画像から未来へ:ティティズイン教授の技術革新
2024.01.25

画像から未来へ:ティティズイン教授の技術革新


今や画像処理技術はオフィスやマンションの入退室管理や、スマートフォンなどの顔認証で使用されており、我々の生活に欠かせないものになっている。画像処理技術によって監視カメラや防犯カメラで撮影した画像をもとに、不審者を見つけ出して追跡を行う行動監視も可能になっている。

画像処理技術が進化するに従い、農業や医療と連携した仕組みづくりという流れも生まれている。実際に牛のモニタリングシステムや高齢者の見守りシステムなど、画像処理を実際の現場でどのように活用できるかを研究しているのが、宮崎大学のティティズイン 教授だ。

ティティズイン氏は、少子高齢化や労働人口の減少などの社会問題の解決にもつながる画像処理技術の研究に取り組まれている。今回はティティズイン氏に、画像処理技術について、取材を実施した。

ティティズイン教授
インタビュイー
ティティズイン氏
宮崎大学 工学教育研究部 工学科情報通信工学プログラム担当
教授
■研究分野
情報通信 / 知覚情報処理 / 画像処理 / データベース
ライフサイエンス / 動物生産科学


農業や医療と連携した画像処理技術の研究に携わる宮崎大学・ティティズイン氏。


研究風景
―――先生が取り組まれている研究について教えてください。

私たちの研究は、画像処理・認識・理解に関する技術をベースに画像解析を行い、得られた情報を人にどうやって伝えるかをテーマに取り組んでいます。また、得られた知見を活かして、さまざまな分野の問題解決を目指しています。

例えば、農工連携分野において「ICTを活用した牛のモニタリングシステムの開発」に取り組み、医工連携分野では「新生児黄疸の検知」「パーキンソン病の重症度測定」などに関する研究に取り組んでいます。また「高齢者の自立生活を支援する見守りシステム構築」を目的にした人の姿勢や行動の分析、転倒検知、服薬管理などの開発も研究対象です。

―――基礎研究というよりも応用研究に取り組まれている印象なのですが、そのなかで昨今の成果にはどのようなものがありますか。

宮崎県が農業に力を入れていることもあり、宮崎大学の農学部の獣医の教授から画像解析技術を用いた牛のモニタリングシステムの開発を依頼されました。現状の牛のモニタリングの多くは、RFタグなどを全ての牛に装着してセンサーを用いて行われています。「このモニタリングを、画像解析技術を用いて代替できないか」という研究を、農学部の先生と協力して取り組み中です。

その当時、画像解析を用いた牛のモニタリングは、まだ事例が少なく論文もあまりありませんでした。私たちが立ち上げた本研究によって、新たな知見が得られています。この研究には、私が以前に大阪市立大学で取り組んでいた、防犯カメラを使用した画像解析の研究成果が活かされています。

―――農工連携での新たな成果があったんですね。医工連携ではどのような成果がありましたか。

成果の1つに、画像解析によるパーキンソン病の重症度測定があります。宮崎大学医学部の先生によると、医師が例えばパーキンソン病の診察をする時に、人の判断だとどうしても個人差があって意見が分かれたり、ブレてしまうことがあるそうです。そこに画像解析AIが診断の補助ができれば、AIの情報をもとに医師が客観的な判断ができるようになり、診察の質の向上につながります。

将来的にはアプリを開発して、病院に行かなくても自分で判断ができたり、オンラインで医師からの診察が受けられるシステムの構築を考えています。

画像処理技術の進歩が人が行う作業を軽減する。


取材画像 ―――画像処理技術の進歩が私たちの生活にどのような影響を与えていますか?

今まで人がやっていた仕事や作業を、画像処理技術が補う事で、人の作業負担を減らすことが考えられます。例えば、私の取り組みの1つに高齢者施設で画像解析を活用した見守りシステムの研究があります。

普通のカメラだとプライバシーの問題があるので撮影は難しいのですが、距離情報だけを記録できる特殊なセンサーを使って、プライバシーを侵すことなく利用者の動作解析を行います。

これまでは介護者や施設の従業員の目で利用者が起きているのか、寝ているのか、普段とは異なる行動をしていないか、などを観察していました。見守りシステムを利用すれば、動作解析の結果から利用者の状態を判断できるため、常に人の目で監視する必要がなくなります。

また、工場や工事現場では、作業を行っている様子を撮影して画像解析を行っています。人の動き方を観察することで、人員配置は適切か、作業に無駄がないか、といった分析が可能になります。危険な作業が伴う工場や工事現場では、少子高齢化に伴う労働人口の減少のあおりを受けやすいため、仕事の効率化や生産性の向上につながる見守りシステムの自動化は有効だと考えています。

―――道路標識や車間距離を認識する際にも、距離情報を用いた画像処理技術がベースになっているのですか?

