京都大学・宇佐美氏と考える気候正義。進みつつある地球温暖化にどう立ち向かうか。
2023.12.03

京都大学・宇佐美氏と考える気候正義。進みつつある地球温暖化にどう立ち向かうか。


「気候正義(Climate Justice)」という言葉をご存知だろうか? 気候正義は、気候変動の影響や負担、利益を公正・公平に共有し、弱者の権利を保護する人権的な視点を指す言葉だ。

地球温暖化を抑制するために先進国は2015年のパリ協定にて、世界共通の「2℃目標(努力目標1.5℃以内)」が掲げられた。しかし気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年に発表した 「*第6次評価報告書」では、2030年前後に地球の平均気温は、産業革命前から比べて1.5℃上場すると報告している。

また二酸化炭素(以下:CO2)の排出量を見た時に、日本の世界人口は1.6%にもかかわらず、CO2の排出量は世界第5位という結果となっている。

日本をはじめとした先進国の排出するCO2が原因で、異常気象を引き起こし、その結果、 途上国を中心に大勢の人たちの生命や健康がおびやかされている。 その上で、私たち先進国の人たちは、気候正義という視点から地球温暖化の問題をどのように捉え、考え、課題に向き合うべきなのだろうか―― 今回は京都大学・大学院地球環境学堂・宇佐美誠氏にお話をお伺いした。

出典:環境省『気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)サイクル』

宇佐美誠先生
インタビュイー
宇佐美 誠氏
京都大学大学院地球環境学堂
教授
専門は、法哲学・政治哲学。ハーヴァード大学客員研究員・東京工業大学教授等を経て、現職。分配的正義の理論分析を進める傍ら、その応用問題である気候正義・グローバル正義・世代間正義等を論じている。

近著に、『持続可能な未来のためのガバナンス』(共編著、シュプリンガー、2023年、英語)、『気候崩壊:次世代とともに考える』(岩波書店、2021年)、『AIで変わる法と社会:近未来を深く考えるために』(編著、岩波書店、2020年)、『正義論:ベーシックスからフロンティアまで』(共著、法律文化社、2019年)、『気候正義:地球温暖化に立ち向かう規範理論』(編著、勁草書房、2019年)、『法哲学』(共著、有斐閣、2014年)など。


京都大学・宇佐美誠氏が語る、「気候正義(Climate Justice)」の捉え方。



―――今回は、京都大学・教授の宇佐美誠氏にお話をお伺いしていきます。まずは、宇佐美様のこれまでの研究について教えてください。

私は、法哲学という分野を専門としています。研究テーマの一つは、法と密接に関係している「正義」です。

正義はもともと、同じ時点で、同じ社会のなかにいる人と人との関係に当てはまるものです。たとえば、誰かが10万円を新井さんと私に分けてくれると想像してみましょう。私が9万円をもらって、新井さんは1万円しかもらえないとしたら、きっと不正義だと感じますよね。物の分け方の正しさを「分配的正義」と言いますが、ここでは分配上の不正義が生じているように思えます。

もう一つ例を挙げましょう。私が新井さんから10万円を借りたとしたら、もちろん返さなければなりません。このように返済や倍賞とかを求める理念を、「匡正的正義」と言います。

どちらの場面でも、新井さんと私は同じ時点にいて、しかも同じ社会で暮らしています。そこで、物を分けたり、お金を返したりできるわけです。このように、正義はもともと、同じ時点で、しかも同じ社会のなかにいる人たちの間で成立すると考えられてきました。

ところが、はなれた時点に生きる人々の間で、正義が問われることもあります。たとえば、乱獲や海水の酸性化などによって、今世紀末までに天然魚を食べられなくなるだろうと予想する専門家は、少なくありません。世界には、魚がおもなタンパク源という人たちが大勢いますから、現在世代による乱獲などのせいで、将来世代が深刻な被害を受けるという世代間の不正義が生じているわけです。

はなれた場所で生きる人々の間でも、正義は問題になります。たとえば、先進国が途上国にお金をはらって廃棄物を引き取ってもらうということが、かつてはさかんに行われていました。途上国の政府にお金が入る半面、廃棄物がすてられる地区の人たちには深刻な健康被害が生じました。これは、越境的な不正義の例です。

