私たちが、これからを生きるために必要な4原則 ~グロービス経営大学院・田久保氏との対話~
2024.08.20

私たちが、これからを生きるために必要な3原則 ~グロービス経営大学院・田久保氏が語る志とは~


現代において、生きづらさを感じている日本人は少なくないだろう。例えば、SNSで人と人が簡単に出会える一方で、その距離感に戸惑い、疲弊する。社会人は情報のシャワーを浴び、漠然とした不安を抱えながら日々働く。先が読めない時代を、この先どのように生きていけばいいのだろうか?

「生きる上で重要なのは『志』『能力』『人的ネットワーク』」と提唱するのは、グロービス経営大学院の田久保善彦副学長。「自分の志があり、その実現ための能力をサポートし合える仲間がいたら、大抵のことはどうにかなる。自分の人生について、しっかり考える癖をつけよう」と話す。これから生きるために大切なことは一体何か。田久保氏にインタビューを行い、そのヒントを探った。

田久保 善彦
インタビュイー
田久保 善彦氏
グロービス経営大学院
副学長
研究テーマは、人の「志」について。学士号(工学)、修士号(工学)、博士号(学術)の資格を持つ。「志を育てる(増補改訂版)」「社内を動かす力」など著書多数。


グロービス経営大学院・田久保氏が語る、「志」の根源とは?


志を育てる 引用:グロービス経営大学院 (著), 田久保 善彦 (執筆・監修)「志を育てる 増補改訂版―リーダーとして自己を成長させ、道を切りひらくために」

―――研究概要や、これまでのキャリア、専門の研究テーマについて教えてください。

大学院の卒業後、三菱総合研究所で約10年ほど研究員として従事していました。研究所といっても、一般的にイメージされるような大学の研究職というものではなく、政策提言や民間企業のコンサルティング業務です。いわゆる大学のアカデミックな研究というよりも、社会の実装型の研究というイメージが近いかもしれません。

その後、株式会社グロービスに入社して、2006年にグロービス大学院を創りました。そしてグロービス大学院の責任者を15年ほど就任したというのが大まかなキャリアです。また、最近だと経済同友会の幹事、上場企業、スタートアップ企業の社外取締役なども務めています。

―――現在、専門にされている研究テーマはどんな領域でしょうか?

私の専門はかなり独特で、人の「志(こころざし)」について研究しています。

志は、どのように生まれるのか―― また志はどのように見つけられて、どのように変化するのかなどをテーマに研究を進めています。

―――ありがとうございます。志とはどのようにして生まれるのでしょうか?志は、自分の経験や価値観の中から出てくるものでしょうか。

当たり前ですが、人は自分の経験・体験や自分が知識として学習したことなどを起点にすることで思考したり、価値観が形成されます。つまり、志の大元は、個人の経験や知識、そして経験や知識から形成される価値観になるわけです。

自分の人生の彩りは、自分で作る必要がある。


グロービス経営大学院 取材イメージ画像
―――志とは不変なものでしょうか?それとも変わることもあるのでしょうか?変わるとすれば、それはアクションすることによって新しい価値観や体験を得るときでしょうか?

志とは、一般的に大学を卒業するまでは、社会制度によって区切られます。小学校なら6年間、中学・高校教育なら3年間、一般的な4年制大学なら4年間というように、一定の時期が来ると、制度により強制的に、次のフェーズに移行させられますよね。

例えば、中学校でバスケットボール部に入部したとします。バスケットボールがとても好きだからと言って、中学4年生までやる人はいませんよね――

つまり、中学生時代のバスケットボールに対する志というのは、中学3年生の最後の試合で社会制度によって強制終了させられるわけです。その後は、高校受験の勉強をするなど、別の志にシフトしていきます。

そして本人が、高校に進学して再度バスケットボール部に入部しても、中学生の時と高校生の時では、志が異なります。つまり、志は別の志に変わらざるを得ないのです。

―――こうした強制終了は、学業や社会人の転職、またライフイベントによって強制終了されるというイメージですか?

