未来を照らす光:酸化亜鉛と紫外線LED/紫外線センサの可能性
2024.03.14

未来を照らす光:酸化亜鉛と紫外線LED/紫外線センサの可能性


酸化亜鉛と紫外線LED/紫外線センサというキーワードを聞いて、何人の人がピンとくるだろうか。

一見馴染みのないこの両者は、私たちの生活においていたるところに存在している。

タイヤや化粧品、日焼け止めなどにも使われる酸化亜鉛と、PCやスマートフォン、歯の治療にまで使われる紫外線LED。

長年の紫外線光の実験から照らし出される私たちの未来は、どのような生活が待っているのだろうか?

岩手大学の阿部貴美助教へのインタビューから深く探究する。

阿部貴美
インタビュイー
阿部 貴美氏
岩手大学
助教
専門は電子デバイス、結晶学。
詳細URL:研究室HP岩手大学 教員ページ


酸化亜鉛から紫外線センサへ


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―――まずは、研究領域について教えてください。

私の研究は、酸化亜鉛を使って、光デバイスを開発したいというテーマから始まりました。
酸化亜鉛は酸素と亜鉛からなる化合物で、自然界に豊富に存在しています。この材料は、タイヤや化粧品、日焼け止めなどにも使用されており、人体に影響を与えない環境負荷も少ない特徴があります。

また、酸化亜鉛は半導体として特性があり、バンドギャップが大きいことが特徴です。
バンドギャップが大きいと、人間の目には見えない紫外線領域より短い波長の光を出すことができます。
光の放出は、電子と正孔が再結合することで生じますが、酸化亜鉛は、電子と正孔が結合するエネルギー(励起子結合エネルギー)が室温の熱エネルギーよりも十分大きいため、室温においても電子と正孔のペアが安定して存在します。これは電子と正孔の再結合による光の放出が、高効率であることを意味します。そのため、酸化亜鉛を用いて紫外線LEDを開発することが私の最初の目標でした。

現在では、紫外線LED(青色LED)の材料は窒化ガリウムが主流となりましたが、私が研究を開始した当初はまだ青色LEDが実現しておらず、窒化ガリウムよりも励起子結合エネルギーが大きい酸化亜鉛の方が適切なのではないかと考えていました。

酸化亜鉛は紫外線LEDのように、紫外線を出す材料としてだけでなく、紫外線を受け取ることも可能です。紫外線を受けて電子を生じさせることができるので、その延長上で、紫外線センサの開発にも取り組んでいます。

―――紫外線センサの研究領域で、最近のトレンドや近年分かった大きな発見はありますか?

紫外線センサにはpn接合型、ショットキー接合型、光導電型の3つのタイプがあります。それぞれに特徴や利点、欠点がありますが、私たちは光導電型の紫外線センサを開発しています。
pn接合型はLEDと同様の構造であり、p型とn型の半導体が接合して光を受け取るデバイスを形成します。一方、ショットキー接合型は半導体と金属が接合したセンサです。

pn接合型とショットキー接合型は感度が高い一方で壊れやすい特性があります。また、製造が難しく、酸化亜鉛の場合、p型が安定して作製できなかったことで、pn接合型の紫外線センサの研究は進んでいません。

ショットキー接合型に関しては、同じ岩手県にある岩手県工業技術センターが研究を行っていましたが、酸化亜鉛基板と金属との安定したショットキー接合の作製が難しく、残念ながら研究室レベルにとどまる成果となりました。

そのため、もう一つの光導電型での開発が進んでいます。

私たちが開発している光導電型は、非常にシンプルで、酸化亜鉛単結晶基板上に電極対を形成した構造をしています。電極間に数ボルト程度の電圧を印加し、この電極間に紫外線が照射されると電流が発生し、その電流を測定することで紫外線センサとして機能します。この方式は構造が簡単で壊れにくいのですが、基板の品質に依存する部分が大きく、現状の課題でもあります。
現在まで、紫外線センサはシリコン系のフォトダイオードが主流です。シリコンは安定性が高く、pn接合が容易です。
シリコンは紫外線以外の光も検出してしまうため、カットパスのフィルターが必要ですが、圧倒的な安定性と使いやすさから、やはりシリコンは優れていると感じています。
最近のトレンドは、炭化ケイ素を用いたフォトダイオードでしょうか。炭化ケイ素はシリコンと違って紫外線のみを検出します。現在、シリコンに代わる次世代素材として注目されている炭化ケイ素は、光デバイスだけでなく、主にパワーデバイス素子として研究が進んでいますので、今後の動向に注目しています。

実は光導電型は、商品として出回っているケースが現在非常に少ない状況です。
電流もよく流れるし、光が入っていない時の電流と光が入った時の電流の差も大きい、何より壊れにくいというところをもっと売りにして、将来的にもっと世に出していけたらと思っています。
酸化亜鉛という材料自体が放射線にも強いということも報告されているので、宇宙などでも活用することができると思います。

マンパワーの不足が最大の課題


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―――医療から家電まで、幅広く可能性を秘めている研究領域だと思うのですが、商業利用では、現状どのような領域で最も使われているのでしょうか?

