未来のパートナー:柴田論教授が描く知能機械の展望
2024.06.04

未来のパートナー:柴田論教授が描く知能機械の展望


少子高齢化や環境問題など、深刻な課題に直面する日本。令和42年(2060年)には、総人口が101億5,147万人であり、65歳を占める割合は、181万398人になると見込まれている。つまり急速に進展する高齢化により、総人口の17.8%が65歳以上になる可能性があるのだ。

働く世代の人手不足が懸念される中、期待されているのが「知能機械」の活躍だ。特に、介護分野における人手不足の解消や、障害者の社会参加促進など、様々な可能性が見えてきた。

未来社会において、知能機械はどのように人間とともに生きていくのか。

愛媛大学工学部の柴田論教授は、そうした新たな共存のかたちを生み出すべく、研究に邁進している。

人間中心のアプローチを取り入れた知能機械の開発に焦点を当て、その未来の展望や課題について考察する。

柴田 論
インタビュイー
柴田 論氏
愛媛大学 工学部
教授
専門:人間工学、感性工学、福祉工学、制御工学
受賞歴:2007年日本感性工学会論文賞、2010年日本福祉工学会論文賞


人と機械が共生する未来 – 柴田教授が描く新しい社会デザイン


愛媛大学 取材イメージ画像
―――まずは、柴田教授の研究について、教えてください。

日本は、少子高齢化や環境・エネルギー問題といった深刻な社会課題に直面しています。同時に、急速なグローバル化の中で、産業競争力を維持しつつ、活力ある社会を実現することが期待されている状況です。

このような中、知能機械は、様々な形で人間と共存して社会に貢献することが期待されています。

特に、少子高齢化の進行に伴い、高齢者の身体的な制約や認知機能の低下に対するサポートの必要性の高まりや、介護分野での人手不足が懸念されていますね。 高齢者の身体機能の低下を補完し、自立した生活を支援することで、高齢者の社会参加を促進できると考えられます。

一方で、高齢者が知能機械を受け入れやすいよう、肉体的、心理的な受け入れやすさにも配慮することが重要です。例えば、簡単な指示で動作することや日常で使う道具を知能化することで、いわゆる「ロボット」という存在を意識しすぎることなしに、違和感なく導入することが可能となります。

従来、ロボットは産業用や宇宙、原子炉、深海など、人が立ち入りにくい危険な現場で活用されてきました。
しかし近年、ロボットに期待されているのは、人の身近な生活空間における活躍です。そのためには、安全性はもちろんのこと、人に受け入れられやすい特性を備えることが重要になっています。

具体的には、人のペースに合わせた滑らかな運動が求められます。これにより、人はロボットに対して親近感や安心感を抱くことができます。そのための1つの方法として、人間の持つ単純ではあるが滑らかな運動特性を解析し、それを知能機械に反映させることが考えられます。

例えば、人間の二点間運動は、躍度(加速度の微分)が最小になるように制御されていることが知られています。このような滑らかな運動特性を知能機械に実装することで、人にとって受け入れやすい振る舞いが実現できるのです。
愛媛大学 取材解説スライド さらに、この滑らかな動作特性に、プラスアルファの要素(感性伝達関数と命名)を加えることで、動作の多様性を生み出すことができます。例えば、手渡し動作では、完成伝達関数のパラメータを調整することにより、ゆっくりとした丁寧な動きから少し積極的なスピーディーな動きまで、動作パターンを変化させることが可能です。これにより、人とロボットの協調動作がより円滑になります。

近年では、このような知見をドローンなどの操縦にも応用しました。タブレットの直観的なスワイプ操作によって、ドローンの移動や姿勢変化をスムーズに行うことができます。タッチ入力という手先による簡単な操作に合わせてドローンが滑らかに動くことで、人の負担が大幅に軽減されるのです。
愛媛大学 取材解説スライド また、ドローンの操縦に視線入力を活用する取り組みも進めています。ドローンにカメラを搭載し、人がその映像画面の特定の部分を注視すると、ドローンがその方向に自動で飛んでいくというものです。これにより、重度肢体不自由者であっても直感的な操作が実現できます。

