2024.04.23

心理学が解き明かす不正行為のメカニズム ~千葉科学大学・王教授が語る不正とは~


2024年1月にトヨタ自動車がグループの豊田自動織機が生産するディーゼルエンジンで認証取得の不正があったとして、10車種出荷停止を発表。このように大手企業グループにおいても不正行為は起こり得るもので、実は自身の身の回りでも日常的に行われているものかもしれない。

本企画では、千葉科学大学・危機管理学部の王晋民教授にお話を伺いながら、組織内での不正行為を防ぐための心理学的アプローチと危機管理のあり方を考えていきたい。

王 晋民
インタビュイー
王 晋民 (おう しんみん)氏
千葉科学大学 危機管理学部 危機管理学科
教授・学術博士


大事故を引き起こす要因は人間心理に関係する


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―――まず、教授のこれまでの研究テーマ、研究概要を教えてください。

私は大学、大学院で心理学を専攻してきました。中国北京大学で心理学専業を卒業後、1985年に筑波大学の大学院博士課程、心理学研究科心理学専攻へ進学しました。

大学院では、実験心理学の研究室に入り、漢字の形を見て、読める、意味が分かる、それはどういうプロセスなのかという「漢字の認知」を研究し、博士号を取得。大学院卒業後は、富士通株式会社に入社して、7年間ほど人間の感性に関する研究を行っていました。その後、図書館情報大学(2004年に筑波大学と合併)に転職し、3年間講師を務めました。

―――不正行為の心理学的要因に関する研究に最初に関心を持ったきっかけは?

そんな時に起こったのが1999年9月の「東海村JCO臨界事故」でした。茨城県の東海村にあるジェー・シー・オー社(JCO)東海事業所という核燃料加工施設で発生した日本国内初の原子力臨界事故について記憶に残っている人もいるでしょう。その事故の後、日本原子力研究所と科学技術振興事業団(現:科学技術振興機構 略称:JST)が協力し「社会技術研究システム」という研究プロジェクトを立ち上げました。

私はこの「社会技術研究システム」の社会心理学グループに3年間所属し、本格的に現在の研究テーマでもある安全安心な社会の実現を心理学、人文社会科学の立場からの検討を始めました。

結局「東海村JCO臨界事故」の主な原因も「不正行為」でした。
一例を挙げると、原子炉用の燃料を作るために、原料の粉末を溶かす工程では、正規マニュアルでは認可された装置を使用すると定められていたが、JCOではステンレス製のバケツを用いるという手順に改変されていたそうです。核燃料製造工程の手順、プロセスなどは全て国の認可が必要になります。その製造プロセスの手間を省き、安全管理を怠ったことが最悪の事故に繋がったのが「東海村JCO臨界事故」だったのです。

技術も法律も整っているにも関わらず、「東海村JCO臨界事故」のような大きな事故が起こってしまう原因は、不正行為にあり、それはまさに人間の心理であり組織の問題ではないかと考えたことが研究プロジェクト内の社会心理学グループが立ち上がった経緯です。

社会心理学グループでは、東洋英和女学院大学の岡本浩一教授がリーダーとなり、その下で組織風土についての研究やリスク認知に関する研究などそれぞれ分担して研究を進めていました。そんな中で、内部告発も不正行為を防ぐ重要な手段ではないかという話が出て、私が担当することになり、組織の中での内部告発をテーマに取り上げて研究を始めました。

私がこのプロジェクトに参加し始めた2001年頃に、日本においても公益通報者保護法(内部告発を行った労働者を保護する法律)の制定の機運が高まってきた時期だったこともあり、組織の従業員はどういう場面で、どのような要因によって、内部告発しやすいかを調べ、仮に公益通報者保護法が施行された場合、通報するようになるかどうか、あるいは充分な効果を期待できるかどうかを研究していました。

※公益通報者保護法は2004年6月公布、2006年4月施行

その後、2004年に千葉県銚子市に千葉科学大学が開学し、その中で日本初の危機管理学部が開設されました。縁があって、私も開学当初から大学に移り、危機管理の心理学を教育研究のテーマとして今まで行っていた研究を続けるようになりました。

―――千葉科学大学ではどのような研究を行っているのでしょうか?