こうしたさまざまな現実問題をみすえながら、私は1990年代に、「世代間正義」の研究を始めました。2000年代からは、越境的な正義のなかでも、途上国での貧困問題について地球規模の分配的正義を考える「グローバル正義」に関しても、論文を書いてきました。

―――最近は、どんな研究をされているのでしょうか。

10年度ほど前から、「気候正義」も研究しています。私たちは、CO2(二酸化炭素)などの温室効果ガスを大量に出していて、それが原因で地球温暖化が進み、将来の人たちが私たち以上に、大型台風に見舞われたり、水不足や食糧難になったりします。つまり、気候変動では世代間の不正義が問題になるわけです。

また、1990年から2015年までの25年間について見ると、世界のトップ10%の高所得層は、温室効果ガスの排出量のなんと52%も出していました。このトップ10%のほとんどは、先進国の人たちですね。他方、気候変動の悪影響は、先進国よりも途上国でずっと深刻にあらわれます。このように、気候変動の一面はグローバルな不正義です。

そこで、「世代間正義」と「グローバル正義」について論じてきた私は、この二つが交差する「気候正義」も研究するようになったわけです。

―――なるほど… 私たちが排出している温室効果ガスが、異常気象などの形で、未来を生きる人たちに影響を及ぼすということですね。

そうです。産業革命以来、人間が出すCO2やメタンは加速度的に増えていて、大気中のCO2の濃度は、過去400万年で一番高いのです。これらの温室効果ガスのせいで、地球の平均気温は急速に高くなっていて、産業革命前よりもすでに1.2℃近く上昇しています。

そして、温暖化は今後もさらに進むだろうとされています。そうなると、人間の安全や健康に重大な影響が生じてくるでしょう。たとえば、地球の平均気温が1℃上昇すると、大型台風は25%から30%も増えるのです。また、1℃の上昇で、世界の穀物の生産量は10%も減ります。つまり、気象災害が深刻化するとともに、食糧危機がやってくると予想されているわけです。

気候変動の影響としては、海面上昇が知られていますね。これは、何百年とか1千年以上という長い期間での影響でして、遠い未来には百数十メートルも海面が上昇しているでしょう。それよりもずっと前に、東京をはじめ、世界の多くの大都市はすでに海の底です。人々は、山地や丘陵地に移動して、そこで生活するしかありません。

『気候正義』とは?今知るべき気候問題と正義の間。



―――ありがとうございます。この前提があり、気候正義の考えが生まれたんですね。改めて、気候正義という概念について教えてください。

「気候正義」ということばは、2つの意味で使われています。まず、たくさんの温室効果ガスを出す化石燃料の会社に反対したり、温暖化を抑えるための「緩和策」を政府に要求したりする政治運動を、「気候運動」と言います。そのスローガンとして「気候正義」がかかげられてきました。グレタ・トゥーンベリさんが始めた「未来のための金曜日」という若者の気候運動の団体でも、このことばがよく使われています。

先ほど、先進国がたくさんの温室効果ガスを出しているのに、より深刻な被害を受けるのは途上国という話をしました。同じようなことは、それぞれの国のなかにも見られます。高所得層が、たくさんの温室効果ガスを出している一方で、深刻な被害を受けるのは、低所得層、人種的な少数派、先住民などの人たちです。

たとえばアメリカでは、アフリカ系アメリカ人やヒスパニック、先住アメリカ人などになります。こういう各国での現実は問題だとして、世界中で、若者をふくめて大勢の人たちが気候運動をしています。そのときのスローガンが「気候正義」なのです。

もう1つ、私のような研究者がやっている気候変動に関する哲学的な研究も、「気候正義」と呼ばれています。気候変動をめぐって、世界中の人たちの間で便益や負担をどのように分配するのが正しいか、あるいは現在世代は将来世代にどんな責任を、どういった理由で負っているかなどを考えます。

私たち気候正義の研究者は、複雑に込み入った理論を作り上げていく特徴があるんです。一方で、一般市民の方には、専門的な理論を学ぼうとするよりも、その前提となっている基本的な事実を知っていただきたいですね。

―――なるほど…実際にどのように思考していくことが、求められるのでしょうか?

