2023.09.21

アニメ産業を分工場経済の側面から考える。明治学院大学・社会学部半澤教授が語る、アニメ・コンテンツ産業の未来とは?


2020年10月16日に公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、世界45カ国で公開され総興行収入は約517億円を記録。また2023年8月28日の段階で東映は映画『THE FIRST SLAM DUNK』の興行収入が、155億円を突破したことを発表した。

これらの驚異的な興行収入は、日本のアニメが国際的にも大きな注目を浴びている証拠だ。

アニメは、日本を代表するコンテンツの一つであり、その制作の背景には、数多くの制作会社やクリエイターが関わり、日々のクリエイティブに情熱を注いでいる。

しかし世界的な日本アニメの熱狂の裏側には、コンテンツ産業ならではの課題も多く存在する。そこで今回は、分工場経済の視点も交えながら、コンテンツ産業におけるアニメ業界の現状や課題について明治学院大学・社会学部・社会学科、教授・半澤誠司にお話をうかがった。

半澤 誠司,明治学院大学
インタビューイー
半澤 誠司氏
明治学院大学
社会学部・社会学科
教授
アニメ産業を対象に、2000年代のインターネットの急速な発達、企業合併、国際化の進展などの変化を踏まえて、生産工程、技術、取引関係、労働市場、などの特性に注目し、顕著になってきた地方立地の意味。移住や経済活動の活性化が、日本社会にとってどのような意味を持つのか。イノベーションを起こすエコシステムについて、日本で発展させるべき方向性。


「分工場経済」とは?

「分工場経済」という言葉は、イギリスのワッツ(Watts 1981)を始めとする「企業の地理学」に関する研究者たちが採用してきた概念です。続いて、マッシィ(Massey1984)はこの概念を用いて、スコットランドなどに存在する特定の生産工程に焦点を当てた工場に目を向けた。これらの工場は、ロンドンの中心部に位置する本社からの「地域を超えたコントロール」のもと、非常に容易に閉鎖されることがあり、その結果、多くの批判や「否定的なイメージ」を抱かれることが多いと指摘している。





明治学院大学・半澤教授が語る、分工場経済の“負と生”


半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

――― まずは、分工場経済について教えてください。

分工業経済の概念自体は、新しいものではなく、1980年代前半に英国の研究者達が指摘した製造業における一つの形態を指します。

国の中央に本社(東京をはじめとした主要都市)を持つ企業が、土地や労働費用の安さを求めて、地方へ工場を進出させたものの、結果としてその地域の事情をあまり考慮せず、企業中心の意志決定によって地域が振り回される―― という負の側面をもつ言葉として広がっていきました。

――― 分工場経済における負の側面とは、具体的にはどのような状態でしょうか?

半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

例えば企業が、突然工場を閉鎖し地元の人々が解雇されるといった事態ですね。しかし分工場経済の概念が日本で受容される過程において、全面的に負のイメージだけで捉えられるべきではないと考えられるようになりました。

中央と比べた場合に、地方の地域経済は必ずしも豊かで多様だったわけではありません。中央から地方に工場や支店が誕生することで、雇用が生まれ、地方経済に厚みが出るというポジティブな側面もあるからです。

また昨今では、発注した際の価格の安さを求められる工場は、海外との競争に敗れがちで、地元ならではの特色も非常に薄くなってしまいます。そのため、工場の高度化や研究開発機能の追加などが、必要になってくるということが有識者の間で、語られるようになりました。

明治学院大学・半澤教授が語る、高度化×土地に根付くことの 重要性


半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

――― 分工場経済の側面から見た時に、アニメ制作をはじめとしたコンテンツ産業はプラスに作用するのでしょうか?

コンテンツ産業が、地方に進出することは、東京を中心とした制作環境や長時間労働などの現状を踏まえれば、良い方向に働く要素と言えます。

地方では比較的ゆっくりと働ける環境がありますし、地方自治体からの支援も期待できることがあります。こうした地方での取り組みを評価する考え方は、ここ10年ほどで特に見られるようになりました。特に、このコロナ禍でその傾向は強調されてきたように思います。

ただ単に“東京よりもコストが安いので、地方で何かを生産する”するという理由だけで存在している「工場」ではなく、地元に真に根を張れる工場が生まれることは、その地域にとって非常に良いことだと思います。

―――ありがとうございます。一方でデメリットもあると思うのですが、その点はいかがでしょうか?

