ミライAI: 多様性を力に変えたソフツーの挑戦
人工知能(AI)の急速な進化により、さまざまな分野でAIが活用されるようになった。
コールセンターなどの定型業務でのAI活用は一般的だが、一方でオフィスの電話対応という極めて一般的な用途にAIを適用する試みは、これまでほとんどなかった。
そこに着目したのが、電話とAIに特化したサービスを開発する企業、ソフツーだ。
同社は、長年培ったIP電話技術と最新のAI技術を掛け合わせ、“ミライAI”という画期的なサービスを生み出した。
今回は、株式会社ソフツーの代表取締役、鍾勝雄氏のインタビューを通じて、企業の経営哲学、グローバルなチームでの挑戦、そして主力サービス「ミライAI」の開発背景とその未来への影響を掘り下げる。
多国籍の社員が集う環境で育まれたイノベーションと、人とAIの協働がもたらす新しいビジネスの形を紐解く。
オフィス電話の革新的なAI代行サービスの実現へ
―――まずは、御社の概要や提供しているソリューションについて、お聞かせください。
弊社の大きな特徴は、約10か国から集まった優秀なエンジニアを中心に、電話とAIに特化したサービスの開発を行っていることです。
主力製品は15年間開発を続けてきた、コールセンター向けの「BlueBean」というサービスです。この製品を通じてIP電話の技術を蓄積してきました。
そして、そのノウハウを活かし、一般企業向けのオフィス電話をAIが代行してくれる「ミライAI」の開発に力を入れています。
ミライAIは、電話での用件のヒアリングから、指名された担当者への取り次ぎまで一貫してAIが代行するサービスです。
―――ミライAIを始めたきっかけは何ですか?
ミライAIの開発背景については、2つの大きなきっかけがありました。
1つ目は、私たちが15年間提供してきたコールセンターサービス「BlueBean」のAIソリューションの継続でした。
数年前に大手企業とAIを活用したコールセンターソリューションを共同開発しましたが、高価格など採算面での課題から大手企業が事業撤退を余儀なくされました。私たちとしては何とかサービス提供を継続したいと考え、自社での研究を開始したのがきっかけの1つでした。
もう1つのきっかけは、2020年のコロナ禍でした。
当社も全社員がテレワークとなり、オフィスに着信した電話に適切に対応できない事態が発生しました。そこで、研究中のAI技術を活用してオフィス電話を代行できないかという発想が浮かびました。
当初はコールセンター向けAIソリューションの継続が目的でしたが、コロナ禍を経て、オフィス電話のAI代行ニーズに注目が移りました。そこで方針を少し転換し、オフィス電話の代行に特化したミライAIの開発に踏み切ったわけです。
―――ミライAIの特徴や強みを教えてください。
昨今では、AIが様々な分野で活用され、ブームとなっており、電話の分野でもAIが代行するサービスを開発する企業が増えてきました。
一般的には、よくある質問への回答やコールセンター業務といった、定型的な用途でAIが活用されるイメージが強いかと思います。
しかし私たちは、実際にオフィスで経験した課題から、異なるアプローチを考えました。テレワーク時にオフィスの電話対応が滞ったことをきっかけに、オフィス内の電話をAIが代行できないかと発想したのです。このような使い方が、他社のコールセンター向けAIサービスと大きく異なる点かと思います。
私たちのミライAIが目指しているのは、コールセンターのような特殊な運用環境ではなく、一般的なオフィスの電話対応をAIが担うことです。
「誰々に電話を取り次いでほしい」という、オフィスで最も一般的な用件をAIが代行するのが大きな特徴です。国内では、このようなサービスはあまり例がないのが実情です。
特に、折り返し対応だけでなく、リアルタイムで担当者に電話を取り次ぐ機能を備えている点は、他社と大きく違う点だと思います。
他社のオフィス電話AIサービスは、電話の用件を受け付けて後から折り返すという、折り返しのみのスタイルが一般的のようです。
しかし、私たちはそれに加えて、その場でリアルタイムに指定の担当者に電話を取り次ぐことができます。弊社が調べた限り、こうした即時の取次ぎ機能を持つサービスは国内にはほとんど存在しません。
このリアルタイムの取り継ぎ機能が、ミライAIの大きな特徴の一つだと思います。
次に、導入のハードルを極力下げている点です。
一般的に、AIは長期のカスタマイズ開発が必要で、高額な初期費用がかかるといったイメージがあります。
しかし私たちは、スタートアップ企業などをターゲットとしているため、できる限り導入を容易にすることに注力しています。月額わずか500円からご利用いただけ、個人事業主などの小規模な事業者向けには無料プランもご用意しています。さらに最短一日からサービスを利用できるなど、低コストで手軽に導入できるのが特徴です。
このように、リアルタイムのオフィス対応とローコストで手軽な導入が、ミライAIの二つの大きな強みとなっています。
―――非常に先駆的なサービスで、かつ手軽な導入コストというのは、利用者にとってはとてもありがたいポイントですね。「ミライAI」のサービスは、どのように実現できたのでしょうか?
