エネルギー自給自足の日本へ: 門勇一教授が実現する新しい太陽光発電
2023年に起きた電気料金の高騰は、日本全体をネガティブな空気に包み込んだ。当たり前に使っていたものに生活がおびやかされ、将来へ不安を感じた人も多いだろう。
電気料金の高騰に対応するため、私たちができることの一つに太陽光発電がある。太陽光発電は、自宅の屋根に設置をしておくだけで、電力会社からの供給とは別に電気を使用できる「再生可能エネルギー源」だ。
しかし、個人が太陽光発電の導入をすることに、ほとんどの人が一歩踏み出せないのが現状である。設置コストの高さだけでなく、下落を続ける売電価格の影響で、個人だけでなく事業者も導入へのリスクを感じてしまうためだ。
今回紹介する京都工芸繊維大学・門勇一名誉教授は、太陽光発電システムを世の中に普及させるため、低コスト化の実現に向けた共同研究を企業と進めている。高コストで電力損失を伴う制御器をシステムから排除して、太陽光パネルと蓄電池を直接接続すれば、蓄電効率が飛躍的にアップし、経済的メリットのある再生可能エネルギーの実現が可能だ。
今回は、太陽光発電の可能性を探求し、電力のあり方にゲームチェンジを起こす活動をする門名誉教授に、従来の太陽光発電システムの問題や解決策、再生可能エネルギーが普及した未来についてのお話を伺った。
京都工芸繊維大学・門勇一名誉教授が研究する新しい太陽光発電システム
―――はじめに、研究概要を教えてください。
現在は、再生可能エネルギーに焦点をあてており、なかでも太陽光発電システムに関する研究がメインです。特に、太陽光パネルと蓄電池を直接接続する方法と、蓄電池に蓄えられた直流電力を交流に変えずに、直流電力のまま近隣でシェアする研究に力を入れています。
従来、400Vで5 kW以上の発電をする太陽光パネルと蓄電池を直接接続する事はできませんでした。直接接続出来れば蓄電効率の飛躍的な改善が可能です。
また、太陽光パネルで貯めた直流電力を、地産地消で地域でシェアする研究も続けています。具体的には、直流電力を地域でシェアするため直流電力ネットワークを構築します。そのネットワークを構成する「電力ルータ(直流電力分配装置)」の研究開発を進めています。
従来の太陽光発電システムのコスト問題を解決し、低コストで高効率な太陽光発電システムが普及すれば、直流電力ネットワークを通して地域で電気をシェアできる世の中が実現可能です。このネットワークは電気自動車(EV)との接続で、シナジー効果が期待され、災害による停電時にはEVの電気エネルギーを活用できます。
―――ありがとうございます。再生可能エネルギーの大量導入をするべきと思った背景を教えてください。
これからの日本は、再生可能エネルギーを大量導入して、エネルギーの自給自足をする必要があると感じているためです。エネルギーの自給自足とは、自らのまちで電気をつくり、地産地消で生活ができることを意味します。
日本の電力事情を紐解いてみると、火力発電への依存度が約76%(2020年実績)と高く、その燃料には天然ガス、石炭、等が主に使われています。この天然ガスの価格は原油価格に連動しているため、国際紛争等が原因で原油価格が上がると天然ガス価格も上がり、電気料金が高騰しているわけです。
こうして、エネルギー源を海外に大きく依存したままだと、世界的な感染症や国際紛争などで日本が孤立した場合、電力をまかないきれなくなることが想像できます。
海外に頼っている現状から脱するためにも、日本は再生可能エネルギーを大量導入し、自給自足で電力を作れるようにしなければなりません。
実は、日本は再生可能エネルギーの自給自足に向いている国なんです。たとえば、火山大国である性質上、日本は世界第3位の豊富な地熱資源量を持っており、地熱発電のポテンシャルが非常に高い国です。
ほか、海に囲まれているため、海上に風車を設置する「洋上風力発電」にも適した国土をもっているんですよね。
これらの再生可能エネルギーに加え、大量導入しやすい太陽光発電の研究が進めば、海外に頼らず電力供給ができる未来が待っているはずです。
現在の太陽光発電の問題は、導入コストの高さと、売電価格の下落
―――従来の太陽光発電には、どのような問題があるのでしょうか?
現状の太陽光発電システムのままでは、発電電力の効率的な蓄電と配電ができておらず、導入・運用コストと見合っていないことが問題です。
太陽光パネルが発電した電力を蓄電するには、太陽光パネルと蓄電池の電圧をマッチングさせ、蓄電池が過充電にならないように「DC/DC変換器」等で充電制御をする必要があります。しかし、電気がDC/DC変換器を通るたび、電力ロスが発生します
太陽光で発電した電力を蓄電池に貯めて、ユーザに電力を提供するにはDC/DC変換器を2回経由する必要があります。1回通るたびに電力ロスが5%程度おきるため、合計で10%程度の損失が起きてしまっているんです。しかも、直流電力を交流に変換してユーザに提供する場合は更に5%以上の損失が生じ、トータルの損失は20%程度に増えてしまいます。
―――なるほど。太陽光パネル以外にも、太陽光発電に関連して障壁となっているものはありますか?
