地域復興の肝:足立基浩教授が大切にするセンチメンタルなまちづくり
2024.01.15

地域復興の肝:足立基浩教授が大切にするセンチメンタルなまちづくり


人はノスタルジックやセンチメンタルな雰囲気を発する“何か”に、どうして心が惹かれるのだろう――

故郷の田舎から都心部に上京した経験がある人は、一度は感じたことがあるかもしれないが、自分が生まれ育った街を思い出すと心がノスタルジーを感じたり、センチメンタルな気持ちになったりする。

地元の古びた商店街、学生時代の通学路、駅前の小さな飲み屋街、老夫婦が営む定食屋―― 愛着のある地元の風景は、どこかエモさを感じる。

そんな故郷の“平凡だけど当たり前にあった風景”は、誰かにとって価値のある風景に変わることもある。しかし人口の減少、都市への一極集中が進むなかで、失われてしまう風景も存在するのが現状だ。

今回紹介する和歌山大学経済学部・足立基浩教授は、街づくりや地域再生を研究しており、「*センチメンタル価値」により都市を科学的に研究している。センチメンタル(愛着)を数値化することで、住人が地域に愛着を持ち個性が宿り、その個性を求め人が集まることで街を活性化させることが可能だ。

今回は、実際にセンチメンタル価値を用いて、地方都市の活性化へアプローチする足立教授に、愛着のある地元のセンチメンタル価値を高めるために必要な要素や可能性、まちの愛着を可能性についてお話を伺いました。

■「センチメンタル価値」とは

「センチメンタル価値」とは、長年の親しみが生み出す街に対する愛着やシンボルとしての価値の意味で、今後の街づくり界で注目される。



足立基浩
インタビュイー
足立 基浩氏
経済学部教授 副学長
株式会社 紀陽銀行 社外取締役
1968年生まれ 東京出身。2001年ケンブリッジ大学大学院土地経済学研究科にて博士号( Ph D )を取得。専門分野はまちづくり、地方創生等。学生とともに和歌山市内でカフェを経営(2005年より現在まで)。主なゼミの卒業生にフリーアナウンサーの川田裕美さん(2006年卒業)がいる。主な出版物は「シャッター通り再生計画(ミネルヴァ書房)2010 年」で 、2012年不動産協会賞を受賞。近著では、晃洋書房から「新型コロナとまちづくり(2021年2月)」と学芸出版社から「まちづくりの統計学(2022年2月)」を出版(13章 『シャッター通り再生に統計を活かす』を担当)。

■主な経歴
内閣府 「中心市街地活性化評価・推進委員会」 委員長 2023年5月から
中小企業庁 「外部人材・地域人材育成事業 運営委員会」委員長 2023年4月から
国土交通省「まちづくり活動の担い手のあり方検討会」(2017年)、座長
経済産業省「人材育成委員会 」(2018年)委員
日本商工会議所「補助金に頼らないまちづくりタスクフォース(2018年から現在まで)」座長
内閣府「中心市街地活性化推進委員会(平成25年)」委員



和歌山大学・足立基浩教授の研究テーマ、センチメンタル価値が、人の行動を変える。


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――はじめに、足立教授の研究概要について教えてください。

私の専門分野は経済学ですが、現在はまちづくりや地方都市の活性化が主なテーマです。

私は田舎まちが大好きで、和歌山大学での勤務も28年が経過しました。田舎ならではの情緒的な風景やセンチメンタルを感じる街並み、住んでいる人も優しくて、和歌山に愛着を持っているんです。

その一方で、目を背けてはいけない現実として人口の減少があります。私が和歌山に来たときの人口は108万人程度でしたが、現在は90万人程度にまで減少しているんです。そのような地方都市の衰退を食い止めるためには、まちづくりにおける「センチメンタル=愛着」を育てることが大切なんです。とくに、子どもたちの地域愛を育てる必要があります。

たとえば、子どもたちが一度その地域を離れたとしても、また戻ってきてくれるきっかけ作りが重要です。

まちづくりで大切なボランティアも、地域愛がないと誰も参加してくれませんよね。地域に愛着を持ち、子どもたちがまた故郷に戻ってくることが、まちづくりにおいて重要になってくるんです。

このような考えがあり、センチメンタルなまちづくりの推奨を続けています。

出典:和歌山県ホームページ『和歌山県の人口

――ありがとうございます。まちづくりにおける「センチメンタル価値」とは具体的にどのようなものですか?

はい。私の元々の専門である経済学は、抽象的な物を価値化するのが得意なんですよね。たとえば、川や青空だけでなく、星空の価値など。そういったバリューとして売り物に出されていないものに対し、価値化をしていく手法にCVM(Contingent Valuation Method)というのがあります。

私がはじめてCVMで計算をしたのは、2001年に倒産した和歌山県の「丸正百貨店」です。今まで当たり前のようにあった場所がなくなると、地域の人は改めてその場所の重要性や愛着を持っていることに気が付きます。

そのため、地域の人を対象に「丸正百貨店」が、どれだけセンチメンタル価値=愛着価値があるかを計算しました。具体的には「丸正百貨店を無くさないためにいくらまで寄付金を出せますか?」とアンケートを集めたんです。

――なるほど・・・「センチメンタル価値=愛着価値」として活用していくと、どのような変化が起きたのでしょうか?

