CSRを通じた企業の責任と未来
2024.04.04

災害と共生:CSRを通じた企業の責任と未来


2011年3月11日に発生した東日本大震災から13年の時が経過した。被災地では、道路や防潮堤といったハード面の整備が進む一方で、被災者の心のケアなどソフト面の支援が継続している。

長期的な視点から災害地域で人が暮らしていくのかが、引き続き大きな課題となっているのが現状だ。今回は、災害時における企業の社会的責任(CSR)活動に焦点を当てて、東北学院大学経営学部教授の矢口義教氏にインタビューを実施。特に東日本大震災を経験した地域の企業が、どのように地域社会の復興と支援に貢献したのかについて探ります。

研究成果と見解を基に、震災時に企業が直面した課題や実施した活動、そして、それらが地域社会に与えた影響について取材。CSRの将来や災害時において企業が取り組むべきポイントについても考察する。

矢口 義教
インタビュイー
矢口 義教氏
東北学院大学経営学部
教授
学位:博士(経営学)
2008年3月 明治大学大学院経営学研究科博士後期課程修了
2018年4月 東北学院大学経営学部教授

主な著書:
震災と企業の社会性・CSR‐東日本大震災における企業活動とCSR‐(創成社、2014年)
単行地域を支え,地域を守る責任経営―CSR・SDGs時代の中小企業経営と事業承継― ‎(創成社、2023年)


災害時における企業のCSRの活用の重要性について


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―――まず、矢口先生には、ご自身の研究領域について教えていただけますか。

私は、東日本大震災後の企業の姿勢は、CSRとして重要な視点であると考え、震災以降、災害下における企業のCSRを研究テーマの一つとして行っています。

震災の発生以前には、ヨーロッパのCSR、とりわけ石油産業や鉄鋼産業といった採掘産業のCSRで、博士論文のテーマにもしてきました。もともとは、富山県の短大でヨーロッパやアメリカのCSRについて教鞭を取り、その後、東北学院大学に着任しました。

震災が発生し、その後の復旧・復興を通して、CSR(企業の社会的責任)の調査・研究を開始しました。地元企業の復興の取り組みについて調べていく過程で、企業が再生するだけではなく、地域のために尽力している姿勢が見られました。

■CSRとは?

CSR(Corporate Social Responsibility)とは、「企業の社会的責任」と訳されることが多く、企業がビジネスを展開する上で持つべき多面的な責任の総称をいいます。CSRの主な対象は、顧客・従業員取引先・投資家・加えて環境や地域社会など、企業活動が影響を与える全ての「ステークホルダー」です。



―――ありがとうございます。2024年1月1日能登半島で大きな地震が発生し、現在もなかなか復旧が進んでいない現状です。改めて災害時における企業のCSRの活用の重要性に関して、先生はどのようにお考えですか。

災害時といえば、これまでは行政機関や自衛隊等に災害支援を求めることが非常に大きかったと思います。一般的な災害であれば、まだ行政支援が可能だったのですが、東日本大震災では津波被害や原発被害が大きかったため、行政さえも機能停止に陥ってしまいました。
行政機能が停止している間も、被災者たちは支援を求めます。企業は行政ではないので体系的な支援はできなかったものの、地元企業の経営者が自ら率先して、自分たちができることを提供していくことで、一部かもしれないけど被災者を救うことにつながっていったと思います。

地元企業の支援提供の具体例としていくつか紹介します。
岩手県の大船渡市に「さいとう製菓 」という「かもめの玉子」を製造している製菓会社があります。震災直後、かもめの玉子を30万個配布して、食べもののないところに、震災の数日後から配布して回りました。
宮城県の女川町のかまぼこ会社である「髙政 」では、石巻市周辺で、かまぼこを被災地に配布した事例もあります。
作業服作業用品点の「ダブルストーン」では、石巻市、名取市といった津波最前線は津波により店がクローズ状態であったのにもかかわらず、被災者に物資を供給しました。とくにダブルストーンを運営する「イシイ」という仙台市の企業は、従業員の雇用を維持するだけでなく、見舞金として臨時の給付金を従業員に支給するなど、彼らの生活再建を支える役割も果たしました。

一方で、全国展開している店舗は、震災直後には営業できないことが多かったと聞いています。なぜなら、店長判断で営業を行った場合、責任問題になるためです。本部と連絡を取り、許可を取らなければならないからです。
地元企業、地元の経営者だからこそ、損害を出してもいいから、Goサインを出して行動を取ったことが非常に大きな役割になったと思います。

