学びのデジタル革命:松下孝太郎教授が描く教育の未来
デジタル技術が急速に進化する現代。教育の現場にもデジタル教材が浸透し、子どもたちの学びの環境がアップデートされている。実際に2020年から小学校のプログラミング教育が、必修化された。また地域によっては企業のエンジニアが、プログラミング教育の講師となり、学びの支援をするケースもある。そんな中、技術進化に伴い子どもたちの学びは、将来的にどのように変化するか、注目が集まっているようだ。
そこで今回は、東京情報大学・総合情報学部の松下孝太郎教授を取材。デジタル教材が、どのように子どもたちの学びを支援するのか、また将来的にデジタル教材はどのように進化・発展するのか取材をおこなった。
教授
3次元CG技術によって、デジタル教材が変わる。
――まずは、研究概要について教えてください。
元々私は、画像処理の研究が専門でした。大学院時代も画像処理を中心に研究を進めており、現在は大学生をはじめとしたさまざまな年齢層へのプログラミング教育にも力を注いでいます。
また本学の付属非法人傘下の小学校のプログラミング教育や、近隣の教育委員会との連携での講習会も実施しているんです。
一方、研究領域では、コンピューターグラフィックスの研究にも取り組んでおり、プログラミングとモデラーに関する2つのアプローチで研究を進めていますね。特に、最近はモデラーを使用した研究や開発にも力を入れています。
◆モデラーとは モデラーとは、コンピューターソフトウェアの一種で、3Dモデルの作成や編集を実行するアプリケーションです。直感的な操作で、グラフィックや3Dオブジェクトを設計・調整することが可能。3Dアニメーション、ゲームデザイン、建築のCADデザイン、製品の設計が可能となる。
―――ありがとうございます。また松下様の研究領域である、3次元CGを用いた教材の開発について詳しく教えていただけますか?
3次元CG技術は、教育の場面で非常に有効なツールとして利用されてきました。3次元CG技術によって、具体的な現象から抽象的な概念まで、視覚的に表現することが可能になったんです。
例えば、教師が生徒に物理学の授業で、光の波動について教える講義があったとします。光の波動性は、肉眼では捉えられないので、3次元CGを使うことで、学生たちにわかりやすく伝えることができます。
近年では、動画生成AIの進化や動画コンテンツの普及により、よりリアルで実用的な教材の開発も進んでいますね。私の研究室でも、小学生を対象とした電子絵本や算数教材の開発に、この技術を利用しているんです。
―――なるほど。私が子どもの頃とは、技術の進化もあって表現できることや生徒たちに普及される教材も幅が増えているんですね。
そうですね。昨今の教育においては、小学校におけるプログラミング教育の導入です。
特に「スクラッチ」というビジュアルプログラミング言語を使うことで、子供たちもプログラミングの基本を学ぶことができます。私たちの研究室では、このスクラックの技術を活用して、学生たちが小学生向けの教材や地域の観光案内などのコンテンツを開発するプロジェクトを進めています。これにより、学生たちは実践的な技術を身につけるだけでなく、社会への貢献も果たすことが可能です。
―――画像や動画などの素材を、スクラッチなどのプログラミング言語と融合させた教材の研究・開発を推進されていますね。
はい。これらはコンテンツ利用プログラミングと言い、実際に学会での発表などで、この手法の有効性についても説明しているんです。子どもたちが普段使っているスマートフォンの写真や動画をプログラムと組み合わせることで、彼らの興味を引きつけ、プログラミングの楽しさを体験してもらうことを目指しています。
―――ありがとうございます。プログラミングが当たり前にできる子どもが増えることで、日本のDX化が進む気がしますね。
大学入試でもプログラミングの受験科目が取り入れられる時代に。
――日本でプログラミング教育に力をいれることになった背景は?
実は2025年の大学入学共通テストにおいて、プログラミングが出題されることが影響しています。
実際に、小学校でのプログラミング教育の導入や、街中でのプログラミング教室の増加は、日本の教育におけるプログラミングの重要性を示していますね。
共通テストの出題においては、国語や数学と同じく、プログラミングも重要な学問として捉えられ、積極的に教育されるような時代になりました。私が子どもの頃とは異なり、今の子どもたちの時代は、AIをはじめとした技術進化が目まぐるしい時代となります。
子どもたちの将来的性を考えると、プログラミング教育は必要不可欠な時代になるはずです。
――大学受験でプログラミングが出題される時代が来るんですね!
そうですね。大学に入学してからも、プログラミングやデータ処理の学習が基礎教育として継続されます。今は全ての学生が、プログラミングやデータ処理の基礎を学ぶ必要がある時代になりました。
実際、大学にもAIやデータサイエンスの専門科目を担当する教員が就業しているのですが、文部科学省の方針により、これらのカリキュラムの設置が推奨されていますね。
新井さんも体感している部分もあると思いますが、技術の進歩はこれまでに比べて非常に加速しました。今の時代は、一つのスキルや知識だけを持っているだけでは生き残れなくなっています。 私たちのような教育者や専門家でさえも、常に技術の変化に追従しなければならない状況になってきましたね。
――なるほど…その上で、デジタル教材の重要性や必要性はどのような点にあるのでしょうか?
