計算社会科学が守る“未来のソーシャルメディア”
2024.03.15

計算社会科学が守る“未来のソーシャルメディア”


私たちは日々、情報のシャワーを浴びている。スマートフォンからSNSにアクセスするだけで、他者の何気ない日常から、世間を騒がせる事件などの情報がシャワーのように降ってくる。

手軽に疑問の解決ができ、自らも発信をしていける時代において、私たちは情報を浴び続けることをやめられないだろう。

しかし、技術革新が進むなかで、情報を素直に受け取ってはいけない世の中へと変化が始まっている。生成AIの登場により、画像や動画を使った高度な偽情報が、SNS上に飛び交うようになったからだ。

真偽不明の情報が潜む世の中では、目の前に降ってきた情報を安易に拡散すると、誰かを傷つけることになりかねない。私たちは、SNSとの関わり方を根本から変えていく必要がある。

今回紹介する東京工業大学・笹原和俊教授は、新しい学問である計算社会科学を駆使し、ソーシャルメディアの問題解決に向けた研究をしている。技術革新だけでなく、人間の思考自体が変われば、安全にSNSを使い続けることが可能だ。

今回は、計算社会科学でこれからのソーシャルメディアを変えていく笹原教授に、計算社会科学のトレンドや課題、フェイクニュース抑制に向けた将来への展望についてお話を伺った。

笹原 和俊
インタビュイー
笹原 和俊氏
東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系
准教授


東京工業大学・笹原和俊教授が研究する計算社会科学


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―――はじめに、計算社会科学とはなにかを教えてください。

計算社会科学とは、人の行動や社会変化などをソーシャルメディアなどのビッグデータから数値化し、解決に導く学問です。SNSで人々の行動がデジタルに蓄積されていく社会のなかで、これまで分析しきれなかった現象でも、科学的に理論付けられるようになりました。

私が計算社会科学に取り組んだ例として、ソーシャルメディア内での人の行動を分析した「熱狂」という概念の数値化があります。具体的には、自宅で野球観戦をしながらX(旧Twitter)で実況をする人の行動から「熱狂」の数値を読み解く方法です。

たとえば、リードしているチームがホームランを打ったときには、ポストだけでなくリポストが増えていきます。一方で、ホームランを打たれた側のチームは、関連するポストは増えますが、リポストはあまりされません。

これらのような何気ない人間の行動を、データとして大規模に収集し分析していくと、熱狂の背後にあるポストやリポストの“動機”が見えてくるのです。

ほかにも、計算社会科学を使えば、既存の社会問題をより精密に分析することも可能です。社会科学が望遠鏡や顕微鏡を手に入れた状態をイメージすると、計算社会科学への理解が深まるかもしれません。

―――ありがとうございます。笹原教授は現在どのような研究に力を入れているのでしょうか?

「人間」「プラットフォーム」「デジタルテクノロジー」の3つで構成される情報生態系 のなかでも、負の面に注目して研究を続けています。特に、現在力を入れているのはフェイクニュースの問題です。

フェイクニュースが正しい情報として拡散されてしまう原因の一つに「エコーチェンバー」現象があります。エコーチェンバーとは、SNSで自分に近い考えのユーザーをフォローした状態で発信を行うと、思い通りの意見ばかりが返ってくる状況のことです。

自分に特性が近い人たちとつながれば、自分たちが肯定的に捉えている情報が色濃く拡散するメリットもあります。しかし、エコーチェンバーによって情報に偏りが生じた場合、真偽は不明なまま、不安に煽られ、間違った意思決定を促すような発信に騙されてしまうかもしれません。

このような情報生態系の負の面であるフェイクニュースが拡散する仕組みを、計算社会科学を使って分析するのが現在の研究テーマといえますね。

計算社会科学の確立は、私たちの社会生活を便利にする


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―――計算社会科学という新しい学問は、世の中でどの程度認知が進んでいるのでしょうか?

計算社会科学の注目度は上昇を続けており、学問分野としての地位を確立する過渡期にあります。

計算社会科学が注目された背景には、新型コロナウイルスの流行がありましたね。不確定な情報がSNSを飛び交い、責任ある立場の人間がそれを拡散してしまうという事態が起きました。そのような実態把握にソーシャルメディア分析が用いられたのです。

さらに、近年では生成AIが急成長し、人物の動画や音声を人工的に合成する技術が普及してきています。身近なところでも情報の真偽が問われ、社会に危機感を覚えた経験のある人は多いのではないでしょうか。このようなAIが生成したコンテンツの共有行動を調べるために、オンライン実験の手法が用いられました。

現在の計算社会科学では、SNSを中心とした人の行動を分析・共有する技術が日々生まれています。このままノウハウやデータが蓄積されていけば、世間からより求められる学問へ成長すると思います。

計算社会科学は、文系や理系の立ち位置が重要な学問ではありません。伝承される学問になるためにも、社会の枠組みにとらわれず、計算社会科学を学びたい若者が増えていくことが大切です。

―――計算社会科学を研究するなかで、トレンドになっていることがあれば教えてください。

まずは、先ほども申し上げたフェイクニュースがトレンドといえます。生成AIの出現により、真偽の判断が困難化していることから、対策に関する議論が活性化しました。

ほかのトレンドとしては、社会的な不平等を数値化する研究が始まっていることですね。社会的な不平等の例としては、男女で同じような業績をあげているのに、女性が昇進のチャンスに恵まれないなどのジェンダーにもとづく偏見があげられます。