はい、その通りです。私が学生のころに取り組んでいたのは、道路標識や歩行者の認識についての要素技術の研究でした。暗くなると撮影した画像の判別が難しくなるので、夜間の道路標識や歩行者の認識には苦労しました。

これらの要素技術とAIを組み合わせることで、認識の精度が格段に向上し、現在では、自動運転の実用化に向けた多くのメーカーの開発につながっています。

牛の識別から高齢者の見守りまで、さまざまな分野で活躍する画像処理技術。


研究風景
―――現在、画像処理において取り組んでいる主要な研究テーマは何ですか?

研究成果のところで少し触れましたが「ICTを活用した牛のモニタリングシステムの開発」が主要な研究テーマの1つです。

宮崎県は日本有数の農業県であることもあり、宮崎大学では農学部と工学部が垣根を越えて、お互いに協力しながら共通のゴールへ向けた研究を行っています。酪農系企業とも共同で、画像処理技術を畜産分野に応用する研究を行ってきました。非接触・非侵襲センサー情報の解析アルゴリズムを独自の手法で応用し、生産者の負担を大幅に軽減しながら家畜の状態を24時間監視できるシステムの開発を目指しています。

今ある牧場ではRFIDなどのセンサーを利用して個体識別を行い、モニタリングを行っていますが、規模の大きな牧場になると1頭1頭管理することには大変な困難を伴います。そこで、画像解析技術が利用できれば、牛の顔や体の模様で個体識別ができるようになります。例えば、牛が搾乳してから移動する姿をカメラで撮影していれば、脚の異常を示す「跛行(はこう)」を検知することもできます。

このように、家畜生産性の改善と地域活性化の実現を目的とする牛のモニタリングシステム構築に必要な要素技術「牛の個体識別、BCS測定(体脂肪の蓄積状態を数値化したもの)、分娩開始時刻の事前予測、母牛の発情行動」などに関する研究開発を行っています。

―――センサーでは限界があったのでしょうか?

センサーで識別するには1頭ずつに、個体識別用のRFタグなどの装置を装着する必要があります。ただこの方法だと、センサーを正しく装着できる技師が必要で、また、センサーが壊れたり、バッテリーが切れたりすると再装着が必要です。加えて、センサーとのやり取りをする際にも解析のためのコストがかかる場合もあります。

カメラで撮影し、画像解析で個体識別ができれば、牧場内に数台カメラを設置すれば管理できるので、コストを抑えることも可能です。また、カメラは牛に非接触で設置できるため、牛へのストレス軽減にもつながり、アニマルウェルフェアに則り、持続可能な管理を期待できます。
取材資料
―――6Gに対応した研究も行っているのですか。

6Gに対応した研究は現在行っていませんが、今後取り組んでいく予定です。現在はローカル5G等を活用した地域課題の解決に向けた研究を、酪農・畜産業の効率化を目的に、総務省・大手企業・牧場・大学との共同で取り組んでいます。

具体的には牛舎内に5Gシステムと接続した複数の4Kカメラを設置し、画像解析を行うサーバに映像を転送します。牛の耳につけた目印(耳標)から識別番号を読み取ることで、牛舎内で特定の牛の位置と個体識別の把握が可能となります。

これにより、異常のある牛や、普段と違う行動を取る牛の居場所をいち早く検知することが出来、検査等の処置のための時間が短縮されることが期待できます。この研究成果は、5G国際シンポジウムで発表し、経済新聞にも掲載され、大きな話題となりました。

―――ありがとうございます。医工連携ではどのようなテーマに取り組まれていますか。

監視カメラで人の行動解析を行い、不審者を監視する手法を研究してきました。この研究を医工連携の分野でも応用し、「自立生活を支援するための高齢者24時間見守りシステムの開発」に取り組んでいます。

具体的には、見守りが必要な患者に対して、深度カメラから得られた距離画像(深度画像)を用いた、高度画像処理技術とAIによる身体・精神機能低下患者の行動見守りシステムの開発に取り組んでいます。距離画像を用いて対象者の身体に触れることなく、プライバシー侵害の少ない効果的な見守りシステムの開発が目標です。この研究で取り組んだ異常事態検知の技術は、自立生活を支援するための高齢者モニタリングシステムの中核となっています。

人や動物を相手にした研究だからこそ思い通りに行かないこともある。


イメージ画像
―――この分野で直面している最大の課題は何ですか?

