2024.07.01

金沢工業大学が拓く生活支援ロボットの世界


老いも障がいも関係なく、誰もが心豊かに暮らせる社会。

金沢工業大学の出村公成教授率いる研究室では、そんな夢のような存在を生み出そうと、AIとロボット工学を融合し、生活支援ロボットの開発に挑んでいる。

高齢化が進む日本社会において、生活支援ロボットへの期待は高まるばかりだ。

単に身体的な世話を行うだけでは不十分……人間に寄り添い、心の通った対話もできなければならない。

生成AIと融合させることで、ロボットは人間に気持ちを寄せ、人にとって違和感なく応対できるようになる―― さらに、親和性の高いデザインも追求し、人型のロボットが、家族のように人々の生活に溶け込むことを目指しているのだ。

生活支援ロボットは、私たちの生活にどんな新たな価値をもたらすのか?

今回、そんな生活支援ロボットの可能性を紐解いていく。

出村 公成
インタビュイー
出村 公成氏
金沢工業大学
教授
専門:ロボティクス
著書:ROS2とPythonで作って学ぶAIロボット入門、出村・ 萩原・升谷・タン著、講談社、2022
受賞歴:日本ロボット学会賞@ホームリーグ、2023年


人を幸せにするロボット!人と機械の新たな関係性に向けて


―――高齢者や障がいを持つ方々のための生活支援ロボットをたくさん開発されてきたと思います。生活支援ロボットの開発における研究の動機は何でしょうか?

私の研究室では、人を幸せにする、人との親和性の高いロボットの開発に取り組んでいます。

AIを搭載し、人間とのインタラクションやロボットのデザインなど、あらゆる面で親和性を高めることを目指しています。

このような取り組みの一環として、ロボカップという国際的なロボット研究開発プロジェクトに参画してきました。

金沢工業大学 取材用スライド
ロボカップは1997年に日本で第1回大会が開催された事業で、AIを搭載したロボットの研究開発が目的です。*

私は大学時代からロボット開発に強い関心を持ち、大学院では今日のAIと呼ばれるニューラルネットワークの理論研究に従事していました。

また、その理論を実際のロボットに実装することにも意欲を燃やしていたんです。

1997年に金沢工業大学に着任すると、ロボカップに出場することを目指すようになりました。

1999年に初出場を果たし、以降、世界大会を含むロボカップの各大会に継続して参加してきました。

金沢工業大学チームはこれまでに14回の世界大会出場を重ねています。

1999年から2009年までは車輪型ロボットによるサッカー競技に取り組み、2002年から2004年にかけて世界大会で準優勝する成果を収めました。

金沢工業大学 取材用スライド 車輪型ロボット

2010年以降はヒューマノイドロボットによるサッカー競技に移行し、2015年以降は家庭環境で人の生活を支援するロボットの開発プロジェクト@Home(アットホーム)に参画しています。

昨年のボルドー世界大会では@Home Education部門で準優勝という結果も残しました。

ロボカップの本来の目的は、人間がリモートコントロールするのではなく、自律して動作するロボットの開発です。

ロボット自体に自律的に動く機能がなければならず、そのためにはAIを搭載する必要があります。

私はまずそうした自律動作可能な知能ロボットの開発を目指し、ロボカップ大会に参加してきました。

ロボカップには世界トップクラスの研究機関や企業が参加しており、常に切磋琢磨する環境にあるので、そうした中で様々な知見を吸収し、技術力を高めてきた次第です。

大会出場を通じて、自律動作知能ロボット開発の最前線に身を置き、研鑽を重ねています。

―――2020年には、「World Robot Summit 2020愛知大会」にも参加し、好成績を残されていますね。World Robot Summit(WRS)での挑戦について教えてください。

2020年の愛知の大会のときは、まだ新型コロナウイルスのパンデミックが完全に収まっていない時期でした。

オンサイトでも大会は行われましたが、金沢工業大学からはオンサイトでの参加の許可は下りず、残念ながら、ロボットの動いている動画を送るリモートでの参加となりました。

現在は、来年の大阪万博のパビリオンでWRSの開催が決定したので、それに向けて準備を始めている最中です。

参考:ロボカップ「自律移動型ロボットによる競技会

商品の陳列からお弁当の盛り付けまでー親しみを持てる生活支援ロボット


―――金沢工業大学の研究室が取り組む生活支援ロボットの特徴は何ですか?

