未来を紡ぐ“有償ボランティア”: 齊藤紀子准教授の視点
2024.01.27

未来を紡ぐ“有償ボランティア”: 齊藤紀子准教授の視点


ボランティア活動は、善意のもとで”無償”で行うイメージが強い。しかし、近年では、お互いが対等で無理なく活動を続けていくための”有償”ボランティアが広まってきている。

有償ボランティアが浸透している背景には、”有償”であるほうが“無償”であるよりもボランティア活動が持続したりや成果に繋がりやすいといった理由があるという。
もちろん、どちらも善意から始まる活動であることは変わりないが、全てが無償であることで活動に難しさを感じる方もいるかもしれない。

このテーマで今回取材したのは、千葉商科大学・人間社会学部の齊藤准教授だ。齊藤氏の研究テーマは幅広く、少子高齢化、地域産業やコミュニティの衰退、介護の担い手不足等の課題解決に取り組まれている。

有償ボランティアなど我々の知らないボランティアの実態について取材を実施した。

齊藤紀子
インタビュイー
齊藤 紀子氏
千葉商科大学 人間社会学部
准教授


研究領域の概要: 有償ボランティアとは何か


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―――研究概要について教えてください。

私の研究の主題は、ソーシャルビジネスとボランティア活動、そして有償ボランティアを含む社会的な課題解決に向けた取り組みに関わるものです。これらの分野は、いずれも社会問題の解決を目指しており、その方法論を研究しています。

私の研究では、これらのテーマに関連する周辺領域にも注目しています。例えば、ソーシャルビジネスやボランティア活動においては、一つの組織だけでは課題を解決することが難しいため、さまざまなステイクホルダーとの協力が重要です。このような観点から、協働(コラボレーション)の重要性についても探究しています。

日本及び世界におけるソーシャルビジネス、有償ボランティアの現状


―――有償ボランティアの現状とその立ち位置について教えていただけますか?

既に発行されている論文に掲載されている概念図を元に説明させていただきます。
有償と無償の境界 有償ボランティアは、ソーシャルビジネスを含むビジネス領域と、一般的に考えられる無償のボランティア活動の中間に位置づけられます。具体的には、ボランティア活動を行う者が謝礼金という金銭を受け取る形態を指します。

ビジネスとして発展し、活動者が賃金などを受け取る状態になったものをソーシャルビジネスと呼びますが、有償ボランティアもまた、社会的課題解決に取り組む一形態として重要です。ただし、この中間的な位置づけにより、労働とボランティアの境界線は明確ではありません。

有償ボランティアと無償ボランティアの最大の違いは、「謝礼金」としての金銭の受け取りです。無償ボランティアでは、交通費の実費弁済や食事提供などがありますが、金銭を受け取る場合は有償ボランティアに分類されます。
労働の対償としての賃金ではなく、感謝の形として謝礼金を受け取った場合は、有償ボランティアの括りとして整理されています。

―――なるほど。実際、この数年で有償ボランティアはどれくらい広がってきているのでしょうか?

環境、子育て、地域活動などにも有償ボランティアはありますが、主には高齢者支援が中心になっています。高齢者ケアにおける担い手不足を背景に、有償ボランティアを推進する動きが増えていますね。

また2019年からさわやか福祉財団が開催した全3回の「生きがい・助け合いサミット」には毎回3,000人ほどの参加者があり、有償ボランティアに関する多くの成功事例や新たな取り組みの紹介がありました。そこでは、有償ボランティアの成功事例の報告であったり、これから立ち上げていく人々との質疑応答や交流がなされ、今後の推進に向けたステイトメントの発表も行われました。

さらに、厚生労働省もボランティア活動に対する奨励金(謝礼金)を市町村の裁量により補助の対象にする方針を示しており、今後の推進に向けた動きが活発化しています。

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―――このような有償ボランティアが生まれた背景はどういったものだったのでしょうか?

1980年代の市民主導の取り組みが有償ボランティアの発端となりました。

この時期は少子高齢化が進行すると同時に、自宅で自分らしい生活を送りたいという高齢者のニーズが高まっていた時代だったんです。また、女性の社会進出が進んでおり、家庭内の介護負担の問題も顕在化していました。

この背景から、ボランティア活動に変化が生じました。それまでのような無償ボランティアによる活動では、ボランティアとして”支援する側”と、”サービスを受ける側”の2者間の助け合いの関係性に対し、無償で助けてもらい続けることへの心苦しさを感じる人が現れました。そこで、対等な関係性を築くために「謝礼金」を導入し、これが有償ボランティアの広がりのきっかけとなりました。

2000年の介護保険制度導入後は、これまでの試行錯誤の取り組みが制度化され、事業化の基盤整備が進みました。ソーシャルビジネスとして独自サービスを提供していた団体組織も介護保険事業者となるなど、制度化により国内で均一なサービスが提供されるようになり、一時は有償ボランティアの動きが鎮静化していったわけです。