一方で、空気を動力源とした知能機械の研究にも注目しています。化石燃料の枯渇が懸念される中で、地球上に豊富に存在する空気を活用することは有望な取り組みといえます。しかし、空気の圧縮性や摩擦などの制御が難しい課題があります。

そこで、群知能最適化アルゴリズムを用いた応用研究を行いました。群知能とは、魚群や鳥群の集団行動を参考にしたものです。個々の要素(粒子)がシンプルなルールに従いながら、全体として最適な振る舞いを見出していく手法です。
愛媛大学 取材解説スライド 具体的には、位置と速度を粒子でモデル化し、個々の粒子のベストと全体のベストを組み合わせて最適なパラメータを導き出します。これにより、空気を動力源とした知能機械の制御最適化が期待できます。

また、空気の柔らかな特性に着目し、福祉工学分野への応用を試みています。例えば、シリコンゴムなどの柔軟素材を使い、内部の空気圧を制御することで、柔らかさを有し、かつ強い力を出力できる変形を実現している状況です。これは、長時間車いす利用者の臀部の圧力集中の分散など、人間の生活を支援する取り組みに活用が期待されています。

また、ALSの患者のための支援技術として、視線入力インターフェースの研究を進めています。
重度の肢体不自由を引き起こす難病であるALSは、時間とともに筋肉が徐々に衰えていき、最終的には眼球運動が唯一の自力コミュニケーション手段となります。このようなALS患者のために、通常のパソコンとウエブカメラを用いた、安価で接地の容易な視線入力インタフェースの構築に取り組みました。
愛媛大学 取材解説スライド 具体的には、ある病院と共同で、視線を使ってお医者さんや家族とのコミュニケーションを実現するシステムを開発しました。重度の肢体不自由患者が、視線の動きを入力とすることで、医療関係者や家族とのやり取りを行うことができるのです。

このように、知能機械と人間が共存し、人間を支援する方向性で研究開発を進めることが、我が国が直面する課題解決に繋がると信じ、研究を進めています。

知能機械が拓く新しい福祉・医療の世界


愛媛大学 取材イメージ画像
―――人間と共存する知能機械の開発において、最も重要な技術的課題は何だと思いますか? それらの課題にどのように取り組んでいますか?

知能機械の開発においては、何よりも人の安全が最優先されるべきです。

人工知能の発達により、機械が自律的に判断し行動することで、人間に危害を及ぼすリスクが指摘されています。

例えば、対話型の人工知能システムが、利用者に悪影響を及ぼすような助言をしてしまうといった事例が報告されています。これは、学習データやプログラミングに問題があった可能性が考えられます。

映画「ターミネーター」のように知能機械が人間の利益ではなく、自身の目的のために行動してしまうことも避けなければなりません。

私が扱っているのは、そういった高度な人間と同等の機能を有する知能機械ではなく、あくまで道具の延長として、簡単な操作が可能な知能機械を対象としているため、人への危害を加えるリスクは比較的低いかもしれません。

しかしながら、出来上がった知能機械が人に危害を加えないよう、安全性への配慮は欠かせません。

具体的には、機械の外観を丸みを帯びた柔らかな形状とし、接触時の制御を工夫することで、人への危害を最小限に抑えることができます。また、前述のような空気圧を利用したアクチュエータの開発など、機械の軽量化と柔軟性の向上も安全性の観点から重要です。

すなわち、アクチュエータとしてDCやACサーボモータではなく、空気圧システムを活用することで、軽量化と柔軟性の向上が期待できます。

また、研究者が高度な機能を持つ知能機械を開発出来たとしても、それが実際に広く受け入れられるかどうかは別の課題です。重要なのは、単に優れた性能を実現するだけでなく、ユーザーの心理的な受容性も十分に考慮した設計が必要ということです。

例えば、パワーアシストロボットのような介護支援機器は、高度な機能を有していても、外見が不快感を与えたり、ユーザーの自尊心を傷つけたりするような場合、実際の利用には至らないことがあります。
ユーザーがそうした製品を使うことに抵抗感を感じるため、ファッション性や目立たない設計が求められるのです。
一時期は、人間にどれだけ外観を近づけることが出来るかという観点からいくつかのロボット開発が試みられましたが、ある水準を超えると、かえってゾンビのように見えてしまい、人々に違和感と恐怖感を抱かせることになりました。

