徳島大学・安井武史教授が導く、目に見えない光による技術革新とシームレスな世界
2024.01.11

徳島大学・安井武史教授が導く、目に見えない光による技術革新とシームレスな世界


私たちは、光を頼りにしながら生活を続けてきた。1日の始まりを告げる朝日や、闇夜を照らすまちの明かり。それらはすべて、人類が生きるうえで欠かせない“目に見える光”だ。

しかし、私たちがこれから直面していく高齢化社会や未曾有の事態には、目に見える光だけでは対応できない可能性がある。時代を切り開くためのヒントは、“目に見えない光”が握っていることをご存知だろうか。

今回紹介する徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所・安井武史教授は、世の中にある目に見えない光に注力し、世間にイノベーションを起こすべく研究を続けている。目に見えない光が活用されていくことで、我々の未来を更に変革していくことが可能だ。

今回は、目に見えない光を活用し、医療や社会問題の解決につながる技術を探求する安井教授に、目に見えない光は世の中にどのような影響を与えるのか、私たちはどのような未来を期待すればいいのかについてお話を伺いました。

安井 武史
インタビュイー
安井 武史氏
徳島大学
ポストLEDフォトニクス研究所
所長/教授


徳島大学・安井武史教授が研究する目に見えない光


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―――まずは研究概要について教えてください。

私は、光を用いた計測機器を作る研究をしています。ただし、私が取り扱っているのは、誰もが一般的にイメージするような目に見える光(可視光源)ではなく、「テラヘルツ波」と呼ばれる目に見えない光です。

目に見えない光にこそ更なる技術革新の可能性があり、世の中を変えられると考えています。

テラヘルツ波は、次世代のスマートフォンで使われる「次世代移動通信(6G)」で利用予定となっており、目に見えない光のなかでも身近になってきた技術ですね。

その他にも「光周波数コム(光コム)」という次世代のレーザーと呼ばれている技術にも注目しています。光コムは、高精度分光分析などに役立つ光源で、2005年のノーベル物理学賞 がきっかけで広く知られました。

ただ私は、これまで光コムで研究されてきた技術とは、違う切り口でのアプローチを続けています。たとえば、新型コロナウイルスの感染を数分で検知する手法 を、光コムの活用により開発しました。

―――ありがとうございます。次世代を担っていく技術を研究するにあたり、特に課題となっている部分はあるのでしょうか?

テラヘルツ波の技術課題は、いかに社会の中で実用可能な技術として昇華させていくのかという点です。

たとえば、2000年前後から新技術として注目されていたテラヘルツ波は、ほとんど世の中に浸透していないんですよね。その中でも唯一テラヘルツ波の技術が社会実装されている例として、国内外の空港にある「ボディスキャナー」があります。

このように重要な技術であるにも関わらず、テラヘルツ波が社会へ浸透しない理由には、関連装置が大型であることが考えられます。ただ、6Gの技術として普及が始まると、関連するデバイスが小型化・低価格化して、一気に社会実装が近づく可能性はありますね。

見えない光で起こすのは、世の中を驚かせる技術革新


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―――テラヘルツ波を使用した6Gのような次世代の技術が普及すると、私たちにどのような未来が待っているのでしょうか?

通信における時間遅延の発生が限りなく減り、人命救助に関わる技術の発展が期待できます。

テラヘルツ波がもたらす未来を知るためには、伝送技術の仕組みについて理解しなければなりません。世の中の情報通信は、光通信と無線通信が直列接続で利用されています。スマートフォンでも、光通信で送られたデータを、端末が無線で傍受して情報のやり取りをしています。

光通信が光の速さ(1秒 に地球を7周半)をフルに活かした情報通信が可能な一方、無線の伝送速度は桁違いに遅いのが現状です。つまり、無線の伝送速度の遅さが原因で、現代ではまだ通信の遅延が発生しています。

しかし、6Gの技術が実現されると、光通信と無線通信がほぼ同じ伝送速度を持つことがわかっているんです。通信が高速になれば、時間遅延の許されない技術の実装が現実味を帯びてきます。

たとえば、正確な遠隔医療をおこなう場合は、6Gの技術が重要視される可能性が高いです。遠く離れた地から手術ロボットを動かすときでも、時間遅延を感じずに、まるでその場にいるような処置が可能な世の中を作れます。

―――伝送技術以外にも、見えない光を用いて生活を便利にする技術はあるのでしょうか?

