マイクロ・ナノの視点で見る熱工学の未来
2024.05.22

マイクロ・ナノの視点で見る熱工学の未来


工学の世界は常に進化を続けており、特にマイクロ・ナノスケールでの熱流体工学が、その最前線を走っています。この分野では、熱や流体が微細なスケールでどのように振る舞うかが研究されており、その知見が新しい技術革新を生み出している。

この先進的な分野の重要性を探るべく、東京理科大学の機械工学科教授である元祐教授に、その深い知識と研究について話を伺った。

教授の研究は、エネルギー効率の改善、持続可能な技術開発、さらには医療分野における応用に至るまで、幅広い影響を及ぼしている。本記事では、マイクロ・ナノ熱流体工学が今後どのように社会や技術に貢献するのか、その可能性を探る。

元祐 昌廣
インタビュイー
元祐 昌廣氏
東京理科大学 工学部 機械工学科
教授
専門は熱流体工学、マイクロ・ナノデバイス。微小スケールの熱・物質輸送現象のセンシングと制御を中心として研究を行っており、新しい計測技術やセンサーの開発、ミクロスケールでナノ粒子を集メル積など

学協会でも広く活動し、日本機械学会若手の会会長、日本熱物性学会理事、可視化情報学会理事などを歴任。
日本機械学会奨励賞、日本伝熱学会奨励賞、可視化情報学会奨励賞、技術賞、功労賞、日本熱物性学会論文賞などを受賞。


目に見えない世界の革新:マイクロ・ナノ熱流体工学による環境と医療の未来


ナノ粒子の集積 ナノ粒子の集積

―――本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。マイクロ・ナノ熱流体工学に関して、その研究の中心テーマや目的について伺えますか?

はい、当研究室では、マイクロ・ナノスケールでの熱や物質の移動を重点的に研究しています。この分野では、熱流体工学として知られるテーマが中心です。私たちの主な焦点は、クリーンエネルギーと未来医療分野への貢献です。

クリーンエネルギーに関しては、小さなナノ粒子が環境に与える大きな影響に着目しています。ナノ粒子を迅速に分析する小型装置の開発によって、環境モニタリングの精度を高めることが可能になります。環境状態の正確な把握のため、ナノ粒子を効率良く検出し、特定の場所に集める技術を研究しています。

また、風向を計るシート型極薄センサーの開発にも取り組んでいます。これらは曲がった場所や隙間にも設置でき、複雑な形状の物体周辺の水や空気の流れを測定することができます。これにより、環境効率や燃費の良い製品を設計するための重要なデータを得られます。

さらに、廃熱を電気に変換するデバイスの開発にも力を入れています。例えば、廃熱を活用して電力を生成するデバイスを設置することで、発熱量の測定や電池不要の情報通信が可能になります。これらは環境研究における我々の主要な取り組みです。

―――素晴らしい研究ですね。医療分野における取り組みについてもう少し詳しく教えていただけますか?

がん細胞と多数の細胞解析 左)がん細胞の画像 右)多数の細胞解析の画像

もちろんです。医療においては、最近の出来事であるコロナウイルスの流行を例に挙げることができます。ウイルスはナノサイズの粒子ですから、そのような小さな物質を早期に検出し、病気の予防に役立てることが重要になります。このため、少量の粒子でも検出可能な装置の開発が求められています。ナノ粒子は非常に小さく、動かすことが困難ですが、マイクロスケールの物理現象を利用することで、輸送することができ、より効率的な検出を実現することが可能です。先に述べたナノ粒子の検出技術が応用できると考えています。

他にも、マイクロサイズの粒子である細胞一つ一つの分析により、その人に合った薬の配合を見つけることが可能になります。個人に特化した治療は、効果を最大化し、副作用を減らすことにも繋がるわけです。

また我々は、細胞を培養して薬の影響を評価できる装置も開発しています。この手のひらサイズの装置を用いて、病状に合わせた医療への貢献を目指しています。さらに、先に述べたシールのようなセンサーを用いて、人の体に貼り付け、汗などを分析することで、体調の変化をリアルタイムで把握し、医療に役立てる計画もあります。

―――現在の熱工学領域において、特に注目されているトピックスやトレンドはありますか?