しかし、2015年には、ケアの担い手不足を解決する一方策として地域コミュニティにおける「互助」という考え方が強化され、「公助、共助、自助」に加えてボランティアや地域住民に新たな役割が求められるようになりました。これが有償ボランティアの活動再活性化につながっています。

―――人手不足が根本的な問題ですが、高齢化社会が大きな影響を与えていますよね。

確かにそうですね、昔は政府がサービスを決定していましたが、今では消費者マインドが強まり、個々のニーズに合わせたサービス選択が可能になり経済状況や利用理由の多様化に伴い、謝礼金の支払いに抵抗を感じない人々が増加していることも、有償ボランティアの広がりに一役買っています。

有償ボランティアを持続させるには会計上の脆弱性が課題


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―――まだ社会的には無償のイメージが強い部分も見受けられますが、有償ボランティアの今後の展開について、どのような課題がありますか?

有償ボランティアの課題は、主に担い手の確保と会計上の脆弱性にあります。謝礼金を団体が受け取り活動者にお渡しする際に、謝礼金の一部を団体に寄付いただき運営費に充てることで経費を賄っていますが、こうした収益は法人税課税対象となるのでは、そして活動者は労働者にあたるのでは、と裁判が起きたこともあります。この事例では、謝礼金を受け取る活動が税法上の請負業にあたると判断され課税対象となり、法人税の支払いが必要とされました。

そうなると、勿論、同様の方法で運営している団体も法人税を支払うべきとなりますよね。ところが、謝礼金は多くの団体で最低賃金未満の限られた額で、団体としては財源が不足しているのが現状です。団体として自立するためには、会計上の脆弱性を克服することが重要な課題となります。財源確保は、議論が必要なポイントです。

ですが、有償ボランティアの収入として大きな金額を計上することは難しいです。活動者に謝礼金を支払いながら、団体として持続可能に運営することは、金銭面での自立が難しく、大きなジレンマですね。

―――有償ボランティアの普及に際して、最大の障壁とは何だと考えられますか?

まず、「有償ボランティア」という言葉自体に対する共通認識がまだ十分には形成されていないことが一つの障壁です。とくにボランティアなのか労働者なのかということについての法律的、制度的な面での曖昧さが、活動を行っている方々の正当な評価を阻んでいます。また、社会的な認知度が低いため、有償なのだから持続的な運営ができると見なされてしまい財政面での自立はなかなか難しい状況にあるのが現状です。

―――この問題を解決するため、事業化するアプローチについての考えはありますか?

活動の有償化と実施組織の拡大
確かに、有償ボランティアをソーシャルビジネスとして事業化するアプローチもあり得ます。しかし、有償ボランティアとしての活動に留まる理由としては、人材の確保が挑戦点です。特に、バックヤードの業務を支える人材の長期的な確保が課題ですね。研究によると、高齢者支援の現場では、高齢者が他の高齢者を支援するケースも少なくありません。

多くの場合、60代、70代の退職者が中心となり、さらに高齢の方々のサポートを行っています。彼らは、自身が同じような支援を受ける前に地域の助けになろうと考えていますが、新たにビジネスを立ち上げる意志は特に持っていないようです。したがって、ビジネス化に向けたエネルギーはあまり期待されていないように感じます。

一方で、若年層が積極的に活動する場合は、ビジネス化を視野に入れる可能性もあるでしょう。

―――社会課題解決において、企業との連携が有償ボランティアの成功にどう影響すると考えますか?

現在のところ、ベストな解答は出ていないと感じています。先行研究を見ても、統一された見解はないのが現状です。

ただ、そういった社会の中のカテゴリーのうち、有償ボランティアという一つのスタイルとして法制度化することへの意見や、ボランティアの中に含めるというスタンス、または、1時間の謝礼金は最低賃金以下としてボランティアの括りとし、それ以上を労働と見なすなど、様々な議論はありますね。

謝礼金の金額を決めるのも容易ではありません。労働政策研究・研修機構 小野晶子氏の報告書※1によると、謝礼金は団体によって大きく異なり、1時間あたり200円から3500円で、平均は800円、中央値は700円ほどです。謝礼金は「ありがとう」の気持ちで決まるため、人それぞれ感覚が異なります。感謝のしるしは100円の人もいれば、1万円の人まで様々です。

金額による区分を設けるべきかについても議論がありますが、まだ結論は出ていません。私も、皆が納得できる枠組みを持つ制度化が必要だと考えています。それが法律になるのか、認証制度のような形になるのかは、さらなる研究が必要です。

現在は多くの団体で、利用者が必要とするスキルを持つ活動者をマッチングする事務局組織が調整しながらサービスが提供されています。活動者がサービス利用者にもなるボランティア活動を組織化しています。

