2024年からはじまる新NISA。企業財務の専門家が非財務情報である環境保護や持続可能性も含めた企業の見方を解説 ~ 劉 博(りゅう はく)川口短期大学 ビジネス実務学科 教授、博士(経済学)
2024年にはじまる新NISA。投資で最初に気になるのは、値上がりの期待(キャピタルゲイン)や配当金(インカムゲイン)。
一方で、ニュースでは、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)といったキーワードが非常に身近なものになり、企業を見る上で財務情報以外の環境への配慮や社会問題の解決などに対する見方も欠かせなくなってきています。
今回は「財務管理論」「環境会計論」を専門とし、日本財務管理学会理事、日本信用格付学会理事も務める劉 博(りゅう はく)川口短期大学 ビジネス実務学科 教授にESGやSDGsに関連する非財務情報も含めた企業の見方について、お話を伺いました。
見出し抜粋
・新NISAの持つ意味合い
・投資対象が非財務情報(ESGやSDGs)に配慮しているかの見極め
・実際に社会問題の解決に向かっているか確認する方法
・非財務情報をより詳しく収集する方法
・財務情報で見ておくべき指標
・環境関連で知っておくべき指標
・学生や若年層へ向けてのメッセージ
劉 博(りゅう はく)氏
川口短期大学 ビジネス実務学科 教授
専門は「財務管理論」「環境会計論」。日本財務管理学会理事、日本信用格付学会理事。
主な著書に「財務・非財務情報の統合分析」(泉文堂)2020年刊行。
―――新NISAをきっかけに新たに投資をはじめる学生や若年層の方も多いと思います。ご専門である企業の非財務情報も含めて、今回のNISAの改正はどのような意味合いを持つでしょうか?
まず、新NISAは恒久化された点が大きいです。
恒久化されたということは、我々は「より未来を考えなければならない」ということを意味します。まさにESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)といった非財務情報の視点も踏まえて、投資対象を選ぶことが重要になってくるのではないでしょうか。
また、恒久化は特に若年層が投資に対して長期視点を持つことの意味も増す作用があると思います。考えてみれば当たり前ですが、若年層は人生において投資できる時間が年長者よりも長いです。
一般的に、短期の投資は上下のブレ幅が大きく、リスクも高い傾向がありますが、長期(10年単位)になると、時間が分散され、リスクが逓減されてきます。若年層は投資期間を長く取れますので、その点で有利です。言い換えれば、時間も財産といえるでしょう。
ESG・SDGsの話に戻りますが、これらの取り組みにおいて1年単位で結果が出るようなものは少なく、長期の取り組みになります。長期視点という意味では、若年層の投資と非財務情報であるESG・SDGsは時間軸が共通している部分があると言えるでしょう。
―――実際に投資を開始するとなると、非常に多くの投資対象(会社の株式や投資信託)が存在します。投資対象が非財務情報であるESGやSDGsに配慮しているかどうかの見極め方はありますか?
二つのアプローチがあると思います。
一つ目は自分が興味を持った会社や投資信託を調べていく方法です。
会社や投資信託のホームページを見て、公開情報を勉強していきましょう。ESGやSDGsといった非財務情報に関する公開情報が多ければ、それだけその企業や投資信託がESGやSDGsに関心を寄せているということになると思います。
もう一つは機関等が公表しているデータから調べる方法です。
東京証券取引所では「ESG関連指数・上場商品」というのを公開しています。そこではESGに関連が深いETF(上場投資信託)やETN(上場投資証券)を公開しています。
また、東洋経済新報社からは「CSR企業総覧(ESG編)」というのが出版されていますし、世界を見ると、ダボス会議で発表されている「Global 100」や、ロンドン証券取引所グループ(LSEG)の完全子会社であり、情報サービス部門を担っているFTSE Russellの「FTSE4Good Index(フッツィー・フォー・グッド・インデックス)」といった世界的に利用されているESG指標もあります。
―――「グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)」といった言葉も存在しています。投資対象となる企業が実際に社会問題の解決に向かっているか確認する方法や気を付けたほうがいいことはありますか?
企業の公表データを見るのがいいでしょう。「CO2の排出量」は、多くの場合、会社のホームページで公開されています。他には「産業廃棄物の最終処分量」もESGレポートに書かれています。
特定の産業では、例えば素材や化学産業においては、化学物質の移動や、大気汚染や水質汚濁といったデータも公表されています。
このような非財務情報を確認し、モニタリングすることは、投資先の会社のリスク管理の一面もあります。企業運営は財務情報だけでは分からないことも多いです。財務情報以外を見ることによって、より企業の実態を把握することができるのです。
資産運用の世界には古くから「社会的責任投資(SRI:Socially Responsible Investment)」という言葉があります。これは企業への投資を財務指標だけに留まらず、非財務情報も含めてその社会的インパクトを見る考え方です。
現在では、財務パフォーマンスを良くするには、非財務情報も含めて改善しないとパフォーマンスは上がっていかないという考え方が主流になりつつあります。
―――世界的な潮流でもあるESGやSDGsですが、それらの非財務情報をより詳しく収集する方法は何がありますか?