医工連携分野でいうとプライバシーの遵守が課題です。高齢者施設やコミュニティセンターの協力を得て、研究を行っていますが、カメラでの撮影となると個人が特定されると懸念する人もいます。実際の研究では倫理委員会の許可を得るなど、一定の手順に従って準備をしたうえで、人のシルエットなど個人が特定できない情報を利用して研究を進めています。

農工連携分野では、想定外の動きをする動物を相手にしたシステムを構築していくのが課題です。動物を相手にした研究なので、人間が思った通りの行動を取ってくれませんから。

また、牧場規模が、中規模なものや大規模なものなどさまざまであるため、1つの場所で成功したシステムが他の場所では使えないということがあります。また、夜は暗くしている所が多いので、暗くても撮影・解析できるシステムが必要です。牧場規模や明るさなどの環境に左右されない、汎用性の高いシステムの開発がこれからの課題だと考えています。

メリットに注目して、新しい技術をポジティブに捉えましょう。


イメージ画像
―――新しい技術やアプローチが画像処理の未来をどのように変えると考えますか?

画像処理は、現在、製造業や物流、医療など、さまざまな分野で活用されています。画像処理の技術がさらに進歩することで、新たな分野への応用が進み地域貢献につながると考えています。

例えば、これまで画像処理技術が展開されてこなかった第1次産業分野の1つである農業では、従事者数は年々減少しているのが現状です。また、研究対象である畜産関係では、一戸当たりの飼育頭数が増加し、一人当たりの負担が増加しています。

そこで農業や畜産分野へ画像処理技術を応用することによって、作業の効率化や人の負担軽減が可能になると考えています。

―――今後、画像処理技術の発展が社会にもたらすであろう変化について、どのように見ていますか?

これまで人の目で判断してきたものを、AIが画像データから自動で判別するシステムが構築され、作業効率の向上やヒューマンエラーの減少につながるでしょう。また、これまで見えてこなかった微小な変化についてシステムを用いて数値化や可視化することが可能になると考えられます。

これらが可能になると、例えば、これまで気が付かなかった情報の発見や、人間では難しい大規模な情報の取得と計算が可能になると考えています。

―――将来的に画像処理技術はどのように進化していくのでしょうか?

AI技術の進歩に伴い、画像処理技術とAIを組み合わせたシステムが身近になってきます。実際、自動運転技術では実用化されてきており、今後も加速していくことでしょう。

また一般のパソコンでも高性能のGPUを使って解析ができるようになっており、画像解析自体が身近なものになってきています。そのため、AIを用いた莫大なデータ学習が個人でも可能になり、研究機関だけでは持ちえなかった視点での解析が進み、今まで見えていなかったものが顕在化して見えてくると考えています。

―――私たちは技術の進化に対してどのように向き合うべきなのでしょうか。

新しい技術に対して心配する人もいます。ただ開発者が取り組んでいる日々の研究は、より便利な生活を得て、人が幸せになることが目的です。よって新しい技術を心配して遠ざけるのではなく、幸せになるための手段であるとポジティブに捉えて、活用することが重要です。人がやるには危険だったりすることが、カメラを使えば安全にできることがあるというような考え方が重要だと思います。

困難を乗り越えた先にある達成感を味わって欲しい。


イメージ画像
―――若い研究者や学生たちに対するメッセージやアドバイスはありますか?

研究において、最初からすべての答えが用意されているわけではないため、目標に向かう途中で難しい問題にぶつかることもあります。しかし、それらの困難を乗り越え、新たな発見や解決への道を見つけたときに得られる達成感を味わってほしいと考えます。

また、私たちは大学の教員として教える立場にありますが、教える教えられるという関係を越えて、学生や若い人たちと力を合わせて新しい分野に挑戦したいと考えています。世の中をよくしていくためには、若い人たちの力が必要ですから、一緒に取り組んでいきたいです。

―――ありがとうございます。研究が描く、未来の画像処理のビジョンを教えてください。

現在は医工連携、農工連携の2本柱で研究を行っています。農工連携の分野ではカメラを用いた牛のモニタリングシステムを構築し、アニマルウェルフェアへの貢献を目指していきたいです。また、医工連携では、病気の診断を補助するシステムや、高齢者を見守るシステムを構築し、医療従事者の負担軽減を目指していきます。

若い学生達と共に高度な画像処理技術やAIを用いて、さまざまな分野の問題を改善していくことに取り組んでいきたいです。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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