2024.01.12

夢の中の現実:岡田斉教授と認知心理学の探求


人はなぜ夢を見るのでしょうか?「こんな夢を見た」けど、あれはなんだったのだろうと起床後もしばらく後を引きずるようなネガティブな夢を見てしまうことは誰にでもあるはず。また、ちょっと嬉しくなるようなポジティブな夢を見ることもあるだろう。

近年夢については、様々な研究がされています。今回、お話を伺った文教大学人間科学部臨床心理学科の岡田斉教授は、夢の研究を続けて30年以上になる。

しかし、未だに夢や人の心は未解明。それほどに人の心や夢は不思議で神秘性を秘めているものだ。

今回は、前述の文教大学人間科学部臨床心理学科・岡田斉教授の研究概要を伺いながら夢のメカニズムなどについてお話をお伺いした。

岡田 斉
インタビュイー
岡田 斉氏
文教大学 人間科学部
教授
専門は知覚心理学、認知心理学。

著書は、「夢」の認知心理学 勁草書房,岡田 斉 (2011) 、心理学理論と心理的支援 岡田 斉(編)(2008・2014)など。


30年以上「夢」の研究を直向きに行う文教大学・岡田氏


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―――まず、岡田教授の研究の概要について教えてください。

私は認知心理学を専門としていて、30年近く「夢」の研究を行ってきました。見た夢を元にその夢の意味を考察するのではなく、夢をどのくらいの頻度でみているか、夢の中で感覚的あるいは感情的な体験をどのくらいの頻度でしているかなどです。研究対象は主に大学生として定量的に測定しています。

―――主に大学生の夢を研究対象とされているとのことですが、大学生の夢にはどんな特徴がありますか?

大学生の夢以前に世界的な傾向をお伝えすると、夢の内容はネガティブなものが多いというのが通説になっています。 この通説は、進化心理学という観点からも説明できます。

この観点に立てば心理的な機能があるのはそれをもった個体が生き残ったからだと考えます。例えば、原始時代の人間は、就寝中に夜行性の肉食獣に襲われることがあり得えます。襲われた時にすぐに対応できるように、ネガティブな夢を体験することで、危険が迫った時でもすぐ逃げられるようシミュレーションできたものだけが子孫を残した結果じゃないかと考えるのです。

ところが、文教大学の大学生のデータを取っていると、ネガティブな夢とポジティブな夢は五分五分か、場合によってはポジティブな夢を見ている学生の方が多いというデータが出てくるんです。

50%以上の大学生がポジティブな夢を見ていることは進化心理学では説明がつきません。ハッピーな夢を見ていたら食べられちゃいますから。私がデータを取っている学生は女性が多く、女子大生の夢はハッピーな夢が多いとはいえるかもしれません。

―――ポジティブな夢を見る人は、日常生活も心が満たされているみたいな状態と言えるのでしょうか?

その質問に答えるためには2つの考え方があります。一つは、日常生活が満たされているからハッピーな夢を見るそういう考え方。もう一つは、満たされてないがゆえに逆に夢の中だけではハッピーになるという考え方です。

後者の考え方は夢の心理学的解釈では最もよく知られた古典的なフロイトの精神分析です。彼によれば夢は願望充足をする場であると考えるので、ハッピーな夢は日常生活が満たされていないことを示すと考えるでしょう。

一方、神経認知理論という立場からは、夢は基本的には目覚めている時のその人の認知能力を反映するものとしているので、ハッピーな夢を見る人はハッピーな生活をしている可能性の方が高いと推測できます。

この2つの説に軍配を挙げたのが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行でした。実は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が夢にどういう影響を与えたかっという研究が多くされてたのです。Webを使った調査が発達した事で数千から万単位の人々が対象となっているものも多くあります。

だいたいの研究結果が、悪夢や変な夢が増えているというデータになっていました。つまり不安な体験が多い時には、夢にも反映されやすいという認知説の裏付けにもなっていて、精神分析には少し分が悪いようです。


岡田 斉教授
―――「夢の研究」と「心の研究」は別のものと考えた方がいいのでしょうか?

いいえ。「夢の研究」と「心の研究」は=(イコール)の関係と言っていいと思います。夢というのは、どこから生まれているかと言えば、自分の記憶を元に作られる、まさに主観的体験そのものなのです。

実は夢の研究で非常に有望な分野が「子どもの夢の研究」です。子どもの夢はすごく物語性とかファンタジーに溢れたようなものが多いと考える人が多いとでしょう。しかし、実際は全く違います。

皆さんはレム睡眠についてご存知でしょうか。眠っている人を観察すると大体90分周期で数分間眼球が左右に忙しなく動く時期があります。これがレム睡眠です。この時に脳波を調べると脳がある程度活性化していることがわかり、起こすと8割程度が夢を見ていたと報告します。このため脳波を図りながら眠ってもらうことで夢をほぼ確実に捕まえることが出来るようになったのでした。ただ、ここで注意してほしいことはレム睡眠=夢見ではない点です。実はレム睡眠でなくても夢を見ていることが結構あることもわかってきているからです。

