2024.06.19

激しい時代の変化を味方につける!「スモールM&A」が育むしなやかな起業家マインド


M&Aとは文字通り、企業の「Mergers合併」と「Acquisitions買収」を指す略語だが、日本の全企業数の99.7%を占める中小企業に勤めている人のなかには「M&Aは上場している大企業の話で、自分の会社には関係ない」と思っている人も多いのではないだろうか。

ちなみに「中小企業」の定義は業種によってさまざまだが、中小企業基本法上では「製造業は資本金3億円以下、又は従業員300人以下」、「小売業は資本金5,000万円以下、又は従業員50人以下」、「サービス業は資本金5,000万円以下、又は従業員100人以下」となっている。

だが近年、日本におけるM&A件数が増加するなかで、中小企業間でもすでに活発な取引が行われているのだ。2023年版中小企業白書によると、2022年は過去最多の4,304件の取引数になったという。

そんななか、事業承継の困難に直面している地方の中小企業を対象に「スモールM&A」を提唱しているのが、今回登場していただく、岐阜大学社会システム経営学環の柴田仁夫(きみお)准教授だ。

少子高齢化、東京の一極集中という時代の追い風を受け、ヒト、モノ、カネが不足している地方の活性化に「スモールM&A」は、どのような作用をもたらすのか? それを成功させるためには、何が必要なのか? じっくり話を聞いてみよう。

柴田 仁夫
インタビュイー
柴田 仁夫氏
岐阜大学 社会システム経営学環
准教授




「経営理念の浸透」というテーマに向き合うきっかけ


岐阜大学 取材用写真
―――岐阜大学だけでなく、横浜市立大学でも中小企業経営、地域活性化といったことを教えられている柴田先生ですが、大きな研究テーマは「経営理念の浸透」だとうかがいました。どのようなことがきっかけで、そのテーマに出会ったのでしょう?

大学の教員になる前は長く民間におりまして、横浜市の中小企業支援センターに勤務していたころは、CSRの導入支援の仕事(横浜型地域貢献企業認定制度)にたずさわっていました。

民間企業で働いていた40歳のときに思い立って法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科に進学し、その後中小企業支援センターに転職。そして働きながら埼玉大学大学院経済科学研究科博士前期課程・後期課程に再び進学し、47歳で博士(経済学)の学位を取得しました。論文のテーマを選ぶにあたって、当時の職場での経験を活かせるこのテーマに興味を惹かれたんです。

―――CSRは「企業の社会責任」とよく説明されます。その一方で「経営理念」というと、美辞麗句が並べられたものが多く、実践が伴わないイメージがありますね?

そうですね。高邁な経営理念を掲げている企業でも、法令違反や不祥事を起こす会社は存在します。こうした理念と実践の乖離がもっとも顕著に現れるのが、企業が経済危機や災害などの有事に直面するときです。

例えば、東日本大震災時の東京電力の福島原発への対応を思い出してください。同社は言わずもがなの大企業であり、この事故が起こるまではCSRを実践する模範企業として知られていました。
ところがマニュアルに記載されていない想定外のことが起きたとき、訓練では当たり前のようにできていたことが実践できず、被害を拡大させてしまいました。

その一方で、マニュアルにはない想定外のことが起こっても愚直に普段の訓練を実行し、顧客を津波から守った事例が存在します。
私が注目したのが、陸前高田市の地元スーパーであるマイヤ陸前高田店の事例です。当時の社長のご講演をうかがったところ、同社は創業者が海軍兵学校の体育教官だったころの経験を活かし、実践さながらの避難訓練を徹底的に継続してきたそうです。
その結果、陸前高田市が甚大な津波の被害にさらされるなか、同店ではただ1人の犠牲者も出さなかったそうです。

私は震災直後の陸前高田を訪れる機会には恵まれませんでしたが、2012年3月12日に視察で同じく津波の被害に遭った石巻市を訪れたことがあります。被災から1年経ったにもかかわらず、瓦礫が残っている現場の惨状を見るにつれ、「被害者ゼロ」というのがどのくらい奇跡的であったのかを実感しました。

この出来事は、「経営理念の浸透」という課題が、困難であるにもかかわらず、非常に重要なものだということを物語っていることを示す重要なエピソードだと思っています。

「東京一極集中」、「少子高齢化」という地方への強烈な向かい風


岐阜大学 取材用写真
―――2020年から柴田先生は、地方の国立大学である岐阜大学に赴任されます。これが「地域活性化」というテーマに向き合うきっかけとなったのでしょうか?