弊社のビジネスモデルにも関連するのですが、私たちは常に最初から自動化できる仕組みを念頭に置いて開発を行っています。これが低コストで導入可能なサービス提供を実現する鍵となっています。
一般的なAIサービスでは、顧客の要件をヒアリングし、その要件に合わせて提案書を作成、開発を行うプロセスが採られます。この手法では多大な工数を要するため、数百万円の初期費用と、月額50万円以上の高額な利用料金が発生するのが通例です。このようなコストモデルだとスタートアップ企業には負担が大きすぎると思います。
そこで私たちは、あらかじめ自動化できる仕組みを構築し、一般中小企業でも標準的な使い方ならテンプレートとして活用できるよう設計しました。実際の利用時には、企業側でセリフなどを少し変更するだけで、そのままサービスが使えるようになっています。
こうした工夫により、ミライAIは低コストかつスピーディーな導入を実現できるようになりました。
―――通信業界にゲームチェンジを起こすような画期的なサービスだと思います。ミライAIは通信業界にどのような影響をもたらしていくとお考えですか?
私たちは「オフィス電話の革命」を起こすと言っていますが、昭和時代から何十年も続く、電話取り次ぎの文化がミライAIによって根本的に変わるのではないかと考えています。
これから電話の一部をAIが代行するという新しいスタンダードが確立されることで、人と人のコミュニケーションにAIが介在するのが当たり前になっていくと思います。
特に最近の若者の7割が電話を苦手と感じているという調査結果があります。*
なぜ若者が電話を苦手と感じるのかを探ると、知らない人と電話で話すことへの不安があるようです。親しい人とはLINE電話などで長時間話せるのに、知らない人とはコミュニケーションが苦手なのです。
ミライAIがその不安要素を取り除き、本当に話したい人と話す機会を作れば、若者でも音声コミュニケーションが苦手ではなくなるかと思います。
私たちは、声は便利なコミュニケーションツールであり、ミライAIによってそれが生かされる可能性があると考えています。
参照:株式会社ソフツー調べ 若者世代は「電話恐怖症」? 20代以上の約7割が苦手意識 民間会社調査
ミライAI開発の技術的課題と異文化理解の壁
―――ミライAI開発中に直面した、もしくは現在直面している最大の課題は何でしょうか?
技術面での課題は二つありました。一つ目は音声認識の精度、二つ目はリアルタイム性の確保です。
音声認識技術は進化してきましたが、話者の話し方や周りの環境などの影響で、まだ完全に認識できないケースがあります。ミライAIでは、指定された担当者へのリアルタイム取り次ぎが重要な機能です。
初期バージョンでは、お客様の発音した名前を少しでも誤って認識すると、担当者とマッチングできずスムーズに取り次ぎできませんでした。例えば「湯沢(ユザワ)」を「湯川(ユカワ)」と誤って認識するなどの事例がありました。
このような課題に対し、さまざまな工夫を重ねてきました。
人間でも聞き違えることはあり、その場合は「湯川はいないが湯沢はいる」と判断して確認します。ミライAIでもその発想を取り入れ、「繋ぎたい担当者は湯沢ですか?」とお客様に確認し、「はい」と答えられれば湯沢さんに取り次ぐ、という流れを実装しました。
リアルタイム性の点でも工夫があります。
例えば最新のChatGPT等の自然言語処理の技術を使う場合は、タイムラグが生じてしまい、電話をかけた側が違和感を感じてしまいます。
ミライAIでは、瞬間処理できる機械処理と時間がかかる自然言語処理をいくつかの段階に分けて処理するなど、複数の手段を組み合わせて、リアルタイム性を確保しています。
また、リアルタイムで電話に出られない場合の対応も工夫しています。
具体的には、着信があっても対応できない時はAIが自動で折り返し先の電話番号と伝言をお伺いします
こうした継続的な工夫により、音声認識の精度とリアルタイム性の両立を実現してきました。
また、開発メンバーの多くが海外出身者だったことも、ミライAI開発における一つの大きな課題でした。
多くのチームのメンバーが電話に出たという経験が少なく、日本の電話の取り次ぎ文化をよく知りませんでした。
取り次ぎの概念自体が分からない状態から、日本のオフィスでの一般的な電話対応のやり方を理解し、それをAIで実現するロジックを構築していく必要があり、海外出身のメンバーにとって、相当の努力を要しました。
しかし、そうした過程を経て、今ではミライAIが日本の電話対応の課題を的確に捉え、適切なソリューションを提供できるようになったと自負しています。
「心を高め、経営を伸ばす」――ソフツーの組織づくり
―――組織を作っていく上で、御社が大切にしている経営理念やコアバリューについてお聞かせ頂けますか?御社が多くの外国人従業員を雇用されている背景や、組織作りにおいて重視されている点も教えてください。
まず弊社には、ホームページにも掲載している経営理念があります。その中で最も大切にしているのが、「全従業員の物心両面の幸せを追求する」ということです。
その経営理念の下、私たちが最も重視するのが「誠実」と「チャレンジ」の二つの指針です。海外から来ているエンジニアにも素直な方が多く、この二つの指針に共感してくれています。
また、経営者である私自身の心構えとして、「心を高め、経営を伸ばす」ということを大切にしています。これは京セラの創業者である稲盛和夫氏の言葉なのですが、経営者の器以上に会社は大きくならないと言われています。
つまり、経営者自身が自分の人格を磨き、心を高めることが、会社の成長にとって不可欠なのです。
私自身も日々小さなことから心を高める努力をし、会社全体で経営を伸ばしていきたいと考えています。外国人従業員が多い中で、お互いの文化の違いを認め合い、誠実さとチャレンジ精神を貫くことが、組織作りの基盤となっています。
―――日本は年々労働人口が減少を続けるという課題を抱えています。異なる文化背景を持つ社員と効果的に働くための工夫や戦略は何でしょうか?