ライフイベントというよりも、社会制度による影響が大きいと思います。一方、社会人になると、基本的に「いつまでに、今の会社を卒業しなければいけない」といった規制はありません。

社会人の場合、定年制度などはありますが、「いつまで働かなければならない」といった縛りはなく、様々な選択肢があります。つまり、すべては自己判断に委ねられます。自分で自分の人生を選択する必要がある状況に、無意識のうちに放り込まれるわけです。

そうなると大切なのは、「自分の人生について、真剣に考える」ということです。

最近でこそ、少しづつ変化がみられるとは言え、日本では、本質的な意味でのキャリアを考えるトレーニングを受ける機会が、学校教育の中で十分に設定されていません。キャリアを考える本質は、“自分の人生をどのように生きるか、有限な人生の時間をどのように過ごしていくか”ということなのですが、「教え、伝える、考えてもらう」ことの難しさも相まり、なかなか進んでいないのが実情だと思います。

しかし、「親も先生も誰も教えてくれなかったから、自分の人生を考えることができない…」と嘆いていても仕方がありません。大学や専門学校という社会制度が終わると、「私たちは、自分自身で“人生をどのように生きるか”をデザインする必要がある」ということを、しっかり理解すべきだと思います。

つまり自分自身が「自分の時間の使い方は自分で決める」「自分の人生の彩りは自分で作る」という認識を持つということです。この感覚がないまま時間が過ぎるのは、とても怖いことです。言い換えれば、自分の人生に責任を負っていない人生になると思います。

「志」「能力」「人的ネットワーク」が、人生を豊かにする。


グロービス経営大学院 取材イメージ画像
―――先生は生きる上での重要な要素として「志」「能力」「人的ネットワーク」を挙げていらっしゃいますが、これについて詳しく教えてください。

志、能力、人的ネットワークの3つの要素があれば、人生における様々な出来事にチャレンジすることが可能です。

まず「志」ですが、一度しかない人生なので「自分は何をしたいのか、どう生きたいのか?」という意思・意図を持つことが大切です。

働く人が、「これはライスワーク(食べるためだけにしていること)だ」と思考停止状態になり、上司の言われるがままに月曜から金曜まで働き、土日の趣味に人生を注ぐ―― 「仕事はただのライスワークで、僕の生きがいは土日の登山です!」と考えるのは、仕事に注ぐ時間の長さを考えると、健全な状態とは言えないと、私は考えます。

一般的な社会人であれば、週7日間のうち5日間は働くので、労働時間に意味を持たせる方が自分にとって良い結果に繋がると思います。

―――なるほど、とはいえ志を見つけるのは、難しいような気がしています。

そうですね。志を持つのは、簡単ではありません。しかし「志を見出すための努力は続けよう」という自分への問いかけは必要だと思います。そして、自分自身の時間を、どのように使っていくのかについて、真剣に考え続けることが重要です。

―――ありがとうございます。まず志を持つという意思を持つことが重要になるんですね。また次に「能力」については、どのようなお考えをお持ちでしょうか?

「能力」ですが、「何か新しいことにチャレンジしたい!」と思ったときに、実現するための能力がないと、達成目標に向けての一歩は踏み出しにくいはずです。例えば中国で起業してビジネスを成功させたいと思っても、中国語が話せない状態では、きっかけを見つけることも難しいかもしれません。

3つ目の「人的ネットワーク」。何事も、自分一人では何もできないので、一緒に事業を前進してくれる人、仕事を紹介してくれる人、ビジネス上の課題を相談できる人などの人的ネットワークが重要となります。

例えば中国でビジネスを成功させるために、中国に住んだとします。そして中国語も学んだとしても、ビジネスを一緒に進めてくれる仕事のパートナーがいなかったり、仕事へのアドバイスを相談できる人もいなかったりする状況では、ビジネスが前進しません。

これまでの話をまとめるとすると、自分が志を持っていて、志を実現できるだけの能力があり、志を一緒に達成できる仲間がいたら、多くのことは実現可能だということです。

その上で心身共の健康があれば、チャレンジできる幅も広がるでしょう。

―――なるほど…ありがとうございます!夢や目標を達成するために必要な要素が良くわかりました。

最近、経営大学院の授業でこのような図を描くことが多いです。この図は、「志」「能力・開発」「人的ネットワーク」の3つの要素が相互に関連しながらぐるぐる回っている様子を表しています。



