2023.08.18

貯蓄から投資の時代がやってきた。あの頃の私に伝えたいメッセージ ~ ピクテ・ジャパン株式会社 シニア・フェロー 大槻 奈那


「貯蓄から投資へ」のシフトの声が聞かれて早1年。政府は今年を「資産所得倍増元年」と位置付けています。目玉施策の一つである2024年からはじまる「新NISA」を控え、投資について第一線の方に過去の投資経験を語っていただく特別企画。

今回はスイス・ジュネーブのプライベートバンクに起源を持つ資産運用会社であるピクテ・ジャパン株式会社  / シニア・フェローであり、名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 / 経営学博士 でもある大槻 奈那 氏にインタビューした。


本インタビューの見出し抜粋
・投資の原体験
・成功、失敗、逸話
・今の高校生に伝えたいこと
・女性に伝えたいこと
・子供をお持ちの方やご高齢の方に伝えたいこと
・最低限理解したい用語
・読者に伝えたいこと

大槻 奈那,ピクテ・ジャパン

インタビューイ
大槻 奈那(おおつき なな)
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授
経営学博士 一橋大学

国内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。政府のデジタル臨時行政調査会、財政制度等審議会委員、規制改革推進会議議長、中小企業庁金融小委員会委員、ロンドン証券取引所グループ(LSEG)のアドバイザー等を勤める。 日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、テレビ東京「モーニングサテライト」他、多くのメディアで出演・情報発信・解説を行う。


―――まず、投資の原体験についてお伺いしたいと思います。ご自身が投資をはじめたきっかけ、タイミングについて教えてください。


原体験といえば、家庭環境、特に父親の影響が大きかったかも知れません。正確にいうと父の本棚ですね。父は物理学者だったのですが、本棚の中には物理の本に混じって、なぜか投資の本が置いてありました。

そして、中学生の頃だったでしょうか、父親に株式のことを聞いたら「人は必ず体に変調を来すから」と胃腸薬の会社の株式について話したことを覚えています。(父も母も結構投資好きでした。)

実際の投資の経験は、大学に入学してからです。時はバブル経済でもあり「投資」という言葉が身近で、割りとよく耳に入ってきました。

当時は定期預金の金利が6%ぐらいあったんです。今では信じられないかも知れませんが、ちょうど金利のピークの頃だったと思います。そして、これは以前、他でも話したことがあるのですが、金利が付くことを知った私は、親から預かった大学の学費や生活費を一旦、定期預金に預けたんです。そんな形で最初の投資を経験するわけですが、当然、学費を滞納しているので、大学から家族に連絡があり、その定期預金は解約することになりました。

今思えば、学生なりに「アービトラージ」(同一価値ものから価格差を利用して利益を得る方法)の着想を得て、実践したのかも知れません。


―――投資における成功や失敗の経験、逸話はありますか?


株式の口座を実際に開いたのは社会人になってからです。正直、大きなリターンを得た記憶も失敗した記憶もありません。基本は配当のインカムゲイン狙いでした。(※インカムゲインとは、資産を保有することで得られる収入を指す。資産を売却することで得られる収入はキャピタルゲイン。)

失敗の経験ですが、損得というより買い損なった金融商品の記憶があります。今はもう販売していませんが「リッキー」という債券があります。窓口販売していなかったので、会社を休んで買いに行こうとしたのですが、仕事が入ってしまい結局買えませんでした。これも今では信じられませんが、6%程度の利回りがあった商品だったと思います。

逸話については、私自身の逸話というより、聖書の話を思い出します。私は聖書を良く読むのですが、新約聖書、マタイによる福音書25章には、投資について書かれていると思われるような話が出てくるんです。

主(あるじ)が、複数の者にタラント(お金に相当するもの)を渡すのですが、増やした者と地面の中に隠しておいた者がいて、地面に隠しておいた者が叱られるという話です。タラントはタレント(才能)とも解釈できるのですが、せっかく与えられたものがあるのであれば、増やすべきだということを示唆しているのではないでしょうか。自己投資についての暗喩とされますが、加えて、努力してお金を増やすことを肯定していない点にも注目しています。


