仕事、結婚、幸せ ―― 社会心理学から女性のキャリアを考える
2024.06.07

仕事、結婚、幸せ ―― 社会心理学から女性のキャリアを考える


一人一人の幸せは、社会や集団に大きく影響される。

社会心理学は、人々の行動や意思決定に影響を与える社会的要因を研究する学問分野だ。

人は皆、一人では生きられず、必ず何らかの集団に所属し、その影響を受けながら生きている。

仕事、家庭、趣味など、あらゆる場面において「*グループダイナミクス」と呼ばれる集団心理が作用しているのだ。

このインタビューでは、愛知東邦大学の吉村美路准教授を取材し、グループダイナミクスを通して女性の仕事、キャリアにおける課題、そして幸福について迫る。

仕事とライフイベント、社会心理学という興味深い研究領域について深く掘り下げ、吉村准教授の専門知識からその重要性や 今後の展望について学ぶ。

グループダイナミクスが女性の仕事とライフにどのように作用しているのかを知ることで、私たち一人一人が幸せになるための示唆が得られるだろう。

*グループダイナミクスとは?

ドイツの心理学者クルト・レヴィンにより提唱された、集団と個人の相互作用により生じる影響や効果を研究する心理学の一分野。集団力学とも呼ばれる。
個人の考えや行動は集団から影響を受け、また集団は個人の思考や行動から影響を受ける。集団の力により、一人ではできないことも可能になる一方、集団思考のような負の側面も生じる。
グループ・ダイナミクスは個人や集団の能力を向上させるためにビジネスや教育、スポーツなど様々な場面で活用、応用されている。

参考:「グループ・ダイナミックス入門 --- 組織と地域を変える実践学」杉万俊夫 世界思想社



吉村 美路
インタビュイー
吉村 美路氏
愛知東邦大学 経営学部 地域ビジネス学科
准教授


“みんなで渡れば怖くない論”は極めて社会心理学だった!? 愛知東邦大学・吉村准教授が語る、グループダイナミクス。


愛知東邦大学 取材写真
―――まずは、吉村准教授の研究概要、専門にしているテーマについて教えてください。

私の専門は、社会心理学の分野で、特にジェンダーの視点から女性の就業継続に影響する要因の分析をテーマに研究しています。

具体的には、グループダイナミクスや集団心理に着目し、特に女性のキャリア形成における課題に焦点を当てています。

社会心理学とは、個人の心理よりも集団や組織に焦点を当てた分野です。

集団の中での個人の役割認識が、チームの成果にどのように影響するかなどを扱います。メンタル治療というよりは、消費行動や組織運営における戦略的な場面で活用されることが多くなっています。

社会心理学は、人間が持つ共通の傾向を捉えられる点が大きな長所です。 人間には共通性があるため、集団として見た際の感じ方や行動傾向が色濃く現れやすいのが特徴です。

一方で、その結果は「傾向」に過ぎず、必ずしも万人に当てはまるわけではありません。量的な分析結果においても、平均値とは異なる例外的な人々が一定数存在するのが実状です。個々に着目した深堀りが難しい点が、社会心理学のマクロ的な量的分析の欠点だと指摘されています。

私が中心的に研究しているのは、集団の中で人が社会や自分以外の人に影響を受けて思考したり行動したりするという、グループダイナミクスという概念です。

例えば、集団心理の分野では、一人ではできないことでも、集団となれば可能になる現象で、赤信号でも、みんなで渡れば怖くないといった具体例があります。良くも悪くも、人は集団に影響を受けやすいのです。

また、承認欲求といった人間の基本的な欲求についても扱っています。 承認されたいという気持ちは大切ですが、一方で個人の幸福感にどのような影響があるのかも重要なテーマです。

その他、上司の態度が部下のモチベーションや就業継続にどのように影響するかという検証もしています。

最近では、危機管理の場面でも社会心理学の活用が増えています。例えば、謝罪会見での表現の仕方や、どのように謝罪すれば大衆の共感や許しを得られるかなどの研究は需要が増加しているようです。

社会心理学は多くの人々を対象とする分野、例えば組織運営などにおいて大きな役割を果たせると期待されています。一方で、個人の生き方や体験から生じる心理への対応は難しく、個人差が避けられません。

そのため今後は、量的研究と質的研究を組み合わせることで、お互いの長所を生かし、短所を補完し合うハイブリッドなアプローチが有効であるとの指摘があります。

両者を掛け合わせることで、マクロの傾向とミクロの個別性を同時に捉えられるようになり、社会心理学がさらに発展する可能性があるということです。

怖いのは無意識のバイアス!? 女性を縛る社会心理と集団無意識


愛知東邦大学 取材イメージ画像
―――吉村准教授が行ってきた社会心理学に関する研究で、興味深い成果はありますか?