価値を明確に出すことにより、人の行動が変わります。そもそも、センチメンタル価値の求め方は、地域や対象物を「価値=金額的な価値」として算出することです。価値の平均金額を計算し、合計額として算出することでセンチメンタル価値を導き出すことが可能になります。

読売新聞和歌山地方版記事 出典:読売新聞 和歌山地方版記事 2005年

先ほどの「丸正百貨店」には、2億円のセンチメンタル価値があったとの計算を出しました。丸正百貨店に2億円のセンチメンタル価値がついたことは、地方新聞でも取り上げられたんです。すると、記事を読んだ人たちが「これだけ価値のあるものは保存しなくてはならない」と声をあげてくれたんですよね。

最後には地元の大手企業も動いてくれて、一度はなくなった百貨店の再生に成功しました。センチメンタル価値がなければ、ここまで人の行動は変わっていなかったと思います。

地域再生の肝は、その場所への愛着と個性


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――足立様の研究のなかで、その他に印象に残っているまちづくりの事例はありますか?

商工会議所と連携して、「センチメンタル和歌山キャンペーン」という施策を実施した経験があります。市民のみなさんが思う愛着のあるスポットを、写真とエピソードと合わせて送ってもらうイベントです。

予想を超えた応募があるなかで、旅行雑誌で取り上げられていない場所が多く送られてきていることに気付きました。結果、地元の人が最高に好きなスポットを描いたおもしろいマップができあがりましたね。

センチメンタル和歌山について 資料1:和歌山商工会議所とのキャンペーン資料(出典:足立基浩 まちづくりの個性と価値 2009年 日本経済評論社 p10)
資料2:読売新聞和歌山地方版記事(出典:足立基浩 まちづくりの個性と価値 1009年 日本経済評論社 p10)


――ありがとうございます。地元の方と観光としてその土地を訪れる人では、同じ風景や物を見る際の視点が異なりますよね。ニーズや視点に違いがあるのではないでしょうか?

おっしゃるとおりです。しかし、私の見解では、地域の愛着がある場所こそが観光地だと思うんです。実際に、今回のキャンペーンで応募数1位だった場所は、旅行雑誌に載っていないところでした。地元の人にとっては日常生活の一部だったり、当たり前の場所だったりするため、観光客の方には観光地として伝えてはいませんが、観光客にとっては魅力的な場所が存在するんです。

「センチメンタル和歌山キャンペーン」では、地元の人の愛着がある場所を紹介して、和歌山県の魅力をアピールできたかなと思っています。

――センチメンタル価値による地域復興において、重要視するべき部分や、大切にするべき要素にはどのようなものがありますか?

「このまちが好きだ」というピュアな気持ちが大事だと思っています。私のゼミ生は、センチメンタル価値を計算して卒論を書くことが多いです。たとえば、奄美大島が出身の生徒は、サンゴ礁の保護を目的としセンチメンタル価値を導き出していました。

このまちが好きで、世の中の変わってはいけないものを守りたい気持ちが、愛着のあるまちづくりにおいて重要な要素だと思います。

ほかにも、経済学の観点から、価値を整理していくことも大切です。たとえば、なんでもない木造の校舎があったとします。古くて、利用する価値が低いなど、マイナス面がたくさんある建物です。

しかし、別の角度から価値を整理してみると、災害を受けた地域住民の避難所として使えることに気付きます。これを「オプション価値」と読んでいて、センチメンタル価値にふくまれるんですよね。

マイナス面が多い建物を取り壊して、代わりに便利な施設を建てれば、生活の質は上がるかもしれません。しかし、歴史を継承していない観光地や地域には、人は魅力を感じにくいですよね。つまり地域住民が、愛着と個性を特定の場所に持つことによって、地域再生や魅力的なまちづくりに繋がると思っています。

センチメンタル和歌山への応募者に関する情報 資料3:センチメンタル和歌山への応募者に関する情報(出典:足立基浩 シャッター通り再生計画 2010年 ミネルヴァ書房 p8)

デジタル化が進む世の中こそ、センチメンタル価値の重要性が増す


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――地域復興における課題には、どのようなものがあるのでしょうか?

若者たちの、地域に対しての愛着が損なわれていることが課題として挙げられます。愛着がなければ、地元で生活をしていきたいと思ってもらえません。根本的な課題の解決には、地域愛を育てる教育が大切です。

先日も和歌山の大学生と中学生で交流会をおこなったんです。まちの伝統や歴史を、地域のリレーのように若い人へつなぐきっかけとなる会となりました。

ほかにも、商工会議所が地元の小学校とタイアップし、地域のお店で買い物をするイベントも実施されています。子どもたちがお店を取材して、地元での買い物を促進するポスターにするんです。子どもが地域のために描いたポスターをまちにかざると、親とか祖父が見に来てくれるので、商店街に人が訪れて、商店街の活性化=(イコール)地域活性化につながったんですよね。

このような地域愛を育てる教育を、これから広めていく必要があると思います。

――センチメンタル価値は、5年後、10年後はどのように変わっていくと思いますか?