「この3要素は、どこから手を付ければいいですか?」という質問が学生からよく出ますが、これはどこから着手しても問題はありません。

その理由は、志が明確になったことで、目標達成に必要な能力に気がつく場合があるからです。ですがその逆のパターンも存在します。

例えば自分が、将来に対する漠然とした不安を払拭するために、専門能力を身に着けようと行動したり、学んだりしたとします。能力を身につける課程で、発生する様々な体験や経験を通し、志を見つけるケースもあるからです。

また自分の趣味のために何かのサークルに入ることで、人的ネットワークが広がり、所属していたメンバーに触発されて志が見つける可能性もあります。

このように「志」「能力・開発」「人的ネットワーク」の3つの要素は、どこからスタートしても問題ありません。自分が、この3要素を意識して人生を歩むか、歩まないかでは自分が理想とする人生とのギャップは開くばかりです。

志がなければ、時代に飲み込まれるだけ! 時代の荒波を超えるために大切なこととは?


グロービス経営大学院 取材イメージ画像
―――この3要素が重要なタイミングは、そのときの時代によって異なる印象があります。今はどの要素に注目すればいいでしょうか?

良い質問ですね。私は、様々なことが目まぐるしく変化する今の時代だからこそ、3要素がすべて重要だと考えています。志だけあっても、能力がなければ夢や目標は実現できません。また志と個人の能力だけがあっても、自分の想いに応えてくれる人がいなければ、どうにもなりません。

「志」「能力・開発」「人的ネットワーク」のどれかが一番大事ということではなくて、人生を自分の選択で彩っていくためには3つの要素の全てが必要になってくるわけです。

ただ、テコが効くのは「仲間」だと思います。それは世の中が複雑になりすぎているからです。

――なるほど…なぜ複雑な時代だからこそ、テコが効くのは「仲間」なのでしょうか?

繰り返しになりますが、自分一人の力では目標を達成することが不可能だからです。

例えば、自分で何かIT系のビジネスを立ち上げたとします。ビジネスを軌道に乗せるために、経営、UI・UXデザイン、プログラミング、マーケティング、そしてグローバル市場も狙うために英語と中国語もすべて一人で学び、取得するのには限界があります。

だからこそ、信頼できる人たちの得意な分野を掛け算式にアウトプットできて、一人では成し遂げられないゴールを仲間と一緒に歩むことができる状況を創ることが大切です。

自分が対応できる領域は、質や幅が自ずと決まるので「仲間」はいつの時代も欠かせません。

特に、最近のスタートアップは、カリスマ性のある経営者が一人で必発というよりも、相互に補完できる経営チームが、良き企業を創るために奮闘しているケースが多いと思います。

そして、もう一つ付け加えるとしたら、繋がる人の個々人の能力が、何かを成し遂げる為には重要だと思います。

―――志の高い人、能力が高い人たちと繋がるためには、自分自身の志と能力も高くないと、同じレイヤーの人たちと話が合わないということですか?

能力については、まさしくおっしゃる通りです!自分がある一定水準の能力がなければ、仲間にしたい人と同じ目線では話せませんよね。もちろん、能力の差は、熱意や年齢的な部分でカバーできる部分もありますが、いつまでたっても、基本的な会話が成立しないとすれば、相手からも見限られてしまうリスクがあります。

一方で、志は「高い」「低い」ではありません。「ある」か「ない」かが重要です。

というのも、志とは「高い」「低い」の評価ができないからです。例えば、「世界を席巻する半導体会社を作りたい」という志と、「ある地域の児童貧困の問題を解決したい」という志は、高い・低いという2軸では比べようがないですよね。

志がある人というのは、志がある人を感覚的にかぎ分け、関心を寄せます。類は共を呼ぶと言っても過言ではないかもしれません。志を持った人と出会い、切磋琢磨しながら人生の時間を送っていきたいのであれば、志を持つことはとても重要です。

もし仮に読者の中には「人生を変えたいけど、志をどのように持っていいのかもわからない、能力も人的ネットワークも乏しい…」という人もいると思います。

その場合、人生を変えるためのスタート地点としては、「まずは志というものを持ちたい!」と強く思うだけでも人生を変えるきっかけになると思います。

―――昨今、SNSをはじめ、キャリアや仕事に関して玉石混交的に様々な情報が飛び交っていると思います。その中で志の重要性について、先生はどのような考えをお持ちですか?