―――ありがとうございます。地元の人が営む、地元企業であるところが重要なポイントなんですね。

全国展開している企業の場合、仮に東北で経済活動が難しくなっても、企業として存続は可能です。一方、地元企業の場合、地域が衰退または壊れてしまえば、企業自体が存続できません。地域社会がなくなれば、人も雇えない、取引先もお客様も失ってしまうことになります。事業活動の基盤がまさに地域社会そのものだからです。地域社会が崩壊して、自社だけが生き残ることはあり得ません。

上場企業でない点が重要であると考えています。オーナー企業はいろいろ批判されることが多いのですが、オーナー企業だからこそ、迅速に判断できる点が震災時に有利にうまく機能しました。地元のオーナー企業は、実は非常に大きな役割を果たしていると思います。

―――ありがとうございます。地元のオーナー企業は、災害時において、地域復興に非常に重要な役割を果たしているといえますね。

震災直後に大被害を受けながらも、地域に貢献した企業は、私が見る限り、震災後には業績が落ち込みました。しかし、その後は回復し、震災前よりも高い売上を計上し、従業員数が増加し規模拡大している企業が多い印象です。

別の事例として、宮城県の気仙沼に「阿部長商店 」という会社があります。宮城県の大規模な水産加工会社で、他にホテル業(南三陸ホテル観洋)も運営している会社です。
9つの水産加工施設のうちのうち、8つの水産加工施設が震災で流されてしまい、1事業所しか残りませんでした。しかし、阿部長商店は、従業員の雇用を維持し、新入社員の内定取り消しも行わない取り組みをしました。
観光部門では、残ったホテルで、地元の被災者の受け入れを行いました。補助金やグループ化補助金等を受けながらと思いますが、業績は回復し、今では震災前の水準を上回る規模になっています。

一方で、震災に便乗して、値上げをしたり、グループ化補助金を不正受給したりする会社も散見されました。不正受給した企業は、後々事業規模が縮小し、結局倒産に至ったところが多い印象です。

災害時における企業が直面した最大の課題について


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―――震災が発生した場合、企業も地域のために社会貢献したいものの、震災の規模の大きさや、貢献したいができないところも結構あるではと思います。
企業が直面しがちな最大の課題や障壁といった点としてどのような点があるのでしょうか?


地元企業、中小企業の場合、直面しがちな課題が3つあります。

1つ目は、雇用の維持です。財務基盤が脆弱な企業が多く、日頃から借り入れに依存しているため、震災等が発生すると、売上が1ヶ月、2ヶ月入ってこないと立ちゆかなくなります。結果として、従業員の解雇、事業の停止、そして負債を返済できずに倒産に陥ってしまいます。
地元企業が倒産すると、雇用が失われ被災地から人が離れ、地域社会が空洞化してしまうことが問題としてあります。いかに雇用を維持するか、事業継続して雇用を維持していくのかが大切です。そのためにも、経営者には、財務管理をしっかり行ってもらいたいと考えます。

2つ目は、BCP(Business Continuity Plan)、事業継続計画です。災害はいつ遭遇するかわかりません。事業の計画として、工場、および事業所を一定のところに集中しておくのは非常にリスクが高いため、分散させておくことが大切です。一極集中していると、財務基盤が堅調であっても、流動資産を含めた企業資産が全部流されてしまうリスクがあります。

3つ目は、ステークホルダー、とりわけ取引先との日頃からの信頼関係の構築です。物資を東京や関西から被災地に送る「支援」ではなく、実際に被災地の企業と「取引」することは全く別でビジネスの論理が働きます。販売しても、売掛金が回収できなくなる可能性もあるので、取引に二の足を踏む非被災地企業が非常に多くなります。

先述のダブルストーンの場合、平時から取引先との取引関係を非常に大切にしていました。東日本大震災後に、他社では在庫が尽きて閉店となった場合が多かったにも拘わらず、ダブルストーンでは、有事においても取引先が今まで通りに取引を続けて、物資を被災地以外のところから供給してくれたため継続的な店舗営業ができました。いかに取引先との信頼関係を構築しているのかが大切であるといえます。

―――ありがとうございます。 デジタルが発展したといっても、小手先、口先のテクニックとかではなくて、最終的には「ヒト」である点を強く感じました。

被災地で震災時に貢献できた企業は、オーナー企業であったのですが、中でも、経営者の特徴として、カリスマ的な経営者が多かった印象を受けています。彼らは、強いリーダーシップを発揮して、被災地を支える企業行動を導いたのです。

CSRを発揮するリーダーシップについて「社会的に責任あるリーダーシップ」という考え方があります。経営者がリーダーシップを発揮する主体になることで、組織にCSRを浸透させていくことが大切と思います。

―――有事の際に企業を地域が関係性を構築する上において、どのようなお考えをお持ちですか?