弊社は多国籍の会社なので、色々な国籍の社員と一緒に働くのは大変だろうと言われることがありますが、実際は皆仲良くスムーズに働いています。その秘訣は、国籍ではなく一人の人間として接することにあります。
むしろ、弊社は多国籍であるがゆえに、協調して働きやすい環境なのかもしれないとも思います。社員の多くが外国人であれば、外国人であるということは当たり前という認識になるのです。
人材戦略としては、今後出身国の数をさらに増やし、さらなる多国籍化を図っていきたいと考えています。
現在は約10か国ですが、将来的には100カ国以上まで広げていきたいと考えています。外国から日本に来る人材は、皆優秀な方が多く、グローバルな視点を持ち、若くて活力に満ちているのが特徴です。
人口減少が進む日本にとって、こうした優秀な人材を受け入れ、活用していくことはチャンスだと捉えています。
将来的には日本国内だけでなく、世界各地に進出する際にも有利になると考えています。
―――外国から日本へ来て、異なる文化の中で働くことは不安も多いと思います。社員一人一人のチャレンジ精神を支援しながら、大切にしている組織作りのポイントを教えてください。
まず海外から日本に来る時点で、チャレンジ精神が旺盛な方が多いと思います。弊社の行動指針の中で最も重要なのは「失敗を責めず、挑戦を褒める」ことです。
毎年経営計画書を作成していますが、その中では「失敗やミスの責任は追及しない」ことを明文化しています。失敗があれば全員に報告し、組織的に対応していく方針を示しており、個人のチャレンジを大いに後押ししたいと考えています。
さらに、評価制度の中にもチャレンジ精神を反映させています。
「チャレンジして成功した人」を最も高く評価するのは当然ですが、「チャレンジして失敗した人」も次に高い評価を与えるようにしています。成功したがチャレンジしていない人よりも、チャレンジして失敗した人の方を評価する仕組みになっているのです。
また、私たち経営陣が率先して部下のチャレンジを後押ししていることも、大きな特徴だと思います。
部下から「こういうことをやってみたい」と提案があれば、社長自らが「やってみよう」と応援するのです。単なる言葉だけでなく、実際に行動を起こすことを大切にしています。
部下の立場から見れば、上司が言葉と行動を伴って支援してくれるというのは、非常に心強いことだと思います。
こうした取り組みによって、従業員一人一人のチャレンジ精神を最大限に後押ししていると自負しています。失敗を恐れずにチャレンジできる環境が、弊社の大きな強みだと考えています。
日本における外国人労働者受け入れとAI活用に関する展望
―――日本では、労働人口の減少が懸念される中で、政府も外国からの労働者を積極的に受け入れる取り組みを後押ししています。外国人を企業に採用する際には、ハードルが高い側面もありますが、外国人労働者の方を企業に受け入れる上で、今日本企業に最も求められているものは何でしょうか?