廃熱を電気に変換する研究です。もともとは捨てたエネルギーを使えるようにしていますが、この領域のエナジーハーべスティングについて注目しています。今あるエンジンの効率化が図れたら非常に大きいですよね。

エンジンの効率化は、原理的には高温で燃料を燃やすことで叶いますが、それにも限界があり、その時に出る熱は外に捨てられています。この捨てられてしまう熱をもう一度回収し何かのエネルギーとして変換できれば、無駄遣いが削減できると考えています。

エンジンとしては活用不可でも、廃熱として出る100℃ぐらいの熱が別のエネルギーへと活用できれば全体のエネルギーの効率化や環境への無駄を削減することができ、SDGsに貢献できると言われています。

熱工学の領域では、エネルギーハーベスティング、特に廃熱の再利用が大きなトピックです。例えば、様々な産業プロセスで発生する廃熱を電気エネルギーに変換することで、効率化が期待できます。このアプローチでは、通常捨てられてしまう未利用の熱エネルギーを有効活用し、環境への負荷を減らすことが可能です。

他にも、機器の不具合などで異常な発熱があったら、それを直接電気に変換して自分で通信するような、無電源故障診断システムなどにも応用できると考えられます。このような取り組みは、持続可能な開発目標(SDGs)にも貢献していくと考えられています。

エネルギー効率向上と環境保護への取り組みが、熱工学領域の重要なテーマとなっているのですね。

マイクロ・ナノスケール研究の挑戦


東京理科大学 取材イメージ
―――マイクロ・ナノスケールでの熱の挙動を研究する際の最大の課題は何ですか?

実際のところ、ナノ粒子操作のような極小の物理現象を、日常生活に役立てることが大きな挑戦です。理論的には可能でも、実際に役にたつスケールで適用することは困難です。例えば、レゴブロックを積み重ねるように小さな要素を集めて大きなものを作ろうとすると、構造が脆くなってしまいます。顕微鏡の中ではうまく機能するかもしれませんが、実際の応用では繋がりにくいのです。

この分野では、小さな発見が多く見つかっていますが、実際に大きくすることができるかどうかは、世界中の研究者にとっての大きな課題です。シミュレーションでは理想的に機能するかもしれませんが、現実の原子レベルでは実現が難しかったり、原子・分子レベルでは実現できても、スケールまで大きくすることは困難とされていることが多いです。このため、サイズ規模を大きくすることは、最後まで難しいと考えています。

―――ありがとうございます。技術革新に関して、何か変化や発展、注目していることはありますか?

3Dプリンターの活用が大きな進展です。これにより、プロトタイプを簡単に作製できるようになりました。ナノスケールでは難しいものの、少し大きなスケールでは作製可能です。大きなスケールほど試作の速度やサイクルが速くなりますが、小さいスケールでも技術は進展しています。

さらに、データサイエンスの分野の発展が役立っています。個々の物理現象はノイズに埋もれがちですが、大量のデータを集めて解析することで、新たな発見が可能になりました。一般的な技術革新は、我々の分野にも革新的な影響を与え、研究のしやすさ向上に繋がっています。データサイエンスがデータの取り扱いやすさを高めることで、我々の研究にも大きな助けとなりました。

未来の展望:マイクロ・ナノ熱流体工学の進展と社会への影響


Society 5.0の解説画像 引用:内閣府「Society 5.0とは

―――5年後、10年後にマイクロ・ナノ熱流体工学の進展が将来どのような影響をもたらすと考えていますか?

将来、この分野の進展は、医療やエネルギーといった重要な領域に顕著な影響を与えるでしょう。医療分野では、現在限られた用途で活用されている技術が、体液との連携を強化し、個人の体調管理を劇的に容易にします。例えば、汗や疲労度をリアルタイムで分析するセンサーの開発は、病院の診察手間や混雑の軽減に貢献すると期待されています。

エネルギー分野では、これまでに環境に排出されていた低温の排熱をエネルギー源に変えたり、靴の底にセンサーを設置することで、個人の健康状態の監視や発電への応用が見込まれます。これらの技術は、日常生活における新しいエネルギー利用の形を生み出す可能性を秘めています。

―――Society5.0を実現する上で、マイクロ・ナノ熱流体工学はどのような役割を果たすと思われますか?

Society5.0の構築には、フィジカル空間からの情報収集が不可欠です。サイバー空間のデータ解析技術が進化する一方で、現実世界でのローカルデータの重要性が高まっています。これを実現するためには、マイクロ・ナノスケールでの精密な測定技術が求められ、この分野の進歩が社会全体に大きな影響を与えることになるでしょう。

現代の情報端末の普及は、個人の情報利用を変革しました。端末の小型化に伴い、エネルギーの再利用も小規模な空間での検討が進んでいます。今後は、コミュニティーレベルから個人レベルへと技術の適用範囲が広がり、物理空間における幅広い活用が期待されています。

―――ありがとうございます。最近のSociety5.0やマイクロ熱流工学の進展について教えてください。

現在、サイバー空間での予測を基に、マテリアルインフォマティクスという領域で実際に新しい物質を開発する動きが加速しています。これまで長年かかっていた物質の探索と開発が、PC上でのシミュレーションにより大幅に短縮され、新しい材料の創出が可能になっています。この進展は、熱工学を超えてSociety5.0全体の重要な成果の一つと言えます。

―――マイクロ・ナノ熱流体工学が個人のQOL向上と持続可能性の両立にどのように貢献できると思われますか?

