住まいの未来を変える室内気候デザインの最前線
2024.09.18

「室内気候デザイン」の最前線から見える住まいの未来 ~札幌市立大学・齊藤雅也氏が語る快適な室内環境とは~


2024年も各地で連日、最高気温35度以上の猛暑日が続いている。私たちは夏の間、冷房に頼りがちとなり、室温を下げ快適な空間に調整しようとする―― しかし、本当に快適な空間とはどのようなものなのか、どうすれば実現できるのか、札幌市立大学の齊藤雅也氏が「室内気候デザイン」という概念からそのアイデアを提供してくれる。

建築の熱環境を専門として、日本でも数少ない「表面温度」に着目する研究者の齊藤氏によると、空間の「表面温度」を重視した建築デザインは、省エネ・脱炭素などの目標とは別次元の、私たちの健康にダイレクトにつながるといわれている。彼の革新的なアプローチを採用することで、より快適で持続可能な暮らしを実現できるかもしれない。

今回は本当の意味での「快適な室内環境づくりとは何か」を知るために、札幌市立大学・齊藤雅也氏に取材を実施した。

齊藤 雅也
インタビュイー
齊藤 雅也氏
札幌市立大学
大学院デザイン研究科・研究科長
デザイン学部・教授
専門は都市・建築環境デザイン。


快適な室内環境づくりにとって重要な、室内気候デザインとは?


札幌市立大学 取材イメージ画像
―――まずは、先生の研究概要を教えてください。

私の研究分野は、都市・建築環境デザインです。特に、建築内外の光や熱・空気環境などをほどよい状態に整え、安全で快適に過ごすことができる空間の実現を目指す分野です。

日本国内には北海道のような寒冷地から、九州・沖縄のように温暖地までさまざまな気候があるので、それぞれの気候に合った住みやすい都市や建築をデザインするための研究をしています。

わたしの研究分野は「建築環境工学」と呼ばれていますが、建築内の光・熱・空気・音などの振る舞いを対象にしていますので、私自身は「室内気候デザイン」と呼んで研究しています。

気候変動によって室内も従来と同じようなスタイルでは住みにくくなってきています。環境に負荷をかけるからといって化石エネルギーの使用を我慢することなく、私たちヒトが快適に過ごすことができる「室内気候デザイン」の計画・設計、運用のデザインに取り組んでいます。

―――地球温暖化が深刻化するなかで、最近注目されている建築デザインはどのようなデザインなのでしょうか?

最近、日本国内でも注目されているのは、高断熱住宅です。

高断熱住宅とは、建築の外皮(がいひ)と呼ばれる、壁・屋根・床・窓や扉などの開口部において、屋外と室内間の「熱の移動をできるだけ遅くする」ことによって、室内の熱環境(室温)を長い時間、維持できる住宅です。

具体的には、夏は冷房(エアコン)を止めたあとも室温がすぐに上がらないで「涼しい」状態を維持し、冬は暖房を止めても室温が下がりにくいといった、保冷性や保温性の高い住宅です。断熱とはこの保冷性・保温性を高める技術でこのような建築は、住宅だけでなくオフィスや学校、病院などにも求められています。

いま、住宅については地域ごとに(気候が異なるので)断熱性能の基準が定められているのですが、2025年4月からは、この断熱基準以上の性能をもつ住宅しか建設できなくなる法律が施行されます。主要先進国のなかで日本の住宅の断熱化への対応は遅すぎた感はありますが、国内にある住宅の9割以上は基本的にペラペラで断熱性能が低いので、今回の義務化の措置は、高断熱住宅が普及するまではやや年数を要すると思いますが国民にとっては非常に良いことです。

この新しい基準が義務化されるのに伴って、今まさに全国の建築士や施工技術者が、国交省が主催する研修会などで高断熱住宅の設計・施工手法について必要とされる知識をインプットしているところです。