千葉科学大学では最初は、内部告発に関していろいろと手を広げて調べ、途中から不正行為に対する意識や態度、組織風土も合わせて研究してきました。大学では指導する学生がどういう関心や興味があるかをも考えなければなりませんので、学生のやりたいテーマに付き合って一緒に研究を進めることが多いです。

主な研究内容としては、組織の中で不正行為があったときに周りの人たちは、どのように考えているか、それに対して内部告発・通報をしたいかどうか、できるかどうかといった不正行為に対する態度(認知的な判断、感情的な判断)を研究しています。

アメリカの研究者アイセック・アイゼン(Isek Ajzen)教授が提唱した計画的行動理論によると、人間の行動は3つの要素で決まります。1つは、行動する意図(やりたいと考えること)。2つ目は、主観的な行動規範(自分にとって重要な人々がどう思っているかについての推測)、3つ目は行動統制感(自分がやれるかどうか)。

この三つの要素により行動を起こすかどうかを人は決めています。当然、この行動モデルは不正行為をする人に対しても使えますし、不正行為を内部告発するという行為にも当てはめることができます。

このように人間の行動には周りの人の態度や考えが大きく関わってきます。そこで考えなければいけないのが組織風土です。

会社などの組織のなかでもし何かいいことする時の促進効果どれくらいあるか、あるいは不正行為をしようとした場合「これは悪いことだ」と周りの人々が思っているだろうと推測するため自分も悪いことできないなど、組織風土は不正行為防止に非常に重要なのです。

どうして不正行為が起こるのか?不正行為のメカニズムを解説!


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―――ありがとうございます。社内の不正行為が発覚した時にしっかりと告発できる環境がその組織に整っているかが重要ということですね。その環境を整えるためにはやはり人の倫理観が重要になってくるのでしょうか?

倫理観も重要ですが、そう単純でもないのです。

子どもの倫理道徳の発達に関して研究をされているアメリカの研究 者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)教授の研究によって、「倫理観が高い(発達した)場合、悪いことはしなくなるかというとそうはならない」ということが示されています。

例えば小学生が教室でいたずらして、先生が入ってきて「これは誰やったの?」と聞くと他の子どもが「〇〇君がやった」と言います。「〇〇くんが悪いことしたら自分が先生に言うことが、いい行いだ」と考えるんですね。
しかし、高校生になると先生が「誰がやったの?」と聞くとみんな黙ってしまう。つまり倫理観には、「悪いことは通報した方がいい」という側面と「友だちを貶めるのはよくない」という人間関係に関する側面があり、非常に複雑なのです。組織においても同じように、組織の構成員が倫理のどの側面を重視するかによって、行動が異なります。

会社組織のなかでも不正行為をしようとする上司がいて、部下はそれが倫理でなく、不正行為だと分かっていたとしても上司の命令だからやらなければならないというように、組織の中の力関係や指揮系統などに影響されることもあります。

組織の中の不正行為の要因についてですが、アメリカの社会学研究者のドナルド・R・クレッシー(Donald R. Cressey)教授が1950年代から、犯罪学の立場から不正行為の三角(不正のトライアングル)という理論を唱えました。「不正行為の三角(不正のトライアングル)」とは、人が不正行為を行う時に揃っているとされる3つの要素を三角形の図で表したものです。
不正行為の三角 Cressey (1953)に基づいて作成。

組織のなかで不正行為が発生する条件には「動機・圧力」、「機会」、「正当化」の3つの要因が揃っているといわれています。

まず「動機・圧力」とは、大きい失敗や経営不振があった時に感じる強いプレッシャーです。このプレッシャーは状況をカバーするために不正行為をしてしまう動機となるのです。次に「機会」は、監視・監査などのチェック機能が働かないなど不正の実行が可能であること。最後に「正当化」は、他人もやっているから自分もやっていいなど、不正への抵抗が低い心理状態であること。これら3要素が揃ったときに不正が発生する可能性があります。

会社のものを個人が横領するなど個人レベルの不正行為、会社全体での業績達成のための組織ぐるみの不正行為などさまざまな不正行為がこのモデルで解釈することができます。

組織の中の不正行為にはさまざまなパターンがあります。

アメリカの研究者ドナルド・パルマー(Donald Palmer)教授は組織における不正行為を2種類に分けています。1つは異常現象(Abnormal Phenomenon)としての不正行為。もう1つは、通常の現象(Normal Phenomenon)としての不正行為です。

異常現象としての不正行為の場合、その不正行為は組織の中で「よくないこと」、「行う人が悪い」と思われています。しかし、通常の現象としての不正行為はその状況に慣れていて、組織において悪いと思う人がほぼいない状況になります。不正行為はこの2種類に分けて考え、対応した方がいいでしょう。なぜなら異常な不正行為よりも通常の現象としての不正行為の方がかなり多いし、対応も難しいのではないかと思うからです。

では、それぞれ原因は何かという点についてお話していきましょう。

異常現象としての不正行為は、チェックする人がいない、上司のパワーが強すぎるなど組織構造やプロセスが不適切であることが考えられます。一方、通常現象としての不正行為の場合は、不正行為を抑制するような監視・管理体制があっても、不正行為を是とする構造とプロセスに問題があります。つまり、「会社のためにやっている」「会社の窮状を考えると、しかたがないな」という意識から生まれることが多く、会社の評判が落ちるかもしれない時、経営状況が悪い時、経費削減が求められる時などに起こりやすいでしょう。

東洋英和女学院大学の岡本浩一教授は、組織における属人主義(物事の本質ではなく、提案した人、指示した人が誰かに基づいて判断する傾向)が組織不正の主な原因の一つだと指摘していました。

ルールだけでなく組織全体で不正対応の意識を強く持つことが大切


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―――不正行為を防ぐためにはどのような実践的アプローチが有効と言えるでしょうか?

