九州産業大学・メディアと"面白さ":佐野彰先生の映像表現への挑戦
2024.01.16

九州産業大学・メディアと“面白さ”:佐野彰先生の映像表現への挑戦


8歳の少年が書いたドット絵が「NFTアート」として高額で売れたり、ボカロ曲を作曲した一般人の作曲したボカロ曲がYouTubeで何千万回と再生されたり、全ての人がクリエイターになれる時代が到来した。

一方で、利用者である私たちの日常には、一生かかっても消費しきれないほどのコンテンツが溢れている。無数にあるコンテンツから自分自身で「面白そうなもの」を探し、消費し、評価する……千差万別の価値観のなかで消費されるコンテンツに、もはや「正解」は存在しない。

そんな時代だからこそ「面白さ」とは何か、その重要性や価値を今一度考えるべき時なのではないだろうか。そこで今回は、「面白さ」を研究テーマとする九州産業大学芸術学部教授の佐野彰さんにお話を伺いました。

佐野 彰
インタビュイー
佐野 彰氏
九州産業大学 芸術学部
教授


貴重な情報も、伝わらないと意味がない!伝えるツールとして選んだ「面白さ」の奥深さ


取材画像
―――まずは、佐野教授の研究テーマについて教えてください。

私は九州産業大学芸術学部の教員で、映像やメディア表現の学科を担当しています。

私の教育や研究は「面白さ」を基準に進めています。「人はどのようなものを面白いと思うのだろうか」というところに大変興味があり、そこから様々な創作や研究を行っています。

ちなみに「面白さ」という言葉の持つ範囲は広く、ギャグ的なものも、趣深いスルメのような魅力のあるものも一緒くたにされてしまいがちですが、私が扱おうとしているのは後者のほうの面白さです。

世の中には莫大な情報量があり、星の数ほどコンテンツがある供給過剰な状態で、何かを「面白い」と思えることは、ある意味奇跡だと思うのです。私は面白いと感じるものには必ず理由や可能性があると信じています。

え、根拠ですか? 絶対的な根拠はないのですが、「無関心のもの」を火種にして情熱を燃やすことは不可能だと思うんですよね。

―――佐野教授が「面白さ」を研究のテーマに選んだ背景や動機は何でしたか?

私は小、中学校でいじめられっ子だったんです。その影響で人と違うことをやりたいという想いが強く、当時としては珍しい学際分野の学部である人間科学部に進学しました。

大学時代も多くの人と出会い刺激を受けましたが、一気に世界が広がったのが大学院でインターネットに出会った時でした。インターネット上で講座を開講するなど、当時としては珍しかったと思いますが、ネット上で情報発信をしていく中で情報は人や社会の中で流れてこそ、価値や意味が生まれることを実感しました。「沈黙は金ではない。人に伝えてナンボ」と思いはじめたのもこの頃ですね。

ただ貴重な情報も、伝わらないとそこから先に進めません。情報の押し売りのように繰り返す手法は性に合わないので、「面白さ」という原始的な方法でちょっと心を動かす方法に興味を持つようになりました。

「ものが揃う」「成長する」「意外なものに出会う」「カチッとそろう」「できないことができるようになる」「浮遊感」「予想が当たる」「マンガみたいな表現」など、人の心を動かすポジティブな要素はたくさんあり幅広いですよね。

「面白さ」はロジカルにも、エモーショナルにも、どの方向からもアプローチできるので、かなり奥が深く、応用範囲もとても広いことが魅力だと思っています。

「面白い」をコアに。多くの人と共に面白がって制作した作品も印象深い


取材画像 ▲地図を面白いコンテンツとするために、ゲームコントローラーで操作する「読み物」にした例。装置の組み立てからプログラミングまで全て佐野さんが担当。

―――特に印象的なプロジェクトや成功体験はありますか?

社会人時代に企画立案した「キリンビール大学」が一番の思い出です。

ちょっとした「これ、面白いかも」というアイデアを膨らませてできたのがこのコンテンツでした。大笑いではなく、クスッと笑ってもらえるような方向性で、カレーのように時々無性に食べたくなるくらいのサイトを目指しました。

結果的にプレゼンでも勝ち、私が退社した後も続いているコンテンツなので、その狙いは間違っていなかったと思っています。

転職して大学で働くようになってからは多くの研究や共同プロジェクトに携わりましたが、思い出深いのは「大牟田市立上官小学校100周年イベント」と「まいたいタッチ」です。

「大牟田市立上官小学校100周年イベント」は多くの人が楽しんで積極的に参加して頂けたことが成功に繋がったと思っています。

「まいたいタッチ」は純粋に「地図って楽しいな」というところから一人で作り上げたもので、多くの人の共感を得られたのがうれしいかったですね。

取材画像 ▲五味太郎先生の本の1シーンを立体で再現。小屋の大きさ、窓の大きさ、角度など、かなりの試行錯誤を伴ったそう。

取材画像 ▲おおでゆかこさんの「しろくまくつや」の1シーンをプロジェクションマッピングで再現。空中につり下げた旗にもプロジェクションをしている。

―――「Something New」をテーマにした作品制作の中で、特に印象的なプロジェクトや成功体験はありますか?