ただ、このような研修会でもおそらく強調されていないことと想像しますが、これからの室内気候デザインにおいて、私が一番大事だと考えているのは「表面温度」です。たとえば部屋の温度を26℃にすると言った場合、建築士だけでなく世の中の人たちのほぼ全員が「室温」つまり「空気の温度」を考えるのですね。そうではなく、窓面や天井面、床面、壁面など、私たちを取り囲む面の「表面温度」に注目することが重要と考えています。これは日本国内(世界でも)では唯一、私の恩師の宿谷昌則先生(東京都市大学・名誉教授)が唱えたことで、いま、私はそれを継承・実践しています。

表面温度を適切に管理すれば、人生の9割を良質な空間で過ごせる


札幌市立大学 取材イメージ画像
人間は、放射・対流・伝導・蒸発といった形態で周囲環境と熱のやりとりをしています。この熱のやり取りによって生じる「暑い」、「寒い」あるいは「暖かい」、「涼しい」などの感覚は「寒暑感(かんしょかん)」と呼ばれています。この寒暑感を決定する要素は、環境側と人体側の要素があります。環境側の要素として一般的に知られているのが「空気温度」と「相対湿度」で、これらは天気予報では外気の温度・湿度として扱われますし、自宅や職場の冷房や暖房の設定温度など私たちが日常生活においてほぼ毎日意識しているものですよね。

環境側の要素にはさらに「放射温度」と「気流速度」があり、寒暑感の決定に重要な役割を果たしています。放射温度は簡単に言えば、身体の周囲の「平均表面温度」を指します。特に、夏の室内では日差しが当たる窓面や床面温度は50~60℃にもなり、室内にいる私たちの心理・生理・行動に大きな影響を与えます。また、気流速度(風速)、つまり空気の動きも寒暑感に大きく関わってきます。

以上の4つの要素が重要なのですが、ほとんどの人は空気温度と相対湿度しか気に留めていませんよね。実は、空気温度は「表面温度」や「気流速度」によって二次的に決まる要素なのです。ですので、適切な表面温度や気流を確保することによって、夏でも冬でも安全で快適な「室内気候デザイン」が実現します。

一方、人体側の要素には「着衣量」と「代謝量」があります。着衣量は、厚着か薄着かの差(どれくらいの量の服を着ているかという衣服の量)です。代謝量は運動量のことで、例えば、走っている時に暑くなるのは、じっと座って安静にしている時よりも代謝量が大きくなるからですよね。

以上の6つの要素、空気温度・湿度・表面温度・気流速度、着衣量・代謝量をバランスよくコントロールすることが、快適な室内環境を実現する鍵になります。このなかでも改めて強調したい要素は「表面温度」です。夏は外気温よりも低い表面温度として30℃以下、冬は21〜22℃程度に保つことができる室内であれば、より快適に過ごすことができます。この表面温度をベースとして熱環境を調整するデザインを、私は「室内気候デザイン」と呼び、私自身が進めている実物件の計画設計において重要視しています。

―――環境側と人体側の6つの要素のなかでも、特に表面温度が大事ということですね。

実は屋外においても、表面温度をコントロールするだけで環境が大幅に改善されます。公園や緑地のデザインがその一例で、夏の強い日ざしを樹木が遮ることができている空間は、60℃以上の表面温度になっている日なたの中に30℃前後の表面温度の日陰をほどよく配置できているので過ごしやすいです。

人間は一生のうち365日×24時間のほとんどの時間を室内で過ごしていますよね。電車やバスに乗っている時間や寝ている時間を含めるとおそらくその割合は人生80年とすると、その9割以上の72年以上になります。だからこそ、室内環境、特に「表面温度」を意識して室内気候を改善すれば、人生のほとんどの時間を良質な空間で過ごせることになります。実は、この知見は、わたしが住む札幌にある円山動物園の動物たちが住む家、動物舎のリニューアルデザインに関わる機会があって得たものです。

老舗動物園のオランウータンが元気になりすぎて脱走⁉︎ 表面温度が動物の生態を変える!


