2023.09.20

早稲田大学 理工学術院・川西哲也教授が語る6Gの未来とは?


2020年に5Gが普及したが、2030年頃を目処に「Beyond 5G」と呼ばれる6G通信が普及する予定となっている。

またNTTドコモは「*6Gで目指す要求条件」として、超高速度・大容量通信、通信の遅延低下、通信エリアの拡張、消費電力のコスト低減、超高信頼通信、同時多数接続の実現を発表している。

6Gは、5Gの性能をさらに進化させた次世代の移動通信システムだが、私たちの生活にどのような未来をもたらしてくれるのだろうか?

今回は、早稲田大学 理工学術院・川西哲也氏に6Gの未来の可能性についてお話をお伺いした。

*出典:NTTドコモ「5G evolution&6Gへの動向と目指す世界

川西哲也,早稲田大学,理工学術院 基幹理工学部
インタビューイー
川西哲也氏
早稲田大学
理工学術院 基幹理工学部
教授
1992年京都大学工学部電子工学科卒。1994年同大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了。松下電器産業生産技術研究所勤務を経て、1997年京都大学大学院工学研究科電子通信工学専攻博士後期課程修了。同年同大学ベンチャービジネスラボラトリー特別研究員。1998年郵政省通信総合研究所(現情報通信研究機構)入所。2004年カリフォルニア大学サンディエゴ校客員研究員。2015年より早稲田大学理工学術院基幹理工学部電子物理システム学科教授。光変調技術、マイクロ波フォトニクスなどに従事。


早稲田大学・川西哲也教授の研究領域と取り組みとは?


ソウグウ,早稲田大学,6G,川西哲也教授

――― まずは、川西教授の研究領域について教えてください。

私の研究テーマは、6G通信(第6世代移動通信システム)とその関連技術に特化した研究をおこなっています。とくに「*テラヘルツ波」を使用した通信技術に注目しており、地上と上空のプラットフォームを繋ぐ技術の研究を進めてきました。

私のキャリアを通じて、光通信の領域での研究にも多く携わってきました。その中でも、光変調器に関する研究が、主要なテーマとなっています。これは、信号を光に乗せるという非常に要となる部分であり、2000年過ぎには、複雑な信号を使った通信能力向上の際、この技術が中心的役割を担っていたんです。

光通信の技術は、「光があるかないか」という2元論的なものでしたが、私が取り組んできた変調器の研究により、無線と同じように複雑な信号を光で送ることができるようになりました。

現在のテラヘルツ技術についても、光と無線の中間的な性質を活かし、両方のアプローチを融合させる研究を進めています。

――― 20年前から研究をされていたそうですが、当時は最先端すぎて研究に関して理解する人も少なかったのではないでしょうか?

そうですね。20年前にテラヘルツ波やミリ波技術の研究を始めたとき、周りからの理解を得るのは容易ではありませんでした。

アメリカでは軍事用途での利用例もあったものの、私たちが日本で取り組んでいたのは一般向けの技術の普及を目指すものでした。特に、コスト面で疑問の声も上がっていましたね…。

それにもかかわらず、現在では、多くの車にミリ波レーダーが搭載され、通信分野以外でもミリ波の利用が一般的に広がっています。この結果を見て、私たちの研究が社会に広く受け入れられ、実用化されたことを実感しています。

テラヘルツ波

「テラヘルツ波」とは、電磁波の周波数の単位の一つで、1テラヘルツは10^12ヘルツに相当します。テラヘルツ波は、マイクロ波と赤外線の間の領域に位置する電磁波として知られています。これに対し、ミリ波は30 GHzから300 GHzの範囲を指し、テラヘルツよりも高い周波数のマイクロ波領域に属します。テラヘルツ技術は、非破壊検査や医薬品の検査などに利用され、生体に対する影響が少ないため、医療画像分野でも期待されている。一方、ミリ波は通信、特に5Gモバイル通信技術での使用が注目されている。



6Gによって地球全体がネットワークで繋がる世界に



ソウグウ,早稲田大学,6G,川西哲也教授

――― 6Gが可能にする新しいテクノロジーは、将来的にどのように進化・発達しますか?

6Gは、次世代のネットワークテクノロジーを象徴しており、その期待値は非常に高いです。6Gの大きな特徴としては、地球全体をネットワークで繋ぐことができる点です。

世界中が6Gのネットワークで繋がることで、山や海上でも通信が可能になるだけではなく、従来の無線技術も集約されます。

また今私たちが、使用しているテクノロジーや専門家が利用しているテクノロジーの差が縮小されることが期待されています。

この進化は、自動運転車や工場の自動化、日常の健康診断や医療領域にも影響を与えるでしょう。

例えば車のメンテナンスが、現在のタイムベースから、状態に応じて事前にメンテナンスを行い未然に故障を防ぐ「CBM(Condition-Based Maintenance)」へ移行することが可能になります。

また医療や健康管理の領域では、人々の健康状態の常時モニタリング実現の可能性があります。ただし、これらの技術の進化に伴い、プライバシーや情報の取り扱いなどの課題も考慮する必要も出てくるでしょう。

6Gにより社会的不平等は解決されるのか?



ソウグウ,早稲田大学,6G,川西哲也教授


――― 6Gの普及により、社会や人の生活はどのように変化しますか?