女性の社会進出が進んだ現在でも、ジェンダーに起因する職場での困難さが根強く残されていることがわかりました。

女性は、妊娠・出産を機に離職したり、ブランクが生じたり、キャリア形成が滞ったりする傾向があり、管理職の割合も非常に低い状況です。これは、女性自身がキャリア形成をあまり希望していないという側面もあると考えられます。

私の研究では、このような状況の背景にある要因を、パートナーとの関係性の在り方や、夫婦間の力関係など、様々な角度から分析しています。

夫婦のパートナーシップのあり方が、女性の就業継続やキャリア形成にどのような影響を与えているのかを明らかにすることが目的です。

つまり、女性の就業に対する気持ちを、周囲の人々との関係性も含めながら検討することを研究のテーマにしています。

女性の離職には、無意識のバイアスも大きく関係していることが分かってきました。

例えば、子どもを妊娠した際に、仕事を削減もしくは退職するのは女性が担うケースが多いのです。これは単に男性側の問題というわけではありません。

女性自身も、自分が仕事を辞めた方が合理的であると判断していることが大きな要因となっています。多くの場合、収入の高い夫を働き手として家計を支え、妻が家庭を守るという伝統的な役割分担観から生じているのです。

このようなバイアスを払拭するには、まだ時間を要すると考えられています。

また、就業継続する女性には一定のタフさが必要であるという意識が、多くの女性にとって就業継続の障壁となっている可能性もあります。

そして、離職時の気持ちは年月を経ることで変化する可能性があることも分かってきました。

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結婚・出産の時期には、女性は比較的子育てに専念したいという気持ちが強く、離職または非正規雇用への転換を選択しがちです。

しかし、子どもが成長し手がかからなくなった頃には、「当時キャリアを積んでいれば人生は違っていたのではないか」と過去の選択を後悔するケースが多く見られます。

要因としては、夫婦関係の変化や、子育ての役割が一段落したことによる価値観の変化が挙げられます。

このような後悔を抱える女性と抱えない女性を比較分析してみると、夫婦関係の良し悪しが大きなポイントとなります。

夫婦仲が良好で、出産時に夫から十分な愛情を受けていれば、当時の選択に納得できる一方、夫からの無関心や子どもの反抗があれば、女性は後悔の念を抱きやすくなるのです。

理想としては、男性が女性のキャリア形成を積極的にサポートしつつ、家庭生活においても協力的であることが望ましいです。

しかし、現実には家庭内だけでなく、職場などでも無意識のうちに性別による役割分担が生じがちです。

例えば、新入社員の男性には企画などのクリエイティブな業務が、女性には事務的な業務が振り分けられる傾向が少なくありません。また、女性が男性的な業務を希望しても、男性側から反発が生じる可能性もあります。

さらに、男女間で同じような発言をしても、評価が異なる傾向にあります。その背景には、男性が強気で主張しても評価はほとんど変わらないのに対し、女性が同様に主張をすると評価が下がりやすいという文化的な課題があるようです。

一方で、男性も社会的に課せられた役割から多くの重荷を背負っており、ジェンダー問題への反発も生じかねません。

男女ともに互いの立場を理解し合うことが非常に重要であり、女性が安心して就業を継続できる環境の整備が、今後の課題です。

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大学で教員をしている立場から、学生へのアンケートを取る機会がありました。

男子学生の8割近くが「結婚は経済的に背負えない」と回答し、結婚を躊躇する傾向がみられました。一方、女性は3~4割が「専業主婦が可能な相手なら結婚したい」と考えているものの、それ以外では結婚に不安を抱いているという結果でした。

学生の中にも、両親の不仲ぶりを見て結婚への期待が持てない者がいます。離婚家庭出身の学生も多く、女性は出産・結婚のリスクを危惧し、男性も経済的なメリットを見出せないと感じているようです。

一方で、未来への憧れや希望を持つ学生は、夢に向かってエネルギッシュに取り組み、結果的に出会いの機会も多くなるようです。

社会状況の変化により、若者の結婚観が厳しくなってきている現実を、教員の立場から実感しています。

また、女性が家庭と仕事の両立において調整役を担ってきた実態が、データからも明らかになりました。

その負荷を受け入れられない女性は結婚を選択肢から外してしまっている状況です。一方で男性は、育児や家事を手伝う意識はあるものの、実際にパートナーが出産した際には「妻であるあなたがメインで担うもの」と当然のように思ってしまう意識の隔たりがあるようです。

家庭内だけでなく、就業環境においても、問題は山積しています。 企業内での妊娠・出産期の女性に対する評価の在り方は、これまでも大きな課題だと指摘されていました。

一例として、ある企業では労働時間ではなく、パフォーマンスで評価することで、継続就業を後押ししています。限られた時間の中でいかに成果を出せるかを重視する風土があり、先輩女性の姿勢が後輩にも良い影響を与えているようです。