半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

現状のコンテンツ産業におけるコンテンツ制作会社は、拠点維持費用の安さ、人材確保、人材育成などのしやすさから、東京以外の地方都市などに進出する流れがあります。

しかし、地方都市に進出するのがゴールではなく、事業の高度化が進まなければ、進出した拠点は、コンテンツ産業の変動(特に東京を中心とする業界の動向)に振り回されてしまいます。その結果、拠点の撤退や閉鎖ということにもなりかねません。だからこそ、高度化し確かな生産力を持ち、地元に根を張るということが重要です。

コンテンツ産業のアニメ業界が、抱える独自の課題


半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ


――― アニメ制作会社が、地方都市に制作拠点を移すケースもあると思いますが、アニメ業界ならではの課題はありますか?

アニメ産業に目を向けると、2000年代から2010年代の間、そして現在でも制作したアニメ作品の運用に目を向けている制作会社は少ない印象を受けます。

私が以前に調査したとある企業は、自社でコミケ(コミック・マーケット)に参加してはじめて、自分たちが作った作品のグッズを売った時に、消費者の人たちを理解したそうです。


――― つまり、アニメ制作会社の多くが、消費者でなく、スポンサーなどの出資者のために制作する意識のほうが強かったということでしょうか?

いえ、スポンサーのためにというより、自分達が作りたい作品を作るためにはスポンサーとなる企業から資金を引っ張って来るという意識です。実際、先ほどのコミケに参加した企業は、2013年にはじめてイベントに参加したそうです。

また別の企業からの情報によると以前は、ごく少数のアニメ会社しかコミケに参加していませんでしたが、2010年頃からは参加企業が増えてきたそうです。

つまり彼らは、消費者と直接接触する機会が元々ほとんどなかったため、結果としてアニメ会社はBtoC意識が弱く、ビジネス的にはBtoBのような状態が続いていました。

もちろん、良い作品を作るという意識は存在していました。しかし、作った作品を何とかして収益化する、または次の作品のための資金を集めるという意識は、産業全体としては非常に弱かったというのが現実です。

――― アニメ作品のファンの顔までは、イメージできない現状があったんですね。

半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

おっしゃる通りで、取引相手として視聴者を認識するという意識までは、あまりなかったと思います。例えば、スポンサーやテレビ局、ビデオメーカーなどとのBtoBの関係は伝統的に存在していました。しかし自分たち自身で、作りたい作品を商品価値に転化しなければならないという認識は、とくにテレビ局やビデオメーカーが弱体化した2010年代に強くなってきたと思います。

つまり、自分達で作った作品を、人任せにせずに自社運用をして、次の作品作りや人材育成の元手となる資金調達に繋げていくべきという認識です。

とはいえ、自社で運用する体制を設けてビジネス化できている企業は少ないのが現状ですね。

アニメ業界のボトムを上げるには、2つのステップが重要



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――― 先程も分工場経済において「高度化」が重要とおっしゃっていましたが、コンテンツ産業における、アニメ制作でも同じなのでしょうか?

アニメ業界の高度化機能は、企画段階から作品の運用までが重要な役割を果たすと思います。

高度化には、大きく分けて二段階のステップがあります。一つ目は企画を立てて実現するステップ、二つ目は完成した作品を商品として運用するステップです。

とくにコンテンツ産業の場合は、作品を自社運用するというのは非常にハードルが高いんですよね。東京の大手企業でさえ、作品の運用までをワークさせている企業は少ないんです

アニメ産業に限らず、基本的に生産を担当していたような企業の間で、自社ブランドの立ち上げや自社での販売が強く意識されるようになってきたのは、おそらくここ四半世紀ほどのことでしょう。

バブル経済が崩壊したり、大手企業の海外進出の影響で、製造業や伝統工芸業界でも、BtoB向けの生産を中心としてきた企業では、今後への危機感が強まりました。この状況を打破するため、技術の高度化だけではなく、消費者との接点につながる自社ブランド製品の立ち上げなどの取り組みが増えました。

このような背景から考えると、コンテンツ産業においても自社IPの自社運用がますます重要となってきます。しかしそれを実現できている企業は、東京でも限られています。まして地方では、企画の立案ならまだしも、産業の主流でみられる規模感の自社IP運用を実践している企業は、限られていますね。

現状、地方では、拠点維持費用が安く、人材も集まりやすいという利点があるとされています。しかし、それだけでは、かつての工場が地方進出した際の状況を繰り返し、製造業で生じた問題がコンテンツ産業でも再現されるリスクが存在します。つまり、分工場経済の負の側面(デメリット)ですね。

繰り返しになりますが、地方でも自ら企画を立て、運用する企業が存在しないわけではありません。しかしこのような運営体制を築いている企業が、日本全体で1~2社しか存在しなければ、地方の地域経済におけるコンテンツ産業の影響力について慎重に検討する必要があると考えます。

5年後、10年後のアニメ業界は、どのように変化するのか?


