湯浅将英教授 と探る、コミュニケーションの未来とテクノロジーの関係
人は毎日の生活をするなかで、他者とコミュニケーションを取りながら生きている。人とコミュニケーションを取ることが得意な人・苦手な人、また自身の意思とは関係なく、他者と適切なコミュニケーションが取れない人など、その特性は多種多様だ。
またテレビ電話やZoomをはじめとした、コミュニケーションツールの多様化とテクノロジーの進化によって、対面で人と会話をせずとも、コミュニケーションが完結する時代となった。
しかし社会的な成熟も伴い、人との関わりを簡略化できる一方で、コミュニケーションが上手く取れない若者や社会人も増えている―― そこで今回は、湘南工科大学工学部・コンピュータ応用学科・湯浅教授を取材。コミュニケーションの方法が多様化する現代において、コミュニケーションとテクノロジーは、今後どのように交わり、進化していくのか湯浅教授にお話をお伺いした。
教授
バーチャルキャラクタやアバタを用いて、多様な立場や視点をゲームで体験できる・学べるシステムの開発に取り組んでいます。たとえば、社会人マナー、介護における患者との接し方、交渉術等のスキルをキャラクタと対話しながら身につけます。研究結果を基に、多様な人とのコミュニケーションを豊かにすること、より良い社会作りに貢献することを目指します。
人とコンピュータ・人工物を結ぶコミュニケーションテクノロジーの研究者・湘南工科大学・湯浅氏。
―――まずは、研究概要について教えてください。
私の研究分野は、人とコンピュータ・人工物を結ぶコミュニケーションテクノロジーです。 ヒューマンインターフェース という研究領域で、大学院生の頃から人とコンピュータをどう結びつけるかを探求してきました。
特に、3DCGのキャラクターを使ったコミュニケーション手法の研究をしていて、 AIとの対話を可能にする技術を開発しています。
AIとの対話というと、単なる言葉のやり取りだけに思われるかもしれませんが、私の研究では、人間の表情や仕草、視線などの非言語的なコミュニケーションの重要性に焦点を当てています。
これらの要素がどのように人間の感情や意思を伝えるのか、そしてそれをどのようにコンピューターに反映させるかが、私の研究の主要な目的です。
―――ありがとうございます。具体的な研究内容やプロジェクトについても教えてください。
私たちが開発しているには、「ソーシャルスキル訓練システム」というシステムです。社会的スキルのトレーニングツールとして機能します。
このシステムは、職場でのコミュニケーションスキルを磨く目的で開発しました。例えば、新入社員が上司や同僚とのコミュニケーションをシミュレーションする機能があります。
例えば、新入社員の方が、次の仕事の予定があるので、今の会議をすぐに出ないといけない場面があったとします。そんな時、相手との関係も悪くならないように、会議を出る必要がありますよね。
―――よくある場面というか、自分もよくいつ抜けるか言い出せないシーンがあります(汗)。
自分の反応(フィードバッグ)によって、相手とのコミュニケーションにも変化が生じます。これは「非明示型」「共感型」と呼ばれていて、「非明示型」は相手にこちらが、忙しいということを察してもらうことで、会議から抜けることができます。壁掛け時計や腕時計を見て、時間を確認する素振りをすることで、相手が忙しそうだということ察してもらうことが可能です。
しかし「共感型」は、話から抜けられません。相手の話に共感することで、話続けても大丈夫だと思ってしまうからです。
――このようなシチュエーションを事前に学ぶことができるのが、教授のプロジェクトの一つということですね。
そうですね。当初の研究・開発では、コミュニケーションが苦手な大学生 の方向けのものでしたが、多くの人がコミュニケーションに苦手意識を持っていることがわかりました。そのため、コミュニケーションの練習ができる訓練ツールとして設計する結果となったんです。
特に子ども向けの教材を参考に、システムは具体的なシチュエーションでのコミュニケーションスキルを向上させるのを目的としています。
そして、システム内では1対1の会話だけでなく、複数人との会話シミュレーションも可能です。これにより、様々な状況下でのコミュニケーション方法を練習することができます。
コミュニケーションのトラブルをシュミレーションするツールとして、応用可能。
――――現在のプロジェクトは、どのような応用が可能なのでしょうか?
実際に、私たちが開発しているシステムは多岐にわたり応用が可能です。初めは、認知症の方々を対象としたアプローチを考えていました。それには、家族を再現し、特定のシチュエーションやコミュニケーションのトラブルをシミュレーションするものです。さらに、劇団の脚本家の協力を得て、現実に起こり得るシチュエーションも再現しています。
認知症の方の症状改善を目指した対話AIの研究もありますが、 それとは逆のアプローチで認知症の方をキャラクターとしてシステム上で再現し、ケアする人たちが学ぶためのツールとして使用してるんです。
さらに、最近では会話マナーや就職活動のグループ活動の練習を目的としたシステムの開発も進めており、そのような方向での研究を続けています。
――――アバターの種類も豊富ですが、意図があったのでしょうか?
最近では、無料でダウンロードできるアバターも多いのですが、高齢者や特定のキャラクターの不足を感じ、独自のキャラクター作成を始めました。
認知症の患者の家族を再現するため、さまざまな年齢層や性別のキャラクターを増すことにしたんです。また、動物キャラクターに関しては、特定の性別や先入観が少なく、親しみやすさや中立性が求められたために採用しましたね。
特に、動物キャラクターは偏見を生みにくく、我々の研究においては非常に適していると考えています。
時々耳にする“コミュニケーションが取れない若者”のバックグランドとは?
―――昨今コミュニケーションが取れない社会人、若者というような言葉を聞きますが、その原因や要因はどのようなことがあるのでしょうか?
