2024.05.07

尚美学園大学・寺井智子氏と探るCGとAIが創出する新たな未来


いまやコンピューターグラフィックス(CG)の進化は止まるところを知らず、AIなどの先端技術と融合しながら、私たちの日常生活にも大きな変革をもたらしている。

CG技術は、映画やゲームなどのエンターテイメント分野でも飛躍的な進化を遂げてきた。

尚美学園大学の寺井智子教授は、「ゴジラFINAL Wars」や「ヤッターマン」、「ゼブラーマン」など数々の作品に関わってきた第一線のCGクリエイターだ。

子供の頃から「ジュラシック・パーク」や「MTV」に魅了され、CGの可能性に夢を抱いてきた寺井氏は、「鳥獣戯画」での8K超高精細映像制作の経験をはじめ、最先端のCG技術に常に触れてきた。

本インタビューでは、寺井氏の経験から見えてくるCGとAIの融合による表現の深化、そしてそれがもたらす未来のビジョンに切り込む。

クリエイターに求められる新しいスキルとは何か、テクノロジーの進化は創造性にどう貢献するのか。

CGが描く「次なる次元」の創造の世界を、寺井氏による貴重な体験に基づいた示唆に注目しながら探る。

寺井 智子
インタビュイー
寺井 智子氏
尚美学園大学 芸術情報学部 情報表現学科
教授


CG新時代の到来が子供の頃の夢を叶えた


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―――まずは、研究領域や研究を始めたきっかけについて教えてください。

私は3DCGを中心に仕事をしてきた経緯があり、大学でも3DCGを専門に研究しています。実際の現場でも色々なCGプロジェクトに携わってきました。映画では「ゴジラFINAL Wars」や実写版「ヤッターマン」、「ゼブラーマン」、北野武監督の作品のプロジェクトに関わりました。

映像の制作に加え、ゲームなど幅広いジャンルの仕事に携わらせていただいた経緯があります。

特に印象に残っているのは、「鳥獣戯画」の現場での8Kで映像を出力するという高解像度の作業でした。

元々ある古典作品の絵を動かすという試みに、家庭では見たことがない超高精細モニターに映像を出力するプロセスがあって、本当に貴重な経験ができました。

子供の頃、「ジュラシック・パーク」やアメリカの音楽チャンネルである「MTV」を見て、CGに興味を持ち始めました。

プラモデルをコンピューターで操作するアニメ「プラレス三四郎」などを見て、制御工学のロボットに興味があったんです。


「ジュラシック・ワールド」公式チャンネル:映画『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』新予告映像<7月29日(金)全国公開>

工学部出身で、大人になってからもロボットを動かすのが憧れでしたが、就職して、そういった分野からは離れてしまいました。 しかし、その後ジュラシック・パークなどのCGブームが起きて、コンピューターでキャラクターを動かしたり映像を作ったりできると知りました。

コンピューターグラフィックスでお金を稼げる時代が来たことと、子供の頃の夢が重なった瞬間でした。それがCGの仕事に進むきっかけになりました。

―――ありがとうございます!「ジュラシックパーク」や「MTV」は確かに衝撃でした。昨今のCG技術の進化において、最も革新的だと思われる変化は何ですか?

最近だと、やはりAIの導入による変化を耳にします。

まだ表立って使っているということではないかもしれませんが、テレビなどが分かりやすい事例です。AIが画像解析を行い、リアルタイムで動いているものにCG映像を重ねるという活用法です。

昔は人間がマニュアルで操作していましたが、今では、ソフトウェアを使ってAIがやってくれる時代になりました。

さりげなく、使われるべきところではAIが使われているのかなと思います。

ただ、制作物に関するデザインなどの分野では、著作権の整備が遅れているため、まだまだAIの活用は進んでいないと思います。しかし、そうした現場でも実験的にAIが使われ始めているのはと思います。

映画「ゴジラ -1.0」を観た時には、技術的な面に特に感動しました。水しぶきのシーンなどは、リッチで高品質な映像として感じられます。

映画『ゴジラ-1.0』公式サイト 引用:映画『ゴジラ-1.0』公式サイト

今までハリウッド映画は別格として、日本映画に対しては予算的な制約から無意識のうちに「 このくらいでしょう」 と譲歩している部分もありましたが、ゴジラを観て、ついにハリウッド映画と渡り合えるレベルに達した印象を受けましたね。