―――投資をはじめた頃の自分や今の高校生に伝えたいこと


まず、これはさきほどの学生時代の定期預金の経験から来ていますが、投資は生活資金ではなく、余剰資金でやるべきものだと思います。これはどの世代でも言えることです。

高校では2022年4月から家庭科での金融教育がはじまっています。家庭科の英訳はHome Economics、以前の家庭科のカリキュラムを考えると随分と印象の違いを感じますが、今回、やっとEconomicsのピースが揃ったという感じでしょうか。反面、教える側に投資経験のある人がどれぐらいいるかというと、相当少ないのではと思います。

現行制度では、高校三年生で18歳になっていれば、証券総合口座、18歳未満であれば、親権者の同意のもと、未成年口座開設が可能です。実体験を積むことは悪くないと思いますが、変動幅の大きいリスク資産を持つのは、自身が経済的自立をした社会人になってからでいいと思います。逆に社会人になったら、リスク資産をどの程度持つかを考えるといいでしょう。

高校生の頃から投資への興味関心があれば、中長期的には景気のサイクルも肌で感じることができるでしょう。また、投資において「分散」というと、投資銘柄の「分散」の意味で使われることが多いですが、人生の早い時期から投資をすると「時間分散」についても、選択肢が広がります。「時間分散」の一つの手段として「積立」がありますが、投資をはじめる時期が早いと、その点では有利になると思います。

他には、投資する国や地域を分けて投資する「地域分散」という考え方があります。ただ、その効果は、情報発達・グローバル化により地域経済の連動性が高まっていることから、以前より効きにくくなっていると感じています。その意味でも「時間分散」については、念頭においておくといいでしょう。


―――エコノミストとして、様々な世代や属性の方とお話しされる機会も多いかと思います。まず、女性の読者に伝えたいことはありますか?


いまや性差を語る時代ではないですが、データを見ると、投資している人は、明らかに女性のほうが少ないです。身近に投資の話を聞く機会がまだ少ないというのもあると思いますが、一方で、女性のほうが長生きです。長生きということは、その分、老後の蓄えも必要ということになるので、投資に対して、もう少し積極的になってもいいと思います。

また、世界的にも、女性のほうが寿命が長いということで、毎年世界の資産の0.数パーセントずつが女性の持ち物としてシフトしていくというデータもあります。

すなわち、女性が資産に対してデシジョン・メイキング(意思決定)をする機会が増えてくるということですので、やはり女性が投資に興味関心を持つことは社会にとっても重要になってくると思います。

他、自分が使っているものなどの「1次情報」の活用も考えたいですね。世の中には流行や流行りものがありますが、流行がはじまるのは企業の決算情報が出るより当然早いです。

経済をマクロで見ることも大事ですが、1次情報である生活者としての手触り感を重視するのも大事だと思います。

AI(人工知能)の時代が来て、投資も含めてAIが出てくる機会が増えてくると想定されますが、マーケット(市場)と登場するプレーヤーの数は無限に近いです。変数が多く、完全予想するのは、まだまだ遠いでしょう。一方で1次データは結果は目の前で起きている事象です。その点でも、目の前の1次データをきちんと見るようにするのは大事だと思います。


―――子供をお持ちの方やご高齢の読者に伝えたいことはありますか?


幼少の頃から投資をしたほうがいいかも知れないという意見もありそうですが、さすがに幼少期は実際の投資よりも、まず実社会を考えてみるところからはじめるほうがいいのではないでしょうか。

例えば、アイスクリーム屋さんの気分になってみて、新しい味を考えて提案をしてみるとか、夢の家電を考えてみるとか。その後、成長する過程で、その領域に対して投資対象として興味を持つというのでいいと思います。その意味では会社訪問などもいいと思いますね。

逆にご高齢の方は、自動車運転と一緒で安全・安定志向にされたほうがいいかと思います。

これは、一つの考え方の例ですが、「100 マイナス 自分の年齢」した数字のパーセンテージで変動の大きい資産を持つというのもあります。人にもよると思いますが、年を重ねると経験の蓄積から自信過剰になる傾向が出るケースもあります。その意味でも変動幅の大きい資産の保有については一定のルールを設けたほうがいいように思います。


―――経済や投資に関するニュースを見ていると「ESG」など、特に英語3文字の用語を見る機会が多いと思います。ある意味、投資のエントリーバリア(障壁)にもなっている気もしますが、最低限理解しておいたほうがいい用語はありますか?