さらに、人と人とのつながりのなかで、技術革新をどのように起こしていくかの分析にも計算社会科学が役立つことが判明しているんです。たとえば、職場のようなコミュニティにおいて、パフォーマンスの上昇率が高いグループ分けの判断にも役立てられます。

計算社会科学は、私たちの生活に直結する身近な研究だと考えられますね。

フェイクニュースに対抗する術は、技術革新と人間の行動変化


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―――計算社会科学を研究するなかで、課題となっているものを教えてください。

フェイクニュースの高度・大量化が進んでいるところが、計算社会科学の観点で解決すべき課題といえますね。

近年特に問題とされているのは、AIを用いて人の音声や動画を加工する「ディープフェイク」の存在です。ディープフェイクは、文字だけの情報よりも人を信じ込ませる力が強いため、抑制していかなければなりません。

とはいえ、AI技術の向上に合わせて、より高度なディープフェイクが作られているのが現状です。さらに、AIが個人レベルでも利用可能になったことにより、世の中へ大量に生み出されているのが問題としてあげられます。

―――なるほど。フェイクニュースの高度・大量化を、計算社会科学を駆使して抑制する手段はあるのでしょうか?

改ざんを見抜く技術の確立だけではなく、人々の行動を変えていくことが、フェイクニュースの抑制に求められます。

フェイクニュースの高度化に関しては、計算社会科学のアプローチで研究・開発を続け、改ざんを見破る技術を普及させなければなりません。現在、改ざんを検知する仕組みの基礎技術を盤石にしているフェーズであり、今後応用が進んでいくことが予測されています。

一方で、フェイクニュースの大量化に関しては、技術革新が進んでも食い止められない部分があるところが問題です。解決のためには、人間の行動自体を変えて、拡散が抑えられるような仕組みを作る必要があります。

生成AIが真偽の問われるような情報を流し続ける時代のなかで、人間が今までどおりの意識では太刀打ちできません。具体的には、情報の目新しさや面白さなどにに惹かれる前に、「本当に正しい情報なのか?」という思考が先に働くことが重要です。

意思決定へのスピードを遅らせて、誰もが理性的にSNSを使える世の中を目ざす


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―――SNSでの情報発信が当たり前になるなか、計算社会科学の観点で懸念だと思われることはありますか?

SNSでの情報発信における懸念点は、論理的に間違っていることが拡散されてしまうことです。たとえば、情報の正確性よりも、見た目の派手さが優先されることなどがあげられます。

特に近年のSNSは、テキストベースのものから、感情や人間の直感に訴えるようなショートムービーが主流になりつつありますよね。感情に訴える情報発信が優先されていくと、悪質な商品の宣伝を鵜呑みにして、疑う余地もなく購入してしまうケースが考えられます。

SNSで正しい情報だけを受け取れるようにするためには、拡散や購入などの行動に入ること自体を遅らせる仕組み作りが大切です。意思決定までのスピードが遅くなれば、感情を優先して行動を起こす前に、自身にストップをかける余裕が生まれます。

とはいえ、情報があふれる世の中で、まだ人々が理性的になるための技術革新は確立していません。感情の高ぶりを本人の意志だけで抑えるのは難しいので、科学技術に頼りながら、仕組みを作っていく必要がありますね。

―――メタバースのような仮想空間は、SNSにおいてどのような影響をもたらしますか?

メタバースのような仮想空間がSNSの主流になると、新しい問題が芽生える可能性があります。

SNSの登場により、他者の生活や考え方などの情報に触れることが当たり前の世界になりました。つまり、自分だけの時間がなくなり、自分の意思決定が他者からの影響を大きく受ける状況になっています。メタバースの登場によって、この状況が悪化することが懸念されます。

さらに、メタバースが普及すると、意識だけでなく身体ごとデジタル空間に飛んでいくことが考えられます。没入感があまりにも高すぎると、フェイクニュースや悪質な情報の拡散が出回ることを止められなくなる危険性があるんです。

とはいえ、メタバースの技術革新が進めば、世の中のためになる社会科学が生まれる展望もあります。たとえば、メタバース上で、誰もが演劇などのエンターテイメントに参加できるようになれば、新しい表現の形が広がるかもしれません。

計算社会科学においては、メタバースを楽観視も悲観もせず、どちらの可能性も探究していくことが求められますね。

―――最後に、これから計算社会科学を学びたい人へ向けて、メッセージをお願いします。

興味のあるものが見つかったら、どんどん学んでほしいと思っています。

若者でなくても、ぜひ学び直しの機会に目を向けてみてください。実際に、私は大学で社会人の学生に対し計算社会科学を教えていて、学生たちはその知見を自身が抱える問題解決のために活用しようとしています。

学ぶうえで重要なのは、文系や理系の垣根を気にしないことです。文系や理系の枠組みは、大人が決めた縦割りのルールなので、これから学ぶ人は気にする必要はありません。

文系である社会科学と、理系の数学・データサイエンスは、実は結構距離が近い学問なんです。それぞれの知見をつなげていけば、社会問題の解決ができるだけでなく、世の中に望まれるようなビジネスを作れるかもしれません。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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