人とAIの未来の対話:日本のHAIが描く新しい世界
AIの発達は、かつてSF映画にしか描かれなかった世界を現実のものとしつつある。
自動運転車が街を行き交い、ロボットが介護を担う時代が目前に迫っている。
東京工芸大学の片上大輔教授は、このAI技術の最前線で研究を重ね、人間とAIがうまく共生するにはどうすればよいかを探求してきた。
本企画では、片上教授に直接お話を伺い、AIが描く未来社会の姿、そして私たち人間とAIとの理想的な関係性について、専門家の視点から理解を深めていく。
AIの可能性と課題、倫理的な側面に至るまで、幅広い観点から人工知能の行方を紐解いていく。
AIと人間の新しい関係性を目指して
AI(エージェント)による運転支援シミュレータ[西尾24]
―――まずは、研究領域について教えてください。
現在、私は工学部工学科情報コースに所属しており、専門分野としては、知能情報学、人工知能、およびヒューマンエージェントインタラクション(HAI)に関する研究を行っています。
その他にも、人工知能を活用したゲーム理論や、人狼などのゲームを用いたAIの開発にも取り組んでいます。具体的には、人狼知能プロジェクトに参加したり、雰囲気工学と呼ばれる研究を行っていたりしています。
また、最近では対話システムや支援システム、特に高齢者や介護者向けのシステムの研究にも取り組んでいます。
研究室の目標は、人間共生社会の実現です。
現代では、様々なシステムが人間の生活に不可欠な存在となっており、ロボットや自律システムが日常的に活躍しています。
このような状況下で、人間と共に生活するためには、どのようなシステムが必要かを研究しています。
特に、擬人化システムやロボットを通じて、新しい世界を創造し、人間の欲求やニーズを理解し、知的なシステムを開発することが焦点です。
最近の注目は、自動車に搭載される同乗者エージェントの開発です。
これは、他大学企業との共同研究プロジェクトなので詳細はご説明できないのですが、すでに論文等で公表されている範囲内でお話しすると、ドライビングシミュレーターを用いて、運転中に同乗者エージェントが運転者に対してコミュニケーションを取ることで、運転の快適性やイライラの軽減などを実現することを目指しています。
例えば、同乗者効果と言って、運転中に同乗者がいることで運転者の行動や気持ちに影響を与える現象があります。
一般的には、同乗者がいると運転が優しくなると言われていますが、同乗者から指示や注意が与えられた場合には、イライラを引き起こすこともあるようです。特に、配偶者などの親しい人からの指摘は特にストレスを与えることもあるようです。
一方で、運転指導員やカーナビなどのシステムからの指示は、意外なことに運転者によっては受け入れられやすい傾向があります。このような理由から、同乗者エージェントの開発が、運転中のストレスを軽減し、良い効果をもたらす可能性があると考えられています。
この研究が成功し、全国の車両に搭載されれば事故が減る可能性があり、社会に大きな影響を与えることを期待しています。
他に現在私たちが取り組んでいるもう一つの研究テーマは、言語的配慮を用いた対話システムの開発です。
言語的配慮とは、主に海外でポライトネスとして研究されてきた領域であり、言語学や社会言語学、語用論などの文系分野で研究が行われています。
この領域では、人間が相手との関係性に応じて異なる話し方をすることが知られています。例えば、初対面の場面では丁寧な言葉遣いで挨拶を始め、ですます調で話すことが一般的です。
しかし、関係が深まるにつれて、タメ口や友達口調で会話することが増え、より親密な関係が築かれます。
現状では、多くのロボットやシステムは一貫して丁寧な話し方をする傾向がありますが、これでは関係性の変化やシチュエーションに対応できない可能性があります。 そのため、人間の言語行動を参考にして、言語的配慮を取り入れることで、システムとユーザーの関係性をより深め、より親密な存在になる可能性を探っています。
実は、人間は相手の話し方にかなり敏感であり、結構注意深く聞いているんです。
「対話知能学」というプロジェクトにおいて4年間取り組んだ中で、プロジェクトからお借りしたアンドロイドを使って実験を行いました。
実験では、日本科学未来館で2年間にわたって約256人に対して、アンドロイドとの対話体験をしてもらいました。
実験内容は、アンドロイドが最初は丁寧な口調で話し始めるのですが、途中で友達口調に変えます。
例えば、旅行についての話題を取り上げ、途中で話し方を変えると、45%の人がアンドロイドが友達口調に変えた瞬間に自分も同様の話し方に変えることがわかりました。
アンドロイドの話し方に耳を傾けていると、自然とその話し方に追従してしまうのです。
話し口調の変化によって、人間の感情にもかなり影響があると感じ、それにより関係性にも変化を及ぼすのではないかと考えています。
より人間に近いAI開発を目指すHAI研究
AIが行う言語的配慮に対する日米中豪英仏6カ国における受容性の評価[片上21][松尾23]
―――日本は世界と比べて、HAI分野(ヒューマン・エージェント・インタラクション)が発達しているのではないかと感じるのですが、世界をリードしている要因は何ですか?