先ほど言ったように、途上国は先進国と比べて、いっそう深刻な被害を気候変動から受けがちです。では、先進国である日本は安全なのでしょうか。多くの人が、日本では気候変動の影響があまりなく、安全だと考えているように見えます。しかし、この考えはたいへん危険です。

日本はむしろ、先進国のなかでは気候変動の影響に対してぜい弱だと言えるでしょう。いくつか理由がありますが、とりあえず社会的要因と経済的要因だけ考えてみましょう。

日本では、世界最速で高齢化が進んでいます。65歳以上が人口に占める割合、つまり高齢化率は、2022年には29%でしたが、2050年には38%になると予測されています。高齢化社会は、気象災害に対してぜい弱です。たとえば、猛暑のときには心臓発作が増えますが、高齢者は心臓発作を起こしやすい傾向にあります。

気候変動の悪影響を小さくするために社会の側で対応することを、「適応策」と言います。大型台風で建物が浸水しないように、インフラを強くしたり、夏に熱中症で救急搬送される人が増えるのにそなえて、病院の収容力を大きくしたりします。こういった対策を進めてゆくためには、たくさんのお金が必要です。ところが、一国の経済が順調に発展していないと、政府は必要なお金を十分に出せない恐れがあります。

日本の一人当たりGDP(国内総生産)の順位は、長年にわたって下がり続けていて、2023年には38位です。アメリカの6割で、シンガポールの3分の1にすぎません。世界の専門家たちは、日本はいずれ高所得国から中所得国に転落するだろうと予想しています。こんな状態で、ますますひどくなる気候変動の影響に対して、はたして十分な適応策を続けてゆけるのでしょうか。

こう考えてくると、気候変動が進んでも、困るのは海の向こうにいる途上国の人たちだけで、日本にいる自分は安心などと考えるのは、正しくないことが分かります。気候変動は他人事(ひとごと)でなく、自分事(じぶんごと)なのです。

2023年~2027年、平均気温が1.5℃を超える確率が66%。



―――気候正義を考える前提として、世界はいまどのような状態にあるのでしょうか?

ひとことで言えば、かなり危機的な状況です。

2015年に結ばれたパリ協定では、地球の平均気温を産業化前から1.5℃の上昇におさえるよう努力すると定められました。1.5℃にとどめるために努力するのは、国際社会全体の約束です。

ところが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、2018年の報告書で、早ければ2030年からの約20年間に、1.5℃に達してしまうと発表しました。これは、国際社会に大きなショックを与えました。

その5年後――つまり現在の状況はどうでしょうか―― WMO(世界気象機関)によれば、2023年からの5年間に、地球の平均気温が1.5℃を超える確率は、なんと66% にもなるのです。

―――66%ですか… かなり確定というか…ほど確実に気温は上昇しますね。

これは驚くべき数字です。1.5℃上昇はもう避けられないのではないかと思える段階まで、私たちは来ています。しかも、話はここで終わりではありません。

2100年頃までに、気温はどのくらい上がってしまうのでしょうか。これはもちろん、私たちが今後どのくらい温室効果ガスを減らせるかに左右されます。ですから、予測の幅は大きいのですが、だいたい1.5℃~4.5℃が最も起こりうるとされてきました。

ところが、最近では、4.5℃を超える可能性は、これまで考えられてきたよりも大きいと考える専門家が増えています。温室効果ガスの排出は、気候の仕組みの外にある要因です。

この外側の要因によって、気温が上昇してゆくと、こんどは気候の仕組みのなかにあるいくつかの要素が働いて、気温がいっそう大きく上がるという仕組みが明らかになってきたのです。

言ってみれば、はじめは傾きの小さな下り坂をゆっくり歩いていたら、傾きがだんだん大きくなり、気づかないうちに早足になっていて、危ない崖に向かって小走りしているようなものです。

