霜降り肉の「おいしさ」を科学的に評価。日本の「和牛」を世界へアピールする壮大な試み
2024.06.08

霜降り肉の「おいしさ」を科学的に評価。
日本の「和牛」を世界へアピールする壮大な試み


世界的な日本食ブームの勢いに乗って、日本の「和牛」が注目を浴びている。

財務省の貿易統計によると、牛肉の輸出金額は2021年に初めて500億円台を突破し、2023年には過去最高の569.77億円(数量にして8421トン)に達したという。

政府は牛肉輸出目標を2025年に1600億円、2030年に3600億円と設定しており、今後もその動きはますます加速しそうだ。

日本で飼育された和牛以外の肉用牛は「国産牛」と呼ばれ、比較的安価な価格で流通している。「和牛」は黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無核和種の4つの品種の総称であり、黒毛和種の中には松阪牛(三重県)、神戸ビーフ(兵庫県)、近江牛(滋賀県)などに代表される高級ブランド牛として評価されているものもある。

和牛の高級食たる由縁は、優秀な種雄牛の血統が重要なファクターになることはよく知られているが、今回登場していただく帯広畜産大学の口田圭吾教授は、和牛肉の品質を画像解析のテクニックを利用して客観的評価することに取り組んでいる研究者だ。

そこで、口田教授の研究が市場に与える影響について、未来の和牛の可能性について、あれこれ話を聞いてみよう。読むだけでよだれが出てくる、“おいしい対話”をご堪能あれ!

口田 圭吾
インタビュイー
口田 圭吾氏
帯広畜産大学 家畜生産科学ユニット
教授


肉牛のおいしさを決める「霜降り」の品質とは?


帯広畜産大学 取材イメージ画像
―――まずは口田先生の研究の概要について、お教えいただけますか?

ひとことで言えば、肉牛の育種改良について研究しています。
日本で飼育されている牛のなかでも、「和牛」に分類される黒毛和種の牛は、全国に約180万頭いると言われていますが、種牛になる雄牛は、そのうちの1000頭で、さらにそのなかでも多く使われている血統のいい、優秀な種牛は50頭くらいなんですね。

そういったなかで、より優秀な種牛をいかに選別して次世代の牛につなげていくかということが和牛の品質向上のために重要な取り組みなんです。

―――優秀な種牛には、どんな条件があるんです?

大きく分けて、ふたつの特徴があります。
まずひとつは、お肉の量がたくさんとれるということ。要するに大きな体に育つ牛ということです。
肉牛の評価は、公益社団法人日本食肉格付協会という団体が格付しているんですが、同団体ではこの度合いを「歩留等級」と呼んでいます。

もうひとつは、よい肉質であること。特に和牛の場合、霜降りと呼ばれる脂肪交雑の部分を多く持つことが品質のいい肉の重要な定義になっています。ほかには肉の色、締まりやきめといった部分も含めて評価されます。
これは、「肉質等級」と呼ばれています。

もちろん、優秀な種牛の条件は、ほかにもいろいろとあります。
例えば、少ないエサで育つとか、健康で病気に強い、暴れたりせず飼育しやすい、それから雌牛に限っては人工授精をしたときに受胎しやすい、といった条件です。

ただ、和牛の「おいしさ」を左右する要素としてやはり重要なのが、やはり霜降りの部分の肉質が大きな要素でしょう。

画像解析により、「霜降り」の品質を科学的に解明


帯広畜産大学 取材イメージ画像
―――霜降りの部位の品質の良さというのは、どうやって評価されているのですか?

具体的には、牛枝肉の第6~7肋骨間切開面の状態を「霜降りがほとんどない」という段階から「霜降りがかなり多い」という段階まで、12段階で評価します。 これを「牛脂肪交雑基準(B.M.S.)」といいます。

1988年にこの規格が導入されて、霜降り肉の判定制度は格段に向上し、全国統一の基準として定着していきました。

牛枝肉取引規格 出典:公益社団法人日本食肉格付協会ホームページ「牛枝肉取引規格

ただ、霜降りに関しては、単に「多い」「少ない」という要素だけでなく、「きめの細かさ」という要素も重要です。

きめの細かい霜降りは、「小ザシ」と呼ばれ、きめの粗い「アラザシ」の肉に比べて高く評価されています。

ただ、その評価方法は、日本食肉格付協会の格付員さんの目視によるもので、熟練した経験を必要とするものでした。
この評価をもっと簡単に行う方法として導入されたのが、写真による判定です。それが、B.M.S.の導入から20年以上経過した2009年に起こった出来事です。

―――画像という客観的なデータを用いることによって、評価の標準化をはかったのですね?

