2024.03.13

長岡技術科学大学・本間剛教授が追求する「結晶化ガラス」がもたらす社会変革


私たちの生活のなかに、当たり前に存在するガラス。食器や窓ガラスなどの日常的に利用するものから、グラスアートのような芸術作品など活躍の場が広い素材である。

ガラスが社会にさまざまな形で浸透している理由は、その柔軟性にほかならない。熱を加えれば溶け、冷やせば固まるため、利用用途に合わせて形を変化していけるのが特徴だ。

そんな3,000年以上前から使われてきた歴史の古い産物であるガラスが、現在の環境問題の解決へ向けた革命を起こそうとしている。

今回紹介する長岡技術科学大学・本間剛教授は、ガラスにさらなる可能性を見出し、「結晶化ガラス」の開発を進めている。結晶化ガラスは電池の素材として相性が良く、実現すれば長寿命で安全性の高い「全固体電池」を作ることが可能だ。

今回は、ガラスを使った社会への貢献を研究し続け、新たな歴史を刻もうとしている本間剛教授に、結晶化ガラスの有効性や課題、全固体電池がもたらす私たちの未来についてお話を伺った。

本間 剛
インタビュイー
本間 剛氏
長岡技術科学大学 物質生物系
教授


長岡技術科学大学・本間剛教授が研究する「結晶化ガラス」


ガラス溶融 ▲ガラス溶融の写真

―――はじめに研究概要を教えてください。

私が研究しているのは、みなさんが日常的に利用しているガラスです。世の中に浸透しているガラスを深掘りし、もっと世の中に最適化できないかを常に考えています。

たとえば、私が現在力を入れているのが、次世代の蓄電池の素材として有効な「結晶化ガラス」の開発です。結晶化ガラスを活用すれば、蓄電池をよりハイパワーで長寿命にするなどの効果が期待できます。

さらに、現行のリチウムイオン電池の弱点である安全性に関しても、結晶化ガラスを使えば解決が可能です。現代のテクノロジーと適合し、さらなる活性化をもたらせるガラスに可能性を感じ、日々研究を続けています。

―――ありがとうございます。結晶化ガラスと通常のガラスにはどのような違いがあるのでしょうか?

簡単にいえば、電気を通せるかどうかの違いがあります。ガラスは電気を通さないことは一般常識としてご存じだと思いますが、普段の生活で使っているガラスはソーダ石灰ガラスと呼ばれていて、「ソーダ灰」と「石灰」と「珪砂」が主成分です。このようなガラスであれば電気は通しません。一方で、電池として機能させるために必要な電気を通す、もう少し正確にいうと、「ナトリウムイオン」を通すための加工が施されているところが、従来のガラスにはない結晶化ガラスならではの特徴です。

電気を通すには材料の中で電子またはイオンが良く通る経路が必要で、しかも電池にはさらにイオンを良く蓄える仕組みが必要です。従来のガラスのままでは、電池の稼働に必要なナトリウムイオンが少なく、蓄電池への最適化ができません。

一方、「結晶化ガラス」は、特定の機能をもった結晶が隙間なくガラスで埋め尽くされた構造をしています。電池材料としての機能とは前述のイオンを良く通すことと、イオンを蓄える機能の2つが必須です。しかも、ガラスが結晶の隙間を埋めることで、ナトリウムイオンが効率的に伝導していく仕組みを作れるとされています。つまり、結晶化ガラスは蓄電池に適合できる新素材といえますね。

結晶化ガラスの顕微鏡像 ▲結晶化ガラスの顕微鏡像

―――なるほど。そもそもなぜガラスを電池の素材として活用するのでしょうか?

