… 自分もですが、多くの人の痛みや将来に対しての想像力が不足している気がしました。

SDGs,ソウグウ,桜美林大学

おっしゃる通りです。私たち桜美林大学では、学生たちに貧富の差を具体的に実感させるためにNPO法人開発教育協会の「*世界がもし100人の村だったら」というワークショップを行っています。

さまざまな役割カードを学生に与え、最後に世界の上位10%の人々が、世界全体の富の80%を所有しているという現実を、アメを使って学生たちに伝えているんです。

このような体験を通して、彼らは貧富の差を実際に感じ、理解することができます。

*出典:開発教育協会『ワークショップ版・世界がもし100人の村だったら』

――― 最後の質問ですがSDGs教育を通じて、学生たちに特に、伝えたいことは何かありますか?

SDGs,ソウグウ,桜美林大学

SDGs教育を通じて、私がまず伝えたいことは、「あなたたちが生きていく世界をどうするか、自分たちでしっかり考えてください」ということです。

例えば、地球温暖化は、一部の先進国が排出した二酸化炭素によって、冷房の恩恵がない途上国の人たちが高い気温の中で生活することになったり、気温の上昇による干ばつをはじめとした自然災害の影響を受けたりしています。その結果、野菜や穀物が収穫できず食糧不足となり、土地を追われる人たちが生まれてしまうのです。

このような影響は先進国が、排出した二酸化炭素が原因で発生しているケースが多いのが現状です。その結果、途上国の人たちが、不利益を被るという公平性とは関係ない問題が生まれています。

さらに学生からすれば、自分たちよりも前の世代が排出した二酸化炭素によって、今の若い人、これから生まれてくる人が被害をうけるという世代間の公平性のない、ただの理不尽な環境を突きつけられる状況になっています。

このような不公平さを正そうという考え方が「気候正義(Climate Justice)」という考え方です。

学生には、自分たちが不公平さの被害を受けており、そして自分たちの生活が自分の将来や自分の子供達に影響を与えることを意識してほしいですね。

そして私たちの行動一つ一つが、地球の未来にどれほどの影響を与えるのか、その意識を持ってほしいですね。

地球環境の悪化を諦めるのではなくて、正しい知識を身に付け、実際に問題を体験・体感する―― そして、将来生きていく世界をどのような地球にしたいかを自分たちの頭を使って考え、改善するためアクションを取る―― このような行動する若い世代の人が、SDGs教育を通して一人でも増えてくれたら、明るい未来が待っていると信じています。

新井那知,新井那智
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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