統計の眼、金融の心—分散投資のリスク管理術
2024.02.05

統計の眼、金融の心—分散投資のリスク管理術


貯蓄から投資へと叫ばれて久しい昨今、2024年1月からNISAの制度も変更することもあり、人々の投資に対する関心も高くなってきている。

投資についての知識を得る手段も多くなってきたりする中、投資に挑戦する方もいろいろ増えてきている。

初めて投資を行うにあたって、大きなリターンを狙ってしまう傾向があり、失敗して資産を減少させるケースがある。

本取材では、資産運用に投資を検討している人に対して、東京都立大学の吉羽要直教授に、投資を行っていく上で、どのような点を重視した運用を心がければ良いのかについて探ってみる。

吉羽 要直
インタビュイー
吉羽 要直氏
東京都立大学 教授
専門・研究分野:金融データサイエンス、金融リスク管理、計量ファイナンス

リスクを見極め、リターンを最大化する:金融リスク管理の新たな戦略


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―――まず、吉羽先生の研究領域について教えていただけますか。

私の研究は、金融リスク管理に応用できる統計分析の手法の開発です。金融ポートフォリオのリスクを考えていく際には、何がリスクのファクター(要因)であるかを捉え、ファクターの間の従属性がどうなっているのか、相関の構造がどうなっているのかが重要です。こうしたリスクファクターの従属性に関する分析が私の研究の中心です。

たとえば、株価の変動をファクターと捉えることができます。しかし、一方の資産が下落する際にもう一方も下落しやすいという相関関係は、従来の相関係数の枠組みでは捉えにくい側面があります。このような相関構造を捉えて分析していくことが、私の研究の主な目的です。

―――ありがとうございます。分散投資におけるリスク管理について、どのようにアプローチすれば良いのか、教えていただけますか。

リターンが高いということは、期待される収益も高いことを意味しますが、それが必ずしも利益を保証するわけではありません。高いリターンを追求する際には、それに伴う高いリスクを理解し、受け入れる必要があります。

投資をする際、単一の資産に焦点を当てると、リスクが高くなることがあります。しかし、異なる種類の資産に分散投資することで、片方が下落しても他方が上昇する可能性があります。これにより、リスクは抑制される可能性があります。

特に、一方が下落する際に他方が上昇するような負の相関関係が存在する場合、リスクの低減が期待できます。完全に同じ動きをする資産では意味がないので、異なる動きをする資産への投資が分散投資のメリットとなります。

―――リスクとリターンのバランスの重要性について、よく理解できました。投資家が許容するべきリスクについて、どのように考えれば良いのでしょうか。

許容リスクを考慮することは、投資において非常に重要です。高いリターンを求めることは理解できますが、そのために許容できないリスクを背負うことは避けるべきです。

リスクの発生を前提とした場合、損失にどれだけ耐えられるかを把握しておくことが重要です。

余裕資金を投資しているのであれば、損失を被っても仕方ないという考えがあるかもしれません。たとえば、余裕資金で投資を行う場合、損失が生じても受け入れられるかもしれません。リターンが高いことを望む気持ちはわかりますが、リスクを抑えることも同様に重視すべきです。許容できるリスクのレベルは、最終的には個々の投資家の判断に依存します。

投資家が把握すべきリスクの多様性と最新トレンド




―――投資を始める際、まず考慮すべきは、許容できるリスクの設定ですね。投資の種類に応じて、どのようなリスクが考えられますか。

投資対象によってリスクは異なります。例えば、株式投資の場合、最も重要なのは信用リスクです。企業が債務不履行(デフォルト)するリスクがあり、デフォルトした場合、株式は出資金として戻ってきません。もちろん、株価の変動リスクも存在しますが、分散投資によりリスクを軽減することが可能です。

為替投資では為替リスクが発生します。また、流動性リスクも考慮する必要があります。市場であまり取引されていない資産に投資した場合、売却を希望する際に売れないリスクが生じることがあります。通常、売りたい時は価値が下がっており、買い手が見つからないこともあり得ます。

株式投資を単体で行う場合、投資先企業の詳細な理解が必要です。その企業の成長性や支援の意義など、株価変動以外の要因を考慮することも投資の一環と言えます。

―――商品の価格だけでなく、企業のSDGsへの取り組みも重要な投資対象となっています。市場変動を踏まえたリスク管理の新たなトレンドや動向について、お聞かせください。