まず、例として上がった「ESG」(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)については、理解しておいたほうがいいと思います。 生活者視点で見ても、環境問題や社会問題は深刻さが増していると感じる人は多いでしょう。企業の責務として、そこを避けて通ることはこれからできなくなると思います。そこを避け、軽視している企業は長期投資には向かないと思います。企業統治に関しては、企業はスキャンダルが出ると株価は反応して、ほぼ下落します。企業統治に対する意識が低い企業も長期投資には向かないです。

「PER」(ピーイーアール:株価収益率)も覚えておいたほうがいい用語です。これは株価が純利益(法人税等を支払ったあとの利益)の何倍かを示す指標です。世界的に使われている指標でPERが高ければ高いほど、その株式は割高である可能性が高いということになります。もちろん、業種やビジネスモデルによって適正水準に差が出る指標ですが、覚えておいたほうがいいですね。

あと、これから投資をはじめる方なら、これは英文字ではないですが「配当利回り」は見ておいたほうがいいでしょう。冒頭でインカムゲインの話をしましたが、配当は株価に関係なく、企業が配当を出せる状態であれば、もらえるお金です。


―――他、読者の方に伝えたいことはありますか?


投資をはじめると、当たり前ですが、日々、自分の資産が変化します。相場を毎日見るのは個人のやることではなく、プロの仕事の範疇に入ってくるでしょう。チェックし過ぎないほうが、いいと思います。

北欧の研究だったと思いますが、年金資産を確認するWebサイトで年金資産の含み損益がトップページに掲載されていたのを、1クリックか2クリックかしないと見えないようにしたところ、解約が減ったというのがあります。それだけ人というものは損益に一喜一憂しやすいものだと思います。

もちろん、投資にある程度慣れてきて、もっと感覚を掴みたいとか、勉強をしたくなったら頻度を多くしてチェックしてもいいと思います。

最後に「預金」についても触れておきます。今の1万円と来年の1万円。どちらが価値が高いでしょうか。物価の上がらない経済状況(ここ数十年の日本など)では、価値がほぼ変わりませんが、これが物価の上がるインフレ局面だと変わってきます。

昨今の物価高で実感する方も多いと思いますが、物価高が続く世界では、今1万円で買えるものが、来年は1万円で買えなくなります。金利が低く、ほとんど利子の付かない日本で銀行に預金した場合、インフレ局面では預金は実質目減りしていることになります。「預金リスク」とまでは言わないまでも、その仕組みについては、生活者として理解しておいたほうがいいでしょう。



今回インタビューにお答えいただいた大槻 奈那氏が所属するピクテ・ジャパン株式会社、およびピクテ(PICTET)について


ピクテ・ジャパン株式会社

ピクテはナポレオン1世の時代である1805年に当時フランスの統治下であったジュネーブで誕生したプライベート・バンクを主とする企業体である。

200年を超える歴史を持ちながら歴代のパートナー数は45名。平均在任期間は20年を超え、任期が重複することにより、個々の有する知識や経験、価値観を引き継いでいる。非上場会社であり、真の独立性のもと、厳格なリスク管理を行い、短期的な利益を求めず顧客の資産保全に努める姿勢を貫いている。

日本において投資信託も販売しており、2024年の新NISAの銘柄も取り扱う。顧客の資産を守るための経験と知恵である「ピクテの目利き力」を持って顧客と接している。



ご注意:当記事は一般的な情報提供を目的としており、投資の勧誘を目的としたものではありません。特定の商品の勧誘や売買を目的としたものではなく、また、特定の銘柄やセクター、株式・債券・為替市場全般の上昇や下落を示唆するものではありません。投資にかかわる最終的な意思決定はご自身の判断にてお願いいたします。当社、及びインタビュー関係者は本記事によって被ったいかなる損害についても一切責任を負いません。


曽根康司
インタビュアー・ライター
So-gúd編集部
曽根 康司
黎明期からインターネットに携わる。 アマゾンジャパン株式会社では4人目の社員として、立ち上げとオンラインマーケティングに携わる。ヤフー株式会社ではビジネス開発・営業企画を皮切りに中期事業計画策定等、株式会社キャリアインデックスでは事業管理から広報・採用と多岐に従事。Forbes JAPAN等にも寄稿中。また、焼肉探究集団YAKINIQUEST(ヤキニクエスト)のメンバーとして日本国内数百軒の焼肉店を食べ歩き、時折メディアにも出演。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)
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