―――ここまでのお話を聞いていると、今すぐに地球温暖化を食い止めないと取り返しができなくなる危機感を強く感じました…。

温暖化を食い止めるためにやらなければならないことは、はっきりしています。何よりもまず、CO2などの温室効果ガスの排出を大幅に減らすことです。そのためには、石炭や石油などの化石燃料に頼るのをやめるしかありません。それから、CO2を吸収してくれる森林、とくに熱帯林が世界中で破壊されていますが、これを食い止めて、反対に森林を増やしていくことも必要です。ところが、世界の温室効果ガスの排出量は、現在まで増える一方なのです。

しかも、先進国を中心に、また中国などの新興国でも、政府が化石燃料を後押ししてきました。2022年には、ロシアのウクライナ侵攻によって、ヨーロッパへのエネルギー供給が大幅に減ってしまったという事情もあって、世界全体の化石燃料への補助金が前年から倍増しました。1兆ドル(150兆円)に上っています。

一方で、途上国を中心に、世界各地ですでに深刻な被害が出ています。たとえば、アフリカの東の端に、「アフリカの角」と呼ばれる地域があります。エチオピアやケニアとかの一部がふくまれます。アフリカの角では、2020年から2023年にかけて、長期間の干ばつが生じました。その結果、3600万人が深刻な水不足や食糧不足におちいったんです。

「干ばつ」と聞くと、自然現象だと思われるかもしれません。ところが、最近では必ずしもそうではありません。現在の気候科学では、人間が引き起こしている気候変動が、干ばつや猛暑などの気象災害をどのくらい生じやすくしたのか、どれほど大型化させたのかを測定することができます。気候変動がもしなかったとしたら、アフリカの角でこの干ばつが起こる確率は、100分の1にすぎなかったのだそうです。

日本では、2018年の猛暑をおぼえている方が多いのではと思います。あの年には、熱中症で1580人以上が亡くなりました。日本人チームの研究によると、気候変動がもしなかったとしたら、あの猛暑が発生する確率は、なんとゼロだったのです。

気候変動は、世界中ですでに人を殺しています。そして、死者数は増える一方です。これを食い止めるために、私たちがやるべきことは分かっているわけですから、後はやるだけです。

日本ならでは課題によって、推進力が低下。



―――気候変動問題を取り巻くなかで、どのような課題が日本にはあるのでしょうか?

いまの時代、気候変動にかぎらず、世界はダイナミックに変化しています。そういう変化に対して、日本はうまく対応できていないのではないかと、私は心配しています。

ジェンダー・ギャップ指数について考えてみましょう。2023年に、日本は146か国中で*125位でした。過去最低というこの順位に、多くの人はショックを受けています。

しかし、日本の数値も見ていただきたいですね。この調査が始まった2006年以来、日本の数値はほとんど変わっていません。他の国では、男女の格差を小さくするためにさまざまな取り組みが行われて、数値が上がってきたのに対して、日本ではそうなっていないのです。とくに、女性の政治参画がたいへん遅れていて、また経済参画も進んでいません。つまり、男女の格差を小さくするという世界の大きな流れに、日本はついてゆくことができないままなのです。

似たようなことは、気候変動の緩和策でも起こっています。日本では、太陽光や風力などの再エネ(再生可能エネルギー)が、以前と比べれば増えてきましたが、しかしたとえばイギリスやドイツよりも大きく立ち遅れています。

お隣の中国を見てみましょう。中国政府は、化石燃料に多額の補助金を出してきましたが、他方では企業による再エネの技術開発を強力に促してきました。その結果、たとえば太陽光パネルの生産で、世界の80%近くは中国が占めています。再エネへの転換という世界的な流れに、中国はしっかり乗って、再エネ施設の輸出という国際ビジネスをうまく進めているわけです。

日本社会の立ち遅れは、市民の意識にも見られます。戦後のながい期間、革新と保守という左右のイデオロギー対立が続いていました。

近年に深刻化してきた気候変動は、革新派だから積極的に取り組むはずだとか、保守派だから消極的になるとかという問題ではありません。実際、ドイツでは保守党政権の下で、化石燃料への依存を減らす「脱炭素化」が、積極的に進められてきました。