「脳波を取りつつ、レム睡眠になったら起こしてその時にどんな夢を見ていたか聞く」という実験を、3歳から10歳くらいまで一人の子ども2つのグループに分けて取り続けるという実験をやった人たちがいるんです。その結果、子どもの夢は、出てくるキャラクターは単純で、単純な動きを繰り返すという夢が多かったというデータが取れたそうです。

子どもが見るテレビ番組は、複雑なものは出てきませんよね。要は認知能力が発達していない子どもの脳は複雑なものについていけないということなのでしょう。子どもが単純な内容のテレビを見ているから、単純な夢を見るということではなく、そういう認知能力を持っているがゆえに、夢の体験も単純になるということです。

そもそも3、4歳くらいまではレム睡眠時に起こしても夢を見ていたという確率は大人よりも非常に低いのです。そして、子どもが大人のような夢を見るようになるのは9歳くらいと言われています。本当に大人の夢に近くなるのは、小学校の終わりくらいになってからだそうです。夢にも、子どものモノを捉える能力がどういう風に発達しているのかが如実に現れているんです。

子どもの夢からもわかる通り、夢を調べれば人間の心の能力がどのように発達していくのかがわかるのです。

岡田氏が重要視するのは夢の形式的な特徴。フロイトが消し去った空白の数百年を埋めるために


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―――夢の形式的な特徴などはあるのでしょうか?

私が「夢の研究」において、重要視しているのは夢の形式的な側面です。夢の形式的な側面とは、夢に何が出てきて何をしたのかといった夢の内容やそれにどういう意味があるのかといった解釈をするのではなく、色付きの夢を見る頻度はどのくらいあるのか、とか、夢の中で不安感をどのくらいの頻度で感じるのかといったことを大勢の人を対象に数量的に調べて統計的に分析するようなことです。

夢についての心理学での研究で最も古典的なものはフロイトが唱えた精神分析理論です。彼は日常生活で生じる不都合な衝動を人は抑え込む(抑圧)のですが、それは無意識に蓄積し表(意識)に出ようとすると考えました。

先ほど述べたレム睡眠が発見された結果、新たに切り込んできたのが、脳科学者たちです。睡眠時の脳波を取ることで夢は科学的な研究も可能だという流れになってきているんです。

実は私の専門は聴知覚の研究だったのですが、30年ほど前に大学院時代の友人から夢に色がつく人の割合を調べてみたのだけれど30年くらい前までしか研究がなく、しかもどれも判で押したように夢に色がつく人は2割くらいしかいないということしか報告がない。しかし周りの学生に聞いてみると色がつかないという人の方がずっと少ないとしか思えない。そこでデータを撮ってみたいのだけれど協力してもらえないか。という経緯で軽く引き受けたのが始まりでした。

文献を調べていくと色つきに夢の頻度だけでなく味や匂いを体験するかなど内容ではなく形式的な特徴についてのデータがそもそもあまり多くは見当たりません。そんな中1800年代後半フロイトが登場する前に出された1本の論文に行き当たりました。著者はメアリー・カールキンスという方です。2人に約2週間、何時間かおきに定時に起こして夢を見たかどうかを聞いて、その時の感覚、感情、何があったのかなどを詳しく聞くという研究をやっていたのです。

残念な事に、フロイトの登場で、夢については潜在的な意味の解釈が優先されることになり、彼女が行ったような基礎的なデータを取ることはほとんど日の目を見なくなってしまったようです。もっとも、フロイト自身はこの研究を高く評価していたようですが、その弟子たちが批判的であったようです。

ちなみに、このカールキンスさんですがアメリカの女子教育においては避けて通れない重要人物だった事を後から知りました。英語でしか読めませんが、彼女の伝記を紹介しておきます。 Mary Whiton Calkins

したがって、夢の形式的側面については何百年間もデータがないまま現代まで来てしまったんです。これは私たちが研究を始めてから気が付いたことでした。

―――そもそも夢に出てくるイメージや映像は、何が起因で発生するのでしょうか?

その人の生活体験が反映されていることは、ほぼ間違いないでしょう。夢の要素には、それ以外は入ってきようがありません。夢の構成要素はどう考えても自分が作り出しているもの以外はあり得ないんです。

研究結果を見ても、やはり夢の大半は日常生活の繰り返しでできています。ところが夢って変な内容が結構あるじゃないですか。これはなぜかというと「夢は特殊なもの」と思ってしまっているのが原因だと考えられますね。

ただひとつ言えるのは、夢の中では概念の結びつきが弱くなっているのでちょっと日常とは離れた内容にはなりがちです。大学にいる夢なのに、中学時代の友人が出てくるなど、状況が混在した夢は起こり得るでしょう。

そしてこういった混在が、夢を夢らしくしているスパイスになっているとも思います。

―――現在の認知心理学における最大の課題は何でしょうか?