札幌市立大学 取材用写真

▲札幌市円山動物園「オランウータンとボルネオの森」の室内の様子



―――室内気候デザインによって、具体的にどのよう効果やメリットが得られるのでしょうか?

私は、2006年から札幌市円山動物園にある動物舎の改修や建て替えプロジェクトに関わってきました1)。円山動物園は開園70年以上、1972年の札幌冬季五輪の開催前は昭和天皇が訪れた歴史ある動物園だったのですが、その当時は動物たちが快適に過ごせるような環境ではなく、いわゆる「見世物小屋」のような状態だったんですね。

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▲2007年当時のオウンウータン「ていじろう」が屋外放飼場にいるときの様子



この写真は、2007年夏に撮影した、雄のオランウータン(弟路郎:ていじろう)が屋外放飼場にいるときの様子です。「ていじろう」は、この写真のように開園中いつも寂しげで退屈に見える表情をしていて、日中、この場所からほとんど動かなかったのです。表面温度がわかるサーモグラフィーを当ててみると、空気温度(外気温)は30℃には達していないのに、「ていじろう」のいる放飼場の地面の温度は50~60℃くらいと気温よりかなり高温になっていたのです。

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▲改修前(2007年夏)の屋外放飼場の表面温度分布



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▲改修後(2008年夏)の屋外放飼場の表面温度分布



当時、円山動物園からは屋外放飼場の改修プロジェクトを受けたのですが、地面の温度が50~60℃になっていることが、オランウータンが活発になれない理由の一つではないかと考え、まずは放飼場の地面の温度を下げる改修をメインにする方針としました。コンクリート被覆を剥がして土に戻して地面には起伏を設け、水場も創りました。その結果、改修後の2008年の夏には放飼場の大半の地面温度が25~35℃になり、改修前の60℃より約30℃も下がりました。

灼熱の環境にいたくないと縮こまって奥の壁にへばりついていた「ていじろう」が、改修後はどんどん元気になり、放飼場内で活発に動くようになりました。それに伴って「毛なみ」もよくなり、たちまち円山動物園の人気者になりました。“本来の生き方”を取り戻したかのように活発になり、あまりに元気になりすぎて、開園中にロープを駆使して屋根に登ったりする「脱走?事件」の全国ニュースにまでなるほどでした(笑)。実際は脱走はしておらず、これは今では「笑い話」になっていますが・・・

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▲改修後、来園者の人気者になった「ていじろう」の様子



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▲放飼場内のポールに登る「ていじろう」の様子



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▲改修前後の「ていじろう」の移動距離
改修前後の「ていじろう」の移動距離(改修前の3倍に増えた)2)



改修後は「ていじろう」の時間あたりの移動距離が、改修前の3倍ほどになり、野生に近い本来の動きに回復しただろうと言えます。その後、インドネシア(ボルネオ島)から奥さん(雌)がやってきて、すぐに子どもが生まれました。良質な熱環境を提供することは「少子化対策」にもつながるのではないかと思っています(笑)

この「ていじろうの庭」の改修プロジェクトを通して、彼の多様な行動から新たな学びが得られました。このときは、空気温度は外気温そのものですのでわたし自身(設計者)がコントロールすることはできません。何に手を加えたかというと、空気温度はそのままで、放飼場内の素材やその配置をデザインすることによって「表面温度」をコントロールしたことになります。さらに興味深いのは、地面の起伏や素材の種類によって表面温度に斑(むら)が生まれました。この「表面温度のほどよいムラ」を作れば、その空間、時間特有の多様な快適性が生まれ、「ていじろう」はもちろんですが、植物も繁茂することがわかりました。

「ていじろう」から学んだ表面温度のデザインは、その後の2011年の「は虫類・両生類館」の建て替えプロジェクトにも応用できました。爬虫類は、変温動物なので、表面温度が高い場所(ホットスポット)と低い場所(クールスポット)を自由に移動できるように、多様な温度帯の環境を用意する必要があるのですが、このような「室内気候デザイン」によって彼らの繁殖も活発になったのです(オランウータンどころではない繁殖力でした)。

