2024.07.09

未来のエネルギーをデザインする:叡啓大学のAI活用エネルギーシステム研究


現在、地球温暖化や気候変動の深刻化などを受け、エネルギーの効率的な利用や再生可能エネルギーの導入が急務となっています。しかし、再生可能エネルギーは必要なときに必要な量を供給するのが難しいなど、様々な課題を抱えているのが現状です。

そんな中、叡啓大学の河村勉教授によってエネルギー分野における革新的な研究が進められています。河村教授が目指しているのは、AI技術を駆使して地域のエネルギーシステムを最適化し、エネルギーの需要と供給を効率的に管理することです。

本記事では、河村教授の研究概要や現在直面している課題、そして未来の展望について詳しく紹介しています。持続可能な社会を実現するためには何が必要なのか、そして一人ひとりができることは何なのか、「新しいエネルギーの可能性」という視点から解説します。

河村 勉
インタビュイー
河村 勉氏
叡啓大学産学官連携・研究推進センター
教授
専門は地域エネルギーマネジメント。
著書:稼ぐビッグデータ・IoT技術 徹底解説 日経エレクトロニクス,日立製作所(担当:分担執筆,範囲:pp.57-61 エネルギー需給構造を最適化、分散した設備をネットでつないで電力と熱を融通) 日経BP 2014年12月26日 (ISBN: 4822276422)
受賞歴:電気学会 電気学術振興賞 論文賞(2023)
関連サイト:
https://www.eikei.ac.jp/academics/researcher/details_00890.html
https://researchmap.jp/tskawamu


地域のエネルギーシステムを最適化する


叡啓大学 取材イメージ画像
―――先生の研究領域について教えていただけますか?

私の研究テーマは、地域のエネルギーシステムの最適化です。具体的には「需要家(ビル、工場、住宅などの電力の消費者)」を含めた地域のエネルギーの効率的な利用を目指しています。なかでも、太陽光発電、蓄電池、電気自動車、ヒートポンプといった新しい技術を組み合わせることで、エネルギーの需要と供給をバランスよく管理することにより省エネとCO2排出削減が可能になります。

近年、需要家では太陽光発電が普及してきましたが、需要に比べて発電量が多い場合には電力が余る問題がありました。そこで、蓄電池やヒートポンプ、将来的には電気自動車により、余った電力を活用することができれば、再生可能エネルギーの利用が進みます。これを需要家から地域レベルに広げれば、CO2の発生量と吸収量を相殺してトータルでゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に貢献できます。

私が目指しているのは、地域全体のエネルギーの需要と供給をリアルタイムで最適化することです。AIは大量のデータから需要予測を行って、エネルギーシステムの効率的な運用を実現できます。例えば、気象データから太陽光発電の出力や各家庭やビルなどのエネルギー需要を予測し、これに基づき蓄電池の充放電を最適に制御したり、お互いにエネルギーを融通したりできるんです。このようにAIを活用することで、地域全体のエネルギーコストを低減するとともに再生可能エネルギーの導入を推進できるようになります。

現在のエネルギーシステムが持つ課題と障壁


叡啓大学 取材用写真
―――現在のエネルギーシステムにおける最大の課題とはどんなことでしょうか?

大きな課題と言えるのは、再生可能エネルギーの変動によって起こる電力系統の需給バランスの問題です。カーボンニュートラルの実現には、再生可能エネルギーを大量に導入する必要がありますが、太陽光発電や風力発電には天候によって出力が左右されるという弱点があります。

例えば、太陽光発電は日が照ると発電量が増加し、日が陰ると減少するため、電力の需給バランスが崩れることがあります。これを調整するためには、火力発電所などで迅速に出力を調整する必要がありますが、対応力には限界があります。電力系統の需給バランスが崩れると大規模停電につながる可能性がありますので、電力が余る場合には再生可能エネルギーの出力を制限することがあります。しかし、これはCO2排出のない電力を抑制することになり、カーボンニュートラルの観点からは問題があります。

そこで、今後はビルや住宅といった需要家が、電力消費を増減させるデマンドレスポンスや、保有する蓄電池、ヒートポンプなどのエネルギーシステムを活用し、火力発電所などと協調して電力系統の需給バランスの安定化に貢献することが期待されています。

Society 5.0 新たな価値の事例(エネルギー) 出典:内閣府Society 5.0 新たな価値の事例(エネルギー)

―――AIを活用したエネルギーシステムの研究で特に注力していることは何ですか?