センチメンタル価値を導き出す過程で、家族愛や地域愛がより重要視されていくと考えています。

今後、生成AIのようなデジタル化がさらに進み、世の中が今まで以上に便利になっていくはずです。しかし最終的には人間が作る社会なので、便利になればなるほど、人と人との繋がりや関係性、愛着・愛情のような人間が本来抱いている本質的な感情や思考に戻っていく気がしています。

その上で私個人の意見ですが、AIが生み出す利便性よりも、家族を大切にする気持ちや、地域を良くしていきたい感情にセンチメンタル価値を強く感じる未来が待っていると思うんです。

おそらく観光においては、人と触れ合うことの価値が、逆により強まっていくような気がしていますね。人の生活を便利にするサービスや技術が発達する一方で、精神的で情緒的な価値は決して軽んじられるわけではありません。むしろ人の感情や情緒に対して、直接的に訴えるようなマーケティング手法や関連サービスも誕生してくる可能性が高いですね。

――ありがとうございます。センチメンタル価値を重視したまちづくりが、地域社会に与えるもっともポジティブな影響はどのようなものがあるでしょうか?

センチメンタル価値が高まると、財政コストの削減につながると思っています。社会的価値(ソーシャル・キャピタル)が強くて、愛情があるまちほど、あまりお金がかかりません。

たとえば、警備員がいなくても、地域愛があれば近所の人がボランティアでやってくれますよね。なにか壊れたときにも、近所の人が手伝ってくれるのではないかと思います。こういったつながりを、疎ましく思う人がいるかもしれません。しかし、センチメンタル価値により絆を強化すれば、ポジティブな影響も生まれやすいのではと感じています。

出典:教育ネットワークセンター年報,2007,7,35-43(研究論文)『仙台市市民センターのソーシャル・キャピタル測定

便利さのなかで、幸せかどうかを考えていくことが大切


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――足立教授が、理想形として考えているまちづくりのイメージがあれば教えてください。

世界にまで手を広げて日々研究をしているなかでは、中国が目につくことが多いですね。AIを積極的に取り入れて、自動運転の実験もおこなっているためです。

中国の利便性のあるまちづくりは、世の中が目指す理想形の一つだと思います。ただ、私は中国が追求する不自由のない生活を、まちづくりの答えだと思っていません。

便利すぎるまちは本当に幸せなのか?と疑問を抱いています。たとえば、全部ネットで買い物ができて、運動したければジムもすぐ近くにあるようなまちは、便利さゆえに人との交流が希薄になってしまうと思います。

それでは、センチメンタル価値の育つまちにはなりません。少し不便でも、人との出会いがある場所・地域に、最適値が存在していると思うんです。住む場所に愛着をもって生活ができているかで考えると、利便性だけを追い求めてはいけないことに気づけます。人が不便さから幸せを感じるかについては、理想のまちづくりを考えていくなかで、注意していくべきポイントです。

――最後に、これからセンチメンタル価値を活用していきたい人へ向けてメッセージはありますか?

なぜ私がセンチメンタル価値を上げていきたいかというと、人間はコンピューターではないからなんです。

まちを大切にし、地域住民を守りたいと思う人間の感情は、AIでは計算できない部分ですよね。地元で愛着をもって消費活動がおこなわれ、経済理論を成り立たせるためにも、感情を数値化するセンチメンタル価値の向上は欠かせない要素です。

またコンピューターやAIのようなロボットで、人の行動を制御するような社会にもリスクがあります。極端にまちからリスクを排除した場合には、“整いすぎた無機質なまち”になってしまう可能性があります。このような無機質なまちは、住んでいる人や訪れた人にとって、違和感を感じるまちになってくると思うんです。

それに当たり前ですがまちには、多種多様な人たちが生活していますよね。監視社会やAI技術の発達が極端に進化した場合、まちの犯罪発生率は極端に低下すると思います。もちろん、犯罪によって罪のない人が、搾取されたり不平等を被ったりすることは、あってはいけません。ですが、ちょっと変わった人が住んでいたり、街の名物人(別の言い方をすれば、名物おじさん、名物おばさん、)たちがいたりする場所は、個性があるまちと言えると思います。

――なるほど…確かに喉ごしが良すぎると何も印象や記憶に残らないですが、飲み込めるし害はない程度のクセは、まちの個性になるようなイメージでしょうか?

おっしゃる通り私たちが、毎日生活している地域・まちは、少し視点を変えてみると発見の連続です。ですが毎日生活している場所の魅力は、本人たちにとっては、当たり前の毎日なので、気がつくことができないんですよね―― 個人的には、住んでいるまちの魅力に気がつくことができないのは、もったいないと思うんです。

私たちが住んでいる地域やまちも、視野を広げたり、視野を変えることで新しい発見ができると思います。『自分はこの地域に住んでいる』『自分はこの地域で生きていく』ということを改めて自覚し、地域に愛着を持つことが、まちづくりや地域を盛り上げるうえで大切な考えになると思いますね。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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