金融工学が切り拓く再生可能エネルギーの未来
2024.03.06

金融工学が切り拓く再生可能エネルギーの未来


電力の自由化に伴い、私たち個人は自由に(小売)電気事業者を選択し、電力市場と向き合うことが可能となった。

さらに、政府が2050年にゼロカーボンを達成する目標を掲げたことから、私たちはますます「再生可能エネルギーとその取引市場」についても目を向ける機会が増えていくことが予想される。

今回は筑波大学の山田教授に再生可能エネルギー取引の現状と課題、そして未来における私たちと電力との向き合い方について聞いた。

山田 雄二
インタビュイー
山田 雄二氏
筑波大学 ビジネスサイエンス系(担当:人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群)
教授
■著書
「計算で学ぶファイナンス – MATLAB による実装 -」,朝倉書店 (共著)
「チャンスとリスクのマネジメント」,朝倉書店(共著)
「ビジネス数理への誘い」,朝倉書店(共著)ほか多数

■受賞歴
2023 Best Faculty Member(10年ぶり2回目の受賞.2023年度筑波大学教員業績評価において活動内容が特に優れたものと認定された教員に対する表彰.SS評価領域:研究.表彰式:2024年2月14日 筑波大学本部棟大会議室.)
2013 Best Faculty Member(2013年度筑波大学教員業績評価において活動内容が特に優れたものと認定された教員に対する表彰.SS評価領域:研究.表彰式:2014年2月12日 筑波大学 大学会館ホール.)
2011年度JAFEE論文賞(受賞論文: “風速予測誤差に基づく風力デリバティブの最適化設計,” JAFEEジャーナル第7巻, pp. 152-181, 2008.)
1998年度計測自動制御学会論文賞(受賞論文: Y. Yamada, S. Hara, and H. Fujioka, “epsilon-Feasibility for H-infinity Control Problem with Constant Diagonal Scaling,” SICE Transactions, vol. 33, no. 3, pp. 155?162, 1997.)
1995年度計測自動制御学会学術奨励賞(受賞対象: “H-infinity Control Problem with Constant Diagonal Scaling,” presented in the 17th SICE Symposium on Dynamical System Theory, 1994.)


金融工学とデリバティブを考える


イメージ画像
―――現在の研究領域や概要、取り組まれていることを教えていただけますか?

私が担当するのは筑波大学東京キャンパスにある社会人大学院(人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群)の経営学学位プログラムです。本学位プログラムは、主に有職社会人を対象として、基本的には夜間に講義をおこなっております。

私の研究テーマは、ファイナンス工学で、日本語では一般に「金融工学」として知られています。特に、「金融派生商品(以下:デリバティブ)」の実務応用に関心を寄せています。

デリバティブは、金融市場で取引されている伝統的な商品(例:株式や債券)に対して、新たに導入される別の金融商品の総称です。オプションはその代表的な商品であり、金融取引所などで広く取引されております。

デリバティブの役割の一つとして、保有する資産価格(例えば株式価格)が変動してもデリバティブを保有していると、損失を防ぐことができることが挙げられます。このようにデリバティブは保険的な側面を有しており、電力市場に導入することで、電力事業者が電力価格の変動をマネジメントすることが期待されます。

私の研究は、このような電力市場のデリバティブに対して、適正価格はいくらなのか求めることです。この価格設定をプライシング(商品やサービスの価格を決めること)と言います。

また、デリバティブの研究においては、「ヘッジ問題」と呼ばれるものが存在します。

ヘッジ問題は、企業が保有する事業や資産の価格変動(あるいは価値の変動)に伴う損失リスクをマネジメントするために、最適なオプションをどのように設計し導入するかという問題と、最適なオプション取引量をどのようにコントロールするかという問題の総称です。

後者に関しては、オプションをどの程度購入することで、自身のビジネスにとって最適なリスクヘッジができるのかということです。このようなヘッジ問題も、私の研究対象となります。

金融市場よりも価格変動が大きい電力市場


イメージ画像
―――ありがとうございます。電力市場と再生可能エネルギー取引の現状と問題点を教えてください。

まずは電力市場の前提からお伝えしますね。

電力市場には、広義と狭義の二つの意味があります。広義では、私たち一般消費者を含む電力の売買を行う市場全般を指し、この広義の電力市場には、一般消費者や一般企業だけでなく、発電事業者、小売事業者、送配電事業者といった電気事業者も含まれます。狭義の意味では、電気事業者だけが取引を行う卸電力市場(卸電力取引所)を指すことがあります。

以前は、地域を統括する電力会社が発電から一般消費者への送電までを一手に担っていました。しかし現在では3つの事業者(発電事業者、小売事業者、送配電事業者)に明確に分かれています。この変化の背景には、2016年の電力自由化が存在しています。