そもそもHAIという研究分野は、日本人研究者によって立ち上げられました。
元々HAIという学術分野は存在しませんでしたが、2006年に日本で初めてHAIシンポジウムが開催され、この新しい研究領域が生まれました。HAIシンポジウムは私の指導教員である研究者らによって発足し、それ以降、日本では毎年開催されてきました。
その後、HAIの国際会議も立ち上げられ、当初は日本が主催国となりましたが、徐々に海外でも開かれるようになりました。現在では、HAIの国際会議は世界各国で回っており、海外からの参加者も増えています。
このように、HAI分野の創設と発展の中心的役割を果たしてきたのは日本人研究者であり、日本がリーダーシップを発揮してきた分野と言えます。しかし現在では、HAIの研究は世界規模で広がりを見せており、日本に加えて海外の研究者も多数参加するグローバルな学術分野となっています。
―――HAI分野の現在の研究トレンドと存在する課題は何でしょうか?
最近のHAI分野における主なトレンドは、急速に進化するAI技術、特に大規模言語モデル(LLM)の利用に対応することです。
LLMは高度な対話能力を備え、人間に近い会話を可能にしています。このように人間に近づいたAIが利用できるようになったことにより、これまでの研究成果をどれほど活用できるか
[平野24]
が問われています。一方で、信頼性や感情、長期的な関係性構築など、人間にしか備わっていない側面に取り組むことが可能になってくるのではないかと思っています。
特に長期的な人間とAIの関係性を築くことは大きな課題であり、この分野への挑戦が求められています。人間に近いインタラクションを扱うテーマ、例えば信頼、説得、強調などが重要になってくると考えられます。
さらに、人間は時に嘘をつくなど、これまでのAIシステムには考慮されてこなかった側面があります。「ドラえもん」の世界のように、優しい嘘や駆け引きなど、人間らしい振る舞いをAIにも取り入れられるのではないかと研究しています。
より人間に近いAI開発を目指すHAI研究は、もちろん良い面も悪い面もあると思いますが、今後ホットな話題になってくると思います。
私個人としては、長期的な人間とAIの関係性構築に強い関心を持っています。
昨年、私の指導する修士課程の学生が、長期的な関係性をAIとどのように築くかについて研究を行いました
[鈴木23]
。良好な長期的関係性を構築する方法、あるいはAIとの親密な絆を育む手立てなど
[束野24]
、こうした点について今後さらに掘り下げた研究を重ねていきたいと考えています。人間とAI、「信頼」の概念の再構築
人間とエージェントの継続的親密関係形成のための三位相説[鈴木23]
―――AI技術の進歩に伴い、HAIがどのように発展していくと見込まれていますか?
人工知能技術の進展に伴い、HAI分野においても研究の方向性が変化しつつあります。
長期的な人間とAIの関係性構築は、ますます重要な課題となってきています。人間に近いインタラクションを実現するためには、信頼、説得、強調、駆け引きなどの要素も取り入れていく必要があります。
こうした人間らしい振る舞いをAIに組み込むことで、信頼できるパートナーとしてのAIが生まれると考えられます。
信頼の概念自体も、AIの進化に伴い見直されていく必要があるでしょう。例えば、人と動物の間の信頼関係は、言語的コミュニケーションが成立しないため、人と人との信頼とは異なる側面があります。一方的な信頼の錯覚にすぎない可能性もあります。
AIが人間に近づけば近づくほど、人間同士の信頼関係に近づいていくと予想されますが、人間同士でさえ言語や表情からは相手の本当の気持ちを正確に読み取れない面があります。このように、信頼の定義そのものも新しく変えていく必要も出てくるかもしれません。
人間と動物、人間同士の信頼との違いを考察しながら、新たな人間とAIの信頼概念を構築していく必要があります。このような変遷過程も、HAI研究の面白い挑戦課題となると思います。
HAIにより人の精神と心の豊かさに寄与する時代へ
―――HAIの進歩と発展が社会や個人に与える具体的な影響は何だと考えられますか?