ところが、日本では、1990年代に保守化が強まるなか、気候変動への取り組みを主張する人は、左右のイデオロギーという従来の尺度のなかに位置づけられてきました。その結果、とくに中高年の人たちから偏見をもたれて、けむたがられがちです。

これはとても残念なことです…気候変動は、人の生死や健康に関わり、しかもどんどん深刻化しているので、保守か革新かを問わず取り組まざるをえない問題と言えます。

―――なるほど…日本ならではの社会構造というか、社会的な風潮も影響しているんですね。

私は、気候変動に関心をもつ若者たちの前で講演することがあります。そういうとき、若者たちの声をよく聴くようにしていますね。

高校や大学、家庭などで、気候変動の話をちょっと出すだけでも、周りから「意識高い系」などと言われるそうです。家族や友だちからなかなか受入れられず、また気候運動に参加するとSNSで否定的な書き込みをされることもあって、孤立感があるという若者は多いようです。

ヨーロッパやアメリカなどには、若者にかぎらず気候運動の活動家が大勢います。「気候正義」をかかげて大集会を開いたり、デモ行進で街に繰り出したり、さらには石炭の採掘場まで出かけて反対するグループまであって、各地でとても活発に運動しています。

それに対して、日本の気候活動家は、街頭での訴えかけもしますが、一般市民の冷ややかな受け止め方を考慮にいれて、おだやかな活動を選ぶようです。

*出典:男女共同参画局『ジェンダー・ギャップ指数(GGI)2023年

変更可能な社会機能を見極め、CO2の削減に務めることが重要。



―――気候正義について、私たちはどのように向き合い、どのように課題と向き合えば良いのでしょうか?

気候運動のスローガンに、「クライメイト・チェンジ(気候変動)でなくシステム・チェンジ(制度変革)を!」があるそうです。これは、妙をえた言い回しだと思います。

気候変動は、一人ひとりの心がけでは解決できない問題です。たとえば、部屋を出るとき、こまめに照明を消せば、電気代を節約できるかもしれません。しかし、それだけでは、日本社会のCO2の排出を減らすことはできませんね。

むしろ、電気をつくる燃料が、石炭や石油から再エネへと大きく変わる必要があります。これはもちろん、電力会社が決めることです。しかし、政府は、炭素税をかけて火力発電を割高にしたり、再エネに補助金を出して割安にしたりすることで、企業の決定に大きな影響を与えられます。税金や補助金など、さまざまな制度改革を行う必要があります。

その際、人間生活のどんな場面でもCO2の排出をなくしてゆけるわけでないという点が、重要です。たとえば下水処理場では、微生物をふくんだ泥を汚水にまぜながら、空気を送り込みます。そうすると、微生物が急激に増殖して、水の汚れを分解してくれます。

そのとき、膨大なCO2が排出されるのです。このように、私たちの安全や健康、生活環境などを守るために、たくさんのCO2を出さざるをえない場面は、いくつもあります。

だからこそ、CO2の排出量を削減できるところでは、削減しなければなりません。たとえば、発電では、化石燃料から再エネへの転換によってどんどん減らしてゆけます。

また、多くの人が自家用車から公共交通機関に切り替えれば、排出量は減りますし、ガソリン車が電気自動車にとって代わられれば、やはり減ります。日本ではエネルギー転換が遅れているので、逆に言えば、今後やれることはたくさんあるわけですよね。

そして、日本は民主主義ですから、市民が意思を表明すれば、選挙でえらばれる政治家はそれを無視できません。緩和策に積極的な政治家に投票する、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)で気候変動の知識や自分の意見を伝える、政治家や役所に要望を出すなど、選択肢はいろいろありそうです。

―――ありがとうございます。IT業界にいる身としては、日本のDX(デジタル・トランスフォーメーション)の世界的な遅延などに目が行きがちでしたが、そもそも生活すらできなくなる未来が来る可能性を考えると、地球環境の課題解決の方が優先順位が高いと思いました…。

たしかに、DXをふくめて、日本が取り組まなければならない課題は、たくさんあります。先ほど、日本の一人当たりGDPは下がる一方だと言いましたが、30年以上におよぶ経済停滞からどうやって脱するかも、たいへん大きな課題です。ジェンダー・ギャップの改善もそうですね――