電力自由化前は、電力価格は総括原価方式(発電コストを元に価格を決める方法)に基づいていました。

しかし日本卸電力取引所が、2005年に開設されて以降、一部の事業者間の取引価格が需給を反映した市場価格で決定されるようになりました。そして、2016年以降、従来の電力会社を含む全ての電気事業者は、発電事業者、一般送配電事業者、小売事業者の三つに分かれ、その中の一般送配電事業者だけが中立な立場としての組織になり、発電事業者と小売事業者の取引価格(BtoBの卸電力価格)は市場原理に従って決められるようになりました。同時に、消費者が自由に電力会社(この場合は小売電気事業者)を選べるようになり、電力市場は完全に自由化されました。

―――なるほど、確かに2016年に電力市場が自由化されたことは認識しておりましたが、小売電気事業者を積極的に選択し始めたのはそのさらに数年後くらいだったと記憶しています。再生可能エネルギー電力についてはいかがでしょうか?

再生可能エネルギーの取引制度は、元々は太陽光パネル等再生可能エネルギーを利用した発電設備を保有している一般消費者や事業者から、電力会社が発電電力を固定価格で買い取り、買い取った電力を一般消費者に対して供給する方法(FIT制度)でスタートしました。再生可能エネルギーを普及させるために、その際の買い取り価格は相場よりも高い固定価格に設定されていたわけです。自由化後は、小売り電気事業者が一般家庭から(固定価格で)買い取り、余った電気を卸電力市場で売却し、足りなければ購入するという取引になっています。さらに現在は、この買取価格も市場価格に連動する仕組み(FIP制度)が導入されており、再生可能エネルギーを含む全ての電力取引を行う電気事業者が、電力価格変動に伴う損失リスクにさらされていることになります。

電力市場とデリバティブの関係とは?


イメージ画像
―――金融工学の視点から見た、課題感はありますか?

電力市場に限らず、日本の市場は、急激な変化を望まない傾向があります。そのため、電力市場自由化を含む電力システム改革や再生可能エネルギーの大量導入も、急激には浸透せず、少しずつ受け入れられていくように思います。

海外と比較した際の再生可能エネルギーの導入比率を考えると、再生可能エネルギーの導入が進むヨーロッパ諸国と比べて日本の導入比率はまだ少ないのが現状です。ではどのようにすれば再生可能エネルギーの導入が進むかを考えた場合に、金融工学の切り口からだけでは明確な答えは出せません。言い換えれば、金融工学は、再生可能エネルギー導入が加速するためのトリガーにはなりません。一方で、損失リスクマネジメントの側面から再生可能エネルギーの導入を支援する仕組み作りには貢献できると思います。

―――そのような仕組み作りをする上で、デリバティブはなぜ必要なのでしょうか?

まず、電力の特性として理解しなければならないことは、電力は保存ができないので『必要なときに必要なだけ発電しなければならない』という点です。卸電力市場において取引する際は、小売事業者は、将来、消費者がどのくらい電力を必要としているかを予測し入札しなければなりません。このような入札を30分単位で行うため、卸電力市場における電力価格と取引量は、30分単位で変動しています。

一方で売り手である発電事業者は、将来の発電量を予測して入札します。しかし再生可能エネルギー発電の場合、発電量は将来の気象条件によって変動します。つまり「将来どれだけ発電できるのか」は将来の気象条件に依存します。

このように、需要側の入札量は一般消費者の将来の消費電力の「予測値」によって変動し、再生可能エネルギー発電に関しては供給側の入札量も気象条件の「予測値」によって変動します。再生可能エネルギー大量導入後の電力市場は、需要側も供給側も入札量が予測によって変動する条件のもとで取引を成立させなければならず、需要と供給のマッチングが非常に難しいのです。

この予測の不確実性と変動に対処するために、デリバティブが必要になります。デリバティブを活用することで、将来の電力価格や発電量の変動に備え、損失リスクを最小限に抑えつつ取引を進めることが可能となります。デリバティブは、市場の変動に柔軟に対応し、需要と供給の調整を円滑に行う上で重要なツールとなることが期待されます。

―――なるほど…不安定な商品を取引する市場だからこそ、デリバティブの導入が重要になるのですね?

