デジタル社会における情報デザインの重要性
メディアや媒体がテクノロジーと共に進化した現代、私たちはどのようにして情報を認知し、理解し、判断しているのだろう。
特にインターネットの普及以来、情報の伝達方法は根本的に変わり、我々の情報に対する理解も進化を遂げてきた。この変化に注目しているひとりが、情報デザインの研究を行う宮崎公立大学の森部 陽一郎教授だ。
彼の情報デザインに関する研究は、私たちが情報をどのように解釈し、活用するかに新たな光を当てている。今回は、インターネットの黎明期から情報の質を追求し続けた森部氏の視点から、情報デザインの未来に関する洞察をお伺いする。
受賞歴は、日本生産管理学会功労賞2014年9月、厚生労働省労働基準局長表彰受賞2019年11月、厚生労働大臣感謝状贈呈2021年7月など。
近著は『現代の品質管理』(泉文堂、1999年)。
インターネット時代の先駆者、情報デザインの進化を語る
―――まずは、研究内容について教えてください。
私はもともと品質管理という分野で研究を進めておりました。大学院時代に経営工学の研究室で生産管理について学び、特に品質管理の専門知識を深めています。当時の焦点は生産ラインの品質を如何に保つか、統計的に不良率を下げる方法にありました。ちょうど*TQC(全社的品質管理 Total Quality Control)という概念が注目を集め始めた頃ですね。
その後、私はインターネットが実用化される時期に、インターネットを通じて、情報工学がより幅広い分野に拡がっていく様子に魅了されました。Googleも存在しないその時代、私は情報の品質を保証する方法である情報の質の向上に焦点を当てたことが、情報デザインへの道の始まりでした。
今では、品質管理の手法を情報に応用することで、情報の形式や質をどう改善すべきかについての考察が深まったと考えております。
TQC(Total Quality Control)とは日本語では「全社的品質管理」「統合的品質管理」と訳される。製造業などにおいて、製造を担当する部門に限らず、あらゆる部門で製造する商品の品質管理に取り組むことをさしている。
―――なるほど、コンピューターとインターネットが世界を変えていくタイミングを直に感じていたわけですね。
そうですね。インターネットの普及という大きな波を目の当たりにして、この技術が世界にどのような変化をもたらすのかがとても気になりました。丁度ソフトバンクの孫さんがホームページ制作を始めた頃と同じ時代です。その当時、ホームページの作成自体が新しく、その価値や役割を理解するのが一般的ではありませんでした。
ホームページが普及し始めた当時は、情報をどのように提示し、見せるかが重要になってきました。情報の見せ方は情報デザインと深く関連している部分で、私の研究の中心です。
―――当時、ホームページがまだ珍しく、UI・UXといった概念もない中で情報デザインに興味を持たれたわけですね。情報デザインの定義や基準について教えていただけますか?
情報デザインは、情報の「形」をデザインすることと捉えています。「形」とは、目に見えるものだけでなく、目に見えない要素も含みます。情報の形を整えること、つまり形のデザイニングが情報デザインの本質です。
整った情報は適切に伝わり、形が整っていなければ伝わらない、誤解されたり、操作ミスが起こったりする可能性があります。情報デザインは、情報を最適な形にすることで、理解が容易になり、使用が簡単になることを目指しているのです。
―――つまり、整っていない情報を適切に整え、正しく伝わるようにすることが情報デザインの一つの定義と言えるでしょうか?
その通りです。例えば、ユーザーが三角形の情報を必要としているのに、四角形の情報を提供してしまった場合、ユーザーは混乱しますよね。情報デザインでは、ユーザーに理解しやすい形、この場合は三角形に情報を整えることが重要です。
情報デザインにはエモーショナルな側面も重要
―――情報デザインの現在の役割と重要性について、教えていただけますか?