デジタル教材の重要性や必要性は、近年の技術の進化と社会の変化と共に高まってきました。 私が学生だった頃と比べると、情報の取得や共有方法の進化は目まぐるしい印象を受けます。
私自身も、学生や研究者と共同で、Excelのマクロやウェブプログラミングを活用した教材を制作してきました。現代では、YouTubeのようなプラットフォームを利用して、手軽に動画教材の共有が可能です。
―――ありがとうございます。デジタル教材も徐々に進化していったわけですね。
そうですね。私の考えでは、デジタル教材の変遷は大きく3つのフェーズに分かれます。 最初のフェーズでは、1980年~90年代ではインターネットが普及しきれていない時期がありました。基本的なソフトウェアをローカル環境で使用して、教材を作成するのが主流でしたね。
次のフェーズは、2000年代に入りインターネットが普及し、教育者自らがプラットフォームを構築し、オンラインでの教材提供がスタートした時期です。そして最新のフェーズは、現在のように既存のプラットフォームを最大限に活用し、迅速かつ効率的に教材を提供する時期です。
この変遷を通じて、教材提供の手間が大幅に削減され、質の高い教育内容への注力が可能となったと感じています。このようなIT技術の向上により、プラットフォームの構築ではなく、教材の内容や質、学習効率の最適化の設計に注力することが可能になりました。このような流れは、現代の教育において非常に重要な役割を果たしていると感じます。
情報社会特有の問題を脱却し、デジタル教材・AI教材を学びに活用する時代へ
――デジタル教材をはじめとした、AI教材なども一部の教育者の中には、使用に関してネガティブな印象を持たれている方もいると思いますが、教材の導入の受け手にも課題はあるのでしょうか?
デジタル教材やAI教材の利用について、確かに便利さや効率性は感じられますが、その一方で様々な課題や懸念も存在します。
この課題は大きく2つあります。1つは、インターネット上の情報の正確性です。特に若い方は、誤った情報を簡単に受け入れてしまうというリスクがあります。これには、教育者としての監督や情報のフィルタリングが必要です。
そして2つ目ですが、他者とのコミュニケーションの機会の減少です。現代の学生たちは、簡単に情報にアクセスできることで、他者との関わりが希薄になりがちです。
以前は、情報を得るために不明な点は、教師や友人に質問・相談するなどのコミュニケーションが不可欠でした。しかし、現在はスマートフォンやコンピュータを使って手軽に情報を得ることができます。
このような問題は、単にデジタル教材の利用によるものではなく、情報社会全体の問題として捉えるべきです。
一方で学生は、社会人になった時に求められるのは、他者とのコミュニケーション能力も重要になります。
人間関係の構築能力の低下は、大きな課題として考えるべきだと思います。そのため、私は学生たちに、デジタル教材を適切に利用しつつ、人との関わりやコミュニケーションの重要性を常に意識するように伝えています。
3Dの空間投影技術を用いて、よりリアルな体験ができるものに進化することが予想されます。
――5年後、10年後デジタル教育はどのように進化・発展しますか?デジタル教材の歴史を振り返ると、その初期はテキストベースの内容が中心でした。次第に静止画や図解が取り入れられるようになり、インターネットの普及とともに動画中心の教材へと変遷してきた歴史があります。
過去のデジタル教材においては、具体的なターゲットや目的が明確でない場合が多く、一般的なユーザーをターゲットとした広範な内容が中心でした。
ですが近年の技術の進展―― 特にAIの発展を背景に、デジタル教材の進化が加速している特徴があります。これからの教材は将来的に、個人のニーズや学習スタイルに合わせてカスタマイズされ、より効果的な学習が可能となるでしょう。
またハードウェアの進展も注目されます。現代のスマートフォンやタブレットのようなデバイスが、映像を空間にマッピングのように広げて大きな画面で使用できる可能性も考えられているんです。
さらに学習者が、触覚や臭覚を利用した多感覚的な学習体験を得られるようなデジタル教材の開発も進められています。
私が以前作成していたデジタル絵本も、3Dの空間投影技術を用いて、よりリアルな体験ができるものに進化する可能性が極めて高いですね。
多様なプラットホームを活用することで、デジタル教材が加速する。
――今後の研究やデジタル教材開発の展望について、どのような視点を持たれていますか?
近年の日本は少子化が進行しており、技術の面でも日本発の革命的な発明や開発が少なく感じられます。特にデジタル教材やプログラミング教育の分野においては、楽しみながら学ぶことの重要性を学習者に伝え、興味を持ってもらうことが重要です。
また今後の研究やデジタル教材の開発に関する私の展望としては、変わらない基礎理論や基礎技術に焦点を当てることが重要であると考えています。
具体的には、画像処理技術の進歩やテレビの表示技術の変遷を考えると、その基盤となる理論は過去数十年と大きく変わっていません。このような基礎的な部分をしっかり学ぶことで、新技術への対応も迅速に行えると考えています。
そして私は、日本独自の技術の発展を切に望んでいます。特に情報技術の分野では「興味を持ち、楽しむ」ことの重要性と、時代を超えて変わらない基礎理論や技術の学習の重要性を伝えていきたいですね。
――ある種教材や学習の転換期だと思うのですが、私たちはこの現状とどのように向き合うべきでしょうか?
確かに現代は、技術やトレンドの変化が速い時代です。過去にはトレンドを予測し、それに基づいて研究や開発の方向を定めることが比較的容易でしたが、変化の激しい世の中では、未来の先読みも難易度が上がっています。
その結果として、企業が大きな投資をしても、変動するトレンドにより投資の効果を十分に得られない場面も増えています。
一方で、このような状況は、企業にとって新しいチャンスでもあります。現在の多様なプラットホームにより、迅速なマーケット対応が可能となりました。
大規模な提案よりも、マーケットの動きを敏感にキャッチし、必要とされるサービスや商品を迅速に供給することが、今の時代には非常に重要です。
研究者や技術者に求められるのは、技術的な知識だけでなく、今の市場の動きやニーズを的確に理解する能力です。
この急速な技術の進展の中で、技術知識に加えて、市場の動向を敏感に感じ取る「嗅覚」やキャッチした内容を効果的に活用するコミュニケーションが、今後の成功のカギとなるでしょう。
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