写真は、サイイグアナという爬虫類で、この放飼場は完全に室内環境ですが、「ていじろう」の時と同じように表面温度にムラを設けました。そうしたところ、サイイグアナは高温面と低温面を行き来するのです。まるでサウナに入っているお父さんがサウナを出て、外気浴をするかのような動きです。変温動物の爬虫類や両生類は、熱環境を始めとする環境適応性が、私たちヒト(哺乳類)に比べて極めて低い動物種ですが、「ていじろう」と同じような動きを取ることで健康性を担保していることがよくわかりました。このサイイグアナの様子を見て、快適とは何か?もしかすると、一定で均一な熱環境下にいることが必ずしも快適というわけではないのかもしれない?という新たな気付きを得たのです。

札幌市立大学 取材用写真
札幌市立大学 取材用写真

▲札幌市円山動物園「は虫類・両生類館」サイイグアナの様子と表面温度分布



この大胆とも思える気づきは、私たちの生活空間においても同じことが起こっているのではないかと・・・考えるようになりました。エアコンの設定温度をある一定に調整すれば快適になるという考え方がこれまで常識とされてきました。これは概ね間違ってはいません。ここで言う温度とは、ほとんどの場合「空気温度」を指している考え方ですが、「は虫類・両生類館」のように空間の表面温度がほどよい範囲でコントロールできていれば、空気温度(室温)はむしろ成り行きでよく、エアコンだけに頼らない快適な空間を実現できるのです。

―――表面温度に着目した建築物は増えているのでしょうか?

いま国内外で「表面温度」に着目して計画された建築物があるかというと、私が関わった建築以外にはほとんどないと思います。結果的にほどよい表面温度になっている・・・という建築はあると思いますが・・・(笑)なぜなら世の中に「表面温度」に着目している建築環境の研究者はほとんどいませんので。日本では、わたしの師の宿谷先生と宿谷ゼミで博士号を取ったメンバーぐらいだろうと思います。宿谷先生は建築の設計者という立場ではなく理論構築の研究を主にされていたのですが、私はデザインという工学とは異なる専門に関わる機会が幸いにしてあり、建築の計画・設計にも関わってきたので、宿谷先生から学んだ「表面温度(放射)の理論」を動物園やその他の実在の建築に実装し、快適な室内気候を実現することができました。

一般に快適性というと、「快適温度」という表現があるように空気温度だけが注目されがちです。しかし、この空気温度だけでは不十分と考えています。たとえば、冷房の効いた部屋で長時間過ごすと体が冷えきってしまうし、暖房が効きすぎて肌が乾燥することもありますよね。

こうした諸問題に対する解決策をほとんどの建築のプロフェッショナルは(誤解を恐れずに言えば)持ち合わせていないと感じています。私は、動物園デザイン、設計研究を通して、空気温度が適切な範囲でも湿度が低くなると乾燥して死んでしまうカメやトカゲのことを今回知る機会があったので、空気温度だけをコントロールしようとしても快適な環境が得られるわけではないと確信しています。

なぜ、表面温度をコントロールすることが省エネや健康にもつながるのか?


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▲冬の人体エクセルギー消費線図(室温・周壁平均温度の関係)3)、4)



―――室内気候デザインが、ほかの設計手法を比べて優れている点は何ですか?

