都市農業の未来 - 遺伝育種が開く新たな扉
2024.02.02

都市農業の未来 – 遺伝育種が開く新たな扉


現代の農業の課題は、“高齢化に伴う担い手の減少”だ。この問題に対する政策を行ってきつつも、政府のさまざまな施策にも関わらず、基幹的農業従業者の減少は依然として続いており、耕作放棄地や荒廃農地の増加がこの現状を物語っている。

こうした背景の中で、農業分野では、ロボット技術や最先端技術を駆使した「スマート農業」の推進、高付加価値製品のブランド化による単価の向上、さらには、作物の栽培から販売に至る一貫した6次産業化など、革新的なアプローチが注目されている。

そこで、今回の取材では、大阪公立大学大学院農学研究科・応用生物科学専攻・遺伝育種学研究グループの横井修司教授にお話を伺った。横井教授は、環境刺激に対する相転移の反応を分子レベルで研究する一方で、食物栽培や食料生産の問題解決に取り組んでいる。

産業界では多様なアイデアを持ち寄り、協力し合いながら「担い手不足」という課題に立ち向かっている。今回は、「都市農業」が目指す持続可能な農業の実現に向けた取り組みと、現状におけるその重要性に焦点を当てた取材を行った。

大阪公立大学 横井修司教授
インタビュイー
横井 修司氏
大阪公立大学 大学院農学研究科 応用生物科学専攻 教授

革新的な取り組みと挑戦:都市農業の新たな地平


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―――現在の研究領域や概要、取り組まれていることを教えていただけますか?

私の研究は主に二つの領域に分かれています。一つは都市農業については、フィールド長として本学農学部附属教育研究フィールドの責任者をしている中で進めているプロジェクトです。そしてもう一つが、長年研究している遺伝育種学に関する研究です。

これら二つは直接的にはミックスされているわけではないのですが、無関係というわけでもありません。私はこれらを同時に、多角的に研究しています。

遺伝育種学とは、市場で販売される作物の品種を開発するための学問分野です。品種を作るには育種が必要で、このプロセスは学問的な知識がなくても、実際に作物を栽培し、その結果を見ていくことで進められます。育種学では、より効率的に品種を作るための研究をしていますね。

―――ありがとうございます。最近の研究分野での新しい発見や、特に注目されている成果について教えていただけますか?

現在、育種学の分野で特に注目されているのは、ゲノム編集技術です。この技術によって、特定の遺伝子を狙い撃ちに編集し、新たな特性を作物に付与することが可能になりました。これは育種の世界において革命的な進展です。

例えば、病気に強い品種の開発はもちろん、既存の品種にさらなる特性を付加することもゲノム編集によって実現できるようになっています。社会への受け入れは別の問題として、この技術は学術的に非常に注目すべきものです。

―――非常に興味深いですね。現在、都市農業が注目されていますが、その背景と可能性についてはどのようにお考えですか?

都市農業が注目されている背景には複数の理由があります。まず、産業面から見ると、日本の食料自給率や安全保障が重要な要素です。友好国からの食料供給に頼ることは可能ですが、非友好国からの輸入が停止すると、食料不足に陥るリスクがあります。このような状況を考慮すると、都市内での食料生産の必要性が浮き彫りになります。

また、健康や精神的な癒やし、さらには生活の質の向上といった側面からも、都市内での農業体験が注目を集めています。都会で生活しながらも、農業に触れることで心を満たす体験が求められているのです。

都会から田舎へ移住するのはハードルが高いため、都会内で手軽に農業を体験できる施設が重要になっています。

最後に、地球環境への配慮として、CO2削減や*「プラネタリーバウンダリー」への考慮も重要です。田舎で作った作物を、エネルギーを大量に消費して都会に運ぶのではなく、都会で作り、消費するという地産地消のサイクルが、地球環境を考慮した持続可能な農業への取り組みとして注目されています。

「プラネタリーバウンダリー」とは

「プラネタリーバウンダリー」とは、地球の生態系が持つ限界や閾値を指し、これを超えると地球環境が不可逆的な変化を遂げる危険性があるという概念です。具体的には、気候変動、生物多様性の損失、窒素循環とリン循環の変化、海洋の酸性化、大気の化学的変化など、地球システムに影響を与える9つの重要な領域が特定されています。この理論は、人間活動が地球の耐久性に及ぼす影響を測定し、持続可能な未来に向けての行動基準を提供するものです。



―――都市農業を推進している海外の例や、成功している事例について教えていただけますか?

欧米諸国では、ドイツのベルリンが発祥の「垂直農業(バーティカルファーミング)」が注目されています。街中や駅構内に設置されたショーケースの中で、葉物野菜やハーブが栽培され、直接消費者によって購入される形式です。この方法は、輸送や保冷庫によるエネルギー消費を削減する効果があります。特にヨーロッパでは環境意識が高く、炭素税のような環境保護の取り組みが進んでいます。

日本の場合、このような例はまだ少ないですが、一部では屋上での栽培が公共の場で行われています。ただし、法律上の障壁が高く、消防法、農薬規制、農地として認められない土地での営農が出来ない、などの問題があります。

そのため、商業的な販売には至っていない状況です。現在、日本では都市における農業は趣味の範囲内で行われることが多く、コミュニティ形成の場としての役割を果たしていますが、法的な整備が進むまでは、その限界を超えることは難しいと感じています。

農業の未来を切り拓く:都市農業の課題と展望


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―――なるほど、難しい問題ですね。他にも法整備以外で最大の課題となっている障壁はありますか?