日本では人口が減少の一途をたどっており、外国人労働者の受け入れは避けられない必須条件となっています。政府も外国人労働者の受け入れを後押ししていますから、企業に求められているのは、外国人をどのように採用すればよいかということです。
私も経営者仲間から、『どうすれば外国人を採用できるだろうか』と相談されることが多いのですが、外国人採用経験がない中小企業は『うちは怖い』と不安を抱えているようです。しかし、まずは試してみることが何より大切です。
確かに日本語の問題や文化の違いはありますが、外国人を受け入れ、実際に雇ってみると、きっと彼らの魅力に気づくはずです。優秀な若者が多いですし、一人の人間として尊重することが何より大切だと思います。
日本の当たり前が理解されないこともあるかと思います。相手の文化を尊重し、『日本ではこう』と押し付けるのではなく、出身が違えば文化も異なることを認識しておく必要があります。
中国の諺に『求同存異(きゅうどうそんい)』というのがあります。「同を求めるが、異を認める」という意味で、相違点を認めつつ共通点を探すということです。異なる人々と共に働く上では、この考え方が非常に重要だと考えています。
そして、空気を読むのではなく、素直に話すことも大切です。外国人は空気を読むということに親しみがないため、社内でもよい意味で空気を読まない雰囲気が生まれつつあります。
分からないことはコミュニケーションを重ねて、思い違いが発生しないように、伝えたいことは素直に伝えることが何より大切だと思います。
―――AIの領域や外国人を受け入れていく組織作りなど、今後探求していきたい技術分野やビジネスモデルは何ですか?
今後、AIはより世界で当たり前の存在になるかと思います。
ChatGPTが発表される前までは未来のSF的なイメージがありましたが、実際にChatGPTが登場したことでAIの進化が世界中で認知され、それによりAIに注力する会社も増えたと感じます。
今後もますますAIの進化が加速し、日常生活や仕事の中でAIが当たり前のように存在する世の中になっていくと予想します。
現在、日本だけでなく中国でも人口減少の流れがあります。
親世代では兄弟が多かったのに対し、現代では少なくなっています。中国では一人っ子政策が長く実施されてきたため、1人の子供に多くの親や祖父母が頼る状況が生まれています。
こうした人口の減少の中で、人間は人間にしかできない仕事に集中し、その他の作業はAIが補助するという風潮が世界中で広まっていくのではないかと考えます。
私たちは、電話とAIの分野に長年にわたり取り組んできましたが、今後もさらに強化していきたいと思っています。
先程も触れたように、声でのコミュニケーションは非常に重要で効率的だと感じています。最近の傾向としては、チャットやテキストでのコミュニケーションが増えていますが、実際には入力に手間がかかり、面倒な側面もあります。
例えば、今までもワンボタンで電気やテレビを操作できましたが、声で制御できるスマートホームによって、さらに効率化できるようになりました。
声は非常に便利であり、コミュニケーションにおいても、メールやチャットによるコミュニケーションとは異なるメリットがあります。
特に即時性やリアルタイム性を求める場合、電話が適していると思います。
今後も声でのコミュニケーションに重点を置き、AIを活用してより効率的なコミュニケーションを実現する分野でさらに深く取り組んでいきたいと考えています。
また、私たちの主要ターゲットはスタートアップです。
経済産業省がスタートアップ5年計画を実施し、2027年までにスタートアップを10万社、投資額を10倍にする計画を進めています。*
政府が重点的投資分野としてスタートアップを支援する背景もあり、当社のビジネスに影響を与えていくのではないかと予想しています。
そうした中で、会社の方針としては、まず小さくてもNo.1を目指すことにこだわっています。自動化して、繰り返し売れるストック型ビジネスモデルを長年取り組んできた経験から、私たちはNo.1になれる分野に焦点を合わせています。
世の中の流行に流されず、自分たちの分野でのリーダーシップを維持し、No.1を目指す方針を貫きたいと考えています。
参照:内閣官房「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」
挑戦と学び―AIと組織作りに向けて
―――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
AIの力を活かすことです。
時代の流れに適応し、人々の可能性を拡大するという点においては、AIを積極的に活用するべきです。
特にビジネスを行う企業やビジネスパーソンにとっては、AIを活用しないと時代に取り残され、競争に追いつけないですし、AIを活用していくことが成功への鍵だと思います。
私自身、実は組織作りは得意ではありません。
私はエンジニアとして20年間の経験があり、プロジェクトの開発に自信を持っていますが、経営や組織作りはずっと苦手でした。
しかし、だからこそさまざまな学びを積み、どうすれば改善できるかを悩みながら取り組んでいます。
社訓でもありますが、失敗を恐れず、とにかく行動し、失敗したら修正すれば良いと考えています。組織作りも同様で、多くの失敗を経験していますが、それでも経験から学び、次はより良い形で取り組もうとしています。
日本でビジネスを始めた頃は、空気を読むことに慣れていないため、相手のニュアンスや気持ちを理解するのが難しく、また、言葉の壁もあったことが原因で不安に感じていました。
現在でも多少の不安はありますが、社員や周りの経営者と相談しながら日々努力しています。
読者の皆さんにも、自らの可能性を信じ、挑戦し続けることの重要性を感じていただければ幸いです。
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