その背景にあるのが、いわゆる「不気味の谷」と呼ばれる現象です。
ロボットの人間への類似度が一定の水準を超えると、かえって不気味さや違和感を感じるようになるのです。
一方、犬型ロボットやアザラシロボットなどは、不気味の谷から比較的遠い位置にあるため、ユーザーから好評を得ました。

ロボットなどの知能機械を開発する際には、ユーザーにとって受け入れやすい外観や操作性を実現することが重要になります。

高度な機能性だけでなく、ユーザーの心理的な受容性を考慮した設計アプローチが、知能機械の実用化と普及には欠かせないのです。研究者には、ユーザーの視点に立った創造性も求められていると言えます。

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―――愛媛大学の研究チームが今後取り組むべき重要な研究課題は何だと考えていますか? それらの課題にどのように対処する予定ですか?

愛媛大学の研究チームで今後取り組むべき重要な研究課題の一つが、長期欠席児童生徒の学習支援システムの開発です。

日本には、不登校や病気を理由に長期の欠席状態にある児童生徒が多数います。こうした教育現場の課題に対して、愛媛大学では、教育分野と工学分野の学際的な連携(教工連携)により、学習機会を補完する支援技術の開発を目指しました。

具体的な課題としては、長期欠席児のプライバシーや心身への負荷を考慮しつつ、バリアフリーなユーザーインターフェースを実現することが挙げられます。また、遠隔地にいる児童生徒が臨場感を持ちつつ、教員も児童生徒の理解度を把握できる双方向のコミュニケーションが求められます。

そこで、愛媛大学の研究チームは、病気などで学校に通えない児童の場合、分身ロボットを病室に置いて遠隔で授業に参加できるシステムの構築を試みました。

この分身ロボットは音声機能やタブレット入力など、簡単な操作で先生の授業を聞いたり、友達とコミュニケーションを取ることが可能です。このように、工学的な技術を教育や医療の分野で活用する取り組みが行われています。

また、高齢者の外出支援では、自動で付いて歩くことができるアシストロボットの開発も進んでいます。センサーで使用者の状態を把握し、立ち上がるときの支援などを行います。

さらに、食事支援ロボットでは、センサーで食事の内容を認識し、利用者の選択に合わせて食べ物を口元まで運ぶことができます。

医療分野では、変形性膝関節症の治療に関する研究も行っています。筋肉を刺激して膝の外側動揺を抑えることで膝関節の内側軟骨の摩耗と痛みを軽減する取り組みや、ロボット技術を使った膝前十字靭帯再建手術の自動化など、様々な取り組みを進めています。

知能機械と共に生きる。障害者支援と新しい雇用創出への期待


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―――知能機械の発展がもたらす倫理的な問題についてどのように考えていますか?それらの問題に対処するためのアプローチはありますか?

知能機械の開発においては、単なる機能の高度化だけでなく、倫理観の確立も重要な課題となってきています。人工知能(AI)を活用することで、知能機械の能力を飛躍的に高めることができますが、そのためには、AIの挙動に対する責任の所在や、プライバシー保護などの倫理的な問題にも十分に配慮しなければなりません。

特に、高度化したAIを搭載した知能機械が、想定外の行動を取った場合の責任の所在は非常に重要な問題です。従来の知能機械とは異なり、AIは自ら学習して新しい機能を生み出すため、人間が直接的に命令したわけではない行動が引き起こす事故の責任をどのように負うべきかが課題となります。製造者、提供者、使用者など、関係者間での責任分担について十分な検討が必要です。

また、AIの学習には大量のデータが不可欠ですが、そのデータに偏りや不公平な要素が含まれていると、AIの判断にも歪みが生じる恐れがあります。したがって、学習データの公平性を確保することも重要です。

さらに、AIが個人情報やプライバシーに関わる場合、例えば顔認証システムなどでは、個人情報の保護にも十分な配慮が必要不可欠です。医療分野でのAI活用においても同様に、患者情報の保護は重要な課題となります。