室内での熱的な快適さ、心地よさを説明するのに役立つ「人体エクセルギー消費線図」というチャートがあります。「エクセルギー」は、初めて聞く方が多いと思いますが、エネルギーの質、資源性とその消費を表現できる熱力学の概念の一つです。

このチャートは「人体エクセルギー消費線図」と呼ばれるもので1)、2)、私たちの身体が、任意の室内気候下でどれほどの体温調節やその他、健康を維持するための負荷が掛かっているかを等高線の高さで表したものです。横軸が空気温度、縦軸が空間の平均的な表面温度(周壁平均温度)を表していて、この等高線が値が低いほど、身体は体温を維持するために使うエクセルギー(資源の消費)が少ない、つまり快適な状態といえます。逆に等高線の値が高いほど不快で、場合によっては危険な状態を意味します。

このチャートは、冬季の屋外(外気温0℃、外気相対湿度40%)における室内気候(室温と周壁の表面温度の関係)を示したものですが、それによると、冬は室温が17~18℃、表面温度は25℃の条件が、人体エクセルギー消費が2.5W/㎡で最小で「最も快適」と言えます。

これまで人体のエネルギー収支がちょうど釣り合うところ(代謝熱量と放熱量が等しくなる条件=点線の条件)であれば熱的な快適性が得られるとされているのですが、このチャートを使うと最も快適な室内気候の条件が一つに定まることになります。

ただし、実際に室温17~18℃、表面温度25℃の室内気候を人為的に作るのはなかなか大変です。冒頭で述べたように一般的な住宅は壁の断熱性が低いので、室温を(エアコン暖房で強制的に)上げても室内の表面温度はなかなか上がっていきません。表面温度を調整して適切な範囲(25℃前後)にする方法は2つあり、まず壁や床、屋根の断熱性を高めて放熱を抑えた家にすること。もう一つは、床暖房などによって強制的に空間の表面温度を上げることになります。よくエアコンよりも床暖房のほうが快適と言われるのはまさにこのチャートがその感覚を表していると言えるでしょう。

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夏の人体エクセルギー消費線図(気流速度と周壁平均温度の組み合わせ)3)、5)



一方、夏はどのような条件であれば快適な室内気候が実現できるか?ですが、冬と同じ人体エクセルギー消費線図(チャート)を使うことでわかります。冬と少し異なるのは、横軸が空気温度ではなく気流速度になっています。このチャートに拠ると、外気温が32℃の環境下で日射遮へいを徹底することによって室内の周壁平均温度を外気温以下(28~32℃)にして、風通しをよくすれば(気流が毎秒30~40㎝の速さで動く)、最も心地よい空間を創ることができます。つまり、エアコンをつけなくても表面温度をできるだけ外気温以下に下げて、風通しをよくするだけで、より快適な環境を作り出せるのです。

「室内気候デザイン」の手法を使った事例として福井市にある建築「オレンジリビングベース(OLB)」のプロジェクトにも関わりました。この建物は、福井の在宅医療チームの拠点となるオフィスで、毎朝ナースやドクター、ケアマネージャー等が集まり、チームごとに訪問先に外出移動し、また昼に戻ってきてカルテを書いたりミーティングをしたりする、スタッフの出入りがたくさんある空間で、スタッフにも設計時に入ってもらって空間をカタチにしていきました。

OLBが竣工してから2017年~19年の3年間の室温データをみると、表面温度をコントロールすることによって室温を快適に保つことができています。北陸地方の福井の外気温は夏は外気温が35℃を超え、冬は0℃未満になる厳しい環境ですが、オフィスの中心部の空気温度・表面温度は夏25~28℃、冬20~25℃を維持できています。

札幌市立大学 取材用写真
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▲「オレンジリビングベース」(OLB)の写真



この建物の中央部には4m高さのパネルが設けられ、空間全体を放射によって暖冷房するシステムがあります。夏には冷水(サーモカメラによる表面温度の写真)、冬には温水をパネル内部に流すことによって、断熱材で包まれているコンクリートの室内側の表面温度を最適な範囲で維持しています。