もともと支援機関の職員時代から「横浜」という地域の問題を考えてきました。前任校があった埼玉県川口市の大学に勤務していた頃、首都圏といわれる神奈川県や埼玉県でも地域性に随分違いがあることに気がつきました。そうした経験を経ての岐阜大学への赴任です。当時は新型コロナウィルスの感染拡大のまっただ中で、閑散とした風景が目の前に立ちはだかるなか、衰退していく地域経済の実態を探る研究に向き合わざるを得ない状況がありました。

そうした活動のなかで、「スモールM&A」に興味を惹かれるようになったのです。

―――「スモールM&Aとは何か?」ということについて、あらためて説明していただけますか?

M&Aというと、上場している大企業が株式市場に公開している株式を売買して行うものを指すケースを連想する人が多いと思いますが、「スモールM&A」は、非上場で小規模な中小企業の合併や買収も含む概念になります。厳密に定義された経済用語ではなく、一般名詞です。

私が「スモールM&A」の必要性を感じた背景には、「東京一極集中による地方の衰退」という社会の大きな流れがあります。

総務省が発表した2023年度の住民基本台帳人口移動報告によると、東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)への転入超過が2年続けて前年を超える一方で、名古屋圏(愛知、岐阜、三重)と大阪圏(大阪、兵庫、京都、奈良)は、いずれも転出者が転入者を上回る「転出超過」を記録しました。

その結果、「ヒトがいない」、「おカネもない」の二重苦にさらされた地方は、衰退の一途をたどっています。具体的には、地元で長い間、愛されてきた中小企業が相次いで倒産・廃業しているのです。

―――なぜ、地元で長い間、愛されてきたのに、つぶれてしまうのでしょう。

高齢化した経営者の事業承継が、困難になっているのが主な原因だと考えられます。
中小企業庁は2017年、「事業承継5ヶ年計画」を掲げました。2020年までの5年間で30万以上の経営者が70歳になるにもかかわらず、6割が後継者未定であり、70代の経営者でも、事業承継に向けた準備を行っている経営者は半数にとどまるという状況に応じようとしたのです。

そのような事業承継の停滞を解決するために、後継者マッチング支援の強化等の施策が行われたのです。

その結果としてなのか、中小企業を含む「スモールM&A」の件数は確実に増加しましたが、目標達成年の2020年がコロナ禍にみまわれたこともあって、その成果が正確に検証されたとは言えないと考えています。

事業承継をむずかしくしている「地方のジレンマ」


岐阜大学 取材用写真
―――事業承継は、なぜ困難なのでしょう?

実際に地方で事業を行っている70代以降の経営者に話を聞いてみると、そこには地方ならではのジレンマが働いているように見えます。

後継者候補として、まず第一に考えられるのは、自分の子どもや親族でしょうが、「自分のように田舎で苦労する必要はない。都会で働いて、豊かな暮らしをしてほしい」と考える経営者が、実は多いんですね。

子どもの立場としても、「田舎に残ったとしても、稼げる仕事がない」というのが後継者を志す道を拒む言い訳になっているのです。

そこで、「スモールM&A」が、そうした状況を打破する突破口として機能するのです。

―――「後継者=子どもや親族」という固定概念にしばられず、意欲のある若手ベンチャー起業家に広く門戸を開こうというわけですね?

その通りです。起業というと、リスクを負って会社を興すというイメージを持つ人も多いかもしれません。
ところが、地方で事業承継の悩みを抱えている中小企業の事業を引き継ぐ形での起業の場合、それほど大きなリスクはありません。

なぜなら、その事業には長年の積み重ねがあって、顧客も、設備も、すでに揃っているからです。企業にとって、創業時は新規顧客の開拓が重大な課題になりますが、そこで失敗するリスクは最小限に抑えられるのです。

地方の経営者が抱える「ヒトがいない」、「おカネもない」の二重のリスクは、これから新規事業を始めようとする人にとって、メリットに転じやすい要素でもあるのです。

―――政府の「事業承継5ヶ年計画」が思うように進んでいないなか、民間で「スモールM&A」を推進していこうとする動きはあるのでしょうか?