事業者が参入できないほど、売電価格が下がってしまっていることが挙げられます。
2010年は、1kWあたり48円で電力の売電ができていましたが、2023年は16円まで下がってしまっているのが現状です。
事業者が太陽光発電で利益を得ようとすると、大規模な太陽光パネルを作る必要があり、設備コストが発生しますし、電力会社に売電するため交流への変換設備や接続ポイントまでの電線敷設コストが加わります。売電価格が16円まで下がってしまった現在では、利益を得るのが難しくなっているんですよね。
本来の太陽光発電は、家庭用から事業用までさまざまなスケールが可能で、コスト的にも参入しやすいものなんです。実際に、世界を見渡してみると、太陽光パネルによる発電量は右肩上がりになっています。
しかし、売電価格の下落が続く現状では、事業者の参入が難しい状態なんです。一方で、電力会社から購入する電気の料金は高騰しています。売電せずに、自ら使うべきなんです。
交流から直流接続にシフトすれば、太陽光発電の普及が見えてくる。
―――太陽光発電の問題を解決し、自給自足のエネルギーとして活用するためには、どのような対策が必要なのでしょうか?
太陽光発電システムから電力ロスを伴うDC/DC変換器やパワーコンディショナーを排除して、発電した電力を効率的に蓄電池に貯めます。次に、交流に変換することなく直流電力として地域でシェアリングすることが大切です。将来、地方ではEVが地域の足となり、直流電力の給電が必要となりますが、EVの普及とシナジー効果を期待できます。
先ず、太陽光パネルと蓄電池を直接つなぐ仕組みをつくり、発電した直流電力を蓄電池に高効率で貯めます。従来の太陽光発電システムからDC/DC変換器等を排除して、太陽光パネルと蓄電池を直接つなぐと、1システムにつき全損失が5%以下で済むことが分っているんです。
更に、直流電力を交流電力に変換する時に、5%以上の電力損失が生じて、従来システムではトータルで20%程度のロスが生じます。直流電力のままネットワークで地域に配電する方法が有効です。
直流電力を効率的に配電するには地産地消型の「直流マイクログリッド」と呼ばれる電力ネットワークが、直流社会へのシフトにおいて重要なインフラとなっていきます。
直流マイクログリッドは、複数の太陽光パネルや複数の蓄電池が接続され、更にEVやLED照明等の電力を消費する負荷が接続された直流のネットワークですね。将来は直流家電も増えていくと考えています。今の白物家電は交流を直流に変換し、更に、直流を交流に変換してモーターを駆動しています。2回ロスが入ります。直流給電であれば、交流への変換だけで済むのでロスが減るからです。
このネットワークの重要性は、EVの普及とも関係しています。EV市場の予測を見ると、EVが占める自動車販売市場における割合は、2035年に6割を占めると言われています。 EVは動く蓄電池なので直流マイクログリッドに繋がれると、マイクログリッドから充電されますが、逆にEVがもつ直流電力をマイクログリッドに給電できます。例えば、太陽光による発電電力が不足した時や、災害による停電時は、マイクログリッドを介して、複数のEVから地域の家庭に電気を送ることが可能です。
このような電気の使い方が現在の交流システムと共存し、将来は主流となることが予想されます。
太陽光パネルと蓄電池を直接つなぐ発電システムとマイクログリッドが導入されると電力の損失が減り、エネルギーの単価が下がるとも言いえます。つまり、電気料金が安くなるのと同じ意味なんですよね。
さらに、地域で直流を使う技術が確立すれば、ネットワークを介して、地域で電気をシェアリングするインフラを整備できます。電気のシェアリングとは、各家庭に蓄電池と「電力ルータ」を設置し、余った電力をシェアリングする仕組みです。
このシェアリング方法が実現すると、電気エネルギーの単価が原油価格に直接依存せずに下がり、高騰している電力会社に支払う電気料金よりも安くなります。つまり、太陽光パネルと蓄電池が直接つなげられるようになれば、太陽光発電の大量導入も現実味を帯びてくるのです。
―――電気料金が安くなる以外に、私たち消費者が感じやすいメリットはありますか?