6G技術の導入により、通信サービスの普及が進むことで、個人のビジネスチャンスが増加すると考えられます。例として、現在増加傾向にあるユーチューバーのように、特定の組織に属さずに個人でコンテンツを発信する人たちがいます。

しかし、全員が同じチャンスを手にするわけではなく、一部の成功者が大きな利益を得る一方、多くの人々はそのチャンスを逃しているのが実情です。

このような不平等は、6Gが進化しても解消されるとは限りません。しかし、6Gの技術が発展することで、インターネットを通じた新しい生き方―― 例えば個人が独自の通貨を作成することなどが挙げられます。

これらの変化とともに、技術の開発や再配分の役割がますます重要になると考えられます。

一方、6Gによる社会的不平等の緩和策として、全ての動きをリアルタイムで確認できる技術の活用が考えられます。具体的には、年に1回の棚卸しや決算といった行為が、技術的に常時確認できるようになる可能性が高いです。

例を挙げれば、物流業界では荷物の位置や状態がリアルタイムで把握できるようになり、製造業では生産ラインの動きや部品の在庫状況を時系列で確認することが可能となります。

このようなリアルタイムの透明性が高まることで、社会的不平等を減少させる効果が期待できるとともに、より誠実な社会の実現に繋がる可能性があります。

技術の誤用も考慮すべきですが、正しく活用することで経済のあり方そのものに革命的な変化をもたらすと私は考えています。

6G技術のような新しい技術が、もたらす視点や考え方を、既存の制度や慣習と組み合わせることで、より良い社会を作り上げることが可能になるんです。

日本ならではの産業と6Gを組み合わせることで、世界的なギャップを埋める。



ソウグウ,早稲田大学,6G,川西哲也教授

――― 6G技術の研究は、海外に比べて出遅れている印象を受けるのですが、課題はどこにあるのでしょうか?

日本の6Gに関しての課題について、最大の問題点は意思決定の遅さと感じています。市場の変化に迅速に対応することが難しく、特にコンシューマエレクトロニクスの領域でこの課題が顕著になっています。そのため、市場参入のタイミングを逃してしまうことが多々あります。

――― 日本が、世界的な遅れを挽回する可能性はあるのでしょうか?

日本が、強みを持っている工場ロボットや生産設備、インフラ関連の技術を活かして6Gの普及を進めるべきだと思います。

特に、ローカル5Gや6Gが主流になると、多様な用途に合わせたネットワークの構築が求められるでしょう。日本が得意とするハイエンドの技術や、インフラ領域からのアプローチは、6Gの取り組みにおいて有効だと感じています。

――― なるほど…インフラや製造業の領域で6Gを活用することが重要なんですね。

ソウグウ,早稲田大学,6G,川西哲也教授

そうですね。ちなみにアメリカとの違いについて言及すると、アメリカは新しい技術の背後に軍事技術などの関連があり、急速に新しい技術が開発される環境が整っています。

一方で日本は、インフラや製造業を中心に技術を進化させてきました。私たちは、日本独自の方法で、平和に役立つハイエンド技術を発展させていく方向性を持つべきだと考えています。

―― 6Gの普及に向けた課題はどのような点がありますか?また政府や企業はどのように取り組むべきでしょうか?

6Gの普及を実現するための課題は、2つ存在します。1つは、ネットワークの末端部分に多くの装置を設置する必要がある点。2つ目は、そのためのインフラ整備のコスト負担に関するものです。

具体的には、地方のローカル線の取り組みや北海道での新幹線と在来線の問題のように、国や地方の利益のバランスが重要な要点として挙げられます。

街頭や公共の場所に設置される設備、さらには我々の住む地域の道路などの公共インフラは、大部分が税金で整備されており、そのコストの負担の問題は常に考慮されるべきです。

政府の役割は、これらのインフラ整備の資金の捻出や、どの地域がどれだけのコストを負担するかという点での方針を明確にすることが求められます。

また企業は、現在の通信技術と新しい6Gへの投資のバランスを適切に取ることが必要で、そのための戦略やコストの分担の提案を行うべきです。

6Gの普及に際しても、IT分野で活躍している人々に負担を求めることも一つの方法かと思います。しかし、負担が過度になると、その自由度を損なう恐れがあるため、バランスを取る必要があります。

皆が共同で社会を築いていくための資金提供は確かに重要ですが、どのように取り組むかは慎重な議論が必要ですね。

新しい時代には新しい税制を考える必要がありますが、国や地域の特性、文化、歴史なども考慮に入れながらの取り組みが求められていくと思います。

6Gと正しい付き合いを模索し、適切な技術の活用が未来を変える




――― 私たちのような一般の人間が、6Gを取り扱う時には、どのような視点・考え方を持つべきなのでしょうか?

6G技術に向き合う際、私たちはこの技術が持つ未来的な可能性や視点を広く受け入れ、慣習や既存の制約に囚われずに新しい選択肢を模索する姿勢が求められます。 6Gは企業における決算や棚卸しを1秒で完結されるような、これまでの常識を超えた新しい世界をもたらす可能性があります。

しかし、技術的な進化や専門家たちが使うような技術だけではなく、我々の生活や社会に新しい選択肢を提供し、考え方の幅を広げる役割も果たすはずです。

もちろん、5Gや4Gといった先行する技術もその時々のニーズに合わせて有効です。 ですが6Gは、特に昨今の状況を考慮すると、従来の発想の壁を打破するチャンスを提供してくれます。

私たちは、新しい技術や時代の変化に対して、偏見を持たず受け入れる姿勢を持つのと同時に、既存の視点の見直しや挑戦する意識を持つことが大切だと考えています。 新しい技術は、完璧ではないかもしれませんが、私たちが正しい付き合い方を模索し、新しい技術をどのように活用していくかが、重要となってきます。



新井那知,新井那智
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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