高齢者や障害者への身体介助を目的とした知能機械の開発においても、倫理面への配慮が不可欠です。

身体介助を行う知能機械は、高齢者や介助者の身体に直接触れることになるため、どの程度の物理的負荷をかけることが許容されるのか、緊急時にどのように危機回避すべきかなど、具体的なガイドラインを事前に明確にしておく必要があります。

知能機械による過剰な身体介助は長期的に見れば好ましくありません。適切な負荷を与えないと、高齢者の筋力が低下したり依存心が強まったりして、かえって介助の必要性を高まてしまう可能性があります。適切な支援のバランスを見極めることが重要です。

また、高齢者や障害者を見守るシステムの場合、プライバシーと自由意志の尊重も重要な課題です。

プライバシーに配慮しつつ、転倒などの緊急事態を早期に検知し、適切な支援につなげられるよう設計することが重要となります。

具体的には、高齢者の行動を細かく記録・監視するのではなく、ベッドから離れた、歩行した、トイレに座ったといった大まかな行動変化のみを記録することで、その変化パターンから高齢者の日常的な状況を推察できるようにするのが適切です。

以上のように、知能機械の福祉分野への応用においても、機能性とともに、倫理性の確保が不可欠で、バランスの取れた支援の実現が求められます。

―――これからの5年、10年の間に、人工知能を含む知能機械技術は急激に発展していくことが予想されます。この技術的な進化が将来の社会や生活にどのような変化をもたらすのかについて、どのような展望と期待を持っておられるでしょうか?

障害を持つ人々が、より楽しく充実した人生を送れるよう、テクノロジーの活用が期待されています。例えば、eスポーツの普及により、重度の障害があっても、コントローラーの工夫によって健常者と同等のゲームプレイが可能になってきています。これによって、障害者もコミュニティに参加し、活発なコミュニケーションを持つことが可能です。

さらにメタバース上の仮想空間では、身体的な制約を克服することが可能です。動きの不自由な人でも、アバターを操ることで、会議や仕事といった社会活動に積極的に参加することが期待されます。このように、テクノロジーの進化は、障害者の自立と社会参加を後押ししていくことにつながると期待されています。

一方で、人工知能の急速な発達により、従来人間が担っていた仕事が奪われるリスクも指摘されています。しかし、そのような状況下においても、新たな産業の創出や、福祉・介護分野での活用など、人工知能と人間が協調して働く可能性も秘められているわけです。

テクノロジーの活用によって、障害者の生活の質的向上や、新たな雇用の創出など、多くの可能性が生まれてくるものと考えられます。障害のある方々の生活がより豊かなものになっていくように、何か役に立つようなことができれば、と考えています。

優しい表情と柔らかな動きで、今までになかった知能機械を


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―――最後に読者の皆様にメッセージをお願いします!

将来、知能機械が日常生活の中で無意識的に使える道具のような存在になることができれば、嬉しいと考え、日夜研究に取り組んでいます。

知能機械が、人間に配慮し、人間のペースに合わせて、優しい表情で機能や動作を行えるようになれば素晴らしいですし、そうした、なめらかで優しい振る舞いや、柔らかく温かい導きによって、人々の心を清々しい気持ちにしてくれることを期待しています。

2025年までに介護人材の需要が215万人に対し供給が253万人と、約38万人の人材不足が予想されています。 介護業務は食事、排せつ、着替えなどのサポートに加え、掃除や洗濯などの雑務も伴うため、大変な労働環境にあります。

そのため、知能機械による食事支援や排せつ介助などの業務支援を進めることで、介護従事者の負担を軽減できる可能性を秘めています。

さらに、高齢者や障害者の機能低下を適切に補助する知能機器の開発により、その方々の自立と尊厳を守り、社会参加の促進につなげていくことが重要だと思います。

知能機械の活用によって、人々の暮らしの質の向上や、介護現場の負担軽減など、さまざまな社会的課題の解決につながることを願っています。

参照:厚生労働省「2025 年に向けた介護人材にかかる需給推計(確定値)について

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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