太陽光発電の運用でネックとなりがちな、メンテナンスの手間とその費用が改善されます。
既存システムでは太陽光パネルと蓄電池の間に「DC/DC変換器」や「パワーコンディショナー」が入っており、これらを構成する電解コンデンサ等の部品の寿命は、長くても15年程度しかもちません。我々、消費者からすると、太陽光発電システムを導入したら、20~30年は動作し続けて、長くノーメンテナンスであって欲しいですよね。
提案システムの様に、高コストでロスを発生するDC/DC変換器を排除すると、20~30年程度はメンテナンス不要で動き続けることが期待されます。
また、直流ネットワークの仕組みを使った電気シェアリングが普及していくと、動くエネルギーバンクとも言えるEVを活用して、災害による大規模停電にも対応できるようになります。電力会社からの供給が止まっても、太陽光発電等の再生可能エネルギー源を使い電気を発電し、近隣とシェアしながら使っていく、地産地消型の世の中が実現できます。
未来への不安をなくすためにも、再生可能エネルギーの大量導入が必要
―――再生可能エネルギーの大量導入が実現すると、将来的にどのようなことがおきるのでしょうか
枯渇する資源を使う火力発電所や、地震のリスクを伴う原子力発電がなくなり、エネルギーの民主化が起きて、真に持続可能なエネルギーシステムが実現すると考えられます。エネルギーの民主化とは、再生可能エネルギーが浸透し、誰もが電力の発電とその取引に参加できる社会状況のことです。
これまでの日本は、エネルギーの供給における自主性と平等性がありませんでした。たとえば、原子力発電所が近くにある地域に住む人は、リスクを背負いながら生活をしているといえますよね。誰のための発電なのか?と言う問題意識が益々強くなっていくと思います。
再生可能エネルギーの大量導入が成功すれば、誰もが自分と地域のために発電をし、地域へ電力を分け合うような仕組みが実現できます。また、今後普及していく地域の足としてのEVともマッチし、地域の人々がエネルギーとモビリティで繋がり、地産地消型のまちづくりが可能です。
―――おもしろいですね…汎用性が高い印象を受けました!
そうですね!太陽光パネルと蓄電池の直接接続は、パーソナルユースが可能なんですよね。例えばパーソナルユースの例では、カーポート型の太陽光発電システムなどがあります。EVをカーポート下に駐車することで、太陽光を使用した充電が可能です。
また畑や農園での使用も期待されています。営農型太陽光発電システムと言って、植物に必要な光だけを透過する太陽光パネルの新素材を使用しているんです。
つまり畑の上に太陽光パネルを設置しても、果物や野菜の成長を妨げることなく太陽光発電が可能になります。※
※参考資料:※農林水産省
―――素晴らしいですね!現段階で、太陽光パネルと蓄電池を直接つなぐ研究はどこまで進んでいるのでしょうか?
太陽光パネルと蓄電池の直接接続を可能とする条件を明らかにして、模擬実験で検証している段階です。
一方で、直接接続システムでも、電力回路などに短絡などの異常があった時、強制的に電流遮断をする方法が安全の上で必須です。最近、日本が強い分野でもある「シリコンカーバイド」という半導体材料を用いたトランジスタを用いて、直流専用の半導体遮断器を作ることに成功したんです。初期の研究成果を3月の電気学会等で発表予定です。
現在、遮断器が確実に動作するかどうか、実際の太陽光パネルを模擬した電源と蓄電池の間に入れて、遮断実験を進めています。良好な結果を得ています。つまり、社会実証試験に向けて前へ進んでいる状態と言えますね。
―――ありがとうございます。最後に、未来を生きていく若者や研究者たちに対してのメッセージをお願いします。
これから長い人生を送っていく若者が、未来への漠然とした不安をなくすためには、日常使うエネルギー確保の将来ビジョンが必要です。
いまの若者は、自分が将来どのような生活をしているのか、ビジョンが見えていない人が多いのではないでしょうか。世界各国で起きる国際紛争や環境問題などのニュースを見るたび、未来への不安を抱えてしまってもおかしくはありません。
不安な気持ちを少しでもなくすためには、生きていくうえで必要不可欠なものだけでも、安定して供給される世の中にしていく必要があります。生きていくうえで必須なものとは、食料や最低限の生活保障に加え、電力などのエネルギーのことですね。
つまり、他国に依存せず、自給自足的なエネルギーを確保していくには、地球温暖化防止の観点からも再生可能エネルギーが必要なんです。ただし、世間が動いてくれるのを待つだけでは、安心な未来にはたどりつけません。
将来的には、人口減少に伴い、行政サービスの継続が困難な地域が出る予測が出ています。自らの生活基盤を固めていくためには、いまの自分にできることがないかを探し、地域の人々と繋がりながら、地産地消型のエネルギーシステム実現に向けて主体的に動くことが大切だと思うんです。
私はこれからも、再生可能エネルギーで自給自足ができる未来への研究と普及を続けていきます。普及する電気自動車とのシナジー効果を模索しながら、エネルギーに関するゲームチェンジに果敢に挑戦する姿勢を若い人達に見せていきたいです。
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