2024.02.20

変わる時代、変わる親子: 心理学的視点からの分析


親から受けた教育や価値観は、子育てや人間関係の形成に大きな影響を与える。

自分自身が手を上げられて育つと、子どもにも手を上げてしまうという虐待の連鎖の話を耳にしたことがあるだろうか。*

幼少期に安定した親子関係を築けず、成長する過程で心の傷を抱えた場合、人間関係や子育てをする中で、過去の影響によって様々な課題を生み出してしまうのだ。

また、目まぐるしく社会が変化していく中で、親から受けた影響と現代の価値観とのギャップから悩み、苦しむケースも少なくない。

若者の少子化が叫ばれて久しい中*、大変なイメージばかりが先行する子育てを楽しく、前向きに行うために何が出来るのか?

親子関係の影響が世代を超えて続いていく「世代間伝達」をテーマに、親子関係や子育て支援を専門に研究する東京未来大学准教授の井梅由美子氏にお話を伺った。

参照:
「児童虐待における世代間連鎖の問題と援助的介入の方略:発達臨床心理学的視点から」久保田 まり
「人口・経済・地域社会をめぐる現状と課題」内閣府


井梅 由美子
インタビュイー
井梅 由美子氏
東京未来大学 こども心理学部
准教授
専門は臨床心理学、発達臨床心理学。公認心理師。著書に『スポーツで生き生き子育て&親そだち』(共編著、福村出版、2019年)、『保育と子ども家庭支援論』(共著、勁草書房、2020年)『部活動指導員ガイドブック基礎編・応用編』(共編著、ミネルヴァ書房、2020年・2022年)など。


幼少期の親子関係が自分の「今」を形成する


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―――まずは、研究領域について教えてください。

様々な活動を同時に進行しているのですが、特に親子関係に焦点を当て、子育て支援や幼児期のお母さんに関する調査を行っています。元々臨床を専門としていて、親子間の世代間伝達や虐待の問題など、大人や青年期の人を対象とするカウンセリングを中心に行っていました。

これまでの経験から、人間関係がうまくいかないなどの困難を抱える人々は、幼少期の親子関係から起因していたケースが多いことが気になっていました。*
例えば、幼少期に親との関係で困難を抱えていた人は、自身が親になり、子育てを経験する中で問題にぶつかってしまいやすいんです。

現在は幼児期の子どもを持つ親へのアンケート調査を継続して行い、親子関係や子育てにおける「難しさ」に焦点を当てた研究を行っています。

また、現在の社会のニーズとして、子育て支援が注目されています。
特に少子化への対応が重要視され、その支援観点からも、幼児期や小学生の親に焦点を当てた調査を実施しています。
幼児期の子どもを持つ親、特に母親への調査では、世代間伝達や子育て中の親子関係について、自由記述やオンライン調査を通して行っています。

そういった中で、お母さん達の様々な葛藤を知ることができました。
例えば、子育てをしていく中で、自分の母親を思い出し、葛藤が生まれることがあるんですね。子どもを叱る際に、自分が子どもの時に嫌だった母親と同じ叱り方をしてしまっていることに気づくとか。
逆に、母親はこんな風に叱っていなかったのに、自分は叱ってしまうというような自己嫌悪に苦しむ場合もあります。

出典資料
量的な調査では、自分の母親からの語りかけがネガティブかポジティブか、あるいは両価的であったか、特に思い出すことはなかったかというような要素に焦点を当て、それによって、自分の子どもとの現在の親子関係に差が生じている可能性を検証しています。

調査をしている中で、やはり子育てにおいて直面する課題やニーズに対応するための支援が重要だということを実感しています。

参照: 「親子関係の心理学的分析」小嶋秀夫
表4 出典資料: 井梅由美子『子育て中の母親による自身の母親に関する記憶の想起:自由記述による検討から』未来の保育と教育 第5号 p9-18. 2018


―――親子関係について様々な側面を定量的に調査されてきた中で、特に昔と比べて大きく変わっている点や、現代ならではの特徴はあるのでしょうか?