情報技術の進化は、個々の情報利用をより個人化させています。スマートフォンのような端末の普及は、個々人の情報アクセスを変え、エネルギーの再利用も微細な空間に焦点を当てるようになりました。例えば、昔からあるゴミ発電所で発生する熱を温水プールで利用するような事例がありますが、今後は車内の発熱を充電に活用するなど、マイクロ・ナノ技術を用いた新しいエネルギー利用方法が見込まれています。これにより、個々人が自分の体調を管理し、必要に応じて医師に情報を提供することも可能になると考えられます。

このように、マイクロ・ナノ熱流体工学の進展は、個人の生活からコミュニティ、社会全体の持続可能な発展に貢献するとともに、Society5.0の実現を支える重要な技術として期待されているんです。

未来への道筋:マイクロ・ナノ熱流体工学の野望と挑戦


東京理科大学 取材イメージ
―――研究を進める中で、今後挑戦したいことや、具体的なビジョンをお持ちですか?

現在進めているいくつかの研究プロジェクトは未来を変える可能性を秘めています。私は、より多くの人々にローカル化の概念を具体的に示す研究を推進し、製品化に近い試作品を作成することに注力したいと考えています。これにより、理論だけでなく実用的な説得力を持たせることが可能になります。

私の目標は、多くの人々が実際に使用するシーンを想像しやすくし、新たなアイデアが生まれ、さらなる革新につながることです。基礎研究のアイデアやデータだけでは社会が発展しないため、デジタル空間で具体的に視覚化できる研究を進め、さまざまな分野の専門家に気づきを与えたいと考えています。

Society5.0の実現に向けて、全世界の人々が目にすることができる試作品を作ることが、今後数年間の私の研究目標です。

―――技術革新の速さに対し、一般の人々はどのように対応すべきだと思われますか?

現代は情報の洪水の中で、何を信じ、どの情報を重視するかがますます難しくなっています。私自身も、専門分野外のイノベーションを適切に評価するのは難しいと感じています。多くの情報が存在する中で、真実と虚偽、重要と無意味の区別が不鮮明です。

サイバー空間がデータを管理し、コンピューターが個々人に適した情報を提供する理想的なシステムが必要となります。ただし、その情報提供が過去の閲覧履歴に基づくものではなく、将来を予測し適切な情報をフィルタリングできるものであるべきです。

しかし、そのようなシステムの実現には倫理的な課題も伴います。人間の思考が外部からコントロールされる可能性も考慮する必要があるからです。

大学教育の観点からは、複数の情報源から得た知識を自分で分析し、意味のある正しい判断を下せる能力を育成することが重要です。自分で考える力を養うことが、自信につながります。そして、多様な情報に接する中で、正しく疑問を持ち、検証することの重要性を強調しています。

未来を創る:マイクロ・ナノ熱流体工学の変革と挑戦


東京理科大学 取材イメージ
―――読者への最後のメッセージや伝えたいことをお願いします。

私はフィジカル空間に焦点を当てた技術を研究しており、ローカルな情報をリアルタイムで伝えることに日々努めています。この継続的な努力が、情報産業と結びつき、世界のイノベーションへの道を開くと信じています。

現実的な場面での迅速で正確な情報収集が未来の情報判断に重要になるでしょう。研究の進展を温かく見守っていただければ幸いです。

企業の注目について言えば、市場がまだ成熟していないため、私たちの研究は机上の空論と見なされがちでした。しかし最近、企業から興味を示され始め、市場の可能性が広がりつつあることを感じています。特に、成長市場に参入しようと考える企業が増えました。まだ様子見の段階ですが、今後の注目度がさらに高まると期待しています。

近年、プロジェクトや申し出に関する関心も増え、より多くの人々が協力を申し出ています。このように共同で取り組むことの重要性を感じており、さまざまな分野からの興味関心が多様化しているように思います。

大学と企業との関わりに関しては、私の分野はまだ小規模であり、大企業の提案が優勢です。しかし、適切なパートナーシップを築くことで、社会の明るい未来を一緒に創造することが重要だと考えています。

私が過去に参加したEUの博士課程学生・ポスドク向けのサマースクールでは、日本社会の即決力のなさについての議論がありました。日本は、ミーティング時に結論を出さず、一旦会社などに持ち帰り、結論は後で出すというパターンが一般的です。しかし、私は、これからの時代を作るためには、既存の価値観を変え、速度を重視する必要があると感じています。

大学での教育では、様々な情報源に対して自分で分析し、適切な判断ができる能力を育むことを強調しています。自分で考える力が自信につながり、疑問を持った際には正しく疑うことが重要だと思うからです。

技術革新の時代には、オープンソースのような発想の転換が求められます。テクノロジーをオープンにし、互いに支え合うことで、新しい時代を築くことができると信じています。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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