はい。たとえば、目に見えない光である「近赤外光 」を使うと、コラーゲンの観測ができるようになります。コラーゲン とは、皮膚の健康維持に必要なたんぱく質の一種で、真皮という肌の組織の大部分を構成しています。

コラーゲンの可視化により、正確な肌年齢の計測ができるとされています。従来の肌を押して年齢を測る方法だと、皮膚の表面がプロテクターのようになって、正しい評価が出せないんですよね。コラーゲンを直接見る技術が進めば、美容だけでなく、老化を抑えるための応用研究が進んでいくはずです。

現在、コラーゲンを測定して、やけどの治り具合を可視化する研究も進めています。表面だけではやけどの治り具合が判断できない部分でも、コラーゲンのチェックをすれば、より正確な治癒状態の評価が期待できるんですよね。

ほか、スポーツ選手のけがの具合を測るときにも、見えない光の技術が役立つかもしれません。アキレス腱はコラーゲンでできているため、見えない光を活用し観察すれば、損傷具合の細かな判断ができるとされています。

見えている光だけでは、世の中の問題を解決できない



―――これまでのお話を聞くと、光が世の中に与える可能性は無限大のように感じます。目に見えない光は、これからの社会にどのようなインパクトを与えていくのでしょうか?

目に見えない光の研究を続ければ、想像もつかないような新技術の発見につながります。 21世紀は、光に関連した技術が2年に1回程度ノーベル賞にふくまれており、「光の世紀」と呼ばれているんです。私は光の世紀を、目に見える光に加え、目に見えない光を使い尽くす時代のことだと解釈しています。

これまで使われてきた光の技術の大部分は、目に見える光のみでした。しかし、実は目に見える光は、世の中にある光の0.1%以下しか存在していません。残りの99.9%以上は、すべて目に見えない光です。0.1%の目に見える光だけで技術が発達してきたと考えると、見えない光がイノベーションを起こす期待が高まるのではないかと思います。

―――安井様は、これから目に見えない光に対してどのような研究を続けていく予定なのでしょうか?

光と医学の融合に注力して、研究を続けていきたいと思っています。たとえば、光を活用して、癌の発見・治療に使える世の中を目指した研究も我々の研究所で行っています。現在でも、化学療法を使えば癌の治療自体は可能です。

しかし、副作用が大きくて、身体に負担がかかってしまう問題は解消されていません。光の技術が発達すれば、癌の治療に関する痛みや苦しみを軽減できるのではないかと考えています。

また見えない光に可能性を見出しているのは、高齢化社会への対策です。たとえば、健康状態を調べるための採血は、病院で医療従事者から受けるしか選択肢がありませんよね。しかし、呼気と呼ばれる人間が吐き出す息でも、採血と同様の診断が可能とされているんです。呼気センサー の実用化には、見えない光の技術を更に発展させる必要があります。

呼気での検査が普及すれば、各家庭の洗面台に呼気センサーを設置して日々の生活の中で無意識にセンシングを行い、AIが健康状態を判定してくれる社会になるかもしれません。つまり、自宅での健康チェックができるようになります。必要最低限のときだけ病院に行けばいい世の中になれば、高齢化社会などの問題解決につながるのではと思っています。

―――新型コロナウイルスの感染拡大は、光の医療を融合させる研究にどのような影響を与えましたか?

新型コロナウイルスの流行は、社会変革のきっかけでもあったのではないかと思います。ソーシャルディスタンスの確保を目的としたテレワークの普及は、世の中に新しい価値観を与えました。コロナ禍が落ち着きを見せるいま、私たちがおこなうべき活動は「先取り対策」です。

20年前にSARS が流行ったことを考えると、新たな感染拡大が起こる可能性は否定できませんよね。ソーシャルディスタンスの重要性が再燃することを予測し、大都市への集中を避け、適度な距離感を保つ世の中を作っておく必要があるのではないでしょうか。

つまり、世界のどこにいても、平等に働ける社会の実現が大切です。もちろん現在でも、ある程度テレワークで仕事ができる時代になりました。しかし、テレワークで情報通信の高速性をフルに利用できているのは、光回線を有線でつなげるオフィスだけですよね。今後、無線のスピードが光回線と同等になる6Gが発達すれば、屋外の産業や農業においても、場所を選ばない働き方の創出につながると思っています。

目に見えない光だからこそ、実現できる未来がある


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―――新しい技術を生み出すためには、どのような要素が必要になってくるのでしょうか?

新しい技術を生み出していくためには、AIをいかに研究に取り込んでいくかが重要になってくると思います。また、二酸化炭素の排出を抑えるゼロカーボンのような、世の中で注目されている活動への意識も大切ですね。研究者としては、最先端の技術やトレンドを融合させて、独自性のあるものを生み出していきたいと思っています。

―――なるほど。最後に、安井様の研究について、伝えたいことはありますか?

「光の世紀」と呼ばれる現代には、目に見えない光の更なる利用が必要です。

繰り返しにはなりますが、私たちが目に見えている光は、世の中にあふれる光の0.1%以下にすぎません。そして、残りの99.9%以上である目に見えない光は、技術革新の可能性を秘めています。たとえば、深紫外光によって新型コロナウイルスの殺菌をする技術は、目に見えない光でこそ実現できるとされているんです。

目に見える光は、直接の現状確認が可能なため、様々なイノベーションが目に見える光によって創出されてきました。しかし、これからは目に見えない光が、世の中にイノベーションを起こす順番です。今後も独自性のある研究を続けながら、目に見えない光の普及に努めていきたいと思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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