現代の情報デザインは、ユニバーサルデザインの原則と密接に関連しています。これは「誰でもわかる」ことを意味し、すべてのユーザー、例えば高齢者、子供、色弱の人々に対してもアクセシブルであることが重要です。
現在のデバイスやウェブサイトでは、多様な色やデザインが用いられていますが、それが全ての人にとって理解しやすく、使いやすいかが重要視されます。
特に情報デザインにおいて、アクセシビリティとユーザビリティが鍵です。まず、情報にアクセスできるようにし、その後で使いやすさを考慮する必要があります。現在、情報デザインの重要性は、すべての人に情報を適切に伝える方法を模索することにあります。ただし、使いやすさやアクセシビリティに注力するあまり、デザインの魅力を失わないよう注意が必要です。
情報デザインにおいて、機能性だけでなくエモーショナルな要素も重要です。ユーザーを中心としたデザインアプローチにおいて、単に使い勝手の良さを超えて、ユーザーが感情的にも魅力を感じるデザインが求められています。
―――情報デザインは、単なる情報の整理からスタートし、今ではユーザーの感情に訴えかける要素を含む、より広範なものに進化しているというわけですね。
まさにその通りです。情報デザインの中で、ユーザーエクスペリエンスの考慮は重要です。使う側がわくわくするような、誘導的なデザインが今後さらに重要になります。情報を自然に、かつ積極的に使えるようにすることが、情報デザインの目指すところです。
―――様々なデザインにおいて、特に印象的な事例があれば、教えていただけますか?
無印良品のCDプレーヤーは、シンプルさと使いやすさの優れた例です。四角い筐体に直接CDをはめ込むデザインは、換気扇をモチーフにしています。紐を引くとCDが回る仕組みは直感的で、ユーザーにとって理解しやすく操作しやすいと言えます。この製品は*スキューモーフィズムデザインの良い例であり、2000年代初頭に登場したにも関わらず、今もなお興味深いデザインとして挙げられます。
主にコンピュータシステムのユーザーインターフェース(UI)において、実物に似た質感の再現を目指したリアルなデザインのこと。
―――無印良品の製品は、説明書なしでも使いやすいことで有名ですね。そのCDプレーヤーのデザインは、スキューモーフィズムの概念に基づいていると。
はい。さらに、*アフォーダンス(英:affordance)という概念も重要です。これは形状がその機能を示すという考え方を指します。 例えば、椅子は椅子を座るモノとして知らない幼児も座ることが出来ます。これは当たり前のことではなく、アフォーダンスの考え方だと、椅子の形状が「座れる」と情報を出しているのを幼児は知覚して座っているのです。このように、形状から機能を推測できるため、ユーザーは直感的に操作方法を理解できます。
私の研究では、非言語的伝達手段、特にピクトグラムに注目しています。ピクトグラムは、訪日外国人や留学生など、日本語を母国語としない人々にとって特に有用です。「やさしい日本語」とピクトグラムの組み合わせは、情報の提供に効果的であり、私の研究テーマの一つです。
アフォーダンス(英:affordance)とは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンがafford(与える、もたらす)という動詞の名詞形として作った造語である[1]。アフォーダンスとは、環境が動物に対して与える意味や価値である。生態光学、生態心理学の基底的概念であるが、近年では、生態心理学の文脈だけでなく、広く一般に用いられるようになってきている。
―――なるほど。文字による情報伝達とピクトグラムの組み合わせにより、より幅広いユーザーに伝わるというわけですね。
まさにそうです。情報デザインは、情報の形を整え、状況に応じてその形を変えることで、情報の伝達精度を高めることにつながります。
現代情報デザインの課題は情報の取捨選択―――
―――現代の情報デザインが直面している主な課題は何だと思いますか?
今の時代、特にインターネットの普及以降、目から受け取る情報量が圧倒的に増えています。人間の感覚器官の能力は数万年前からほとんど変わっていませんが、情報の量は指数関数的に増加しています(*)。この情報過多の状況で、どのように情報を取捨選択し、デザインするかが大きな課題です。
*出典:総務省『データ流通量の推移』
―――つまり、目や耳から入る情報が多すぎて、どのように選択し、整理するかが新しい課題というわけですね?
はい、その通りです。情報を減らすことは難しいので、どのように情報を提供し、ユーザーにとって必要な情報と不要な情報を区別するかが重要になります。これにはフィルタリングのようなアプローチが必要です。
情報デザインは、単に情報を伝えるだけでなく、どのように情報を伝え、処理しやすくするかにも重点を置く必要があります。これからの情報デザインは、情報の質と処理可能性に焦点を当て、より効率的で理解しやすい方法を模索し続ける必要があります。そのために、情報デザインでは情報を取捨選択することが必要です。
視覚だけに囚われない、情報デザインの未来展望
―――情報デザインが複雑化している現代において、将来的に情報デザインがどのように変化し、社会にどのような影響を与えるか、その見通しはありますか?