最大の課題は生産物の価格です。営農を目的とした農業を始めるには、ある程度の規模が必要ですが、適した土地が限られているため、スケールの拡大が難しいのです。日当たりや騒音、匂いなどの問題もあり、適切な場所の選定は一層困難になっています。

また、都市環境に適応した品種の開発が進んでいないことも大きな課題です。都市で限られた環境でも栽培できるような品種があれば、状況は大きく変わりますが、現状ではそうした品種はまだ充分には作られていません。

都市環境に順応する品種の種類が追いついていないことも解決すべき大きな課題だと思っています。

―――なるほど、そうなると研究されている遺伝育種学が重要なアプローチの鍵となるように感じますが、遺伝育種学は都市農業においてどのような役割を果たすのでしょうか?

遺伝育種学は都市農業にとって非常に重要な要素です。従来の方法で品種を開発するには少なくとも10年程度の時間がかかります。そのため、多様な視点から網を張って進めることが理想だと思います。

都会での農業に適した品種の開発は、単独ではなく多くの関係者の協力が必要です。また、現在行われている大規模な農業環境に適した品種の開発も引き続き重要です。これらをバランスよく進めるためには、異なる視点を持つ人々が共に体制作りをする必要があります。

ただし、都市での農業は利益を生むことが難しいというイメージが根強いです。そのため、大学や自治体との連携を通じて、新しい事業モデルを模索し、都市農業の発展を促進する必要があります。

実際に、現在農業を営んでいる人達は、環境や食べ物に対しての意識が非常に高いです。しかし、農家の人達だけでは追いつかないこともあります。そのため、農家以外の人達が気がつかないうちに作る側に回っている、生活の中に無意識だけど自然と溶け込むような仕組み作りが必要になると思います。

その仕組み作りができることで、さらに農業に参加する人が増えてほしいと思いますね。

―――ありがとうございます。企業と大学の連携は、今後の都市農業にとってどれほど重要ですか?

農業は、栽培から収穫、加工、リサイクルに至るまで、一気通貫で考えることの出来る多くの人の協力が不可欠です。そのため、企業との連携は非常に重要です。

確かに現在の流通システムでスムーズに物事は進むものの、既存の仕組みの範囲内では新しい取り組みができません。ですが,これからは新しいアイデアやアプローチを採用することが必要です。例えば、都内で栄養バランスを変えた作物を少量生産し、病院などでの利用を提案するなど、新しいモデルを構築することが重要です。

自治体も、使用していない土地を農業用地として活用し、新たなコミュニティを形成することで、都市農業の可能性を広げることができます。このような動きが活発になれば、農業の新しい形が確立され、より多くの人々が農業に参加するようになるでしょう。

このような世界観ができれば、ただのビジネスモデルではなくて、プラットフォームが整い企業の枠を超えた取り組みができると思います。仕組みが構築されれば、都市農業に参加する人が増え、都市近郊の農業の方々が真似をしてくれるようになると思うんです。

そうなることで、規模も広がり、「農業の二軍」ともなる農業ができる人も増加していくのかなと思っています。田舎でのみならず、都会でそういった農業ができる人達が育つことが重要ですよね。

また都市農業の新しいアイデアによって、野菜の新たな価値基準を構築できる可能性があります。

例えば、エネルギー消費を抑えた栽培方法で、都市内での自転車配送が可能なトマトなど、“配送時に排出されるCO2が削減された野菜”という新しい価値が生まれます。

これらの新しい価値を企業が理解し、支持してくれれば、良い連携が生まれます。

また、自治体が未使用の土地を農業用地として活用することも重要です。マルシェなどが開かれることで、コミュニティが形成され、新しい産地としての可能性が広がります。こうした動きが活性化すれば、共創が生まれ、都市農業の環境が整うでしょう。

私たちは、初等教育から関われるような体制作りも重視しています。これにより、将来的に農業に参加する人材を育成し、都市農業の担い手を増やすことが可能になります。

都市農業の未来と社会への影響


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―――5年後や10年後における都市農業の進化と社会へのインパクトについて、どのように考えていますか?