紫外線LEDの利用で言えば、最近ではコロナウイルス対策として、DNAを壊す波長の紫外線が注目され、スマートフォンなどの消毒にも使用されました。

日本は特に綺麗好きな国民性から、殺菌や清潔を重視する傾向があり、空気清浄機などにも紫外線LEDが導入されています。
また、消毒以外では、ネイルサロンなどで紫外線硬化樹脂が使われています。

私達が普段使用している家電製品には多くの半導体素子が用いられています。その半導体素子の製造工程で微細な電極パターンを作製する際に使用する露光装置に紫外線は活用されています。以前は光源に水銀ランプが使用されていましたが、最近では紫外線LEDが用いられるようになっています。
紫外線を発生させる機構がLEDとは異なりますが、半導体関連では、より微細な素子を作製するため、現在用いられている紫外線よりさらに短い波長の紫外線が活用されています。この技術は高コストであるため、日本企業は撤退してしまいました。一方、オランダではこの技術が工業利用されており、数百億円単位の装置の販売も行われています。

紫外線LEDの安定的な製造が進んだことで、歯の治療から農業まで、様々な分野での活用が広がってきました。

―――先生の研究領域で将来的に社会に与える影響についてお聞きしたいのですが、技術の進化によって、どのようなことが実現可能になると考えていますか?

人間が求めるものは、基本的に食べること、健康であること、そして仕事があることだと考えています。
食べられて健康であることは重要視され、その分野は常に需要があり続けるでしょう。
また、エネルギーも人間の生活に重要な分野ですから、私は健康とエネルギーに関連する技術の進化を期待しています。
特に、太陽電池の研究や、UVセンサとシンチレータを組み合わせた放射線検出器の開発に注目しています。

放射線検出器は、弱い放射線から強い放射線まで検出できるような装置を目指しています。
当初は、福島原発事故の状況下での放射線モニタリングのために活用したいというきっかけから始まりました。
現在、X線による実験を行っており、そのセンサとしての動作に関するデータが得られつつあります。これを基盤として、放射線検出器を開発する取り組みを行っています。
また、以前から作製していた放射性シンチレータに関しては興味深いデータがあり、これを医療用のPET検査などに活用できればと考えています。
ただし、この分野にはまだ多くの課題が残っており、特にPET検査に適した光量を確保することが現段階での最大の課題です。

手を広げすぎると収拾がつかなくなる懸念もありますが、常に皆様の生活に役立つ物を作りたいと考えています。

―――先生の研究領域は、非常に高いレベルの技術だと思いますが、研究をしていく中で、現在一番の障壁や課題は何ですか?

何でも一人でやろうとすると限界があるので、マンパワーの重要性を強く実感するようになりました。
海外では、教授が経済的な支援者を集め、助教やリサーチアシスタント、学生が実験をし、データを集めるという明確な役割分担のある大学が多いです。
もっと頼れる場所を増やし、分野を超えたスペシャリストとの横の繋がりを強固にしていく必要性を感じています。
また、縦の繋がりももちろん重要ですから、人材育成や後進の指導に関しても、どのような指導法がベストであるのか考えることが多くなりました。
究極的には、魅力的な研究をしていくことで、人は集まってくるだろうと信じているので、研究そのものにも引き続き努力をしていこうと思っています。

短い波長を生み出せるほど、膨大なエネルギーが生み出せる


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―――次世代のUVセンサ技術として、今世の中に一番求められていることや今後の展望はありますか?

現代では、情報量が急速に増加しています。
例えば、PCやスマートフォンなどのデバイスは、メモリやデータ容量がどんどん大きくなっています。
このような容量拡大の要求に応えるためには、エネルギーの短い波長が求められます。レーザーやLEDなどの技術も、波長が短いほど微細な加工が可能となりますが、安定して製造するにはまだ課題があります。
短波長への需要は高まっており、直近で言えば、先に述べた炭化ケイ素が次世代の短波長素子として利用されることになると思いますが、技術的な課題や限界も考慮する必要があります。
将来的にどこまで短い波長を実現できるのか、まだ明確な答えが得られていませんが、エネルギーや大容量に関するトレンドは短波長へと向かっていくことが予想されます。

―――短波長がキーワードとなるのですね!半導体の領域だと、主にどのような分野で短波長の需要が高まっていくと思いますか?

医療や半導体の加工技術、殺菌技術、そしてレーザーなどの産業技術全般において、短波長は重要な役割を果たすと考えられます。
しかし、短時間で大きなエネルギーを供給できる一方で、相応のダメージも与えるので、適切な使用方法を考慮する必要があります。
強すぎる光は人体には害になるため、人体に触れる用途では小さな出力で用いられると思いますが、使用する紫外線が短波長になったぶん、例えば、ネイルや歯の固定、美容脱毛などの場合は、施術時時間が短くなることが考えられます。

また、スマートフォンやPCなどに用いられる半導体の微細加工が進むことで、デバイスの速度の向上や容量の拡大によって、間接的に短波長の恩恵を受けていくようになると思います。

競争よりも、世界全体での進歩に繋げたい


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―――最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。

日本の技術力は非常に高く、その点には誇りを持って生活してほしいです。
研究者としては、技術や化学に興味がある学生が増えてくれたら嬉しいとも思います。

過去の研究が今日の論文につながったり、以前は理解できなかったことが分析を進めることで理解できるようになったりすることがあります。
すぐに技術や結果が求められるのは仕方のないことですが、長期的な視野で技術や成果が評価されるようになれば、と思います。

また、特許性が高い場合や、成果が得られるまで情報を内部に秘密にすることはやむを得ませんが、学会などでは大学だけでなく、企業の発表も増えていくことを願っています。

競争は重要ですが、楽しく協力して良いものを生み出せる環境を築きたいです。
一人一人が楽しく生きるために新しいものを生み出したり、日本や世界をより良くしていくための取り組みが集まると、世界全体で多くの進歩があると信じています。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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