半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

――― 5年後、10年後のアニメ業界は、どのように変化していくと思いますか?

現在、アニメ業界は、大きな変革期を迎えています。90年代までの既存の技術基盤や分業の進め方が機能しなくなっているからです。

この変革期の動向を受けて、各企業は新たな方向を模索しています。その具体的な問いは、「アニメーションを作るときに、この工程はこの職種の人が担当する」という細かな役割分担から、「企画から運用まで、どこまでがアニメ会社の役割なのか」という企業全体の戦略点な視点に至るまで、幅広い改善が模索されているのです。

つまり、専門特化した分業体制が主流だったワークスタイルからどのように脱却するか―― という課題に対する問いでもあります。現状は、各企業が自身の信念や考えをもとに、それらの問題に対して解決策を探している段階だと思います。

――― ありがとうございます。分業体制も限界になって来たような印象を持ちました…

そもそも分業は、工程の区切り方や特定の職種が担当する職務範囲など、“決まりごと”が各企業間で共有されているからこそ可能となります。

歴史的に見れば、この“決まりごと”は、大手企業が外注先に自社のオペレーションを受け入れさせることで業界に浸透していった面もあります。

とはいえ現在のアニメ産業のような産業変動期において、従来のやり方は通用しなくなっています。その結果、各企業がそれぞれの信念に基づき新しい方法を模索している今、業界全体で共有される決まり事は減少傾向にあると思います。

このような背景から、従来のような分業体制を志向しない企業が、当面は増加する状況が続くのではないでしょうか。

――― 一方で、成功している企業の特徴はありますか?

今述べたような背景も考慮すると、企画・制作・運用全体を見据えて成果を出している企業は、従来の分業体制からの脱却と、内製化を強く意識しているのが一般的です。

現在のアニメ業界においては、高い外注率が大前提となっている企業が大半を占めています。しかしこの状況も10年後には、もしかしたら内製率の高い企業が主流となっているかもしれません。

また昨今では、Netflixを筆頭とする配信型のアニメが増えています。オリジナルシリーズや限定配信なども盛んで、アニメの需要は確実に高まっているのは確かです。

ただ2000年代前半には、DVDパッケージ市場の隆盛による「アニメバブル」が起きたことで、確かに業界も潤いましたが、2006年には市場が一度崩壊しています。そのバブル期から始まった制作環境の悪化が、現在でも尾を引いています。そのため、今の市場環境から将来が楽観できるかというと、一概には言えない状況です。

見方を変えれば、2000年代半ばからの産業の変革が、現在も続いているといえます。

例としては、アメリカの映画産業は1950年代から70年代にかけて、内製中心から専門特化企業の分業体制へ大きく変わりました。従来の方法が通用しなくなり、新しい方法によって成果が出るまでには、四半世紀を要しました。

単純にこの事例を日本のアニメ産業に当てはまるのは乱暴な議論であるのは承知の上で、あえて将来予測をすれば、2000年代半ば頃から始まった産業再編の方向性が明確になるのは、2020年代の後半から2030年代の前半かも知れません。

コンテンツ産業とアニメ業界の成長に向けて――


半澤 誠司,明治学院大学,コンテンツ産業,アニメ業界,ソウグウ

――― ありがとうございます。今回の取材を通して、コンテンツ産業やアニメ業界の課題、そして伸びしろや可能性を知ることができました。まさしく変革期という印象を受けました。

そうですね、コンテンツ業界におけるアニメ業界は、世界的にもファンが多いのは事実です。人気マンガの劇場版タイトルが映画館で上映されれば、世界的なヒットを生むケースも増えています。

しかし実際のアニメ制作現場は、レガシーな業界文化が残っています。そのため、過労問題が例外的とはいえず、ハードな仕事現場が多いのも現実です。もちろん、全ての制作現場がそうとは限りませんし、改善も進んでいますが、従業員を安定して育てる環境の確立には、まだ長い道のりがあると思います。

地方都市を拠点とする場合は、仕事の高度化だけではなく、いずれ地域に根付いたクリエイターコミュニティの形成が必要でしょう。それには、地方の側にもそれに対応できる都市機能が重要となります。

アニメ産業は、今後、消費者を改めて意識しつつ、過度な分業化からの脱却が重要です。そして企画・制作・運用までを一気通貫でおこなえる体制の企業が増加することで、新たな産業の姿が見えてくるでしょう。その結果、アニメ産業全体の成長に繋がっていくのではないでしょうか。

新井那知,新井那智
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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