若者が子育てに対して、「大変さ」を強く感じていて、それが現在の少子化に繋がっていると感じます。
調査を通して、子育てに対する社会からのプレッシャーやインターネットなどによる情報過多が若い世代に多くのストレスをもたらしていることが分かりました。

現代のお母さんたちは、子育てに関する情報を積極的にネットで収集し、自己啓発に努めている印象があります。今、さまざまな子育てに関する問題が話題になりますが、2〜30年前の昔のお母さんたちと比較して、今のお母さんたちが子育てをきちんとしていないかと言うとそうではなく、むしろ、今の世代は子育てに対してより勉強熱心なんだと思います。
その中で、「ちゃんとしなきゃ」というプレッシャーが高まり、育児への不安感も増してしまう。

また、自分の母親との関係において、「母親に叱られて嫌だった」というようなネガティブな経験からの影響だけでなく、「母親のことは何も思い出せない」と語っている人(表4の「想起無」)も育児不安を引き起こす原因となることが分かりました。

―――手軽に多くの情報が手に入るようになって、何を軸に子育てをしていったらいいのか迷ったり、他人や両親と比べて、昔よりもプレッシャーを感じる人が多くなっているんですね。

はい、現代のお母さんたちは、育児に関する知識や情報が豊富な人が多いです。

昔よりも、子どもの発達の過程、あるいは発達障害など、障害や病についてもインターネットで簡単に情報を得られるため、今のお母さんたちの知識は本当に豊富です。一方で、その情報の多さが親の不安を引き起こしてしまっています。

逆に、子育てに対する問題意識が低い方もいるので、この点においては二極化が進み、情報や意識の格差が生まれていると感じています。

時代と共に変化する価値観と世代間伝達のギャップ


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―――育児に対するプレッシャーから、育児ノイローゼになったり、子どもに期待をかけすぎることがマイナスに働いてしまうこともあるのでしょうか?

「育児をちゃんとやらなきゃ、子どもをしっかり育てなきゃ」という気持ちが強いほど、子どもに強く言ってしまったり、悩みを抱え込んでしまうことは多いと思います。

また、やはり自分がどう育てられたか、という過去の経験や記憶が育児に与える影響は大きいです。
自分が厳しく育てられた経験が、親としての行動や価値観に影響を与えます。

例えば、食事のマナーなどは昔と比べると、社会全体としては厳しくなくなってきています。しかし、自身が厳しい教育を受けていると、その価値観を子どもにも当てはめてしまい、社会や時代とのギャップが出来てしまうんです。

―――世代間伝達が、親子関係を形成するのに大きく関係していくんですね。井梅先生は「世代間伝達」という言葉をどのように定義していますか?

基本的な概念としては、「自分が育てられたように、子どもを育てる」という考え方です。

よく知られている例としては、自分自身が手を上げられて育つと、自身も子どもに手を上げてしまうという虐待の世代間伝達です。

こういった負の連鎖だけでなく、ポジティブな態度の伝達も含めて、親になる上での一番のモデルは自分の親ですから、やはり大きく影響すると感じています。
自分の親の養育態度は受容的であったか、統制的であったかということと、育児不安や育児に対して難しさを感じることと関連するのは、量的調査でも結果に表れています。

別の調査では、自身の母親だけでなく、父親の統制的な養育態度も、子育てにおいての不安や苛立ちに繋がるということが分かりました。

出典資料
この表は、育児不安尺度と関連要因の相関分析結果です。
育児不安尺度は、自身が感じる苛立ちや疲労感を示しているのですが、母親の養育態度だけでなく、父親の統制的な態度も育児不安に関わってくることが結果に表れました。

統制的な態度というのは、主に、言いつけ通りにするまで自由にさせてくれなかった、口答えを許さなかった、何をすべきかいつも指示したなどという養育態度を示しています。

世代間伝達というと、母親から娘というように、同性間での伝達のイメージが強くあるように感じていたのですが、父親から娘という影響も案外あることが分かりました。

Table8 出典資料: 井梅由美子『小学生の子をもつ母親の育児における困り感についての検討』東京未来大学研究紀要 第18号 印刷中

―――親の養育態度によるストレス下で育った子どもたちが、大人になっても不安を抱えながら育児をしてしまう負の連鎖が起きているのですね。過去のトラウマから抜け出し、子どもたちと向き合う環境を作るためにはどうすれば良いのでしょうか?

