起業家たちが佐賀へ集まっている!?|“DXとスタートアップ支援”で注目を集める佐賀県の取り組みとは
少子高齢化で人口減少が進む今、地方自治体では「地方創生」を目指した様々な取り組みが行われている。中でも、他県から多くの視察を集め注目されているのが「佐賀県」の産業DXやスタートアップ支援の取り組みだ。
佐賀県の「DX・スタートアップ推進室」では、産業DXとして全国初のDXハブ「佐賀県産業スマート化センター」を核に、積極的な県内企業のデジタル化・DXをサポートしている。
また、 “佐賀型”のスタートアップ支援としては、小さな起業ではなく世界を目指すスタートアップの聖地を目指し、補助金や融資などの一般的な創業支援ではなく、地方自治体では珍しい起業のフェーズに応じた3段階の個別指導プログラムや、クラウドファンディングなどを活用した民間資金の調達を重視した資金調達支援を行っている。
今回は、佐賀県「DX・スタートアップ推進室」の皆さんに取材を行い、地方創生を目指したDXとスタートアップ支援の取り組みや、これから目指していくビジョンなどのお話を伺った。
「佐賀でも」ではなく「佐賀だからこそ」できるイノベーションへのチャレンジ
────では、はじめに「DX・スタートアップ推進室」では、どのような事をしているのか教えていただけますか?
DX・スタートアップ推進室 村川氏(以下 村川):
私たちは、産業DXの推進とスタートアップの発掘・育成を通じて、佐賀県から様々なチャレンジが巻き起こり、イノベーションをけん引する地域になることを目指しています。「佐賀でもできる」ではなく、「佐賀だからこそできる」そう思える場所にしたいんです。
そのうち、産業DXの推進については、「佐賀県産業スマート化センター」が拠点となっています。DXについての企業等からの個別相談を受け、IT企業とのマッチングを行ったり、ショールームで様々なアプリやデバイスの体験をしたりできる全国初のDX推進“ハブ”です。
もう一方のスタートアップ支援では、“佐賀から世界を目指せる起業環境”をつくろうとしています!起業フェーズに合わせた3段階の個別指導プログラムとともに、クラウドファンディングやベンチャーキャピタル投資に関する支援など、民間からの資金調達を促進する事業を行っています。
────DX推進もスタートアップ支援も、他県とは一線を画す本格的な取り組み内容ですよね!このような取り組みはいつから行っているのでしょうか?
DX・スタートアップ推進室 室長 北村氏(以下 北村):
「DX・スタートアップ推進室」が立ち上がったのは、2020年の4月です。とはいえ、実は、このような形態になる前、2013年ごろから、当時は新産業・基礎科学課というセクションでしたが、IT産業をターゲティング産業の一つとして捉え、その振興に着手しました。自治体の産業政策というとまだまだ製造業や量産現場の誘致が主力だった時代、割と早かったのではないかと思います。
その後、2015年頃からそこにスタートアップの発掘・育成が加わり、やがて産業企画課のAI・IoT推進・創業支援担当というセクションができ、それが独立する形で「DX・スタートアップ推進室」が立ち上がったんですよ。なにせ、役所としての仕事の枠からはみ出してしまう勢いがあったので、良くも悪くもいわば「特区」のような扱いが必要だったのかもしれません(笑)
当初は4名ほどでしたが、現在は8名で運営しており、メンバーの半分以上が民間企業出身者です。そのせいか、クセの強いメンバーも多いです(笑)
お陰様で、佐賀のDXの推進やスタートアップの育成への取り組みは、他県からもたくさんの視察やお尋ねがあるなど注目いただいています。例えば1月には、総務省の田畑副大臣に産業スマート化センターをご視察いただき、あるいは3月にはフィンランド大使館の方々に当室の取り組みをプレゼンさせていただく機会もありました。
────すごいですね!確かに“地方創生”の文脈での起業支援やDXというと、助成金や補助金を支給して終わり…という印象なので、他県から注目を集める理由もうなずけます。
ここまでDX・スタートアップ支援に注力する背景には、どのような想いがあるのでしょうか?