その通りです。
ただし、この方法にも問題点がありました。というのも、当初の写真画像による細かさ判定は、霜降りの細かい粒子の数を基準として開発されていたため、脂肪の量が多い枝肉のロース芯内では小ザシの入るスペースが小さく、脂肪面積の割合の高い枝肉が不利になる欠点があったのです。

そこで私たち研究チームは2014年、霜降りの脂肪交雑の周囲の長さを基準とした、新しい細かさ指数を提案して、現在はこれが採用されています。

霜降りの量を「脂肪面積割合」で、形状を「新細かさ指数」からなるマトリックスで評価しようというわけです。

こちらの二枚の写真は、どちらもBMS11と評価されたものです。ご欄になれば一目瞭然かと思いますが、新細かさ指数の高いものは、霜降りの形状がきめ細かく、小ザシであることがよくわかると思います。

帯広畜産大学 取材用画像
帯広畜産大学 取材用画像 ▲口田研究室が道立工業試験場と道立畜産試験場との共同開発で製造した撮影装置。枝肉の高解像度の画像を撮影することができる。

高品質の遺伝的能力を持つ牛を早期発見して育種改良のスピードアップをはかる


帯広畜産大学 取材イメージ画像
―――品質のいい肉を持つ牛を育てるコツは、何でしょう?

例えばエサは、全国に10数社ほどある飼料メーカーの飼料を、全農さんがその土地の風土に合わせて混ぜて作る、「配合飼料」を与えるのが一般的ですが、牧場ごとに、さまざまな取り組みが行われています。

帯広畜産大学の隣町の池田町は、「十勝ワイン」が名産ですが、製造過程の副産物であるワイン澱(おり)や搾り粕(かす)を飼料化して給餌して、「いけだ牛」と名づけています。

それから北里大学の八雲牧場の「八雲牛」は、自家生産の牧草で牛を育てることを基本としていることで有名ですね。

ただ、お肉の「おいしさ」にもっとも大きな影響を与えるのは、冒頭に述べた優秀な種牛による血統のよさにあることは言うまでもありません。

私たちが開発した小ザシ指数のデータは、質の良い肉を産み出す牛を早期発見することにつながり、育種改良のスピードアップをはかれるものと考えています。

―――その成功例は、ありますか?

2023年8月、茨城県が新ブランドとなる黒毛和牛「常陸牛 煌(きらめき)」を発表しました。

このお肉は、小ザシがダイヤが輝くような美しさをしているということで、「煌」と名づけられたのですが、私たちが開発した小ザシ指数の110以上を認定基準としており、業界初の科学的評価から生まれたブランド牛になりました。

この取り組みを突破口として今後、新たなブランド牛の開発が進めばいいと思っています。

―――小ザシ指数の技術の応用例はありますか?

霜降りと言えば牛肉というイメージがあるかと思いますが、豚肉においても小ザシはジューシーさややわらかさ、香りに影響を与える要素です。

青梅市にある東京都畜産試験場が7年の歳月をかけて育種改良した「TOKYO X(トウキョウエックス)」というブランドの豚肉は、霜降りをより引き出すため、独自の栄養配合で育てられています。その際、その霜降りの評価の部分で私たちが協力してきました。

ビックデータを活用した超高性能コンシェルジュシステム


帯広畜産大学 取材イメージ画像
―――この技術は将来、どのように生かされていくべきだとお考えですか?

私たち研究室では、小ザシの肉とアラザシの肉の食味の官能検査をして、それぞれを比較したことがありますが、小ザシ指数が「おいしさ」を感じる重要な基準になっているという結果になりました。

もし、この基準が日本だけでなく、世界でも使われるようになれば、和牛の優れた品質を科学的に世界にアピールできるようになり、輸出量の増加に一役買うことができるかもしれません。

その第一歩として、2018年11月より大学発のベンチャー企業として株式会社MIJ laboを設立し、牛枝肉横断面を撮影するための専用カメラの国内外への販売を行っています。海外にはすでに10カ国ほど販売していますが、今後も普及に努めていきたいですね。

―――今後、研究を進めていく上で、どんな課題がありますか?

2006年から現在まで、肉牛の脂肪酸の分析を行っており、年間に処理しているサンプル数は、数千にのぼっています。その結果、品種による特性、種雄牛による違いなどが明白になってきました。

それと同じように重要なのは、人間側のデータでしょう。「おいしい」と感じる感性は人それぞれに違いますが、その違いを生み出すファクターを探るには膨大なデータを集める必要があります。

先ほど述べた官能検査のような機会では、数百名からデータをとるのが関の山ですが、もし世界の消費者のデータを集積させられるような仕組みができて、数十万、数億のビックデータとなれば、さらにさまざまなことを明らかにすることができるようになるでしょう。

2003年、政府はBSE問題を受け、牛トレーサビリティ法を導入して、国内で生まれたすべての牛を個体識別し、牛肉についても業者に仕入れや販売の記録をつけることを義務づけました。
末端の商品でも、その商品に表示されている牛個体識別番号を照合すると、その牛がいつ、どこで生まれ育ち、どこでいつと畜されたのかがわかるのです。

ですから、自分の味の好みを入力すれば、「おいしい」と感じられるお肉がどこのスーパーで売っているか、どこのレストランで食べることができるのか、すぐに答えを出してくれるような超高性能のコンシェルジュシステムがそのうち誕生するかもしれません。

これは決して夢物語ではなく、近い将来に必ず実現することだと思っています。

―――興味深いお話、ありがとうございます。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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