コミュニケーションが取れない若者が、増えている言われる背景には、社会生活の変化、少子高齢化、家族構造の変化が影響している可能性があります。
特に、スマートフォンやインターネットの普及が進んできたことで、人々はオンライン上でのコミュニケーションを好むようになり、直接のコミュニケーションを避ける風潮が強まっています。
社会が成熟したことで、感じるストレスが減り、ストレスがないので不満も軽減されるわけです。しかし一方で、些細なことでストレスを感じるようになり、人とのコミュニケーションで感じるストレスを避ける傾向も強くなった気がします。
このようなテクノロジーの普及により、情報のやり取りは便利になった反面、直接的なコミュニケーションの機会が減少したことが、現代のコミュニケーションの課題として浮かび上がっているのではないでしょうか。
―――テクノロジーや社会の変化で、コミュニケーションの方法が変わる気もするのですが、湯浅教授の意見や考察は何かありますか?
テクノロジーの進化、特にオンラインツールの普及は、コミュニケーションの方法に大きな変化をもたらしています。この便利さは特に若い世代のコミュニケーションスタイルに影響を与えていると感じます。
対面コミュニケーションは、アイディアの共有や問題解決において効果的であると言われています。
特に、対面での視線や仕草から受け取れる微細な情報は、オンラインでは伝わりにくいというデメリットも有しています。
しかしオンラインには、情報の迅速な共有や報告においての利点もあります。このようなテクノロジーの利点と欠点を理解し、適切に使い分けることが、今後のコミュニケーションの鍵となると考えています。
AIやセンシング技術、対話技術の進化により、コミュニケーションがより快適に。
―――コミュニケーションが苦手な人、得意な人など様々な人がいますが、それぞれの人の特徴の理解を得て、社会が賛同し、サポートする社会を実現するためには、何が必要なのでしょうか?
コミュニケーションの理解を深め、社会が賛同しサポートするためには、まず社会全体のサポートが不可欠ですね。
また問題解決のための具体的な方法や、ノウハウの共有と普及が必要です。書籍やウェブサイトでの情報提供はもちろん、実際の体験を共有するワークショップや勉強会のような交流の場の設定も、大切だと考えています。
私の研究室 での例を挙げると、「コミュニケーション困難者」という表現を提案し、実際にコミュニケーション困難者の方が抱える、課題や困難さを基に、どのように周囲の人間がサポートするとよいかのノウハウを共有する研究を行っていました。
このような、コミュニケーション困難者の方が抱える、課題や困難さを基に、どのように周囲の人間がサポートするとよいかのノウハウを共有する研究を行っていました。このような実体験に基づく情報やテクノロジーの活用が、社会がコミュニケーションを理解しサポートするための鍵となると考えています。
―――ありがとうございます。素晴らしいお取り組みですね、その上で5年後、10年後コミュニケーションはどのように変化すると考えていますか? 5年後、10年後のテクノロジーや社会の変化を考慮すると、AIやセンシング技術、対話技術の進化により、コミュニケーションを支える周辺技術がさらに発展ことが予想されます。
しかし、コミュニケーションの深い部分には、オンラインでは再現しきれない要素が多く存在します。
視線や仕草、感情などの非言語的な要素は、コミュニケーションの中で非常に重要な役割を果たしているんです。
そして、こうした要素は、正解や不正解といった二元的な評価が難しいものです。
人とのやり取り、特に感情のやりとりや理解の過程では、一瞬一瞬が持つ重要性を理解し、それを技術や方法論として整理・伝達していくことが、今後の大きな課題となる可能性が高いです。私は、これらのコミュニケーションの要素を深く理解し、それをコンピュータ技術と結びつけることが大切だと考えています。
目指すべきは、テクノロジーの活用と人間の感情や思考を最優先に置くコミュニケーションの形
―――ありがとうございます。現代のテクノロジーが進化する中、伝統的なコミュニケーションの形が変わり、カオスな状態になっている気がします。このような状況での、明確な正解が存在しないコミュニケーションの中で、記号化できる部分とそうでない部分の境界を探る時代になっていると思うのですが、湯浅先生はどうお考えですか?確かに、現代はテクノロジーが進化し、伝統的なコミュニケーションの形が変わってきていることを感じます。しかし、私の考えとしては、コミュニケーションの本質は変わらないと思っています。
テクノロジーやツールがどれだけ進化しても、最終的には人間同士の感情や思考を理解することが中心となるでしょう。
私は、新しいツールや技術を活用しつつも、それが真に人間のコミュニケーションを豊かにするものなのか、常に疑問を持ちながら接していく姿勢が重要です。
特に、AIなどの技術が急速に発展する中、感情や思考を深く理解する部分においては、まだ到達していない領域が多いと感じています。私たちが目指すべきは、テクノロジーを活用しつつ、人間の感情や思考を最優先に置くコミュニケーションの形だと思っています。
また、私が伝えたいのは、コミュニケーションをサイエンスとして理解してほしいということです。多くの方がコミュニケーションを感覚的に捉えがちですが、実はその背後には多くの研究やノウハウが存在しています。
特に、コミュニケーションに自信がない方や苦手意識を持っている方に向けて、少しの学びや知識を取り入れるだけで、日常のコミュニケーションがよりスムーズになる可能性があることを伝えたいですね。
サイエンスとしてのコミュニケーションを学ぶことで、人間関係が豊かになり、より良いコミュニケーションを実現できると信じています。
最後に、テクノロジーがどんどん進化していく中で、人との直接的なコミュニケーションの大切さを忘れないでほしいですね。
テクノロジーは私たちの生活を豊かにするツールの一つですが、人間の感情や心を理解するためには、やはり人との直接的な繋がりが不可欠ですよね―― コミュニケーションの本質を理解し、それを大切にしていくことで、より豊かな人間関係を築いていくことができると信じています。
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