現在注力しているのは、地域内のエネルギーを地産地消できるようにすることです。従来の需要家のエネルギーシステムでは、需要に応じて電力や熱(蒸気、温水、冷水など)を供給していました。しかし、再生可能エネルギーが普及すると、需要家に設置された太陽光発電システムで発電し、蓄電池、電気自動車、ヒートポンプなどで電力や熱を貯蔵したり必要に応じて使用したりできるようになります。将来は、余剰電力により水を電気分解して水素を製造すれば、必要なときに電力や熱を作ることが可能になります。

また、複数の需要家同士でこうしたエネルギーの融通や取引ができるようになると、エネルギーの地産地消も普及してきます。

さらに、先ほど紹介しましたが、電力系統の需給バランスに貢献するために、デマンドレスポンスも含めた電力の取引も進めていく必要があります。しかし、需要家の自主的な行動のみに期待するだけでは続かないので、ポイント還元など需要家へのインセンティブも含めたビジネスモデルも考えていく必要があります。

このように、エネルギーシステム自体も多数の需要家の機器を連携し、さらにデマンドレスポンスのような人の行動変容を含めた複雑なものになるため、AIを活用してエネルギーシステムを運用することが期待されています。

―――AIを活用したエネルギーシステムに技術的・社会的な障壁はあるのでしょうか?

技術的な障壁として挙げられるのは、データ処理の問題です。エネルギーシステムの運用は、気象条件や電力消費量、エネルギー価格など多くのデータに依存しています。こうしたデータをリアルタイムで処理して、エネルギーシステムを高速で制御しようとすると、従来の物理モデルに基づく計算方法では、近いうちに限界を迎えてしまいます。

AIの強みは、多くのデータから必要データを抽出して学習した後、高速に計算できることです。今後は、ビッグデータを活用してAIで関係するデータを抽出し、エネルギーの需給を予測しながらエネルギーシステムの運用を行う必要があると考えています。

社会的な障壁として、規制や合意形成の問題が挙げられます。エネルギー業界は、安定供給の観点から信頼性が求められますので規制も厳しく、AIなど新しい技術の導入には時間が掛かると予想されます。ようやくAIを活用する研究が行われるようになりましたが、まだこれからという状況ですね。また、地域のエネルギーシステムを変革するには、電力会社、地方自治体、需要家などの多くのステークホルダーが関与しますので、ステークホルダー間の連携や利害の調整が必要だと考えています。

未来のエネルギーシステムが社会を変える


地域マイクログリッドの説明図
―――将来的に、エネルギーシステムはどのように変わっていくとお考えですか?

私が特に期待しているのは、先ほども述べたとおりエネルギーの地産地消ですね。現在、エネルギーは大規模な発電所から遠距離に送電されるのが一般的です。電力サービスは生活に不可欠なものですので「ユニバーサルサービス」に分類され、法律によって日本各地どこでも電気を届けなければなりません。そのため、どんな過疎地であっても電線が引かれて電気がとおっていますが、電力系統の維持費が莫大になってしまうため大きな課題になっているんです。

しかし、これからは、地域内に分散している再生可能エネルギー、蓄電池、ヒートポンプ、さらには電気自動車などのエネルギーシステムを最大限活用し、需要家同士でエネルギーを融通し合うことにより、電力系統の維持コストを抑制できるとともに、地域のエネルギーの安定供給や経済性向上が可能になってくると考えています。

このように地域内でエネルギーを生産し消費する電力の地産地消のことを「地域マイクログリッド」と呼びますが、今後普及していくと期待されています。

―――地域マイクログリッドのメリットとしてはどんなものが挙げられるのでしょうか?

まずは、災害時のエネルギー供給の確保です。電力系統が被害を受けた場合でも、体育館や市役所などの避難場所に最低限のエネルギーを自立して供給できますので、避難時の利便性は飛躍的に向上し、災害に強い地域づくりに貢献できます。

また、平常時にはエネルギー利用の効率向上が可能になります。平常時は電力系統と繋がっていますので、遠隔地および地域内の再生可能エネルギーを優先的に使用し、さらに、燃料電池などのコージェネレーションでは電力と熱の両方を供給できますので、経済性の向上とCO2排出量の削減が期待されます。将来的には、需要家同士でエネルギーを取引して収益を上げることも可能になると考えられています。 さらに、山間地や離島などでは、今後、長距離の電線を引くのではなく、地域マイクログリッドで自立してエネルギーを供給した方がコストを低減でき、災害への耐性が高まるケースがあると考えられています。

―――先生が研究する技術によって、社会にはどのような影響が出るとお考えですか?