今の時代、AIをはじめとした飛躍的な技術進化、環境問題、世界情勢など目まぐるしい程の変化が発生しているのは事実です。

時代の荒波に飲み込まれないためには、自分の生きる方向性を何となくでもイメージする必要があります。いつ、どのように世界が変わるのか予測不能ですし、いつ人生のフェーズが変わるかもわかりません。

だからこそ、自分の頭と心で目指すべき道や志を常に考え、常に自分に問いかける必要があります。

目に止まるコンテンツは、「極端」にしないと誰にも読まれない!?


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―――先生が3要素の重要性に辿り着いた原体験や、そこに至るまでの思考はどこにあったのでしょうか?

実は、これはグロービス経営大学院の教育ポリシーで、20年近く前から考えられたものです。これ以外に大切なことがあるかどうかについては、いろいろと考えましたが、加えるとすれば、健康については気を使ってほしいです。

ですがこのような話をすると「お金は必要ですよね?」という質問が、返ってくるケースがあります。

ですが志と能力、そして人的ネットワークがあれば、将来的にお金を得ることはできます。お金は二次的なものであって、スタート時点で大事なものを挙げろと言われたら、この3要素にプラスして健康が必要になってくるわけです。

―――私自身、以前は労働の負荷が高い企業で働いていて、3日に1回しか家に帰れないことがあり、心の落ち着かない状態が続きました。でも30歳を越えてから、「健康な体で働きたい」と筋トレをしたり、お酒を控えたりするようになると、仕事の生産性が上がりました。

まさしく、そういったことだと思います。最近は「ウェルビーイング」や「ハピネス」という考えが流行しています。ですが自分の向かうべき人生の方向性が定まっていて、信頼できる仲間と一緒に自分の能力も高めながら、人生を歩んでいけたとしたら、それは幸せなことだと思うんです。

今回のメインのテーマからは、脱線するかもしれませんが、昨今、何か一つのコンセプトに偏った議論が展開されがちなことが気になることがあります。

例えば、「ウェルビーイングだけ」の議論をするから、「本当にそれでいいの?」と受けては、首をかしげてしまいます。そうではなくて、「ハードワークとウェルビーイング」というテーマで議論するとバランスもとれ、結果的にウェルビーイングの思考も深まると思います。

人生を豊かにするには、人目を気にしない、人と比較しないことが大切


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―――最後に、これからキャリアを築こう、考えようとする読者に向けてアドバイスをお願いします。

1つ目は「人目を気にして、他人の評価に従って生きることは避ける」ということです。

「友人、上司・仕事仲間、親の目線が気になる…だから、こうしたほうがいい!」「相手からこのように思われるかもしらないから、自分を相手目線に合わせた見せ方にしよう!」という他人の評価や目線を気にしながら、自分の人生の行動を選択するのは、極力やめた方が良いですね。

ですが誤解をしないで欲しいのは、私は「人の意見を聞くな!」と言いたいわけではありません。

言い換えれば、「人の意見を聞いた上で、自分の生き方は自分で決めましょう」ということです。ただ相手に言われたことを鵜呑みにして、言われるがままに生きるのは、誰の人生を生きていない状態だと思います。

2つ目は、「人と比較をしない」ということです。例えば、自分と他人の年収や仕事の成功を比較して「あの人に比べたら自分は、劣っている…」と悲観視することです。

自分と他人を比較したところで、本質的な幸せは得られません。「自分は将来、どのような人生を自分の力でデザインしていきたいのか」を考えることが大事です。

これは、とある起業家が「自分にとって本当に大切な人と、そうでない人の間に線を引く」ことが重要だと言っていました。つまり、自分にとっての本当に大切な人は、できるだけ限定するということです。

自分の人生にとって大事な人が誰なのかを見極めさえすれば、そのほかの人は気にならなくなります。また、逆も真なりで、本当に自分にとって大切な人にとっては、あなた自身が大切な人になっているはずです。そのため本当に信頼できる人たちは、何があっても自分のことを信じてくれるでしょう―― 本当に信頼できる仲間を大切にしながら、今日お話した「志」「能力」「人的ネットワーク」の3要素、そして3つの要素を補填するための心身ともの健康を大切にしていれば、素晴らしい人生を歩むことができるはずです。

―――今日は、貴重なお話をしていただきましてありがとうございます!自分の背中を押されました!

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに。帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めた筋トレとカポエイラが好き(脚技の特訓中)。
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