北村:
私たちがなぜDXの推進やスタートアップの支援をしているのかというと、佐賀を東京や福岡など都市部とは一味違った、地方からのイノベーションの苗床や、そのロールモデルにしていきたいというのがあります。その上で大事なことの一つが、たぶん「あきらめの悪い人」を集めることなんです。
だって、イノベーションって、諦めると起こらない。だからこそ、最後まで妥協しない、あきらめない人が必要だと思っていますし、そういった粘り強く息の長い、本格的な課題解決へのチャレンジって、実は立地コストが高い都会ではなかなか難しい。そこにこそ、地方の勝機があるんじゃないかと。
でも、そんなチャレンジをしたい人であっても、まわりに聞く耳を持ってくれる人が居なければ、仕事や暮らし、あるいは世の中を「変えたいという気持ち」が萎えてしまい、いずれ消えてしまう。なので、そういう人たちに光をあて、フォローしたり、手を差し伸べたりする存在が必要だと思うんです。それが私たち「DX・スタートアップ推進室」の存在意義だと考えています。
無骨で不器用だけど「本当に世の中を変えたい」そう思っている人をたくさん呼び込み、佐賀県からイノベーションを起こすためのサポートをしていきたいんです。
小さな“DX”が生む大きな“リターン”とは
────では、はじめにDX推進の取り組みについてお話を伺えますか?
DX・スタートアップ推進室 松雪氏(以下 松雪):
DXの推進は、先ほどお話しに出た「佐賀県産業スマート化センター」で行っています。「佐賀県産業スマート化センター」は、DXを体感できる施設であり、相談できる窓口であり、県内企業と新しいソリューションを繋ぐ場所です。
センターを通じて、色々な人が交わる“マッチングハブ”の役割として、DXの推進をしています。
────DX(デジタルトランスフォーメーション)というと、捉え方は様々だと思いますが、DXスタートアップ推進室が考えるDXの定義は何でしょうか?
松雪:
私たちは、“トランスフォーメーション(=変革・変化)”の部分にウェイトを置いていて、デジタルの利便性を知ることで「人」が変わることが大事だと思っています。
自分たちの考え方ややり方を、まず「変えよう」とする意思が大事なんです。その想いに対して、デジタルをどう使っていくか、これがDXの定義と捉えています。
────なるほど、たしかにまず「人」が変わらなければ、DXは推進できないですね。では、具体的に事例を教えていただけますか?
松雪:
まずはすごく身近な、しかしだからこそどこの企業でもありうるバックオフィスについての事例なんですが、財務系クラウドサービスの導入で、毎日数時間かけて手入力で行っていた事務作業を、30分程度で終わらせることができるようになった例があります。DXによって時間を抽出できたことで、今まで事務作業に追われていたはずの時間を、現場での工事の管理や資格取得などのために活用できるようになったんです。
このように、クラウドサービスなどSaaSの導入で、これまで普通だと思っていたことが「こんなに簡単にできるんだ!」と、気づくことができます。
都市部では当たり前に導入されているSaaSも、小さな企業や地方の企業にとってはまだまだ当たり前ではありません。だからこそ、このような小さなDX事例をもっと作り、まずは便利さを知ってもらうことが大事だと思っています。
────都市部でもSaaS導入は、組織によって差があるほどです…人が減少傾向にある地方企業こそ、小さなDXが大きな変化を生みリソースの確保にも繋がっていくんですね。
松雪:
他にも製造業のDX事例として、「株式会社セイブ」のAI・IoT導入のDX事例があります。本企業は電線と支持物のあいだを絶縁する器具「碍子(がいし)」の製造・販売を行う会社です。
製造工程の検査部分に、“画像認識や動作を学習するAIを搭載したロボット”の導入にチャレンジしました。今まで目視検査で行う重要かつ集中力を必要とする部分を、AIの画像認識技術を使うことで1個あたりの検査時間はわずか19秒ほどに短縮することに成功したんです!
他にも、IoTセンサーを製造工程の様々な部分で活用し、リアルタイムで“データの見える化”ができたことで、製造過程の「不具合がどこで起きたのか」を明確化することができるようになりました。
これらの導入において、社員自らが率先してシステムを組み上げたり、データを共有していくことで、会社全体で社員の方のデジタルに対する考え方が変わり、DXが推進される風土が醸成されてきていると感じます。
「AI・ロボットとの共存スマートファクトリーを目指して得られたものとは」
北村:
実は、こうした各社のDX支援とあわせて「SAGA Smart Samurai」という“IT人材の育成プログラム”を行っています。「株式会社セイブ」では、「SAGA Smart Samurai」の卒業生もエンジニアとしてスキルを身につけ活躍しているんですよ。
────県内でIT人材育成もしっかり行っているのですね!