私が注目している事例をいくつか紹介しましょう。

ひとつは、2010年に栃木県宇都宮市で創業した株式会社サクシードが提供している「ツグナラ」という地域中小企業M&Aプラットフォームです。
事業承継問題に悩む中小企業の経営者を対象に、金融機関、支援機関、専門家などとのネットワークを提供しているのです。
会社、業界、エリア、社員、取引先、商品・サービス、技術、設備といった経営資源についての情報発信を通じて第三者承継を成功に導く支援をしています。

もうひとつが、愛知県名古屋市で創業した株式会社タスクールPlusが2020年から展開している「会社買取センター」という事業です。
M&Aの問題点のひとつが、仲介会社の手数料が高額になるということなんですが、「会社買取センター」では同社が買い取った会社を受け継ぐことになるので、手数料が低く抑えられるのです。

このほかにもエキスパートリンク株式会社や株式会社M&Aの窓口、ファイブ・アンド・ミライアソシエイツ株式会社など、中小企業支援のプロである中小企業診断士が経営するM&Aアドバイザリー・仲介業務を行う企業に注目しています。

大事なのは、時代の変化に応じる柔軟なマインド


岐阜大学 取材用写真
―――「スモールM&A」を成功に導く上で、大切なことは何だとお考えですか?

非常に重要だと思われるのは、時代の激しい変化に対応する柔軟なマインドだと考えています。

高齢になった経営者のなかには、「自分が育てた事業を身売りしてまでして金儲けしたくない」という意識が根強いのは事実です。しかしその企業がなくなって困るのは恩恵を授かっていたその地域の人々なんです。ですからそのような考えを捨てて、価値ある事業を次世代に受け渡していくことは、とても意義のあることなんです。

一方、これからの未来を担う若い人たちにも、同じように「変化を恐れない」気持ちが大切です。

今は、時代の変化があまりに激しく、答えの見えない不透明なVUCAの時代だと言われます。
そんななか、資格の学校TACの創業者の斎藤博明さんは「意識しないと風は見えない」と言っています。さまざまな視点で時代の変化を見てみれば、向かい風だと思っていた風が実は追い風だったり、まったく逆に、フォローの風だと思っていた風が、自らを縛るアゲインストの風だったりするのはよくあることです。
そうした意識で時代を眺めてみれば、強風を味方につけて、物事をすばやく転がしていくことにも活かせるはずです。

実際のところ、「自分が生まれ育ってきた地域を活性化する」という理念を持ち、それを実践しようとする若者は全国各地に増えています。そのような人たちの活動を支援する体制を行政、金融機関、専門家などでつくり、支えていかないと、「少子高齢化」や「東京一極集中」といった激風にさらされている地方に未来はないと思っています。

―――心強いお言葉、ありがとうございます。最後に読者に向けてメッセージをお願いできますか?

では、私の個人的な話をしましょう。
私が40歳のとき、思い立って大学院に進学したのは最初に述べた通りですが、そのとき、恩師の1人である嶋口充輝先生に「あなたは何歳ですか?」と質問されたんです。
「40歳になって勉強し直すなんて、もう遅い」という答えが返ってくるかと思って一瞬ひるみましたが、先生は「40代は、まだまだ若い」とおっしゃられたのです。 そして、こんな言葉を添えられました。
「自分のための勉強は50歳まで思う存分、すればよろしい。だが、50代以降は社会のために学んだことを活かしていきなさい」と。

その言葉のおかげで今の私があります。
今の職場は私にとって、8つめの職場になります。
50代以降は、人に教える仕事、人を育てる仕事に従事して、現在は地方の岐阜大学と都市部の横浜市立大学で教鞭をとっています。おかげで地方と都市の仕組みの違いが実感として身についたように思います。
そう考えてみると、変化こそが私の人生の原動力だったのかもしれません。
どうか、読者のみなさんも変化を恐れず、むしろその変化を味方にするような気持ちで自らの人生を豊かなものにしてください。

参考:
地域活性学会 東海支部 きっかけは横浜という大都市の「地域課題」の解決から
researchmap 柴田 仁夫


新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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