都市農業は、障害者や高齢者を含めた多くの人々にとってもより身近な存在になることを期待しています。たとえば、物流用コンテナを改造して移動可能な小さな畑を作り、定期的な農業体験を提供することで、障害や年齢に関わらず農業の喜びを感じてもらえるような環境を作ることが大切です。

小学生にとっても、学校での植物栽培を通して農業に触れ、様々な作物のメンテナンス方法を学ぶことは、都市農業の普及に重要な役割を果たします。

食材面では、例えば梅田のような都心部で、地元の食材だけを使用するレストランが増え、そこに採れたての新鮮な食材を供給することも魅力的です。ホテルのウェルカムフルーツやドリンクが近隣の農園で収穫されたものであるといった、農業を身近に感じる取り組みも広がることでしょう。

また10年後には、農業とツーリズムを組み合わせたり、寄付文化を生み出したりすることで、都市農業がさらに発展していると考えています。

また動くハウスやマイクロツーリズムを組み込んだ農業が一般的になり、食材を完全に消費する「食べきる」文化の普及が進むことを期待しています。

このような変化が都市の人々にも浸透し、新しいアイデアが生まれることが、未来の都市農業の発展に繋がると思います。

―――ヨーロッパでは都市農業が進化していますが、日本でその差を埋めるには、どのような強みを活かすべきでしょうか?

日本とヨーロッパでは農業における特色が大きく異なります。日本の四季に対してヨーロッパの方法をそのまま適用するのは困難で、海外の例を真似ても必ずしも成功するとは限りません。しかし、ヨーロッパの良い側面を取り入れることは価値があります。

日本独自の食文化、特に和食は非常に重要です。日本の地形や気象の特殊性はヨーロッパとは異なる農産物を生み出します。そのため、日本の和食文化や独自の素材を活かすことが、日本の都市農業の強みになるでしょう。

また、日本ならではのアイデアや方法で共創していくことも大切です。違う考え方を持つ人々が共存することが、ガラパゴス化を避け、多様性を生み出します。

個人的には、和のテイストを都市農業に溶け込ませることも、日本の農業を発展させる一つの方法だと思うんです。異なるアプローチを尊重し、互いに支え合い、農業全体を底上げしていくことが、業界にとって重要だと思っています。

―――横井さんが特に意識して力を入れている活動について教えてください。

私の取り組みの中心は、大学教授としての研究活動と、自治体との連携です。特に、自治体との協力は、研究が実社会に与える影響力を高める重要な要素です。大手企業も重視しているように、新規事業をスタートする上で自治体からのサポートは不可欠です。このようなサポートを得ることで、安心して生産できる環境を作り出すことが私の目指すところです。

教育面では、大学として大阪府の小学生と共に農業に関する取り組みを継続しています。この活動は、企業や教育機関にとっても重要で、理科の授業に農業を取り入れるような影響を与える可能性があります。食べ物を作ることは信用を築くことにも繋がり、これらの取り組みは社会にとって大切な役割を果たしています。

―――仰る通り、とても重要な点ですね。持続可能な都市農業を実現するために必要な要素や重要な点について、教えてください。

最も重要なのは、確実に人材を育成することです。担い手の問題は都市農業にとって重大な課題であり、特に若者が農業に関心を持つことが不可欠です。高齢者が農業に従事することに対するネガティブな捉え方を変え、年齢に関係なく自由に活動できる環境を提供することが重要です。

根本の問題としては、農業をするという志を持つ若者が少ないことです。

小学生から畑に足を運び、自給自足の能力を身につけさせるとともに、農業の楽しさを伝えることが鍵です。産業の発展を身近に感じさせることで、農業を始める人が増えることでしょう。

また、持続可能な農業に必要な知識と技術を伝えつつ、次世代の人々には時代に合った農業の進め方を考えてもらいたいです。このような人材育成が、持続可能な都市農業の実現に不可欠です。

我々が考えているのは、農芸高校や農業大学校、大学のような教育機関で小学生を対象にした農業教育プログラムの設立です。地域全体で協力し、将来の農業を担う人材を育成していくことが最も重要な要素です。

「農業の心を取り戻し、未来を育む」:横井教授からのメッセージ


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―――最後に読者へのメッセージや伝えたいことはありますか?

農業に対する固定されたイメージにとらわれず、どのように関わることができるかを考えることが重要です。多くの人々が、食べ物がどのようにして生産されているかを理解し、それを自分事として捉えることが大切です。食べ物に関する意識を高めることは、農業について知る最初の入口だと思います。

農業の始まりは、家族やコミュニティを支えるためでした。自分が作った野菜を食べて欲しい、食べた人の笑顔が見たい、人が野菜を通して幸せになる姿を大事にしたいという作り手の想いが原始農業の心だったんです。

しかし、お金を稼ぐために大量生産に移行して以来、その本質が変わってしまいました。

私たちは、原始農業の心に立ち返って、家族やコミュニティを幸せにすることに焦点を戻す必要があります。このような心がけは、農業が心の豊かさを含めてハイクラスな職業になるための基盤です。

現時点では農業が十分に評価されているとは言えませんが、私たちの生活を支えているのは農家・生産者の方々です。その事実を忘れずに、農業に関心を持っていただければと思います。関心を持ってくれる方々と一緒に何かできることがあれば、積極的に取り組んでいきたいと思っています。多くの人々が関わることで、より良い未来を築くことができると信じています。

農業は、関わる人が多ければ多いほど可能性が広がると思っています。この記事を読んで少しでも興味を持っていただけたら、どんな小さなことでも結構ですので、都市農業の可能性を一緒に広げていきましょう。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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