「Something New」をテーマにした作品制作は、失敗も多く、打率は3割もいかないくらいです。でも打席には立つようにしています。

そんな中で印象に残っているのは、「絵本ミュージアム」で学生と一緒に作品を作ったことです。当時としては珍しかったプロジェクションマッピングを、小型化して精密に作ったものが子どもにとても人気でした。

それと同時進行で、アナログを活用して立体展示も作っていました。どちらも今までに無かったようなものを作ろうと思い、多くの人と一緒に楽しんで作った作品でした。

―――作品制作の過程で「面白い」と感じる瞬間と、作品制作において大切にしていることを教えてください。

私は「面白い」をコアにして作品を作っているので、スタートの時点でかなり楽しいですね。完成してもしなくても楽しさは残ります。

色々なものを楽しむためには、広い知識が必要になることはあるでしょう。例えば町を散歩していても、建築のことを知っていれば建物を楽しむことができるし、デザインのことを知っていれば看板を楽しむことができます。

植物を知っていれば……料理を知っていれば……歴史を知っていれば……など、同じ事象を見ても様々な楽しさが見えてきます。まだこの世の中にないものを、自分が最初に楽しむことが出来る特権もあるかもと考えるとワクワクしてきますよね。

作品制作において大切にしているのは、常に全てのものを「面白がる」生き方をしているところです。

お金を払って見た映画がイマイチだったとしても、イマイチな部分を楽しむ見方に変えたり、何か自分が失敗しても話のネタにしたり、そうしないための工夫を考えたり、常に「面白がる」を意識しています。

「面白さ」は「つながるきっかけ」。「無用の要」であり世界を動かしている要素のひとつ


イメージ画像
―――佐野教授の考える「面白さ」の重要性と映像表現におけるその役割について教えてください。

価値観は時代や国によって変化します。しかし、面白いという気持ちはそれほど変化していないのではないかと思うことがあります。

私は「面白さ」とは、人の立場や役割、年齢、性別など、色々なものを超えて「つながるきっかけ」になるモノだと思っています。

現在は、映像に限らず、メディアを活用した表現を色々と試みています。技術を使うことが目的ではなく、面白いことをしたいから技術を応用しているのです。

―――「面白さ」の探求における難しさやハードルは何でしょうか?

「面白さ」の探求はすぐにお金になる研究でもないですし、多くの論文が書けるようなテーマでもありません。そのため、経済状況が悪いときには真っ先に削減対象になることが難しさ、ハードルと言えるでしょう。

Interest(興味、関心)も「fun」(楽しい)も、「無用の用」と言えるものですが、これらがなくなってしまったら、人はおかしくなってしまうと思います。

「面白さ」は社会の触媒として大きな役割を持っているのです。例えるならば「組織の中で表立っては業績を上げているわけではないが、人と人とを繋ぐことに長けた人」のような重要性があり、世界を動かしている要素のひとつだと思うんです。

全ての人がクリエイター!面白がるチカラを鍛え面白がって生きよう


イメージ画像
―――今後のメディア表現やコミュニケーションのトレンドとして、期待するものや予測するものは何ですか?

現代はクレオパトラも徳川家康も体験できなかったことを、誰もが体験できる素晴らしい時代です。

例えるならば、村の中に食堂が一軒しかなく、メニューも「12時にこの料理を出す」と決められていたのが映画の時代。食堂が増えて、朝から晩までどこかで食べていいよというのがテレビの時代。そして現代は、無料で好きなものを探して食べてくださいというインターネットの時代です。

そのようなコンテンツの多様化に伴い、それぞれの人のそれぞれの好みに刺さるコンテンツが今後は増えていくでしょう。

そして既にさまざまな分野で起こっていますが、「普通の人」が制作するコンテンツUGCによるバタフライエフェクト(小さな出来事が予想不能の大きな出来事に繋がること)も今後、多発すると思いますね。

―――最後に、次世代のクリエイターや学生たちへのアドバイスやメッセージをお願いします。

これからの時代は、人に見せる見せない、上手い下手なんかはどうでもよく、さまざまな形で表現すること自体が社会を作るベースになるように感じています。

そんな時代でまず大切なのは、自分の価値観を持つこと。そしてそれと同じくらいの他者の価値観を認める(受け入れなくても良い)ことも大切です。

全ての人がクリエイターです!少しでも良いので周りの人の心を動かしてください。その小さな「動き」が世界を楽しい方向に進めていくでしょう。

面白がるチカラを鍛えると、世の中の色々なものが面白くなっていきます。面白がるチカラと知識と技術は裏切りません。どうせなら面白がって生きてください!

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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