命の重さを知る国から - ルワンダ出身研究者の感染症との闘い
2024.05.09

命の重さを知る国から – ルワンダ出身研究者の感染症との闘い


発展途上国では今なお、エイズ、結核、マラリアの三大感染症で年間約300万人が命を落としている。*

幼い頃から目にした感染症の恐ろしさが、研究者への道を切り拓いた。

アフリカ・ルワンダ出身のニヨンサバ・フランソワ教授は、飢えと疫病に苦しむ人々を目にし、医療インフラの整わない故郷の現実を見つめてきた。

この深刻な事態に危機感を抱いたニヨンサバ教授は、日本の免疫学の権威・順天堂大学に留学、現在は抗菌タンパク質の研究に情熱を注いでいる。

ニヨンサバ教授の研究領域であるグローバル感染症、免疫学、アレルギー学、皮膚バリアに関する研究を通し、これらの分野がどのように未来の医療や公衆衛生に影響を及ぼしていくか紐解くインタビュー。

参照:外務省「世界エイズ・結核・マラリア対策基金に対する拠出

ニヨンサバ フランソワ
インタビュイー
ニヨンサバ・フランソワ氏
順天堂大学 大学院医学研究科アトピー疾患研究センター、国際教養学部
教授/国際教養学部長


貧しい国の現実から迫る、感染症と真摯に向き合う研究者の姿


順天堂大学 取材イメージ
―――まずは、研究領域について教えてください。

現在は複数の研究を同時に行っているのですが、医学部のアトピー疾患研究センターでは、抗菌タンパク質の研究しています。
これらの抗菌タンパク質というのは、私たち人間の体の中に自然と存在するタンパク質です。外部から侵入してくる細菌やウイルス、寄生虫といった病原体を攻撃して殺菌する働きがあります。

私の研究では、その殺菌作用だけでなく、抗菌タンパク質が免疫細胞に働きかけて免疫力を高める「免疫調節機能」にも着目しています。むしろこの免疫調節作用の方が、本来の殺菌作用以上に強力なのではないかと考えられています。

もう一つの研究として、国際教養学部ではグローバル感染症の研究もしていまして、免疫・アレルギーと感染症の二つの研究をパラレルで進めています。

私の抗菌タンパク質の研究目的は、様々な感染症に対する抗感染症機能と免疫調節作用を併せ持った薬剤を開発することです。26年もの年月をかけてこの研究に取り組んできました。
私の大きな夢は、開発した薬剤を将来的に臨床で使えるようにすることです。そのために今もずっと研究を続けています。

私は元々アフリカ、ルワンダ出身で、周りは皆貧しく、インフラも全く整っておらず、病院も少なく、衛生環境も良くありませんでした。
だから、ルワンダでは、現代の日本ではあまり見られないマラリア、回虫症、アメーバ症などの寄生虫疾患が蔓延していました。

また、当時のルワンダの教育環境も大変厳しいものでした。
小学校への入学も希望者のみという状況で、小学校から中学へ進学する率も極端に低く、ごく一部(10%)の生徒しか中学校に進めませんでした。

中学に進学できた生徒も、非常に競争的な環境の中でスパルタ式の教育を受けることになり、高校卒業まで辿り着くのは稀なことだったんです。

そのような環境の中、私は幸運にも高校を卒業することができました。
そして国から奨学金の支援を受け、中国の中国医科大学に留学する機会を得ることができたんです。

ですが、留学先や学習分野は自分で選ぶことはできず、国が決めたものでしたが、10年間にわたり中国で医学(学部と大学院)を学ぶことができました。

1994年、私が大学を卒業した年はルワンダで大虐殺が起きた年でした。帰国しようとした矢先に、家族の半数以上が殺されてしまいました。

激しい戦争の中、多くの人々が難民となり、戦争そのものによってだけでなく、感染症でも多くの人日ちが亡くなりました。そこで私は当時専攻していた整形外科医から感染症研究者に進路を変えることになり、日本に留学しました。