北村:
「SAGA Smart Samurai」では、約4カ月間、Pythonを中心としたプログラミングを学んでいます。200名の定員に対して860名もの応募が来るほど人気のプログラムです。それほどIT産業に興味を持ち、「やりたい・変えたい」と思っている人が佐賀にはたくさんいるのだということを実感しています。
しかし、実際にデジタル技術の活用やDXに取り組む企業は多くはありません。今はまだ、意欲や関心が比較的高い企業が率先して取り組んでいる段階。企業からは、しばしば「DXなんて大手の話だよね」と聞きますが、実は小さな組織(10-20名)ほどやりやすい面があります。意思決定や合意形成も早いし、業務の変革も柔軟に行えますから。さらには、人材不足も解決できます。
部門が分かれ大きく組織が成長するほど、逆にDXは遅れてしまう。だからこそ、ここにも地方のアドバンテージがあり、だから小さな企業がDXに取り組む意味や意義があると思っています。
他県と一線を画す“佐賀型”スタートアップ支援
────では、続いてスタートアップ支援の取り組みをお伺いしていきます。“佐賀型”のスタートアップの育て方とは、どのような取り組みなのか教えていただけますか?
村川:
“佐賀型”のスタートアップ支援の特徴の1つは、「始める→磨く→繋ぐ」といった起業フェーズに合わせた3段階の個別指導プログラムを行っていることです。
これから起業を考えたり、起業して間もないフェーズには、「Startup Gateway SAGA」というプログラムがあります。専門家や先輩起業家と意見交換を行うことができるイベントの開催、年度後半には数社に絞ったアクセラレーションプログラムを実施し、様々な専門家からの指導を受けながら短期間でビジネスをブラッシュアップしていきます。
起業後、これからもっと事業を大きくしようとした時に立ちはだかるのが“資金調達”の壁です。VCや投資家からの資金調達を成功させるために、出資に見合う事業へ現役投資家が事業を磨き上げるプログラムが「Startup Boost SAGA」です。
そして事業をより拡大させていく中で、協業先や販路の開拓が必要となります。それを支援するプログラムが「Startup Connect SAGA」です。ここでは商談先やパートナー企業とのマッチングを目的としています。このようにフェーズに応じた3段階のサポートを、各プログラム別にそれぞれ専門的な知見を持つ民間企業に事業委託して運営しているんです。
────民間企業がそれぞれ受託して運営しているんですね!? 事業を分けるほど手間もかかりそうですが、あえて3つに分けて運営する理由は何かあるのでしょうか?
村川:
もちろんおっしゃるとおりで、1つの企業に委託してしまえば事業管理はラクです。でもそれでは起業家がそれぞれのフェーズに応じて抱える課題に対して、最適な支援とならないのでは、と考えています。それぞれのフェーズに対して最も専門的な知見を持つ民間企業に事業委託することで、佐賀から世界を目指す起業家にベストな支援を提供できるようにしています。
受託された企業の皆さんは、「このプログラムから世界に羽ばたく起業家を輩出するぞ!」とアツい想いをもって起業家の支援に取り組んでいただいています。
実際に、この3つのプログラムを始めてから、全国のビジネスアワードでグランプリをはじめ、賞を受賞される企業が生まれています。
つい先日も、経済産業省九州経済産業局が選出する「*J-Startup KYUSHU」の企業に、佐賀県から2社選出されたんですよ!スタートアップ支援の成果が実を結んできた実感があり、とても嬉しいですね。
*「J-Startup」とは、経済産業省が推進するスタートアップ企業の育成プログラムのこと
────支援の結果が、着実に出ているんですね!では、今までスタートアップ支援をしてきた中で、佐賀県発となる今注目の企業はありますか?
村川:
では今回「J-Startup KYUSHU」に選ばれた、「株式会社Dessun(デッサン)」という会社をご紹介します。デッサンは、「Startup Gateway」や「Startup Connect」等の事業に採択をされた企業で、まさに“佐賀型”のスタートアップ支援をしっかり活かして活躍している会社なんです。
東京から移住した元大手企業に勤めていた方が起業されたのですが、実はこの方、佐賀県が地元なわけでもありません。「佐賀だからこそじっくり課題に向き合えるし、都会よりもプレゼンスを確立しやすいのではないか」と思ったそうです。
────東京から起業するために佐賀を選ぶというのは、まさに佐賀から世界を目指すスタートアップ支援を目指す皆さんの取り組みにとって、ペルソナのような方ですね!