先に述べたように、私はもともと聴覚の研究をメインにやっていました。音の聞こえる仕組みを調べたいと思い実験をする設備が必要だったのですが、田舎の短大に勤めることになり、設備的に難しいとわかって夢の研究を始めました。

1990年代に、聴覚でのイメージの研究をやって英語の論文を発表したこともあるんですが、最近になってこの研究が各所で引用されるようになっています。実は、聴覚でのイメージの研究は世界的にも珍しかったようですね。

イメージ(image)という言葉は、英語特有の問題からか「視覚」とは切り離せない言葉のようです。しかし、日本人は英語のような先入観がないのでイメージを五感で考えられます。だから聴覚のイメージと言ってもあんまり違和感なかったんですが、海外の人って聴覚のイメージっていうのは矛盾があるようで、だから研究が少なかったのだと思います。

課題感としては、やはり夢という研究分野がフォーカスされにくかったことが挙げられるでしょう。最近は私の聴覚の研究が引用されはじめていることでもわかる通り、徐々に時代が追いつき、注目を集めるようになってきていますね。

MRIを使った夢研究の精緻化が研究をもっと面白くする


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―――今後の認知心理学の研究で期待される進展はありますか?

将来的な研究でいうと1つは、MRIを使った夢の研究に注目しています。

MRIでいろんな事をしている時の脳の活性化の状態を調べ、夢を見ている脳の活性化状態と照らし合わせ、夢の中に何が出てきたかをMRIデータから予測。その結果、ある程度夢に出てきたものを当てることができたという報告もあります。

これが精緻化すれば、夢に何が出てきたかをMRIデータで取ることでかなりわかるようになるというのが面白いですよね。

ここでお話しておきたいのが、心身問題という哲学の問題です。人間は心と体の二次元でできています。哲学者のデカルトはこれを「我を思う。故に我あり」という有名な言葉で、心の動きがあるから、私という体が存在すると定義しました。

このデカルトの定義は近代科学から見れば、逆です。脳という身体があるがゆえに、心っていうものがあるとされています。

私は、大学院の時の後輩に「岡田さん、心理学は辞めた方がいい。生理学が進んで脳の仕組みが解明されたら心理学はやる仕事がなくなる」と言われたことがありました。私にそう言った後輩は、医学部の先生になりましたが、それから40年以上たった今も、人の心はわかるどころか、わからないことの方がどんどん増えている状態です。

話を元に戻しますが、私は何かを解明してやろうとか、そんな大それたことは思っていません。それよりも、地道にデータを集めて、こんな事実があるんだという発見を積み重ねていきたいと思っています。

夢占いや夢は記憶の整理は嘘!しかし夢は無意味ではなく、その人自身を反映したもの


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―――夢や幻に関する新しい研究手法やアプローチは考えていますか?

新しいことはやらないにしても、徹底的にデータを積み重ねていくことが大切だと思います。私は夢のデータを30年以上取り続けて、1万人以上のデータになっています。

データを元にすれば、コロナ禍で人の夢はどのように変化したかも明確にわかります。実はこのような研究をしている人って、世界中見てもあんまりいないみたいなんですよ。だからこそ私は今後も地道にデータを積み重ね、これだけは崩せない事実を見つけていきたいと思います。

―――読者の方へメッセージはありますか?

夢を見て、「あの夢にはこんな意味がある」など夢占いをする人がいますが、私はあまりおすすめしません。

なぜかと言えば、夢は結局自分の中で起こる事なので、第三者にはそのことの意味っていうのは分かるわけがないんですよね。私は夢占いを見る度に「一体何を根拠に、それにそんな意味があると言っているの?」と少し腹が立ってしまいますね。

結局、夢の意味が分かるのは、夢を見た本人でしかあり得ないんです。気になる夢を見たら、夢を見た本人がそれについて考えて、気づいたことが一番大事なことだと私は思います。

また、夢は記憶の整理をしているという説もありますが、これはかなり怪しいと言わざるを得ません。その根拠と言われる動物を対象としたレム断眠実験は手続きに問題があり信頼できないことが明らかになっています。また、レム睡眠を遮断する効果のある抗うつ剤を飲んでいる人は記憶力が落ちるのかといわれると、そんなことは一切ありません。このように、夢(レム睡眠)で記憶の整理をしているという説は、それを覆す研究結果が多数報告されています。

じゃあレム睡眠は何であるのかって言うと、脳が安全に休憩するためにあるのではないかという見方があります。脳は昼間目いっぱい活躍したので夜は休みたいが、脳を完全に休めると血流量が減ります。血流量が減ると、実は脳梗塞が起こりやすくなってしまう、だから定期的に血液を流すことで脳梗塞を起こりにくくしているのがレム睡眠ではないかと言われています。血液が流れると脳が活性化し、何か出てくるわけです。それが「夢」なんです。

だからといって、「夢が無意味」というわけではありません。その人の生活を反映して、せっかく出てきたものなのだから、私は大切に扱い大事にしたいと思います。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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