ロボットには様々な種類があり、それぞれ特徴があります。

例えば、かつての車輪型ロボットは高速移動が可能というメリットがありました。

一方で、最近は生活支援を目的としたロボットの開発に力を入れています。

家庭での利用を想定しているため、主婦や一人暮らしの高齢者にも親しみを持ってもらえるようなデザインを心掛けています。

また、2021年に開催されたWRSでは、未来のコンビニをテーマとしてFCSC( Future Convenience Store Challenge)に出場しました。

従来は人手で行われていたおにぎりやお弁当の陳列作業を、ロボットに代替させることが目標でした。

このシステムの特徴は、ロボットと棚が協調して作業を行うという点です。

金沢工業大学 取材用スライド
ロボットが棚に指示を出し、商品の陳列、廃棄や整列などを連携して実施します。

まだ市販のロボットハンドの性能が人間には及ばないという課題がありますので、当研究室ではおにぎり、サンドイッチ、パウチ、お弁当など多様な対象物を把持できるロボットアームを開発しました。

金沢工業大学 取材用スライド
ロボット技術においては、ソフトウェアだけでなくハードウェア面の工夫も重要であり、両者を統合させることが大きな特徴となっています。

こうしたロボットに関連する技術の開発は1999年から続いており、長年取り組んできたんです。

そのベースを生かし、このロボットに関しては、ハードウェアの製作からソフトウェアの統合まで、たった半年ほどの期間で完成させることができました。

―――生活支援ロボットが活躍する場面とはどのようなものですか?

家庭ではすでにルンバなどのロボット掃除機が普及されていますが、当研究室ではさらに進んで、トイレ掃除をロボットに行わせる試みも行っています。

金沢工業大学 取材用スライド
これはWRSに出場したロボットです。

また、今年の修士学生の研究発表では、枡目が小さく食材が多数という幕の内弁当の盛り付けをロボットに行わせるための開発を行いました。

金沢工業大学 取材用スライド
コンビニで販売されている唐揚げ弁当のようなお弁当盛り付けはロボットでも可能ですが、幕の内弁当のように食材が多種多様で細かい場合は困難なのです。

具体的には、専用のハンドグリッパーを開発し、ロボットに装着しました。

人間がリモコン操作するのではなく、ロボットのビジョンで物体を認識し、適切な把持ポイントを計算して自動で配置します。

このようなロボット化は、お弁当工場での需要が高まっています。

現状は人手で単純作業を行っているため、人手不足が深刻化しているためです。

家庭でも子供のお弁当作りや料理の自動化に役立つと考えられます。

まだ実用化されていないので、課題は山積しています。

しかし、今回実際にお弁当を人間が盛り付ける動作を分析し、プリミティブ動作と呼ばれる基本的な動作を抽出して、ロボットにそれを実装、再現することに成功したことは、大きな一歩となりました。

AIで変わる暮らしー笑顔と会話を提供する生活支援ロボット時代の到来!?


金沢工業大学 取材イメージ画像
―――生活支援ロボットが社会に与える影響について、どのように考えていますか?私たちの生活はどのように変わるのでしょうか?

