創造性を育む環境構築:こども教育宝仙大学・捧公志朗教授の挑戦と現代の教育課題
2023.10.26

創造性を育む環境構築:こども教育宝仙大学・捧公志朗教授の挑戦と現代の教育課題


『子どもは誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ』という言葉をご存知だろうか? これはパブロ・ピカソが残した言葉で、“描きたいから、絵を描く”という子どもの素直な感性をたたえたものだ。

現在、インターネットやデジタルデバイスの発展・浸透に伴い、子どもたちは今まで以上に様々な感性、価値観に触れる機会が増えた。それに伴い国からの教育政策、教育現場のあり方も変わろうとしている――
しかし、子どもたちが純粋な感性と創造性を大切にすることの重要性は変わらないのではないだろうか。

今回は、こども教育宝仙大学・こども教育学部・幼児教育学科の捧教授を取材。捧教授は美術と表現を通じて、その感性を磨き、守り続ける方法を模索しています。本取材では、教授の教育哲学、現代の教育課題、そしてデジタル時代においても変わらない「創造性を育む環境」の構築について、彼の独自の視点について取材を実施した。

こども教育宝仙大学・捧公志朗教授
インタビュイー
捧 公志朗氏
こども教育宝仙大学
こども教育学部 幼児教育学科
教授
幼い頃から絵を描くことや工作など、つくることが好きだった捧氏。高校時代の進路選択の際、美術をするしかないと思い、武蔵野美術大学造形芸術学部へ進学。その後、筑波大学大学院芸術研究科を経て、京都市立芸術大学大学院美術研究科へと進み、美術専攻メディアアート領域を修了し、博士号(美術)を取得。1993年にこども教育宝仙大学の前身である宝仙学園短期大学に着任し、現在は同大学教授として造形表現を指導。


大人や社会が変わる一方で、子どもたちの感性・感受性は変わらない。


取材画像1
――まずは、研究領域について教えてください。

前提としてこども教育宝仙大学は、主に保育や子ども教育に特化しており、4年制の保育大学です。私自身はアートの分野から参加しており、専門領域は美術です。その美術の視点を持ちつつ、幼児教育・保育に関わっています。

――子どもたちを指導する中で、子どもたちの美術表現は今と昔で顕著な変化はありますか?

子どもたちの美術における表現そのものが、大きく変化していると感じたことは少ないですね。彼らの美術における興味、楽しみ方、達成感などの感覚は、実は昔からそんなに変わっていないと思っています。

むしろ、変わってきているのは大人や社会の方ですね。

昔の保育とは異なり、今は父親の子育て参加や男女の社会参加など、子どもを取り巻く環境が変わっています。さらに、コンピューターやメディアの影響も大きいですね。環境は変わっても、私自身、幼稚園での絵の活動を通しても、子どもたちの感覚や表現方法は基本的に変わっていないと感じています。

効率や即時性を求める傾向が強い現代、感性・創造性の育成は後回しにされる現状。


取材画像2
――現在の美術や芸術領域における、教育環境の課題は何ですか?またこれらは、子どもたちの感性や創造性にどのように影響を及ぼしていますか?

現状では、子どもたちの感性や創造性を育むことに関して様々な課題を感じています。例えば、小学校の図画工作の時間の減少や技術の授業の減少など、社会の中でアートや創造行為が見過ごされている現象があります。

現行の学校教育の中で、図工や美術は実際の社会での価値順位が低くなっているのを感じますね。

特に、英語や数学、理科といった学問が重視される流れが強まっている中で、美術のような分野は残念ながら後回しにされてしまっています。

私自身、美術の分野に深く関わってきた身としては、日本の教育から美術が消えてしまうことに深い危機感を抱いています。もし美術がなくなると、それを楽しむ文化も失われてしまうでしょう。アートや美術を理解し、楽しむ教養は、子どもの頃からの経験を通して培われるものだと思っています。

そのため、私の取り組む保育の場で、文化活動や造形、表現の活動を実践しています。日本の文化や教育が豊かで多様性を持つためにも、このような取り組みは非常に重要だと思っているんです。

――なるほど… 美術や図工などの時間を削る施策の本質は、将来的に“お金になるスキルではないと”と言っているような気がして寂しいですね… 効率化やコスパの良さに意識が向きがちで、感性を育てる大切さが蔑ろにされているというか…。

その通りですね。現代社会では、効率や即時性を求める傾向が強まっている一方で、人間が持つ感性や創造性というのは、数値化できないかもしれません。ですがそれが私たちの人生を豊かにする大きな要素でもあると思います。

実際、子どもたちが美術やアートの活動に取り組む際、答えが最初から提示されていないことが、逆に面白さや学びをもたらしています。わからないからこそ探求する楽しみ、それが子どもたちの感性を刺激しているはずです。

そして、「わからないことが面白い」という感覚を子どもたちと共有する大人が近くにいることの大切さは計り知れません。

私も実際に保育園や幼稚園に訪れ、子どもたちと一緒に絵を描くなどの活動を通して、その楽しみや探求心を共有しています。

指示を出すだけの教育よりも、一緒に楽しむ、失敗を共有する、そんな関係性を築くことが、子どもたちの感性や創造性を引き出す鍵だと信じています。

―――なるほど… 先生のような活動は社会的にとても意味・意義がある活動だと思います。その上で子どもの感性を養うための活動や課題に対するアプローチなどは何かあるのでしょうか?