日本の順天堂大学に博士課程の大学院生として、日本語を独学で習得しながら研究を続けました。卒業後はアトピー疾患研究センターで助教として勤務し、更に20年の歳月をかけて、ついに教授の地位に就くことができたのです。

医学を学ぶ中で、アフリカや発展途上国では、外科疾患やがん、生活習慣病よりもはるか感染症による死者数が多いことを知りました。

現在でもエイズ、結核、マラリアの三大感染症により、年間約300万人が命を落としています。しかも、そのうちの250万人以上がアフリカ人であると言われています。 このように多くの人命が奪われている現状を目の当たりにし、私は真剣に一体どのようにすれば、この深刻な感染症問題に立ち向かい、多くの命を救うことができるのだろうか、と考えるようになりました。

そして、答えは感染症と闘う新たな治療薬の開発にあると気づいたのです。治療薬さえ開発できれば、感染症の治療はもちろんのこと、予防にも大きく貢献できるはずです。そこで日本の免疫学の権威である順天堂大学へ留学し、抗菌タンパク質の研究に取り組むこととなりました。

現在、私は将来的に、この抗菌タンパク質を基にした抗感染症薬の開発を目指しています。その薬を出身国であるルワンダはもちろん、アフリカ全土、さらには世界の発展途上国に低価格で、場合によっては無償で提供できれば、何百万人もの尊い命を救うことができると確信しています。この強い想いを胸に、これからも全力を注いで研究に邁進していきたいと思っています。

グローバル感染症対策の課題、解決の鍵となる免疫学×AIの新たな可能性


順天堂大学 取材イメージ
―――グローバル感染症に対して、現在最も重要だと考える問題は何ですか?

グローバル感染症が世界的に広がっている大きな理由は、人やモノの移動が活発化したことにあります。
数時間あるいは十数時間で地球の反対側に渡ることさえ可能になった今日、感染症が簡単に世界中に拡散してしまう危険性が高まりました。

そうしたグローバル感染症に対処する上での最大の課題は、一つには感染症の発生後、どのように適切な予防対策を講じるかということだと思います。
医療従事者には高度な知識がありますが、一般市民の方々が感染症に関する正しい理解を持ち合わせているかどうかは疑問です。

近年はSNSの発達により、情報が瞬時に世界中に行き渡ります。SNSを活用すれば、感染症の予防法などを適切に発信できる半面、デマや虚偽の情報が拡散してしまう危険もはらんでいます。
新型コロナウイルスによるパンデミックの際にも、様々な噂や根拠のない情報があふれ返りました。
従って、感染症に関する適正な教育とSNSの賢明な利用法を周知させることが不可欠です。

また、グローバル感染症と地球温暖化との関連性にも着目する必要があります。

気候変動が新たな感染症の発生リスクを高める可能性は決して無視できません。私たち人類は、この地球を大切に保護し続けなければ、いずれグローバル感染症がさらに深刻化し、予防と治療はますます困難になる可能性があります。

グローバル感染症への対策においては、市民への教育、SNSの適正利用、そして何より根本原因の検証と分析が欠かせず、これらを怠れば、将来の予防と治療は極めて難しくなるであろうと危惧しています。

―――免疫学の分野で最近の進歩はどのような影響をもたらしていますか?