HAIの研究が個人に及ぼす影響として、現在研究室で目指しているのは、人々の精神的な豊かさと心の健康に寄与することです。
私たちの研究は、物理的な支援に留まらず、対話が可能な相談相手やメンタルヘルスのサポートシステムなど、精神的な面でのよりよい生活環境を実現することを目指しています。人とAIの適切な関係性を構築することで、心の豊かさ、すなわちウェルビーイングにつながると期待されます。
もちろんAI技術の発展に伴い、新たなリスクが生じることも避けることはできません。
かつては過剰な危惧として片付けられていた「AIが人間の仕事を奪う」といった問題も、生成AIや大規模言語モデルの登場によって、現実味を帯びてきました。 研究者自身も、AIの発達に伴い一定の職業が失われる可能性があることを認識するようになってきています。
しかし一方で、新しい技術の発展に伴い、既存の職業が失われるということは常に起こってきた歴史的な過程です。蒸気機関車の登場で御者の仕事が失われたように、技術革新は必ず職業構造の変化を伴います。
重要なのは、新技術がもたらすであろう法的・倫理的問題に備えること、そして研究者自身が人間性を失うことなく、倫理観を持ち続けることです。
学会での倫理委員会などでも、こうした課題が日夜熱心に議論されていますし、研究者一人一人が倫理観を持ち、ポジティブな方向に技術を導いていくことが何より大切です。
AIの進歩がもたらすポジティブな面とネガティブな面の両面を冷静に見つめながら、人類に有益となる研究を着実に進めていく姿勢は求められていくと思います。
教育機関においても、AIと人間の共生を見据えた新たな教育手法の確立が課題となってくると思います。
単にAI技術の使用を禁止するのではなく、賢明な活用方法を模索していく必要があります。
多くの大学では、AI利用を一切禁止するのではなく、適切な使い方を教示し、学生自身の学びに生かしていく方針を打ち出しています。単純な禁止ではなく、AI技術と共に進化していくスタンスを重視する動きになっています。
AI技術を一方的に排除するのではなく、学生がそれを上手に活用し、自身の成長に役立てていくことが重要だと認識されつつあるのです。
AI技術の教育現場への浸透は避けられない潮流なので、AI全面禁止よりも、人間とAIが上手く共生し、お互いの長所を生かし合う方が建設的であり、前向きなアプローチだと実感しています。
人間とAIがどのように共生し、相互に役割を補完し合うことができるのか、「人間とAIの理想的な関係性」を見出すこと自体が、HAI研究の核心であるとも感じています。
未知の技術に触れ、新しい世界を切り拓く
研究室の様子
最近は特に技術発展の早さを感じ、新しい情報社会への対応が必要だと感じています。
私の所属する東京工芸大学では、工学部の全学生に情報リテラシー教育を行っており、最低限の情報スキルを身につけてもらっています。
こうした中で、皆さんには新しい技術が世界をより良い方向に導いていくという前向きな姿勢を持ってもらいたいです。
過去にも、人工知能に対する不安や恐怖心があったように、未知のものへの警戒心は自然なことです。
しかし、内容を理解し、実際に体験することで、そうした不安は解消されていくはずです。
新しい技術に積極的に触れ、その可能性を発見して、より住みよい社会の実現、ウェルビーイングにつながる側面を見出してください。
恐怖から避けてしまう人もたくさんいると思いますが、新しい技術に触れ、楽しみながら新しい世界を開いていってほしいと思います。
参考文献:
[西尾24] 西尾駿一,澁江樹,宮本友樹,片上大輔,吉原佑器,金森等,田中貴紘:ドライバの性格特性に応じたほめにより運転行動改善を促進する運転支援エージェント,HAIシンポジウム2024,P-80 (2024.3)
[平野24]平野裕人,宮本友樹,片上大輔:情緒生起手法の好感度推定に基づき言語的配慮を行う対話システムの評価,HAIシンポジウム2024,P-65 (2024.3)
[鈴木23] 鈴木章弘,宮本友樹,片上大輔:継続的な関係を築くための親密化過程を用いたマルチデバイス化対話システムの開発,HAIシンポジウム2023,D-2 (2023.3)
[束野24] 束野海紀,宮本友樹,片上大輔:複数の家電エージェントと親密関係を築く対話システムの開発,HAIシンポジウム2024,P-68 (2024.3)
[片上21] 片上大輔,山本隆太郎,宮本友樹,宇佐美まゆみ:対話型擬人化エージェントの言語的配慮に対する受容性の異文化比較に関する研究 -クラウドソーシングによる大規模印象調査-,HAIシンポジウム2021,P-13 (2021.3)
[松尾23] 松尾篤,宮本友樹,片上大輔:対話型擬人化エージェントの言語的配慮に対する受容性の6か国異文化比較に関する研究 -クラウドソーシングによる大規模印象調査3-,言語処理学会第29回年次大会NLP2023,D-3-3 (2023.3)
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