世代間伝達のネガティブなマインドセットを断ち切るために出来ることの一つは、カウンセリングです。

世代間伝達は無意識にしている場合も多いので、まずは自覚をすること。

例えば、親からDVを受け、子どもにも無自覚のうちに世代間伝達してしまっている場合は、カウンセリングを通じて、過去の経験や子どもの時に感じた「嫌だった」という感情に向き合うことが重要です。
自分が受けてきた親からの教育を当たり前と受け流すのではなく、おかしいことだったと気づいていくことが臨床の場での治療の第一歩です。

カウンセリングを必要とするほどでなくとも、育児不安を抱えている人も多いと思います。
例えば、親の養育態度に疑問を持ち、気づいていながらも、感情的になった時につい手を上げてしまうのではないか、という不安を抱えながら育児をしているケースです。

世間の声から、手を上げることはダメだということは知っている、しかし、自分は親からされて育ってきた、というジレンマから葛藤を抱えてしまうんですね。

自分の心の傷に気づくこと、問題が大きくなる前に話をすること


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―――まずは自分が受けた心の傷に気づくこと、気づかないふりをしないことが大事なんですね。自分がされて嫌だったことを、気づかずに相手にもそのまましてしまうことも多いかと思うのですが、周囲が当人に気づかせるために必要なことはありますか?

当事者が無自覚であると、やはり問題が表面に出てこないので、周りがSOSを出すことが解決に繋がっていくと思います。

例えば、DV被害も被害者側のケアだけでは根本的な解決にはなりません。加害者の心理教育をどのようにするか、加害者になってしまっている人に、どうアプローチしていくかが重要な課題となっています。

―――良好な親子関係を構築する上で注力すべきことや、逆に障壁となることはありますか?障壁を取り払って、良い親子関係を構築していくには、どのように接していけば良いのでしょうか?

こじれてしまった親子関係を修復する支援としては、思春期の子どもと親の関係性がヒントになると思います。

思春期の親子へのカウンセリングを行うことがあるのですが、幼少期からの親子関係がねじれていると、中高生といった思春期に反抗期やさまざまな心の問題として出てきます。それまでの親子関係が、子どもの心理的問題として表れてくるので、そのタイミングで関係を見直せるかというのが、その後の親子関係の修復のチャンスになります。

幼児期では親と子どもが縦の関係だったのが、思春期以降、子どもが意見を持ち、親に指摘をしたりするようになってきます。
この時に子どもの言葉を許容できるか、受け入れられるかどうかというのが、良い親子関係になるためのきっかけになります。

―――冒頭で、親子関係は社会の中で、他者との関係にも影響を及ぼしていくとお話を伺いました。良好な親子関係を築いてこれなかった場合、仕事上や友人関係で、どのような自覚を持ったり、周囲はどのように接していけば良いのでしょうか?

日本ではまだ心理カウンセリングやクリニックに通うことへのハードルの高さを感じます。
人間関係で辛い時は、気軽に相談できる場所に足を運べると大きく変わってくると思います。カウンセリングは、自らを振りかえってカウンセラーと話をする中で、自分の心に向き合うことができる場です。仕事が続けられない、休職せざるを得ないなど、心が非常に疲弊してから治療を始めるのではなく、ぜひ、気軽に訪れていただけたらと思います。

周囲を頼って、楽しい子育てを


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―――最後に、親子関係を良くするアドバイスや読者へのメッセージはありますか?

人を育てるということは、自分の成長のチャンスでもあります。
例えば、思春期の子どもとのぶつかり合いは本当に大変ですが、そこを乗り越えられると、自分自身の成長にもつながります。部下を始め、仕事や家族以外との人間関係にも活かせると思います。

あるいは、子育てをしながら働いていると、保育園のお迎えや、急な発熱等大変ですが、限られた時間の中で仕事の調整をしたり、スケジュールを管理する力がつくかもしれません。

子育てというと、どうしても大変さばかりが強調されてしまいますが、保育園や育児サービスなども頼りながら、子育てを楽しめる世の中になってほしいです。私自身も働きながら2人の子どもを育てて来ましたが、保育園の先生には本当にお世話になりました。

育児不安の高い人の一つ特徴として、親族に相談相手がいないという点があります。
世代間伝達にも関連してくるのですが、実母など家族関係の中で頼れないと、友人がいない場合よりも不安を高めるという結果が数値にも表れています。

都心は特に核家族が多く、共働きも増えていますから、地域でどう子どもの居場所を作っていくか、どう子育てを支えていくのか、というのが大事になってくると思います。
本来両親二人だけで子育てをすることは、とても大変なのですが、出来て当たり前というような風潮になっています。

家族を頼れない場合は、保育園の先生や地域など、第二の母として頼れる存在になると思うので、上手く活用して楽しい子育てが出来る社会になってくれればと願っています。



新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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