気球による宇宙遊覧で「宇宙の民主化」を目指す!アサヒグループジャパン&岩谷技研の共創プロジェクト始動
ビールを中心とした酒類、飲料、食品で多様なブランドを世界で展開するアサヒグループジャパン株式会社が2023年1月、新たな事業分野の開拓やAI技術の活用などを推進するため、イノベーション推進組織「Future Creation Headquarters」を創設。さまざまな企業や人材と共創し、新価値の創出に挑戦している。
その一環としてスタートしたのが気球による宇宙遊覧フライトの実現を目指すスタートアップ企業、岩谷技研への出資だ。
同社は、ロケットのように燃料を使うのではなく、空気よりも軽いガスの浮力で人や物を宇宙遊覧が可能な高度まで運ぶ、安全で低コストなフライトを提供すべく、2024年夏の商用運航開始に向けて開発を進めている。
1889年に日本で創業して以来の歴史と伝統をもつアサヒグループがなぜ、まだ市場の成熟していない宇宙ビジネスへ支援の手を向けようとしているのか?両社が目指そうとしている宇宙遊覧フライトビジネスとは、どんなものなのか?
それぞれの担当者に登場していただき、話を聞いてみよう。
当記事で紹介した「気球による宇宙遊覧」について、2024年6月2日に実施した有人自由飛行試験で高度10,555mに到達しました。2名乗りキャビンで高度10,000mを超えたのは初めてです。
参照:PRTIMES「今夏の宇宙遊覧商業運航開始へ向け、自社開発の有人ガス気球で成層圏(高度10,555m)へ到達成功」
安全安心をともに目指す企業同士の連帯感
―――まずは、アサヒグループがイノベーション推進組織「Future Creation Headquarters(以下、FCH)」を設立した経緯を教えていただけますか?
伊藤:アサヒグループホールディングスは2022年1月1日付で、アサヒビール、アサヒ飲料、アサヒグループ食品などの日本事業を吸収分割で譲受して、中間持株会社であるアサヒグループジャパンを設立しました。
以後、アサヒグループジャパンは、アサヒグループホールディングスの100%子会社として日本国内における各事業の拡大・価値最大化を図ることになりました。
FCHは、その取り組みのひとつとして、2023年1月に創設した組織です。
―――大規模な組織改編に伴って、これまでの組織のあり方を見直す必要が生じたわけですね。その背景には、どんな課題があったのですか?
伊藤:ポイントは、大きく分けて2つあります。
まずひとつは、中長期的な環境変化に対応した「新価値創造」が急務となっているということ。
もうひとつは、さらなる成長は既存事業に連動した事業だけでは困難だということです。
その背景には、少子高齢化による「胃袋の減少」、消費に個性を求めるZ世代の台頭による「従来型のマス向けビジネスの限界」といった要素があり、これまで取り組んだことのない新規分野での事業に取り組む必要があると結論づけられたのです。
―――宇宙事業は確かに、アサヒグループがこれまで手掛けてこなかった分野に違いないと思いますが、既存事業とはあまりにかけ離れているようにも見えます。果たして、シナジー効果は望めるのでしょうか?
引用:アサヒグループジャパンが参画する、岩谷技研のOPEN UNIVERSE PROJECT公式サイト
杉原:それについては、宇宙事業の提案者である私がお答えいたします。
実際のところ私自身、以前から宇宙について特別な興味があったわけではなく、アサヒ飲料の研修の一環である新規事業開発研修に参加したときには、あらゆる業界、業種の情報を検討していました。
そのなかで私が宇宙事業に興味を持ったきっかけは、誰もが宇宙遊覧を体験できる社会の実現に向けて挑戦を続ける岩谷技研の理念に共感したことはもちろんですが、安心・安全面での取り組みに感銘を受けたからです。
安心・安全は、飲料や食品を扱う弊社が掲げる最上位の理念なので、共通点が多いのではないかと考えました。
新規事業提案資料作成にあたっては、新価値創造に特化しているFCH所属の先輩に相談し、岩谷技研との共創を実現させたいという想いを伝えていました。
結果的に今後成長が見込まれる宇宙ビジネスへの支援は、アサヒグループがミッションに掲げている「期待を超えるおいしさ、楽しい生活文化の創造」にもつながる考えだと評価され、FCHのプロジェクトとして事業が動き出しました。FCHが発足されていなければ研修に留まっていた提案なので、FCHには本当に感謝しています。事業が動き出すと、プロジェクトも進行中ではあるものの、とても大きな手応えを感じましたね。
真空、低温、無酸素。壮大な宇宙の姿がもたらすもの
引用:岩谷技研
―――資料によると、岩谷技研は、これまでに400回を超える無人飛行試験、数十回の有人飛行試験を実施してきたと伺っています。また、万が一の場合でも気球がパラシュートに変形するなど、合わせて21件の国内特許を取得したすぐれた新技術もお持ちのようですね。現在、御社が進めている『OPEN UNIVERSE PROJECT』の概要と、今後の見通しについて、教えてください。
▲搭乗者が生還できない事故の発生確率(重篤事故率)は、ロケットの3%に対して気球は0.000008%。自動車や飛行機といった一般的な乗り物と比較しても、同等以上に安全なことがわかる。
引用:岩谷技研
唐津:岩谷技研ではこれまでに、自社での「ガス気球」の製造や、ほぼ真空で、外気温は摂氏マイナス80度、0.03気圧という過酷な成層圏環境下でも地上と変わらない気温と気圧を維持する生命維持装置を搭載した「気密キャビン」の開発をはじめ、技術面では多くの成果を挙げています。
また、2023年10月に行った有人飛行試験では、ひとり乗りのT-9キャビンで最高高度10,669mに達し、国内ではじめてガス気球で1万m以上の成層圏到達に成功しました。
引用:岩谷技研
ただ、アサヒグループジャパンをはじめとするパートナー企業様との共創による『OPEN UNIVERSE PROJECT』が掲げる「誰もが宇宙に行ける『宇宙の民主化』」というゴールに向けては、現段階ではまだスタートラインに立ったに過ぎないとも言えるのかもしれません。
というのも、このプロジェクトが作り出そうとしているのは、気球による宇宙遊覧に参加した人たちの体験そのものだからです。
技術的な到達点はある意味では通過点に過ぎず、今後はオペレーションの設計やクルーの練度を上げていくことなどを通じて、「お客様にどういう体験をしてもらうのか?」ということを突き詰めて考えていかねばなりません。
料理に例えると、最高の食材を使っておいしいものを作ったとしても、欠けた食器に盛りつけされていれば、おいしさは半減してしまいますよね。
レストランの内装や音楽、それからスタッフの接客など、料理を盛り立てる雰囲気づくりも重要です。
私たちのプロジェクトも現在、そうした環境づくりをしている段階にあると言っていいでしょう。
―――ありがとうございます。具体的には、どのような体験になるのでしょうか?