※1 小野晶子(2005)「有償ボランティアという働き方:その考え方と実態」『労働政策レポート』, Volume 3, 労働政策研究・研修機構

謝礼金受領における2つの段階 現在、高齢者の生活支援(買い物やごみ捨てなど)の分野で有償ボランティアのスタイルが浸透しています。しかし、これにはいくつかの問題が伴います。謝礼金の金額が利用者によってバラバラだと、利用者・活動者ともに他の人の謝礼金金額が気になったりします。そして活動者が謝礼金を過多だと感じて受け取ることや活動継続をためらったりと、不都合が生じやすい状況があります。

そのため、多くの団体では謝礼金の基準金額を設定しています。利用者からの謝礼金は一旦団体に支払われ、団体から活動者に支払う際に事務局への寄付が行われています。団体ごとに寄付金額は異なりますが、経費の支払いやスキルアップ研修などのためにこの寄付分が活用されています。

生活支援サービスに関する調査※2によると、団体が受け取る寄付金は1時間あたり平均120円程度です。この金額では、団体の財政的な自立性を確保するためには、活動案件数や頻度を高める必要があります。しかし、高齢者の多くは金銭目的で活動しているわけではなく、地域での居場所の確保や健康維持、コミュニケーションの機会を求めて参加しています。そのため、ただ活動数を増やすことには限界があります。

これらのジレンマを抱えながら、各団体は妥当な基準金額をどう設定するか、活動者が受け取る謝礼金金額が最低賃金を下回るべきかなどを検討している状況です。

※2 妻鹿ふみ子(2010)「住民参加型在宅福祉サービス再考」『京都光華女子大学研究紀要』第48号, pp. 117-145

支援する側・受ける側の両者が気持ちよく続けられるシステムを


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―――活動の理由は人それぞれですが、齊藤さんが考える有償ボランティアの未来像を教えてください。

私が団体の参与観察を通じて感じるのは、長く活動している方々のポジティブなマインドです。

利他的かつ社会貢献への志が強い方々が多いんです。そのような方々の想いが無駄にならないよう、彼らの活動が次の世代につながる形を作りたいと思っています。例えば、支援を受ける側になった時にも気持ちよく受けられるシステムを作ることで、その想いを次世代に繋げていけたらと考えています。

―――具体的な仕組み作りのアイディアはありますか?

一つのアイディアとして、マイナンバーカードにポイントを貯めるシステムが考えられます。活動に対するポイント付与があり、必要な時にはそのポイントを引き出してサービスを利用できる仕組みです。

このようなシステムは、ボランティアに参加していない高齢者への後押しにもなり、ポイントの貯まる楽しさやゲーム性を提供できます。ある自治体にもこの提案を行ったことがありますが、実現は難しいと言われました。

しかし、既にこのようなポイント付与システムを実施している団体も存在します。こういった動きが広がり、支援してくれた方々が気兼ねなく支援を受けられる未来があればいいと思います。

―――有償ボランティアに関心を持つ人々へのアドバイスやメッセージをお願いします。

まずは、こういう活動を知ること、そして、社会貢献マインドの高い学生については活動を通して勉強してもらい関心を抱いてもらうことを望んでいます。

また、社会貢献に興味を持つ方々がボランティアに参加することで、謝礼金を受け取る実態などを目の当たりにする機会もあります。

この「なんでだろう」という疑問をきっかけに、さらに取り組みや動きに関心を持っていただければと思います。また、ネットで調べることや、SNSで拡散されている「ボラバイト(ボランティアバイト)」などの新しい動きにも注目してみてください。知ること、学ぶことで、より社会での議論が深まり認知度が高まるきっかけになると考えています。

サステナビリティの活動が広がるために


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―――最後にこれだけは伝えたいなどのメッセージをお願いします。

今回は有償ボランティアに焦点を当ててお話しましたが、私はソーシャルビジネス、ボランティア、協働など、社会課題の解決に関する広範な分野に関心をもっています。

近年、サステナビリティ促進に向けた企業の社会的責任が顕著になってきており、その変化は学会でも話題になっています。2000年代初頭と比べると、サステナビリティやソーシャルの領域がメインストリームに移行してきたと感じています。

これは、社会的に良い方向への動きです。ボランティアだけでなく、企業や行政など、様々な主体がサステナビリティ社会への取り組みに力を入れていることが、その証拠です。

ボランティアや企業人、公務員など、どの立場にあっても、このトレンドにおいて重要な役割が果たせます。皆さんが生活や業務の中でこのテーマに触れた際は、様々な人々とディスカッションを重ね、どのように貢献できるかを積極的に考えていただきたいです。

現在の社会的ムーブメントは、そうした取り組みを後押ししています。この記事に興味を持っていただいた方々が、協力者として加わってくれることを心から願っています。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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