SDGsを含む投資は、確かに現代のトレンドの一つと言えます。学界では、SDGsへの取り組みが進んでいる企業への投資、いわゆるグリーン投資のリターンが高いのかという点は、よく議論になります。投資家としてはリターンが高い方がうれしいわけですが、直観的には、グリーンな企業が市場で評価されると株価は高くなるので、株価が高くなった時点で投資するとリターンは低くなると考えられます。すなわち、SDGsへの取り組み、特に環境への取り組みが進んでいないブラウン企業への株式投資は、リターンが高いという状況が自然です。

このときに、リターンとリスクの関係をよく考えることが重要です。ブラウン企業への投資リターンが高いのは、社会全体でカーボンニュートラルの取組みが進み、それに対応できていないブラウン企業は倒産してしまうリスクが高いと市場が認識していることの反映です。グリーン化が進んで企業が存続すれば高いリターンが得られるかもしれませんが、倒産してしまえば損失になってしまうことを意識する必要があります。

多くの機関投資家はSDGsへの取組みを重視していますが、同時に投資先からのリターンを得る義務を負っています。一方で、個人投資家は、余裕資金で投資する場合、一定程度のリスクを負うことができます。金銭的なリターンではなく、共感を感じる企業への投資を考えることで、投資の個人的な効用は高くなると思います。実際、そうした個人投資家も多いようです。企業のSDGsへの取り組みに対して、個人投資家が果たす役割は大きいと思われます。

素人投資家のための資産運用戦略:リスク管理と投資の未来


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―――資産運用を効果的に行うために、投資家が常に意識すべき点について教えていただけますか。

投資ではリターンを重視する傾向が強いですが、リターンには必ずリスクが伴います。どのようなリスクが存在し、それにどう対処するかを理解し、実行することが肝要です。損失の可能性を認識し、どれだけのリスクを許容できるかを見極めることが重要です。

―――リスクを軽減しながら投資を行うための良い方法はありますか。

分散投資は一つの手段ですが、分散するためのコストが発生することも念頭に置く必要があります。リスクは軽減できますが、そのコストがリターンを減少させる可能性もあります。機関投資家のようなプロにはなかなか勝てないかもしれませんが、それでも収益を得るチャンスは多いです。リスクを抑えつつ、金銭的なリターンだけでなく、他の価値を見出しながら投資することが望ましいでしょう。

―――5年後、10年後の将来を見据えた投資戦略について、AIやビッグデータの活用が増えると思われますが、これらの技術がリスク管理に及ぼす影響について教えていただけますか。

確かに、ビッグデータを活用してリターンを予測する試みは増えていますが、投資家が同じように分析できれば早く市場で取引できる市場参加者のみがリターンを得て、遅れた投資家は逆に損失を被る可能性もあります。つまり、ビッグデータを活用したリターン予測は難しい面があると思います。一方で、リスクに関する分析はビッグデータを活用することで市場での不安心理をより精緻に捉えられるようになると思われます。ビッグデータとAIを用いたリスク研究は進んでいくのではないかと考えています。

―――長期的な視点で分散投資を行う際、今後人々の動向や資産運用、分散投資のリスク管理の変化について、どのように考えていますか。

基本的に人々の投資の動向が大きく変わるとは考えていません。分散投資を行っても、市場全体が下落する際には似た動きをすることがあります。このような現象については、我々研究者が継続的に分析し、理解を深める必要があります。長期的な視点で、投資戦略とリスク管理のアプローチに変化はあるでしょうが、その基本は変わらないと考えています。

素人投資家へのアドバイス


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―――リスク管理は難しく専門的なイメージがありましたが、興味のある企業に投資することで、自然とリスク分散ができるのですね。

確かに、分散投資はリスク管理の基本です。景気の波に左右される銘柄もあれば、景気が悪い時に逆に価値が上がる銘柄もあります。長期的な視点で考えれば、値動きの異なる投資先を組み合わせることでリスクの低減が図れます。投資先を選ぶ際には、相反する動きをする銘柄を探すことが重要です。

―――最後に、投資家へのメッセージがあれば、お聞かせください。

投資を行う際には、金銭的なリターンだけでなく、背後にあるリスクを十分に意識することが大切です。リスクを理解し、それを踏まえた上で投資戦略を立てることが、賢明な資産運用への鍵となります。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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