難しい質問です。なぜかと言うと、免疫学というのは広大な学問領域であり、免疫に関わる細胞の種類も多岐にわたり、それぞれ異なる機能を有しています。

また、免疫疾患の種類も極めて多岐にわたっているので、免疫学の各分野でどの程度の進展があったかを総括するのは、とても難しいんです。

しかし、現在、世界中で免疫学をはじめとするあらゆる科学分野で最も注目を集めているのは、人工知能(AI)の活用ではないかと思います。

免疫疾患は本来治療が困難で、慢性的に経過する病態も多くみられます。自己免疫疾患、アレルギー疾患、さらにはがんなどが代表例です。

そうした中で、私個人としては、免疫学とAIとの融合に大きな可能性を感じています。

例えば一部のがん患者さんに対しては、自身の免疫機能を不活化させる「免疫療法」が行われています。そこにAIを導入すれば、患者さん一人一人の遺伝子情報やタンパク質プロファイリングに基づき、最適な治療薬を開発できるかもしれません。

AIを利用して個々の患者さんの遺伝子・タンパク質情報を解析すれば、そこに潜むがん細胞の特徴的な分子をピンポイントで捉えられる可能性があり、そうした細胞一つ一つを標的とした治療薬の開発が期待できると思います。

同様に、アレルギーやアトピー性皮膚炎、喘息などの免疫疾患に関しても、AIが原因解明や増悪因子の特定、さらには新規治療法の開発に大きく貢献できると確信しています。

免疫学とAIとの連携はまだ始まったばかりですが、今後は最もホットな研究トピックの一つとなると思います。

AI活用で加速する感染症対策と教育の重要性


順天堂大学 取材イメージ
―――地球温暖化の影響もあり、感染症もグローバルに広がる時代となったと思います。感染症のグローバル化の現状について教えてください。

グローバル感染症に対する戦いにおいて、何よりも重要なのは予防対策であると考えています。治療法の確立ももちろん重要ですが、予防こそが最大の鍵です。

最近の新型コロナウイルスのパンデミックでも、ワクチン開発が遅れていれば、はるかに多くの命が失われていたと思います。今後のグローバル感染症に立ち向かうには、ワクチン開発が極めて重要な役割を担うと言えます。
今では不活化ワクチンや生ワクチンが主流でしたが、新型コロナウイルスでは、mRNAワクチンが高い有効性を示しました。実は、このmRNAワクチン開発においても、人工知能が一定の役割を果たしたのではないかと指摘されています。

ワクチンの開発スピードは目覚ましく、副反応のリスクは完全には否定できませんが、接種者と非接種者を比べると、明らかに接種者の方が重症化リスクが低減したことは事実です。つまり、ワクチンの有効性が立証されたわけです。

将来に向けても、予防対策こそが最重要課題であることは間違いありません。mRNAワクチン以外の新たなワクチンの可能性も探っていく必要がありますが、そこにおいてもAIの活用は大きな鍵を握ると考えられます。

mRNAワクチンでは、AIによるタンパク質構造解析が威力を発揮しました。従来の方法では長期間を要していたワクチン開発プロセスを、AIは飛躍的に短縮化しました。

治療薬の開発においても同様で、AIを活用すれば、過去の薬理データや最新の分子構造情報から、素早く候補化合物を特定でき、その後の評価プロセスを大幅に効率化できます。

予防と治療の両面において、AIの貢献は計り知れないものがあり、今後も最大限の活用が不可欠だと思います。

―――新しい感染症のための研究で、最も期待していることは何ですか?

私が最も期待しているのは、AIを活用した新たな治療薬の開発です。

従来の治療薬の開発は、莫大な時間とコストを要し、多くの人材とリソースを投入せざるを得ませんでした。しかしAIの活用により、この課題が劇的に改善されると思います。

AIを駆使すれば、早期に有力な薬の候補を特定できます。さらにコンピューターシミュレーションを行うことで、効果と安全性についても短期間で評価できるようになります。
実際、私の研究チームでも、AIを用いた場合と従来の手法とでは、開発スピードに雲泥の差が生じていることが分かっています。

現代社会においてAIの活用は必須であり、感染症対策に留まらず、あらゆる疾患への対処に大きな役割を果たすことになると思います。

もう一点、期待したいことは、グローバル感染症に対する教育がより重要視され、広まっていくことです。発展途上国などでは未だにコンピューターさえ普及していない地域があるのが実情ですが、近年、そうした地域でもスマートフォンの普及が進んでいます。