先述の通り、復旧および復興の過程において求められてきたのが、雇用の場の創出でした。雇用がなければ、地域社会の復興にはつながりません。雇用を作って、所得を提供できる、さらに魅力的な仕事を提供できるようになるために、企業が重要になってきます。
また、地域の広報も必要です。企業が取材を受けることで、復興で忙しい中でも、現状を広く知ってもらい、他地域からの支援にもつながり地域社会の復興にも役立ちます。

復興は、1年2年で終わるものではありません。2年3年経っていくと今度は風化していくことになります。風化させないためには行政も必要ですが、企業の人たちが盛んにPRする場を作っていくことが重要です。
阿部長商店グループの南三陸ホテル観洋 の女将である阿部憲子さんはPR活動に熱心で、全国に講演して回り、「ぜひ南三陸町に来てください」とPR活動を続けています。
訪れた人たちに、震災関係の教育といった震災ツーリズムを催すことで、語り部バスを運行しています。ただ食べて遊ぶだけではなく、震災の教訓も学んでもらうことを民間企業が行っています。

将来におけるCSRの展望について


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―――ありがとうございます。5年後10年後考えてたときに、企業のCSRはどのように変容していくかについて、先生ご自身どのようにお考えですか。

企業がしっかり備えておくことは大切なのですが、災害に遭うまでは他人事といったケースが多いので、実際被害に遭って慌てるといったことになります。緊張感をいかに保つかが重要です。

例えばマネジメントシステムの一環として、リスクマネジメント、ハザードマネジメントを組み込めるか、企業は従業員の意識を本当に高める取り組みを行えるかにかかっています。
災害時に、企業に求められるものは、「いかに自社の従業員を守れるか」ということです。従業員を守れなかったら、企業は社会的責任が果たせなかったことになるため、従業員を守ることを徹底した上で、地域にどのように役立つ存在となるのかを考えていかなければなりません。

―――ありがとうございます。業種にもよるのでしょうが、事業もこれからは分散させていった方がリスクヘッジとしては必要となるのでは思います。

CSRの話から横道にそれますが、集中させるメリット、分散させるメリット、両方あると思うので、バランスを考えて行うのがいいでしょう。

例えば、製造業は1ヶ所にまとめて大量生産するほうが効率はいいですし、Web関係の企業なら在宅ワークができるので、分散が可能です。分散可能なところは分散した方がいいですし、規模の効率性とのバランスを鑑み、それぞれの会社が判断すべきです。

東日本大震災以降、震災や水害といった災害が起きる確率が高まっていると思います。基本的には、緊急時に備えた対応を念頭に考えていることが望ましいです。

―――ありがとうございます。先生のお話を伺うと、最終的には人間力に収斂するのかなあと思います。

最終的なところは人間の気持ち、ハートや情熱になるのではと思います。

中小企業において、事業承継が非常に難しくなってきています。事業承継ができないと会社を解散することになり、雇用が失われて地域から人がいなくなってしまいます。地域が疲弊することにつながり社会的責任を果たせません。事業承継を行うことも、社会的責任を果たす上で重要です。

経営者が、利益だけ追求している姿を見せるだけでなく、社会に役立っている姿を子供たちに見せたり、語ったりすることで示すことも必要です。
リーダーシップの姿勢を従業員や地域社会だけでなく、自分の家族にも経営者は見せていくことで、事業承継にもつながり、最終的に企業が永続的に社会的責任を果たせるようになるのではないか、と考えています。

四つの社会的責任が、企業経営の鍵


矢口 義教教授
―――ありがとうございます。最後に読者に対してメッセージをお願いします。

企業が社会的責任を果たすというのは、A・B・キャロルが提唱する 「経済的責任」「法的責任」「倫理的責任」「社会貢献責任」の四つの責任を果たすことです。企業経営者の皆様には、このことを意識していただきたいです。

CSRやSDGsの取り組みは大企業がやるものであって、中小企業は関係ないと思われるかもしれません。しかし、大企業は大企業、中小企業は中小企業、それぞれの形でCSRの実践は可能です。

重要なことは、お金を拠出して何か特別なことをすることではなく、事業そのもので地域に貢献していくことです。地域社会に役立つ、顧客に役立つ製品やサービスを開発することも、地域貢献につながります。

各企業ができることを地道にやっていくことが大切です。その積み重ねが、地域社会、ステークホルダーからの信頼につながり、長期的に企業の発展にも間違いなくつながっていくでしょう。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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