ガラスは、液体と固体の性質を両方併せ持っていることから、電池との親和性が高いとされているためです。

そもそもガラスとは、熱することで液体となり、冷やせば固体に戻る性質をもっています。この性質を使い、さまざまな形に姿を変えて社会のなかに存在しているのです。

とはいえ、熱すると液体に戻っていくのは、どの固体でも同じことが言えますよね。しかし、ガラスはほかの固体と性質が異なる部分があるんです。

たとえば、固体が液体に戻る温度はそれぞれ決まっており、アルミだと650℃で融解してそれ以上の温度では液体で、それよりも低い温度では固体に変化します。ところが、ガラスには明確に何度から固体になるという境がありません。

先ほども申し上げたとおり、電池の稼働に必要なナトリウムイオンが内部を巡れるようにするためには、結晶同士の隙間を埋める必要があります。

温度調整により柔軟に液体や固体へ形を変えられるガラスであれば、自由に結晶同士を接着し、隙間を埋められることがわかっているんです。

なお、従来の電池が液体で構成されている一方、ガラスにより結晶同士の隙間が埋められた状態は、固体だといえるんですよね。

固体だけでできた電池は「全固体電池」と呼ばれ、現在も開発が進められています。

結晶化ガラスを使った「全固体電池」の実用性


電池の駆動 ▲電池の駆動の写真

―――全固体電池の開発が進んでいるのは、従来の電池に問題があるからなのでしょうか?

はい、現在主流となっている「リチウムイオン電池」の問題が、時代が進むごとに表面化してきています。

問題の一つは、リチウムイオン電池を作る原材料の供給が不安定になっているところですね。特にリチウムとコバルトは動向が著しいです。

日本は、リチウムを主に南米から輸入しているのが現状です。日本にはリチウム資源がないため、発展途上国の経済が不安定になった場合、価格の乱高下や供給不足の危険性があります。

さらに、義務教育を終える前の子どもなどを不当に働かせる「児童労働」が、電池を構成するコバルトの採掘に関わる可能性も拭いきれません。加えて、これらの鉱物は限られた資源であることから、将来的な枯渇も考えられます。

ほか、リチウム電池が可燃性の材料で作られている性質上、発火の危険性と常に隣り合わせであるところも問題です。

最近のウェアラブルデバイスなどは、リチウムイオン電池がどこに入っているかわからず、燃えるごみとして捨てられてしまうケースがあります。結果、リチウムイオン電池の発火が原因で、ごみ処理場やごみ収集車が燃える事例が頻発しているのです。

とはいえ、1991年に実用化されたリチウムイオン電池は、主流な電池として活躍し続けているのが現状ですね。

―――全固体電池が実用化すると、従来の電池の問題をどのように解決できるのでしょうか?

身近な資源であるナトリウムを活用した電池が作れるだけでなく、安全性の向上が期待できます。

ナトリウムは、ガラスの主原料のソーダ灰以外でも食塩や重曹などに含まれており、世界中どこでも採取ができる成分です。だからこれだけガラスが工業製品として成り立っているのです。ナトリウムであれば輸入をする必要がないため、国際的な問題にも左右されず、資源枯渇の心配もありません。

安全性については、電池が燃える原因の「電解液」という液体を使わずに済むことが挙げられます。全固体電池はすべての部材が固体でできているため、燃えない電池の実現が可能です。

全固体電池がもたらすのは再生可能エネルギーのさらなる促進


イメージ画像
―――将来的に全固体電池が普及すると、私たちにどのような効果が期待できるのでしょうか?

全固体電池の実用化のなかでも、再生可能エネルギーの効果を高められることへの期待が高まっています。代表的なものには、電気自動車を初めとしたモビリティの進化が挙げられますね。

電気自動車は、電池に求めるスペックが高いんです。具体的には、「パワー」「寿命」「安全性」「コスト」の4つが一定レベルを満たす必要があります。

従来の電池でも、電気自動車の実用化はできていますよね。ただ、全固体電池に入れ替えると、先ほど挙げた性能すべての向上が可能になるんです。

たとえば、長い距離を走れるようになり、バッテリーサイズも小さくて済むことが予測されています。

ほか、太陽光発電においても、全固体電池が重宝される未来が予測できているんですよね。具体的には、自宅で発電した電気を貯めておくための、蓄電池としての活用が考えられています。

たとえば、家庭内に保管ができ、停電時のバックアップなどに使える「定置用蓄電池」は、現行のリチウムイオン電池で構成するなら10年程度で購入初期の7割程度の容量に低下します。しかし、全固体電池であればさらなる長寿命が期待できるため、いまよりも家庭へ普及していく可能性があります。

―――全固体電池の実用化にあたり課題となっていることはあるのでしょうか?