例えばアフリカ諸国では、広範囲でスマホが行き渡っており、SNSを介して感染症の予防法や治療法を広く発信できるチャンスがあります。
このようなソーシャルメディアの活用こそが、グローバル感染症の予防と治療に大きく貢献すると思います。

例えば、「この感染症が発生しました。予防対策としてはこうした点に留意が必要です」「本症に対する治療法はこの通りです」といった正確な情報を、SNSを介して世界中に広めることが可能になります。

発展途上国を含む各地域への啓発にも役立ち、テクノロジーを賢明に利用することが、グローバル感染症対策の鍵を握ると思います。

地球温暖化が生む新たな感染症のリスクの中、一人一人の行動が問われる


順天堂大学 取材イメージ
―――最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。

グローバル感染症は決して他人事ではありません。日本の皆様にも、是非その点を自覚していただきたいです。

エイズ、結核、マラリアの三大感染症による死者数は年間約300万人を超えます。日本では結核は古くから知られていますが、マラリアは熱帯病と見なされがちです。しかし近年、地球温暖化の影響で従来のマラリア流行地域が拡大しつつあります。

実例を挙げれば、2014年に東京の代々木公園でデング熱が発生しました。*
デング熱はマラリアと同様、蚊を媒介する熱帯性感染症であり、かつて日本に見られなかった感染症が蔓延する可能性が充分に出てきたことへの証拠です。

エイズ感染者数も日本では増加の一途をたどっており、特に若年層への啓発が重要な課題となっています。

グローバル感染症は決して自分とは無関係と考えてはいけません。
新型コロナウイルス感染症に代表されるように、SARS、MERSなど、SARSウイルス科に分類される未知の感染症が今後も次々と発生する可能性があります。

その原因の一つが地球温暖化だと指摘されています。

気温上昇に伴い、人間が野生動物と新たに接触する機会が増えたことで、これまで人間が免疫を持たなかったウイルスへの曝露リスクが高まっているのです。
さらに森林破壊により、生息域を失った野生動物が移動を余儀なくされ、人獣共通感染症が拡散されやすくなっています。

貧困問題の深刻化で、人々が食糧を求める動きが活発になれば、人と野生動物の接触はさらに避けられなくなります。
地球温暖化は感染症対策の最大の敵であり、私たち研究者がいくら治療薬などの開発に努力を重ねても、根本的解決には至らないと危惧しています。

地球温暖化は決してアフリカや東南アジア、南米だけの問題ではなく、地球全体の問題です。
学生たちにも毎回「私たち地球に住む人間全員が、今この瞬間から行動を起こさなければ、この地球の未来はない」と訴えています。

グローバル感染症への対策においては、教育が重要であり、私たち一人一人の自覚と行動が重要であると強く実感します。

私にとって、教育や勉強は人生の原動力となってきました。

日本人は教育的に恵まれた環境にあり、アフリカを含め、日本の当たり前のことは当たり前ではない地域もあると、よく講演で述べています。

私自身、アフリカからこのような立場に至るのは稀なケースですが、私を突き動かしてきたのは3つの言葉 -「夢」「諦めない」「I can do it」です。

成功した人も私と同じ人間であるという信念を持ち続け、夢に向けて粘り強く努力し続けてきました。

そして、私がここまで来られたのは偶然の出会いや、多くの人々の助けがあったからこそです。出会いがなければ、何も成し遂げられなかったと思います。

多くの人々との出会いと支えがあったからこそ、今の私があるのだと、心から感謝しています。

日本の皆様には、今いる環境やチャンス、人との出会いを大切にしながら、自分の夢に向かって諦めずに、頑張っていただきたいです。それが私からのメッセージです。

参照:NIID国立感染症研究所「代々木公園を中心とした都内のデング熱国内感染事例発生について

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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