会社内では誰も問題視してない不正行為もたくさんあるかもしれません。そこで考えなくてはならないのが、どう防ぐかという問題です。私は不正行為を防ぐには、一つ一つの要因についての教育や倫理風土を整えていくことが必要になると思います。

組織不正を防ぐために、コンプライアンス(法令順守)が大変重要で、主に法令順守のルールがあるか、担当部署が設置されているかなどの状況を評価しています。近年、組織の倫理風土だけでなく、倫理実践の状況も注目されています。例えば、北米の研究者たちのグループでは、実際に会社は何をやっているのかという倫理実践に関して幅広いチェックリストを作り、評価しようとしている。組織に担当する部署は指定されているか、倫理規定や規範ができているかといった側面以外に、不正を防ぐための固定予算が用意されているか、従業員に対して毎年何回くらい法令順守について事例を用いての教育をやっているのかなど、具体的に実践に関して調べています(Joé T. Martineau & Kevin J. Johnson & Thierry C. Pauchant, 2017)。当然、上記のようなことを実践していればいいかもしれませんが、これもなかなか難しいものです。

組織風土や倫理的な措置、ルール、規則、チェック機能などを作れば、当然不正を行うことが難しくなります。ただし、不正を行いにくいからと言って全く不正行為が発生しないということではありません。大切なのは組織構成員の「こういうことはやってはいけません」という認知が強くなり、「こういうようなことがあったら通報する」という意識が強くなることだと思います。

またボイス(意見)を出しやすい組織風土も重要になります。組織の中で悪いことを見たら声を出して自分の意見を言うことができる雰囲気を作ることが不正行為防止に大切になるでしょう。これは非常に重要なポイントだと思います。

個人レベルの不正行為はルールや規制、組織風土で防ぐことができますが、組織レベルの不正行為の場合は、経営者の暴走を止められるような組織デザインや仕組みが求められるでしょう。

声を出しやすい組織風土づくりが不正行為防止の第一歩!


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―――将来的には心理学からみた不正行為の研究をどのように発展させたいと考えていますか?

私は不正行為をテーマに20年以上研究を続けていますが、まだまだ不正行為を完全に防ぐ方法には辿り着けていません。特に日本は不正行為に関する実証研究がまだ少ないです。今後は、一般の会社員に対して不正行為に関する態度や行動について複数の角度から詳細な調査を引き続き行い、また実際に会社などの組織において倫理風土や倫理実験による不正行為の抑止効果の検証をも行ってみたいと思っています。

―――最後に危機管理やリスク管理を担当されている読者に伝えたいメッセージをお願いします。

一般的にリスク管理は事前に予測して手を打つことであり、危機管理(クライシスマネジメント)は、万が一の事態が発生した時にどう対応するか、予備のプランまで考える事を指します。

不正行為に危機管理・予防の立場からどのように対応するかですが、1つは組織の長が危機管理担当者からアドバイスとしていろんな意見・知識を得ることが重要です。「組織風土が問題になればこういうことが起こり得る」など、上層部に具体的に提示できるようにしておく必要があります。

また前述の通り、声を出しやすい組織の雰囲気作りも重要です。例えば、会議の時、あの職位の低い人や若い人から発言させ、最後に上司がコメントするなど、グループ内でも声が出しやすい環境を作ってあげることが大切です。

そして、倫理に関して着目点は個人なのか組織なのかあるいは社会全体なのか、複数の目を持ち自分の会社の立場だけじゃなくて、社会全体を理解して、社会全体にとっての倫理行動をすることも大切でしょう。

危機管理(クライシスマネジメント)としては、不正行為があった場合どういうふうに対応するかを考えておく必要があります。ここで重要なのが、社会的説明責任がある重大な不正行為の場合には、現在はどこまでわかっているかを整理し、伝えることが重要です。この時、もしも新しい情報がない場合には「新しい情報はない」ことを伝えるようにしましょう。さまざまな憶測や噂により、より事態が悪化することも考えられます。ここでの対応は組織の「評判管理(Reputation Management)」にもなります。危機管理においてはこのようなことが非常に重要じゃないかなと思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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