一般にエアコンをかけている室内では窓を開けることはありませんが、このOLBではコンクリート躯体の温度が真冬でも高いので、高窓をすこし開けて換気ができて、COVID-19感染症拡大のときも機能したようです。また夏も同様に躯体そのものが冷えているので高窓換気ができて、室内の頂部にたまった熱気が高窓を介して効率よく排気できます。実はOLBのオーナー(紅谷浩之医師)は、円山動物園の「ていじろう」ファミリーを実際に見に来てくれて、「うちのナース、ドクターをオランウータンにしてください!」とお願いされたことがプロジェクトの切っ掛けでした。OLBスタッフの多くは「ていじろう」のように好きな場所を選んでいます。ひんやりした空気やそよ風を感じたいときなど、気分に応じて場所を選べる選択肢も増え、長い時間を快適に過ごすことができているようです。

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▲オレンジリビングベース(福井)の夏季の室内気候(表面温度分布)の設計時の予測



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▲夏のOLB(福井)の室内気候デザイン(表面温度のシミュレーション結果)



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これなら、省エネだし、エコだし、体にもいい。省エネって我慢して行なうみたいなところがあるじゃないですか。あるいは、快適さを求めて冷房や暖房の設定温度を過度に調整してしまったり、トレードオフの関係で考えがちですよね。ですが、この表面温度による「室内気候デザイン」の考え方は、win-winなんですよ。表面温度が何℃程度になるかを意識して建物を設計し運用すれば、快適だし省エネでもあるのです。

―――室内気候デザインによって、持続可能な社会の実現のためにどのような貢献ができると思いますか?

SDGs(持続可能な開発目標)は大切なのですが、これは「言語情報」でしかなくて、いまの私たちの肌感覚を刺激する「体感情報」が不足しているように思います。たとえば、日本にいるとアフリカの食糧危機の問題を想像しにくいでしょう?

一方で、「室内気候デザイン」の話は私たちが自宅や学校、オフィスなどで直接体感できるものです。SDGsをより理解するためには、こうした身近な環境の体感情報、「身遠な環境」の情報、それらを繋ぎ合わせる理論をセットで学ぶ空間と時間が必要と思います。また、さきほどご紹介した「エクセルギー」の概念も数値化された理論ですが、数値だけを振りかざしてもうまく活用できないと思います。お伝えしたいことは理論や数値に加えて、自分の肌感覚を通して理解、実践することが必要です。建築の設計者であれば、どんな設計をすればどういう室内気候を実現できるのか、自信を持って言えるような人を育てていくべきではないでしょうか?

肌感覚の話に通じるのですが、「空の温度」って何度かわかりますか?地球の表面温度をサーモカメラで測定すると、大体マイナス30℃くらいで、冬に雲がないときはマイナス50℃から40℃くらいなのですよ。

宇宙の温度はマイナス270℃なので、この冷たさが日射とともに地球環境に強い影響を与えています。太陽が沈み夜が来るから、というのも一つの理由ではあるのですが、太陽が出ている昼であろうと沈んでいる夜であろうと、宇宙の冷却効果は地球に常に影響を与えています。そう考えると、常にマイナスの表面温度帯にある空を屋外空間デザインに活用できないか?って考えたりできますよね。そんなランドスケープデザイナーは世界にはまだ出ていないように思います。このように宇宙と地球の関係を理解することは、自分たちの生活の領域にもつながっていく思いませんか。

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―――室内気候デザインによって救われる人や動物は多いと思います。世の中にもっと広がってほしいですね。

ありがとうございます。最近は日本気象協会さんらと共同研究を行なう機会もいただいていて、天気予報の中で外気温度、湿度、風速、雨量、雪量、気圧のほかに、ぜひアスファルトや芝生の表面温度、空の温度に関しても適宜、解説してほしいとお願いしています。そうすれば、国民全体に表面温度の意識が拡がりますので。

私のいる北海道の人間は、冬の道路の路面温度ってすごく気にして暮らしているのですよ。路面温度がマイナス4から3℃前後になると(そのときの天候にも拠りますが)滑りやすくなりますから。外気温と路面温度がそれぞれ何度だと滑りやすいかは大体頭に入っていて、毎年、冬になると頭のなかで始動するのですが(笑)、このような肌感覚と知識が世界中で共有、蓄積されれば、外気温に対する表面温度の対応関係から現在、未来の環境を把握し、暮らしの中で安全性や快適性を高めることができると考えています。