ただ、アカデミー賞の受賞はチームの人数にも影響があると私は考えています。ハリウッドには労働組合もあり、クリエイターが働きやすい環境が昔から整っています。

何百人もの規模で製作できる体制が確立されているのに対し、「ゴジラ -1.0」のCGクリエイティブチームは35人程度だったそうです。

そのようなコンパクトな体制ながら高品質な作品を生み出せたことも評価の一部ではないかと個人的には思います。 VFXチーム内には、20代の若いクリエイターも活躍したと聞きました。

昔は、テレビやラジオから流行りのものを知ることができ、同年代の人と同じ思い出を共有できる部分が多くありました。

しかし、今の学生さんたちは本当に多様化が進んでいて、一体何が流行ったのか聞いても、皆統一されていません。 だから授業をしていても、「これくらいは知ってるでしょう」と言えるような共通の話題がなく、知ってる学生と知らない学生がいて、本当に多様化が進んでいるなあと感心します。

私たちの世代は、これまでの経験から物事を判断しがちですが、最近の若者たちは、コロナ禍でオンラインに親しんだこともあり、私たちの世代の先入観を軽々と超えていきます。
私も学生との交流を通して、彼らの新鮮な発想に驚かされることが多くあります。おそらく「ゴジラ -1.0」の山崎貴監督も、若手クリエイターの感性を重視し、活躍の機会を与えたのではないかと推測します。

AIとクリエイター、新時代の創造の形


OpevAI SORA 引用:OpenAI SORA
―――AI技術の進化がCG制作にどのような新たな可能性を開いていると思いますか?

画像生成だけでなく、動画生成もAIで可能になり、その一つの事例として「SORA」というアプリの登場は衝撃的でした。

撮影を行うことなく、映画やビデオコンテンツを作ることができる時代がやってきました。撮影せずに映像制作や映画製作ができるようになったのです。

カメラやフリー素材から切り出した素材を動画生成でアニメーション化し、画像生成でキャラクターを作成、そのキャラクターを参照して別の映像や画像を作り出すという工程を繰り返し、音楽もAIで制作するという手法です。

まだ短編ではありますが、そうした映像制作に挑戦する方々を目にし、私も驚きを隠せませんでした。

AIが参照しているのは、現在のゲームなどの高解像度作品やCGムービーのシーンなので、生成される画像は非常にリアリティーに富んでいます。 撮影せずにこのような作品作りができる時代が遠くない未来に訪れる可能性があることには、一種の恐怖すら覚えました。

3DCGに関して言えば、学生から教えられた驚きの出来事がありました。例えば、動画から3Dモデルを生成するAIツールがあるそうです。

プロンプトを入力するだけで3Dモデルを作れるAIは知っていましたが、さらに動画を参照することで3Dモデルを生成するAIも出てきたのです。

学生がそのAIで生成した3Dモデルを資料に、3Dでモデリング作業を行っている様子を目の当たりにした時は、本当に驚きの進化だと感じました。

生成されたモデルはポリゴン数が多すぎて、そのままでは実用的ではありません。アニメーションにも向いていません。しかし、ポリゴン数を削減する「リトポロジー」を行えば大まかな形状は維持しつつ軽量化できます。

生成物の著作権の問題など気になる部分はありますが、作業のプロセスが大きく変わる新時代が到来したことを実感しました。

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―――技術進化のスピードが加速する中で、クリエイターが持つべき核となるスキルは何だと思いますか?

企画力やセンスの部分が、より重要視されるようになってきたんじゃないかと思います。

AIなどの技術の進歩によって、かなり進化を遂げる時代に入ったので、競争も激しくなっていると感じています。
そのような中で企業が求める人材は、テクニックよりも一歩先を行く企画力やセンスのある人材なのではないでしょうか。

このようなセンスは人間でなければ発揮できない部分だと考えられます。
例えばモーションキャプチャーが登場した際も、アニメーターの仕事がなくなるのでは ないかと騒がれましたが、実際にはそうならず、むしろ手付けによる重要性が高まりました。
VTuberのように、リアルタイムでモーションキャプチャーによる動きを表現できる時代が到来しましたが、どのような動きが適切なのか、キャラクターの性格に合っているのかを判断するのは人間でなければできません。演技の表現力なども人間にしかできない部分です。

テクノロジーが進化した今こそ、人間ならではのセンスやアイデアが求められる時代になったのではないかと思います。

また、1年ほど前のことですが、中国ではAIの導入で、多くのイラストレーターが解雇され、手直し作業を行う人間のスタッフだけが残されたというニュースを耳にしました。

つまり、センスや企画力の重要性に加え、クライアントの意向を汲み取り、最終的に企画に合わせた修正作業を行うには、人間の手によるフィニッシングワークが欠かせないということなのです。

AIはあくまでツールの一種に過ぎず、人間の感性で検証し、調整を加えることが必要という点に、クリエイターが持つべきスキルが隠されていると思います。

CG教育とクリエイターの確保・育成


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―――CG教育において、学生に最も重要だと思われる教育方針は何ですか?