村川:
デッサンは、アワードでも受賞歴があって「九州・山口ベンチャーマーケット2021」のスタートアップ部門で準グランプリとなる優秀賞も受賞されているんですよ。事業としては、SDGsへの貢献を検討する中小企業と、その支援を得て活動資金を充実させたいNPOをマッチングするWEBプラットフォームサービスを展開しています。
企業にとってはSDGsへの貢献を行いながら企業PRができ、NPOにとってはその想いや活動に賛同した企業から資金が調達できる双方にメリットのあるサービスです。2020年10月にスタートし、現在NPO登録社数は200社以上に成長し、今後企業とのマッチングをしていく段階に入ります。
株式投資型クラウドファンディングや第三者割当増資によって資金調達も順調に行っていて、今後ますます事業の加速が期待されます。
────今のお話をお伺いして、起業して関係が終わるのではなく、その後の支援もしっかりサポートされているのが良くわかります。支援企業とスタートアップ推進室の皆さんとの距離の近さを感じますね!
北村:
実際にプログラムに参加する彼らとのコミュニケーションはとても活発で、SlackやMessengerでのやりとりは昼夜問わず連絡がくるんですよ(笑)
個別の起業家に対する解像度が高い情報を持ちながら、日常的に密に関わっています。だからこそ、常に相談もきますし、私たちもそれぞれに対して、今、どういった支援が必要なのかわかる関係性が築けていると思いますね。
この近い距離感があることで、1足飛び2足飛びでキーパーソンに会えることも可能にしています。今回、デッサンのNPO登録団体が200社以上に伸びた背景にも、実はNPOの支援に長年取り組んできた人物が佐賀にいて、たまたま私達が別の施策でお世話になっており、この方を紹介したことも一つの要素になったようです。
普通、地方自治体の取り組みで、ここまで踏み込んで起業家と近い距離で支援することはありません。これもまた佐賀県スタートアップ支援の大きな特徴ですね!
「起業するなら佐賀に行こう」
────では、最後の質問です。今後、DX・スタートアップ推進室が目指すビジョンを教えてください。
松雪:
DXの推進については、やはり県外から多くの視察もありますし、中央省庁や他県の自治体からも高い評価をいただいています。様々な業種や業態の企業でDX事例を作れていることが、良い変化につながっていると思います。
ただ、裾野はまだまだ広げていく必要があるので、デジタル技術を当たり前に企業が活用できるように、もっともっと実例をつくり、できるだけ多くの企業がまずは小さなところからDXにチャレンジできるよう、促していきたいと思っています。
北村:
スタートアップ支援については、枠組みもできて結果も出てきました。あとは、大きな課題でもありますが佐賀県のプレゼンス(存在感)、ステータスを作っていかないといけないと思っています。
どうしても佐賀と都会とを比べれば、例えば東京や福岡の方がビジネス環境としては恵まれている面は否めません。すると、せっかく佐賀で育ったスタートアップも、育ったがゆえにかえって東京や福岡に、という思いをもってしまうこともあるでしょう。
そのことについて「出て行かないでくれ」と言うことはできますし、自治体として地域の産業振興に取り組んでいる以上、そう言うべきですが、他方でそれがビジネスの振興や成長支援という観点からは必ずしも正しいとは限らない。むしろ、「佐賀に面白い人や企業がいて、佐賀では東京や福岡とは違うが、都会では得られない機会がある」という環境を作っていくことが必要と感じています。
究極的にはむしろ、起業を目指す方々に「佐賀って面白いから、自分も佐賀で起業しよう!」と思ってもらい「育ったら佐賀に行く」と考えてもらえるような地域にしていきたいですね。
村川:
今まで、佐賀から全国や世界を目指すと言ってきました。「本当にできるのか?」と思う時もありましたが、着実に少しずつ近づいてきた実感があります。
本当に起業家の皆さんが世界に羽ばたいていけるように、私たち自身が常にアンテナを高くして本当に起業家の皆さんに必要な支援は何かを考え、実行し続けていきたいと思っています。 そして、今後もしっかりと実例をつくり続け、継続的に素晴らしい企業を輩出していきたいですね。
佐賀県「DX・スタートアップ推進室」の詳細はこちら
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