情報デザインは、今まで効率化や情報伝達の実用的な側面が重視されてきました。しかし、視覚情報に偏っていたり、機能性ばかりが重視されてきました。
人が視覚情報として許容できる情報には、限界が来ていると思います。視覚以外の情報を活用することは、ユニバーサルデザインへの繋がりになるでしょう。人間は五感を持っているため、視覚だけでなく他の感覚も活用することで、情報をより効果的に伝達できるようになります。
情報デザインにおける機能性については、人の感情に訴えかける設計が重要です。
人は、機能性だけではなく、人の感情を呼び起こすような要素を求めているため、エモーショナルに誘導する仕組みを取り入れる必要があると思います。
エモーショナルな要素を取り入れているものでは、Apple社の製品は優れた例です。Macのジニーエフェクト(*)をイメージしてください。ジニ―エフェクトは一見必要ではないかもしれませんが、体感的にウィンドウが開いたり閉じるのが感じられます。Appleの製品のシェアが広がったのは人の感覚―――心の琴線に触れるっていうところを徹底して、製品作りをした結果だと思います。
ウィンドウやアプリケーションが最大化・最小化するときに表示されるアニメーション効果のこと。Dockから最大化する際の動きが、アラビアンナイトのひとつ『アラジンと魔法のランプ』に登場するランプの精「ジニー」が、ランプから飛び出して巨大化する動きに似ていることから名づけられた。
―――たしかにApple製品の使い心地は感情を揺さぶられます。Apple商品といえばコンセプトも秀逸な印象がありますが、情報デザインにおいてコンセプトの役割はどうでしょうか?
確かに、コンセプトデザインは非常に重要です。ユーザーのニーズを理解し、それに基づいてコンセプトを作成することで、デザインの方向性が定まります。ユーザー調査を通じてペルソナを作成し、その人々がどのような製品を求めているかを明確にすることが重要です。
iPhoneやiPodのような製品が、ユーザーに好まれる理由は、コンセプトにあります。
例えば、iPodとウォークマンは同じ機能を持ちながら、全く異なるコンセプトを持っていますよね。コンセプトの違いが、ユーザーの選択に大きな影響を与えます。情報デザインでは、このようなコンセプトや感情的な要素をどのように取り入れるかが、今後の大きな課題となります。
情報デザインとユーザー中心思考―――情報デザインが未来にどのような変化をもたらすか?
―――ユーザーはどのように情報デザインに向き合うべきか、専門家の視点からご意見をいただきたいです。
情報デザインは、本質的にユーザーの幸福のために追及されるものです。設計者はユーザーのためにどのように考えるべきか、優しさや共感が鍵となります。
例えば車のデザインにおいても、ユーザーは細かい機能よりも直感的な快適さや使い心地を重視します。心地よさのような感情を押さえることが、良いデザインへの鍵となるでしょう。
また、世界は右利きの人だけではないように、多様なユーザーに対する思いやりがデザインに反映されるべきだと思います。
―――効率化ばかり求められる現代において、思いやりという言葉に感銘を受けました。
最近、効率化という考え方に加えて、タイムパフォーマンスという言葉を学生から耳にします。ただ、タイムパフォーマンスだけを求めて人は幸せになってるのか、と思うことがありますね。
効率化のように、単なる情報量でパフォーマンスを測るというよりも、情報量としてのパフォーマンスは低いかもしれないけど、結果としての情報が伝わるのであれば、優しさを重要視した情報デザインのほうが、結果的にはパフォーマンスは高いと考えます。
―――タイムパフォーマンスへの考え方は大変興味深いです。情報の取捨選択の重要性や、情報をどのように処理するかについての考え方について、読者に伝えたいメッセージはありますか?
まず、身の回りの物事を見る際に、使いにくさや使いやすさを単なる事実として受け止めるのではなく、その背後にある設計の意図や情報の形を考えてほしいです。
この視点を持つことで、見えてくる世界が変わってきます。
物の見方を変えること、既存の立ち位置を変えて考察することで、全く異なる現象として映ってきます。情報デザインも同様で、見る角度を変えることで新たな発見がありますね。
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