少子高齢化が進む中、一人暮らしの高齢者が増えており、そうした方々へのサポートが今後ますます必要になると考えられています。

介護する人材も不足しているため、その代替としてロボットが期待されているでしょう。

従来の介護用ロボットは身体介助が中心でしたが、生活支援ロボットは会話機能も備えています。

最近リリースされた生成AIのGPT-4oは、ほぼ人間レベルのスピードで会話が可能で、感情表現さえ可能になってきました。

こうした対話AIとロボットを組み合わせれば、一人暮らしの高齢者や体の不自由な方の生活を、身体的にも精神的にも支援できるでしょう。

人間は本来、コミュニケーションを必要とする存在です。
一人よりも対話できる方が心は穏やかになり、気分も良くなります。
私は、このように人々を心の面でも幸せにするのが、今後の生活支援ロボットに求められる役割だと考えています。

表情認識など、人の感情を読み取る技術はかなり以前から研究されてきました。
GPT-4oはスマートフォンのカメラで相手の表情を見て、それに合わせて応答を変えるそうです。

つまり、ある程度の感情の読み取りは既に実用レベルに達しています。

ただし、生成AIにはハルシネーション(幻覚)という、もっともらしい嘘をつくのが大きな問題です。

人間にとって有益な回答ができるかどうかが、これからの重要なポイントになるはずです。

回答の質に問題がないかどうかは、製品として発表する前に検証を重ねることが必要だと思います。

日本はかつてヒューマノイドロボットの分野で世界をリードしていましたが、最近では中国も高性能で低価格のヒューマノイドロボットを生産するようになってきました。

ヒューマノイドの部品点数は自動車に比べて少ないため、量産化すれば100万円以下で製造できるようになると考えられています。

運動能力の面でも着実に進歩しています。

残された課題は、ロボットの「頭脳」部分、つまり人間の常識的な判断力をいかに実現するかということです。

従来は、あらかじめ人間が様々な状況を想定し、「状況Aならこの行動を」と規定していました。

しかし、車の運転のように無限の事象が起こりうる場合、想定外の事態に対処できずに大惨事につながる危険性がありました。

そのため自動運転の分野でも、生成AIの活用が研究されており、人間並みの自動運転には生成AIが不可欠と言われています。

生活支援ロボットにも同様のことが当てはまります。

生活支援には人間の常識や背景知識が多く関わるため、従来は極めて難しい課題でした。

しかし、生成AIの出現でその可能性が開けてきました。

ハードウェア面でも着実に進歩してきたことから、おそらく10年以内には、家庭や病院などで生活支援ロボットが活躍する時代が到来するのではないかと考えられます。

既にコンビニやファミリーレストランで配膳ロボットが導入されつつあり、今後は家庭用のロボットも次々と普及していくでしょう。

10年後には、今とはまったく異なる社会が訪れる可能性が高いと思います。

―――中国がヒューマノイドロボットを量産してきているとのお話がありましたが、現在はロボット分野においては中国が強いのでしょうか?

現在ファミリーレストランなどに普及している中国製の配膳ロボットは、技術的には10年ほど前に日本でも開発することができました。

しかし、なかなか産業に結びつかずに中国に追い抜かされてしまったのは、歯がゆく思っています。

先日開催された国際ロボット会議「ICRA」*において、中国メーカーからヒューマノイドロボットが出展され、注目を集めていました。

従来、ヒューマノイドロボットは研究レベルでも数千万円は下らない高額なものでした。

しかし、出展された中国製ヒューマノイドロボットは、これまでに比べて格段に低価格化(基本 モデルは約250万円から)されているとのことです。

電気自動車の例に見られるように、中国勢は低コストでの量産を強みとしています。

おそらく同様の戦略で、ヒューマノイドロボットも低価格で市場に投入され始めるのではないかと考えられます。

ヒューマノイドロボットの普及も、こうした中国製低価格モデルによって加速していくかもしれません。

参考:ICRA「IEEE Robotics and Automation Society

AIに使われるな、AIを使いこなせ!これからの社会で求められる新たな資質


金沢工業大学 取材イメージ画像
―――日本人としては、日本のロボット産業がどんどん伸びていくと嬉しいですね。今後、金沢工業大学の出村研究室が取り組んでいこうとしている課題や展望は何でしょうか?