それに対し、別の企業では、小さい子供のいる女性社員を一箇所に集めて隔離していたエピソードがありました。社員の士気低下を危惧してのことだったそうですが、結果として女性の存在を無視する企業風土があったことがうかがえます。

複合的な理由から、結婚を躊躇する傾向が結婚適齢期にも変わらないと、日本の少子化問題はさらに深刻化するでしょう。

一方で、結婚をせずとも幸せになれる時代が到来した面もあり、本当に自分の意思で結婚を選択しない人が増えたことが、出生率低下の原因の一つではないかという指摘もあります。

幸せな結婚生活とは一概には言えません。男性が高収入で転勤の多い仕事を選び、女性が専業主婦を望んでいれば互いの希望が一致し、満足のいく生活が送れるでしょう。

女性がキャリア志向でありながら、無意識のうちに男性優位の価値観から妥協してしまうと、後に後悔する可能性があるということです。

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従来、少子化対策は国力の維持や将来の労働力確保などの観点から重視されてきました。しかし最近では、個人の幸福を追求する考え方も強まっています。

統計を見ると、かつては格差婚や年齢が離れた夫婦が一般的でしたが、最近は同年代のカップルが主流となっています。

また、近年は「パワーカップル」と呼ばれる働く高収入男女の結婚が増えてきました。

従来は年齢だけでなく、男性が上位、女性が下位の組み合わせが一般的でしたが、今では同等の立場同士のカップルが主流になってきたというわけです。

これは、経済的な理由で我慢して結婚する人が減り、自己実現を重視する人が増えた表れです。

このように分析すれば、個人の幸福量自体は増加している可能性もありますが、一方で、少子化に伴う国力の低下が危惧される面もあります。

少子化問題に関しては、国の豊かさと個人の幸福度のどちらを重視するかによって、取るべき対策は大きく異なってきます。

衝撃!! 夫に自信がないと、女性が働けなくなる!?


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―――女性の働き方やキャリアを考えたときに、社会全体、企業、家庭とそれぞれどのようなアプローチをしていくことで改善されていくでしょうか?吉村准教授のご意見を教えてください。

まず、女性の就業継続を促進するためには、社会全体へのアプローチとして、日本の従来の終身雇用制度であるメンバーシップ型雇用からスキルを重視する成果主義のジョブ型雇用への転換等が解決策の1つとなるかもしれません。

現在の終身雇用制度下では、一度離職するとそのブランクが致命的になりがちです。 しかしジョブ型雇用であれば、スキルさえあれば出産などで一時離職しても、すぐに再就職できる環境が整うというメリットがあります。

グローバル社会においてはジョブ型雇用が主流になりつつあり、日本もこの流れに沿うことで、女性が安心して就業を継続できる社会を実現できる可能性があります。 ただし、格差社会が生まれるなどの新たな課題も予想されることから、制度変更には国を挙げた大がかりな取り組みが求められるでしょう。

家庭におけるアプローチですが、夫婦間の力関係が大きな影響を及ぼしていることが先行研究から明らかとなっています。

収入格差が大きいほど、夫が妻に与える影響力が強まる傾向があります。

男性による家事・育児への積極的な関与が女性の就業継続を後押しすることは間違いありません。そのためには、男性の意識改革と夫婦間の価値観の共有が必須となります。

社会全体のシステム変革、企業風土の見直し、家庭内での意識改革など、さまざまな方向へのアプローチが必要不可欠であり、一つの対策のみでは困難な複合的な課題です。社会の隅々にまで課題が散らばっていることから、包括的な取り組みが求められています。

他者との絆が私たちを育む


愛知東邦大学 取材写真
―――最後に、読者の方にメッセージをお願いします。

人間は一人では生きられないように出来ている種族であり、他者との関わりの中で成長していくものです。

結婚しないという選択も合理的である一方で、パートナーシップを結ぶことで新しい自分を発見したり、人間的に成長できる機会があると思います。

パートナーは必ずしも配偶者に限りません。 しかし、大切なのは他者とのつながりを絶やすことなく、コミュニケーションを持ち続けることです。

人は人との関わりの中でしか成長できないため、社会の中で様々な人々と交流し、自身のあり方が周りにどのような影響を与えているのかを常に振り返ることが重要です。

例えば、夫の態度や価値観が、妻の就業継続を阻んでいないか。あるいは逆に、妻が夫の本音を無視して自己判断を押し付けていないか。

このように、自分の立ち振る舞いが周囲に与える影響を意識することで、新たな気づきが得られるかもしれません。

「素晴らしい存在だと思われたい」という本能から、無意識のうちに特定の行動を取ってしまう可能性もあります。そうした行動を言語化し、相手に伝えることで、相互理解が深まり、関係性がさらに豊かになっていきます。

人間は皆、他者との関係性の中で影響を与え合い、成長を遂げていくものであり、そのプロセスを大切にすることが重要です。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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