―――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

今日お話させていただいた内容はどちらかというと設計者や作り手の視点に基づいた話でしたが、読者の皆さんは建築設計に関わらない方がほとんどでしたよね。しかし、今の室温は何度だろうと考える意識を持ってほしいですね。

最後に、私が15年ほど前から柱の一つにしている研究テーマとして、ヒトが今、何℃と思うか(想像温度と呼んでいます)の研究をしています6)。たとえば、札幌の小学生にとっての「暑くて耐えられない」とする想像温度は25~27℃なのに対して、熊本の小学生にとっては28~33℃であることがわかりました(以下の図)。「暑くて耐えられない」とする限界の平均の想像温度が5℃も差があるのですが、これは住んでいる地域や普段過ごす環境が異なるため、温度の感じ方、暑さに対する印象も大きく異なるからと考えられます。

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▲札幌(左)・熊本(右)の夏季の小学生の想像温度と暑熱不快率



自分が住んでいる地域の環境の特性を知る、いま、何℃であるか正確に把握することは快適な暮らしを送るうえで大切です。このときの温度はほとんどの人は「空気温度」をイメージするのですが、さきほどの路面温度のように、表面温度が何度か想像ができるようになることも大事です。

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▲「ていじろう」の奥様「レンボー」とのコミュニケーション



円山動物園のオランウータン「ていじろう」のファミリーもみんなとても賢いので、おそらく私のことを「良い環境を作ってくれたオジサン」と認識してくれています(笑)動物園にいる彼らの住まいの表面温度をほどよく調整することで、動物たちは日向や涼しい場所に移動でき、その時々に最適な場所を選ぶ選択肢が増えます。そういう動的な感覚や身体性を大切にすることが、人間にとっても動物にとっても、植物にとっても重要なことでしょう。

私の室内気候デザインの研究のこれまでの成果によると、夏であれば30℃以下、冬は22℃から23℃に表面温度を保つことができれば、快適に過ごせるかもしれません。熱や空気の振る舞いに対する感覚を養うことが、自らの体を守り、食事や睡眠の質を向上させることにつながりますし、ペットや植物の世話にも役立つことが多いと思います。熱・空気、室内気候を意識した暮らし、結構、愉しいですよ!

参考文献

1) 気候変動時代の室内気候デザインを学ぼう、Maitanable News、2024年。
2) 斉藤雅也・片山めぐみ・伊藤哲夫・吉田淳一・吉野聖・酒井正幸:札幌市円山動物園・類人猿館改修デザイン、日本建築学会技術報告集 15巻、29号、pp.207-210、2009年。
3) 宿谷昌則編・西川竜二・高橋達・斉藤雅也・淺田秀男・伊澤康一・岩松俊哉・マーセル シュバイカ:エクセルギーと環境の理論、流れ・循環とは何か(改訂版)、井上出版、2010年。
4) 伊澤康一・小溝隆裕・宿谷昌則:室内空気温・周壁平均温の組み合わせと人体エクセルギー消費の関係、日本建築学会環境系論文集、68 巻 570号、pp.29-35、2003年。
5) 岩松俊哉・長沢俊・林慧・片岡えり・北村規明・宿谷昌則:集合住宅における放射冷却パネルを用いた採冷手法の可能性に関する研究(その3)、日本建築学会大会学術講演梗概集、pp.529-530、2008年。
6) 斉藤雅也・高橋達・高柳有希・田中稲子・谷口新・中島祐輔・西川竜二・廣谷純子・村田昌樹ほか:季節を味わう住みこなし術-「ちょいケア」で心地よいライフスタイルに大変身!-日本建築学会編、技報堂出版、2022年。


新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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