まずはエネルギーの投資コストの抑制です。地域内の需要家のエネルギーシステムを活用することにより電力系統の投資コストを削減でき、また、AIによるエネルギーの最適運用でエネルギーコストも削減できます。家庭や企業のエネルギー支出が減少しますので、他の分野に資金を回せるようになります。また、エネルギーの地産地消が進むことで地域の経済が活性化し、新たな雇用が生まれる可能性があることも大きな影響です。さらに、エネルギーを作る際のCO2排出量を削減できるため、カーボンニュートラルの実現に非常に重要な一歩になります。

カーボンニュートラルの実現を目指して


地域エネルギーマネジメントと運転計画結果の説明図
―――先生の研究の意義と今後の展望について、改めて教えていただけますか?

私が研究によって目指しているのは、エネルギーの効率的な利用により、カーボンニュートラルの実現に貢献することです。エネルギーシステムを最適化するためには多くの技術的な課題がありますが、AI技術を活用することで課題を克服できると確信しています。

今後は、気象情報、発電所の稼働状況、電気自動車の充放電状況、需要家での電力使用状況など多くの情報を含んだビッグデータをAIで解析し、産業構造やエネルギー需要などの地域特性に応じた最適なエネルギーシステムを構築する技術の研究を進めていきたいと考えています。具体的には、地域内でエネルギーを地産地消することで、エネルギーの安定供給とコスト削減を実現します。また、災害時にも強いエネルギーシステムを構築し、地域の防災力を高めることも目標の一つです。そのためにも、まずは研究成果を活用し、地元企業や自治体と連携して実証を進めていきたいですね。

―――先生の研究は持続可能な社会にどのように貢献していくのでしょうか?

持続可能な社会を実現するために欠かせない条件は、エネルギーの効率的な利用です。私の研究を進めることで再生可能エネルギーの利用が促進され、結果としてCO2排出量の削減につながります。これが、地球温暖化の進行を抑制するための重要な一歩になると考えています。

さらに、エネルギーの地産地消とAIを活用したエネルギー管理が進むことで期待できるのが、効率的なエネルギー利用の促進と、家庭や企業のエネルギーコスト削減です。エネルギーコストが削減できれば、経済的な負担の軽減に伴って他の重要な分野に投資する余裕が生まれ、地域活性化につながります。最終的には、持続可能な社会の実現に貢献する技術です。

叡啓大学 取材用写真
―――最後に読者の方へメッセージをお願いします。

「カーボンニュートラルの実現」と言われても、ほとんどの方はピンとこないのではないかと思います。カーボンニュートラルは世界全体にとっては究極の目標ですが、読者の皆さんにとってもっともわかりやすい取り組みと言えるのは「省エネ」ということですね。皆さんには、ぜひ省エネや省エネ機器の導入を積極的に行っていただきたいと思っています。

家庭であっても、日々の節電など、日常生活の中でできることはたくさんあります。個人レベルからでも始めることができ、日ごろの積み重ねによって大きな成果が得られます。また、住まいの新築やリフォームなどのタイミングでぜひ太陽光発電、ヒートポンプ、蓄電池などの省エネ機器を導入していただきたいですね。

まだ太陽光発電システム、蓄電池、ヒートポンプなどは高額ですので、導入には慎重になるのではないかと思います。実は私自身も、自宅の温水器が故障したことをきっかけにヒートポンプに変えました。太陽光発電で発電しているときにお湯を作っておけば電気代を大幅に抑えることができます。

エネルギーの効率的な利用は、経済的なメリットが得られるだけでなく地球温暖化防止にも寄与することを知っていただきたいですね。私たち一人ひとりができることを実践することで、持続可能な社会の実現は確実に近づきます。

今後も新しい技術や方法を研究し、エネルギー問題の解決に向けて努力していきますので、皆さんも私たちと共に持続可能な未来を築いていきましょう。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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