単にESGやSDGsというキーワードで情報を見ようとすると範囲が広大です。
産業には環境インパクトの大きい産業というのが存在します。環境インパクトも踏まえて、興味を持った産業毎に情報を見るのがいいでしょう。
まず、二酸化炭素(CO2)のインパクトが大きいのはエネルギー産業です。日本では、原発停止の影響もあり、発電に多くの化石燃料を使っています。
また、鉄鋼業も化石燃料を多く使っています。日本では鉄を精製するのに使う炉が石炭を使った「高炉」が主体となるため、欧州に比べ、CO2の排出量にダイレクトに響いていると言えます。ちなみに北米や欧州では、石炭ではなく、電気を使った「電炉」の割合が高いです。
他にはプラスチック問題が絡んでくる包装材関連、森林問題が関係する製紙業、衣類廃棄のアパレル産業、フードロスの食品スーパーといったところもインパクトが大きいですね。
調べる対象を決めたら、大学図書館のデータベースなどで、キーワード検索をしてみてください。各社の財務情報や非財務情報(ESG関連の公表データやESGレポート等)を日経BPや日経バリューサーチなどから見ることが出来ます。
―――非財務情報の話が続きましたが、同時に財務情報で見ておくべき欲しい項目・指標はありますか?
まずはROE(自己資本利益率)を起点に見ていくことをおすすめします。
ROEは当期純利益を株主資本で割ったものですが、分解すると
①売上高純利益率=当期純利益÷売上高
②総資産回転率=売上高÷総資産
③財務レバレッジ=総資産÷株主資本
の3つを掛けたものになります。
数式を横に書いたほうが分かりやすいのですが、分母・分子の両方ある売上高・総資産は相殺されますので、結果、ROEは当期純利益÷株主資本になっている構図です。
例えば、売上高純利益率(当期純利益÷売上高)を見れば、その会社のビジネスモデルの概要が分かります。会社の経営の強みがどこにあるのかが見えてくるのです。
そして、統計的にもROEが高いほうが株価上昇余地があります。また、ROEが安定していない場合は、上記に挙げた4つの要素のどれかに問題があると考えられるでしょう。
他には、割高感を見る指標と言われているPER(株価収益率)も5年ぐらいの推移と業界平均を合わせて見たほうがいいでしょう。
また、最近話題に上がることの多いPBR(株価純資産倍率)ですが、低いほうが「お買い得」と言われることがあるものの、なぜ低く評価されているか、原因が本当にないのか、今一度立ち止まって考えてみる必要があるでしょう。
―――非財務情報、財務情報・指標の話と展開してきましたが、環境関連の指標で見ておくべきものはありますか?
「炭素利益率(ROC:Return On Carbon)」という指標は覚えておくといいでしょう。
これは営業利益を二酸化炭素排出量で割って算出しますが、東洋経済社が毎年日本の上位100社のランキングを公開しています。企業や産業間の取り組みの違いを観察するのに適しています。
もう一つは「カーボンデカップリング指標」です。
これは売上高や付加価値とCO2排出の推移とのバランスを見ているものです。今後、輸出入においては、国境炭素税が課税されてくる流れになっていますので、投資対象と考えている産業が輸出入に関連する場合、この指標は見ておいたほうがいいです。
―――非財務・財務の視点の解説をいただきましたが、最後に新たに投資をはじめる学生や若年層の方に向けて、メッセージをお願いいたします。
ここで、最近目にする機会が多くなっている「クラウドファンディング」と「投資」の違いについて、先に触れておきたいと思います。
日本のクラウドファンディングで良く見るのは「購入型」と「寄付型」が多いです。投資とは全く違います。これらは買い物や寄付だと思ってください。
クラウドファンディングには「金融型」というのも存在します。クラウドファンディングの中でボリュームが大きいのはこの「金融型」です。「金融型」は投資に該当し、金融商品取引法の規制を受けます。「金融型」への投資を検討するときは、情報開示の量やその情報が掲載されているプラットフォームの信頼度をしっかり判断することが大事であることを忘れないでください。
そして、最後にメッセージになりますが、改めて、学生や若い人には、今日お話しした点も含めて、長期視点で物事を考えて欲しいと思っています。また、高校での金融教育もはじまりましたが、何もかもが投資にならないようにして欲しいですね。
自分の仕事を楽しみながら、貯蓄と投資を両立して、投資対象の分散と時間的分散を図る。そして、その先に、地域的分散として世界への投資にも目を向けて欲しいと願っています。
川口短期大学 ビジネス実務学科 教授
ご注意:当記事は一般的な情報提供を目的としており、投資の勧誘を目的としたものではありません。特定の商品の勧誘や売買を目的としたものではなく、また、特定の銘柄やセクター、株式・債券・為替市場全般の上昇や下落を示唆するものではありません。投資にかかわる最終的な意思決定はご自身の判断にてお願いいたします。当社、及びインタビュー関係者は本記事によって被ったいかなる損害についても一切責任を負いません。
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