デジタル時代の中、子どもたちの感性や創造性を引き出す方法として、私たちこども教育宝仙大学では実際に「木育」という取り組みを進めています。

具体的には、子どもたちが自然の木を直接触れることを通じて、感性を育んでいく活動です。この木育は、実は中野区の保育園での実践を予定しており、慶応義塾大学の学生たちと共同でのプロジェクトとして行われています。

舞台としているのは富山県の南砺市利賀村という小さな山村で、この地域の豊富な木の種類を生かした活動です。とくに、この村は冬に2メートルもの雪が積もる豪雪地帯で、その環境を活かした取り組みとなっています。

子どもたちには、加工された木のおもちゃではなく、実際に切った枝などの自然の木を直接触れられるようにしているんです。都市部での生活において、こうした自然との触れ合いは貴重で、子どもたちの感性を豊かにするための重要な要素として位置づけています。

利賀村の自然から取れる木材を実際に使用することで、都市部の子どもたちにより価値のある自然体験を提供しています。このように、デザインを意識しつつ、デジタル時代の中でも子どもたちの感性や創造性を引き出す取り組みを推奨していますね。

子どもたちが日常で直接触れるものを活用し、感性や創造力を磨く


取材画像3
―――先生の教育に対するビジョンや、未来の教育環境に対する期待は何ですか?

私の教育に対するビジョンは、子どもたちの元気や創造性を社会全体で取り入れ、社会の想像力やモチベーションを刷新することです。私たちが考える子どもの教育や育児環境は、実は社会全体の問題と深く結びついています。

子どもたちだけが元気であれば良いわけではありません。それを証明するように、私は中野区で運営するギャラリーでのキュレーション活動も行っており、アーティストの作品を通じて社会に文化的な要素や新しい視点を提供しています。

未来の教育環境に対して、私は多様性の真の意味を理解し、尊重することが必要だと考えています。多様性とは、単にジェンダーや国籍だけではなく、個人の独特な経験や価値観を認識し、尊重することです。

現代の社会は、経済を中心とした価値観が支配的ですが、これからの時代には、各人が持つ独自の経験や価値観を大切にし、それを社会の中で生かすことが求められます。そして、この変革を実現するための鍵は、若い世代にあると確信しているんです。

―――子どもの感性を養うのは、どのように大人と子どもが、関わっていくのが最適なのでしょうか?

まずアートと教育の関連性について、お話ししますね。現代アートの流れにおいて、特定の材料や手法に固執することなく、さまざまな要素がアートとして受け入れられるようになってきました。

この多様性というのは、教育の中でも非常に大切なことです。子どもたちには日常の中での細かな選択や感覚を大切にすることを教えたいと思っています。

たとえば、スーパーでの買い物でニンジンの色や形を選ぶという簡単な行動も、アートの視点から見れば、物の本質的な色や形を意識するというエクササイズになります。

また、多くの大人が「これが良い」「これで子どもが賢くなる」といった教育用の高価な教材に頼る傾向がありますが、歴史を見ると、多くの偉人たちはそういったものを持ってはいませんでした。大切なのは、日常の中での基本的な選択や感覚を育てることです。

落ち葉や自然の素材を使って、子どもたちと一緒にそれを並べるというシンプルな活動も、造形活動としての価値があります。アーティストのようなアイディアを持ち入れ、身近な環境の中から素材を選び、それを活用することが、子どもたちの創造力を養う一つの方法としておすすめです。

このような取り組みを通じて、子どもたちが日常の中で直接触れるものを活用し、感性や創造力を磨くことが可能だと考えています。美術と教育の融合には、高価な教材や特別な場所よりも、日常の中での小さな気づきや体験が鍵となると感じています。

大人も新しい発見や学びを得ることが大切。


取材画像4
実際に子どもたちと一緒に体験することが、教育において最も大切だと感じています。大人として、私たちは教える側に立つことが多いのですが、真の教育は子どもたちと共に体験する中で生まれると思っています。

具体的には、都内の自由学園で行われている幼児生活団のプロジェクトが良い例です。子どもたちが自ら描いた絵を元に、親たちがぬいぐるみを作成するという取り組みを見ると、大人が子どもの感性や考えを理解し、その上で一緒に作品を生み出す価値が感じられます。

私からのアドバイスは、大人たちは、子どもの頃の感覚や経験を忘れず、子どもたちの異なる思考や新鮮さを感じるために、共に体験することを大切にしてほしいですね。

例えば、建築家の伊東豊雄さんは、子どもと楽しく建築を考えていく活動を行なっています。この活動は、小学校高学年の自動を対象に一年を通して建築やまち環境について考える内容なのですが、大人も子どもたちから新しい視点やアイディアを学ぶことができます。

このような取り組みを通じて、子どもたちの創造性を伸ばすと同時に、私たち大人も新しい発見や学びを得ることができるのです。

私は子どもと大人が一緒に学び、体験することで、両者にとっての人生が豊かになると思っているんです。IT技術やAIが発達しても、大人と子どもが一緒に何かを体験したという記憶は、大人になっても鮮明に記憶に残るはずです。

デジタル面が進化しても、大切なことは、私たちが子どもの頃に体験してたような、体験・経験から学び、そして感じるというアナログ的な価値観がこれからの時代には大切になるかもしれませんね。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。


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