実用化に至っていない問題の一つは、ガラスの研究者が少ないところです。この数十年で日本国内の大学等でのガラスの研究室は激減しました。日本だけでなく、世界で見てもガラス研究者の人口が足りていません。

ほか、ただでさえガラスの研究者が少ないのに、全固体電池の発明に必要な電池を構成する全ての材料を網羅した研究が乏しいのも課題といえますね。

全固体電池を作るには、「正極活物質・固体電解質・負極」の3つが必要です。例えば、従来のリチウムイオン電池の研究においては、正極ならセラミックスの専門家で、負極なら炭素材料の専門家が研究し、電池内では電解液が隔ててそれぞれは独立した構造だったので、研究領域が分かれていました。ところが全固体電池では3つの部材で連続的に固体界面を作らなければならないので、全ての材料の特徴を理解しないといけない。既に独立した研究者が新たな専門に挑戦することは結構難しいかもしれませんが、柔軟な発想と挑戦が全固体電池の研究には求められていると思います。現在はまだ、リチウムイオン電池の研究動向のようにセクションで独立した研究が行われている傾向があるため、全固体電池を志向した開発が進んでいるとはいえません。

研究者たちが実用化に向けて努力を注ぐフェーズも必要だろうとは思うのですが、体制が整っていないところに課題を感じています。

目立たない存在のガラスが社会変革を起こすおもしろさ


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―――全固体電池以外にも、ガラスの活用で社会問題を解決できることはありますか?

はい、ガラスを使った透明な太陽電池の実装化が始まっています。透明な太陽電池が普及すると、農作物の上に透明な太陽光パネルを設置でき、日光をさえぎらずに発電ができるんですよね。

ほか、現在主流のシリコン型の太陽光電池から、軽くて薄いだけでなく、折り曲げられる「ペロブスカイト太陽電池」も出てきています。ペロブスカイト太陽電池をガラス建材と一体化させれば、ビルなどのガラスに発電機能を持たせて、定置用電池で電力を貯蔵し、エネルギー収支をゼロにすることが将来可能になるでしょう。遠方の発電所から電気を運んで送電ロスを作るよりは、近くで発電して近くで消費する方が効率的です。

ガラスの性能を活用して作られる資源に頼らない電池は、これからの当たり前になっていく技術の一つといえますね。

―――最後に、これからガラスの研究を進めていきたいと思う若者にメッセージをお願いします。

研究者人口が減っている現状のなかでも、ガラスの可能性を追求したいと思う若者には、従来のやり方にとらわれない発想を持ってほしいと願っています。

たとえば、ガラスを作る行程では、原料を精密量り、熱した融液を冷やす行程があります。慣れればたくさんできるようになりますが、それでも限度があります。これらの行程をロボットに作業を任せて、新たな機能を探ることに集中することも人口減少問題に立ち向かう日本ならではの一つの手です。

ガラス材料研究の領域では、ロボティクスやデジタル関連との融合がまだ途上だと認識しています。若者には、現代のテクノロジーを積極的に活用し、新発想に基づく材料開発を進めてほしいと思っています。

ガラスは、目立たない存在なんですよね。まるで空気や水のように、当たり前に世の中へ溶け込んでいるため、なかなか注目されにくいところがあると思います。

ただ、ガラスがなければ、私たちはいまのような便利な暮らしができないことも事実です。雨風を防ぐ窓ガラスや、パソコンのディスプレイ、通信用ガラスファイバーなど、社会に欠かせないものの多くにはガラスが関わっています。

また、これから結晶化ガラスの実用化が進めば、全固体電池が普及し、蓄電やエネルギー問題などの解決にも貢献が可能です。この機会に、いま一度ガラスの大切さを思い出していただけると嬉しいですね。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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