電力市場においては、電力という必ず消費されるエネルギーが取り引きされます。つまり、最終的には消費されてなくなってしまう商品が取り引きされるわけです。このような特性をもつ商品を対象に、株式市場と同様の取引の仕組みが導入されたことも、電力自由化の大きな流れの一つです。さらに、再生可能エネルギーの場合、供給側も変動するので、需要と供給の不確実性から生じるさまざまなリスクを補填するためにデリバティブが必要になります。

では、どのようなデリバティブが効果的と考えられるでしょうか。一つのアプローチとして、電力市場で生じる損失のうち、気象条件に依存する部分はどの程度なのかを見積もり、気象条件の不確実性から生じる損失を補填する天候デリバティブが挙げられます。同時に、電力市場特有の価格変化に起因する損失に対し、電力価格に対するデリバティブも導入します。このようなデリバティブの組み合わせによって電力市場の損失をどのようにヘッジするのかという、『統合リスクマネジメント』の研究を、私はずっと長い間実施しております。

個人と電力との関わり方も変化していく


イメージ画像
―――電力市場の5年後10年後の将来をどのようにお考えですか?

再生可能エネルギー導入後の電力市場は、取引量と価格が不確実で取引リスクが高く、取り扱いが難しい市場です。そのため、急速な発展ではなく徐々に発展していくのだと思います。特に、再生可能エネルギーの導入や電力市場での取引が進展するためには、一般の人たちの理解が非常に重要だと思います。

例えば、電力は身の回りで欠かせないものであるにも関わらず、ほとんどの人が電力が株式市場のような取引市場で取引されていることについては認識していません。再生可能エネルギーの導入についても、おそらく漠然と「日本はそれほど導入比率は高くはないのではないか」、あるいは太陽光発電についても「太陽光パネルはある程度普及している」程度の認識は持っているとしても、何がどのくらい導入され、いつまでにどの程度導入するつもりでいるとかそういう意識を持っている人は少ないと思います。

また消費者が小売電気事業者を選ぶ時にも、価格以外のところを本当は見ていかなきゃいけないのかなと思います。

―――例えば、どのくらいの再生可能エネルギー比率で電気を供給しているのかなどですね。

そうすることで、個人と電力との関わり方も変化していくでしょう。また、私たち自身の生活の中でも電力消費はある程度コントロールすることができます。例えば家電を選ぶ際に、タイマーなどで消費する時間をコントロールできるようなものを選択するとか。電気自動車(EV)の充電時間もそうです。

私たちの意識が変化していくことによって、徐々にですが日本においても再生可能エネルギーに対する認識が向上し、電力市場に対する捉え方も変化していくのだと思います。

再生可能エネルギーの普及。そして蓄電池の技術の進化。


イメージ画像
―――最後に読者へメッセージがあればお願いします。

再生可能エネルギーの普及により、家庭用太陽光パネルの余剰電力を需要家に直接売電する仕組み作りの検討など、今後は、電力市場において一般消費者が参加する機会が増えていくことが期待されます。また、蓄電池やEVを組み合わせることで、一般消費者がより高度なレベルで電力市場に参加できるようになります。

将来的には多くの人が保有するであろうEVや家庭用蓄電池に、一般消費者の需要が少ないときに余剰電力を蓄え、需要が高いときに電力を売却する、そのような時代が訪れるかもしれません。

再生可能エネルギーが一層普及し、蓄電池の容量や技術、EV保有率が一段と向上したときには、技術的な革新はもちろんのこと、個人間での電力融通あるいは取引(P2P電力取引)が、社会においてどのように受け入れられていくかが課題になると思います。そのためには、変化を受け入れつつ、自身の思考に基づいて生活に必要なエネルギーを選択するという視点が重要になるでしょう。

かつて自動車が普及する際に保険システムが重要だったように、再生可能エネルギー取引プラットフォーム普及に向けた保険システム作りに、金融工学が貢献できればと考えております。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
この記事を読んで、あなたは未来を変えたいと思いましたか?
はいいいえ
良かったらその未来をシェアしてくださいね!

はい
100%

いいえ
0%

良かったらその他の記事をご覧ください!

はい
100%

いいえ
0%

この記事のurlをコピーする
クリップボードにコピーしました。

LATEST
ARTICLES

「福岡のスタートアップエコシステムを知る:都市の魅力とグロー...

世界中でスタートアップが活発化する中、日本も少しずつその動きが加速。特に福岡市は、2012年の「スタートアップ都市・ふくおか」宣言を皮切りに、2020...
2024.11.29

役者、声優、芸人らが登録。 「表現者」がつくる売れる現場

営業支援と人材支援という2つの事業を展開する株式会社セレブリックスが2023年11月、実にユニークな人材サービスを開始した。 役者、声優、芸人、歌手、...
2024.11.08

移動するオフィス「mobica」:働く場所の自由が拓く未来の...

都会のオフィスを抜け出し、大自然の中で仕事をする——。 株式会社GOOD PLACEが提供するワーケーションカー「mobica」は、これまでの働き方の...
2024.11.05
Top