生成AIの登場により、ロボット研究の世界は大きく変わりました。

ロボット研究者の間でも、生成AIをロボティクスにどう統合するかが大きな課題となっています。
これができれば、人間並みの機能をロボットが発揮できるようになりますので、多くの研究機関が最重要目標としてこの課題に取り組んでいます。

私たちの研究室でも、昨年のロボカップ世界大会で生成AIを使ってロボットを動かす試みを行いました。
今後さらにこの分野に注力していく所存ですが、実用化はもう目の前に迫っていると考えられます。

実際、昨年「プリファードロボティクス」という企業が開発した家庭用ロボット「Kachaka(カチャカ)」が発売されました。*

これは倉庫用ロボットを家庭向けにアレンジしたもので、棚から物を取り出し人間のもとへ運ぶことができます。

金沢工業大学 取材用スライド 引用: Kachaka(法人向け),Kachaka(個人向け)

今年のロボカップジャパンオープンの競技では、このカチャカをベースに身体と腕を付加したロボットを出場させました。

このロボットは、生成AIを使って路面の障害物を認識し、回避することもできるレベルに達しています。現在では、さらに生成AIと連携させ、簡単な会話応答も可能になっています。

現状では指示された場所への移動程度しかできませんが、おもちゃの片付けや、将来的には調理などの家事も可能になるでしょう。

生成AIとの統合により、ロボットの機能は飛躍的に向上すると期待されています。

ロボカップには様々な競技があり、その中には床に散乱しているブロックや物を片付ける競技もあります。

研究の段階では、このようなタスクをこなせるロボットが開発されていますが、現時点では人間と比べて動作スピードが遅いのが課題です。

動作スピードが改善されれば、ほぼ人間と同じように作業をこなせるようになり、家政婦ロボットの実現がする日も遠くないでしょう。

―――最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします!

生成AIが昨年頃から大きな注目を集めていますが、まだ1年ほどしか経過していません。

当初は文章生成にとどまっていた生成AIですが、最近ではマルチモーダル化が進み、音声や動画などあらゆるモダリティを処理できるようになってきました。

次に予想されるのは、この生成AIをロボットに搭載することです。
これによって、従来のロボットには不可能だった日常生活への浸透が現実のものとなります。

先に紹介した家庭用ロボット「カチャカ」はその一例にすぎません。
生成AIの搭載によって、ロボットの応答や振る舞いがより人間に近づき、家政婦ロボットの実現が10年以内に現実味を帯びてくるでしょう。
さらに、工場における人型作業ロボットの導入も真剣に検討され始めています。

つまり、生成AIの統合によってロボットは飛躍的に人間並みの能力を手に入れ、次の段階に進むということです。
ロボットが物理的な影響力を持つようになれば、我々の社会に大きな変化をもたらすことは避けられません。

ここ数年の急速な進歩を見れば、そうした時代がまさに目前に迫っていることを実感するでしょう。
私たちは、ロボット技術が社会に浸透する転換期を生きている最中だということです。

学校の授業でも生成AIの活用については賛否両論がありますが、生成AIはすでに現実のものとなっています。
それに目を背けるのではなく、積極的に使いこなし、人類の役に立つ活用法を模索することが重要です。

例えば、私が学生にプログラミングの授業を行う際、簡単な課題ならGPTで解答できてしまいます。
しかし、学生がそのまま提出すれば、自らプログラミング力が付かなくなってしまいます。
すると、生成AIが出した答えが合っているか間違っているかも判断できなくなり、生成AIに使われる側に回ってしまいます。

そうではなく、生成AIをうまく活用し、生成AIを使いこなす側に立つことが大切です。
そのためには、まず生成AIを積極的に使ってみて、その使い道を自ら考えていく必要があります。

これが、これからの若い世代に求められる資質だと考えています。
新しいものを恐れずに意識的に取り組み、様々な活用法を自ら創造できる人材こそが、社会を良い方向に変えていくのです。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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