ただ、気候変動への取り組みには、私たちや、子どもたち、未来の人たちの安全と健康がかかっています。また、私たちよりも排出量がはるかに少ないのに、いっそう深刻な被害を受けている途上国の人たちに対して、私たちには責任があるはずです。自分の利益のためにも、外国の人々や未来の人たちに対する正義のためにも、抜本的な取組みを急がなければならないのです。

未来を変えるキーワードは2つのイノベーション



―――現在の地球環境の現状を受けて、特に宇佐美様が読者に伝えたいメッセージなどありますか?

私が強調したいのは、「イノベーション」の大切さです。「イノベーション」と言うと、技術革新を思い浮かべる方が多いだろうと思います。実際、日本政府は、水素発電などの新技術にとくに力を入れています。世界的にも、大気中のCO2を回収して地中などに貯留するCCS(炭素回収・貯留)の研究開発が進められています。

しかし、「技術のイノベーション」だけでは足りません。あと2つのイノベーションがぜひとも必要です。

1つは、「制度のイノベーション」です。先ほど触れた炭素税や再エネへの補助金という制度改革は、日本社会のエネルギー供給のあり方を大きく変えるでしょう。また、自動運転車が実現すれば、自分では自動車を所有せず、必要なときにだけ自動車を呼んで利用するカーシェアリングの時代が来るという予想もあります。これは、交通制度の大変革となるでしょう。

さらに、市民の気候変動への関心が今後高まって、ヨーロッパ諸国に見られるような環境政党が、日本でも無視できない勢力になるときが来れば、政党政治のあり方が大きく変わることになります。

私が強調する2つ目は、「意識のイノベーション」です。これは、人々が新しい価値観や好みをもつようになることです。たとえば、牛や豚などの家畜が出すメタンガスは、人間が出す温室効果ガスのじつに15%前後を占めるとされています。そこで、ヨーロッパやアメリカでは、自分が気候変動の原因を作るのをできるだけ避けるために肉を食べないという菜食主義者が、急速に増えているのです。

他にも、いろいろな意識のイノベーションがありえます。一例ですが、排出量の多いSUV(スポーツ用多目的車)を週末に乗り回すのがカッコいいと思っていた人が、電車で郊外に出かけてサイクリングをする方がカッコいいと思うようになれば、その人の排出量は激減しますね。

―――なるほど…制度と意識のイノベーションを起こさないと何も変わらないのですね…ですが、少人数の声は届かないイメージもあります…。

そうですね。大勢のなかで自分だけが行動しても、世の中は変わらないのではないかと、ついつい思ってしまいますよね。

自分が周囲の人や社会全体に影響を与えられるという感覚を、「有効性感覚」といいます。韓国やシンガポールなど、他のアジアの国々では、政治での有効性感覚をもつ人が4割を超えているのに対して、日本は26%にすぎません。日本人は、国際的に見て、有効性感覚が低いと言ってよいでしょう。

―――ありがとうございます。そのうえで、社会の大変革が実現するためには、どのくらいの人が行動する必要があるのでしょうか。

参考になる研究があります。アメリカの政治学者たちが、非民主的な国が民主化した300件を超えるケースをあつめて、非暴力的な抵抗運動に参加した人の数を調べました。その結果、おどろくことに、人口のわずか3.5%を超える人たちが参加した場合には、民主化は失敗しなかったというのです。この発見は一躍有名になって、「3.5%ルール」と呼ばれています。

3.5%ルールは、社会が大きく変わるためには、じつは少しの人たちが行動すれば足りるということを示しています。すでに民主主義が成立している日本で、エネルギーや交通などの制度を変えることは、軍国主義や一党独裁を倒して民主主義を一から始めるのと比べれば、小さな変化でしょう。

気候変動はまったなしの段階まで進んでいます。私たち自身の利益のために、また途上国の人々や未来の人たちに対する正義のために、気候変動にいどむ3つのイノベーション――  とくに制度と意識のイノベーションを本格的に進めることができるかどうかは、私たち一人ひとりにかかっているのです。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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