唐津:この体験で到達する最高高度約25,000m周辺の成層圏は、ほぼ真空で、低温、無酸素。
地球軌道や月面の環境とは厳密には微小な差がありますが、人間にとっては宇宙空間とほぼ同じ環境です。
宇宙遊覧フライトに使用する2名乗りのキャビン「T-10 Earther」には、宇宙船としては極めて大きな直径およそ150cmのドーム型の窓を備え、壮大な地球とその背後に広がる宇宙の姿を遊覧することができます。
海外に旅行した人からよく聞く話ですが、日本と異なる文化に触れると、日本のよさにあらためて気づかされたり、課題や問題点などが見えてきたりするといいますよね。
弊社の特殊バルーンによる宇宙遊覧によって、お客様にそれと似た体験を提供できればと思っています。
▲キャビン「T-10 Earther」の写真
引用:岩谷技研
―――アサヒグループとしては、どのような形で支援を行っていくのでしょう?
杉原:まだくわしくお話しできる段階ではありませんが、単なる出資に留まらず、将来的には宇宙で楽しめる飲料や宇宙食の研究なども視野に入れて共創していきたいと思っています。
宇宙ビジネスは今後、成長が見込まれる分野だということは間違いないので、早い段階でプロジェクトに参画できたことは、とても幸運だったと思っています。
先ほど、「参加者の体験が大事」という話がありましたが、アサヒグループも自社の製品を通じて多くの人に「体験」を提供してきました。
夏の暑い日射しのもとで飲む三ツ矢サイダー、親子と孫の三世代で飲み続けるカルピスなど、思い出に残る製品づくりを心がけています。弊社がこれまで培ってきたマーケティングのノウハウなども、提供していければと考えています。そして、宇宙空間で地球を眺めながら、私たちの製品を口にしてもらえることにロマンを感じますね。
「週末、宇宙行く?」と気軽に言える社会とは?
引用:岩谷技研
―――岩谷技研が掲げる「宇宙の民主化」は、社会にどんな影響を及ぼすでしょう?
唐津:4月12日が「世界宇宙飛行の日」だということをご存知でしょうか?
これは、1961年にソビエト連邦(当時)の有人宇宙衛星船「ボストーク1号」が、世界初の宇宙飛行を行ったことにちなんで定められたものです。
宇宙飛行士であるユーリイ・ガガーリン氏の「地球は青かった」という言葉が広く知られましたね。
それから60年後の2021年は、「宇宙旅行元年」の年とも言われています。この年、宇宙へ旅行したツーリストの人数が、史上初めて職業としての宇宙飛行士の人数を超えたのです。
これまでの宇宙への旅は、資金力のある人や厳しい訓練を突破した人など、限られた人だけが行ける、「閉じた体験」に過ぎませんでした。
これを「開かれた体験」として多くの人に提供していくことが、私たちの考える「宇宙の民主化」です。 宇宙に触れる体験は、人々の考え方を、生き方を、未来をも確実に変えるはずです。
―――ありがとうございます。最後に唐津さん、杉原さんのおふたりから読者へのメッセージをいただけますか?
唐津:岩谷技研は、創業者の岩谷圭介が2016年、たったひとりで創業したスタートアップ企業です。2024年6月現在、約80名の仲間が彼のもとに集まっていますが、メンバーたちは決して特殊な才能や天才的な頭脳を持った人たちばかりではありません。
実は私自身、前職はウェディングの映像づくりや福祉施設で映像を教える仕事をしていました。ほかにも、元JRの職員や百貨店の販売員、通信会社のエンジニアなど、さまざまな経歴を持った、ごくごく普通の人たちが集まっています。決して、宇宙工学などの専門課程を専攻した人間ばかりではありません。
そんな私たちだからこそ、宇宙は、決して遠いものではなく、「週末、宇宙行く?」と気軽に言えるほど身近なものなのだということをアピールできるのではないかと思っています。どうかご期待ください。
杉原:このプロジェクトのキーワードは、個人的には「わくわくする挑戦」だと思っています。
アサヒグループも、これまでの歴史と伝統のなかで、さまざまな挑戦をし続けてきましたが、そのDNAを引き継ぎ、宇宙事業という未知の分野へ進出していきます。
また、現在、宇宙事業のほかにも摂食嚥下領域における新事業など、今後もさまざまな企業や人材と共創して未来を切り拓いていくつもりです。
是非とも注目してください。
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