業界就職を目指す学生にとっては、変化の激しい時代ですから、作品工程を示したり、プレゼンテーション力が問われるでしょう。作品のクオリティーだけでなく、スピード感も重要になってくるかと思います。

より専門性が求められる中、自分をアピールするポイントを明確にした作品作りが不可欠です。自分がやりたいことや目指す業界、志望する企業にマッチした作品を数多く制作することが求められるのではないかと思われます。

もちろん、企業研究をして作品を作れと言っているわけではありません。そうしてしまうと、別の企業には合わない可能性があるからです。
自分のやりたいことが確立している人は、それを前面に押し出し、古い体制の企業から「新しい」と評価を受けるような作品を作ることも有効な手段だと考えられます。
ベースとなるのは自分のやりたいことを軸とすること、その上で目指す業界について考えることが重要だと思います。

―――新しいCG技術やツールを学ぶ上でのアドバイスがあれば教えてください。

私は、学校の種類や、インターネット上の有料講座やチュートリアルの利用に関わらず、本当に学びたいという意欲がある人はやり遂げるものだと考えています。クリエイティビティに富む人は、自ら調べて行動する人たちです。

簡単に情報にアクセスできる時代ですから、継続力こそがシンプルながら重要だと思います。

そしてもう一つ大切なのは、観察力です。
どれだけ多くのものを見てきたかというインプットが重要になってきます。若い人はインプットが少ない傾向にあり、見てきた作品が限られがちです。

自分に興味のあるものだけ見るといった、狭いジャンルにとらわれず、様々な作品を見ることが不可欠です。常にアンテナを張り巡らせ、観察力を磨くことが大切だと考えます。

―――CG技術の未来において、業界が直面するであろう最大の課題は何だと思いますか?

一つは、AIを活用した場合の著作権の問題があります。
しかし、より現実的な問題としては、人口減少の影響があると思われます。この業界は華やかで魅力的なため、志望する人は多く、学ぶ人も多いのですが、求められる人材の水準はどんどん高くなっています。

CG業界では新しい技術を取り入れることができる若い感性が求められています。若く優秀な学生は即戦力となり、就職に有利な立場にあります。
かつてならば会社に入ってから育成されるであろう学生に関しては、内定を得ることが難しい状況です。

労働人口がどんどん減少していく中で、企業は限られた人材からより優秀な人材を確保しなければならない状況に直面し、人手不足が深刻化していることが最大の課題だと思います。

クリエイティブ創作の新たな可能性


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―――クリエイティブな作品を創出する上で、技術以外に大切な要素は何だと思いますか?

学生に対して企画や作品づくりを指導する際、同じようなアイデアが重複してしまうことがよくあります。ストーリーの展開やオチが、他の学生とかぶってしまうのです。それを避けるためには、映像作品に限らず、幅広い分野の作品に触れ、より多くの作品を見聞きすることが何より大切です。書籍を読むことも重要なインプットの一つとなります。

さまざまな作品に接し、そこから着想を得ることで、他者を圧倒する企画力とプレゼン力を身につけられるはずです。

―――CGとAIの融合によって生まれる、まだ見ぬ表現についての期待を教えてください。

最近、シルバー世代の方々がAIを活用して作品を制作し、Facebookなどで自分の作品をシェアしている状況を目にしました。

AIの発展により、誰もが思考を直接作品化できる時代が来ているのを実感しました。

このように楽しくワクワクする側面もありますが、一方で難しい課題も存在し、有名人の肖像権や歴史の改ざんなど、AI濫用によるリスクが指摘されています。

実際に、ヒトラーの演説が加工された動画がネットに拡散した事例もあり、歴史の捏造さえ可能になりつつあります。AIの発展に合わせて、法整備や取り締まり体制を構築していかなければなりません。

―――最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。

3DCGは高度な技術を要するものと思われていましたが、技術の進歩に伴い、誰もが手軽に3DCGを体験できるようになってきています。

いずれは、年配の方々でも気軽に3DCG制作を趣味として楽しめるようになるかもしれず、個人的にはそんな時代が訪れることを心待ちにしています。

今までは難しいと思われていた3DCGの扉が、今後、あらゆる世代の人々に開かれることを願っています。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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