AIと乳がん検診:岐阜医療科学大学・篠原範充教授による画期的なアプローチ
2024.01.18

AIと乳がん検診:岐阜医療科学大学・篠原範充教授による画期的なアプローチ


*2023年に公益財団法人「日本対がん協会」が『がんの部位別統計』を発表した。

この統計では部位別がん死亡数が発表されており、女性の部位別の罹患数は、乳がんが9万7,142人(全体の22.5%)で最も多いという結果が提示されている。

また従来の技術では乳がんの早期発見には限界があり、画像診断や放射線治療も完全な解決策とはなっていないのが現状だ。

そんな中この重大な課題に対して、岐阜医療科学大学保健科学部放射線技術学科の篠原範充教授は、AI技術の応用による乳がんの早期発見について注力している。

篠原教授は、AI技術を活用した画期的な検診方法を研究しており、乳がん治療の新しい地平を切り拓いているのだ。本取材で見えてきたことは、AI技術が乳がんの診断と治療にどのような影響をもたらし、これからの医療の未来をどう変えていくのか、そして乳がんとの戦いにおける一筋の光だった。

出典:公益財団法人「日本対がん協会」『がんの部位別統計

篠原 範充
インタビュイー
篠原 範充氏
岐阜医療科学大学
保健科学部 放射線技術学科
教授
博士(工学)、診療放射線技師。
画像処理、画像認識、および医用画像の画像評価に関する研究に従事。
乳がんに関しては、全国各地で開催されている医師、放射線技師の講習会や講演会などで医療職の教育に従事。主にデジタルマンモグラフィ、精度管理が専門。

NPO法人日本乳がん検診精度管理中央機構 理事、教育・研修委員、技術委員、施設画像評価委員
日本乳癌学会 総務委員、教育研修委員画像小委員
日本乳癌検診学会 研修委員
日本放射線技術学会 画像部会・会長、学術委員、プログラム委員、AI委員、DBT学術研究班・班長
愛知県乳がん検診研究会 世話人

日本乳癌検診学会、日本乳癌学会、日本乳腺甲状腺超音波医学会、日本放射線技術学会、日本医用画像工学会、医用画像情報学会、生体工学会、日本放射線技師会、日本診療放射線学教育学会の会員


岐阜医療科学大学・篠原 範充氏が取り組む、AIによる乳がん診断。


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―――まずは研究概要について教えてください。

私は、乳がんを対象とした次世代型CADである次世代の「AI-CAD」の研究を行っています。私の研究の中における専門分野は、悪性乳がんをAIで自動検出するシステムや乳腺量をAIにより推定するシステムの研究・開発を担っています。これらのシステムは、乳腺量をAIで測定したり、遺伝的な情報から乳がんのリスクを算定したりすることが可能になります。

現在、遺伝学的な情報を関連させる「Radiogenomics」について研究していますが、タンパク情報と関連させる「Radioproteomics」、代謝情報と関連させる「Radiometabolomics」など他分野との融合の研究も進めたいと考えています。

また元々は、診療放射線技師なので撮影技術をAIで評価するための研究を進めています。

国内・国外問わず広がりを見せるAI技術と乳がん診断の現状。


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――乳がん検診におけるAIは注目が集まっているのでしょうか?

AIの活用は乳がん検診において、AI-CADは常に世界中で研究が進んでいるんです。私の専門は乳がんですが、CT・MRの領域でも広がりを見せています。

特にアメリカのアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration/通称FDA)では、病変を検出するシステムや悪性・良性を判断するシステムが推奨されています。またイギリスの国民保健サービスである「National Health Service(通称NHS)」では、乳がんの検出率やワークフローの効果検証を行っている状況です。

このような研究が進み、AI技術が医療現場に導入され、第1読影医をAI-CADに置き換えられれば、医療従事者の作業負担が30~40%削減が期待されると言われています。

―――なるほど…AIを用いた乳がん検診における重要度は、どのように考えていますか?

AI診断における難しい点は、診断の結果をすべてAIに委ねることができない点です。そのため数年前までは、AI-CADを画像診断に用いるためには、とても厳しいルールがありました。

具体的にはじめに医者が診断をおこない、そのあとにAI-CAD使用しなければいけないというルールでした。つまり2段階での診断ルールが定められていた状況です。

ですが、この数年でブレイクスルーが発生しました。各国ならでは規定はあるものの、アメリカやヨーロッパでは、はじめからAIを使用した診断が可能となるAI-CADが承認を得て医療現場で使用できるようになってきました。

このようなブレイクスルーによって乳がん検診は、より効率的に乳がんを患っている可能性がある方を選定できる可能性が高まっています。

AIを導入することで“明らかに”正常な画像は医師が読影を行わないため、その他の画像の読影に注力することが出来るようになります。また将来的には、乳腺の量や個人の遺伝的な情報をAIが判断することで、各個人に応じた最適な乳がん検診や検査を提案することが可能になると考えています。

AI技術を取り囲む、3つの障壁。


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――AI技術を用いた乳がん検診において直面している課題は何ですか?

乳がん検診とAI技術における障壁は、大きくわけると3つ存在します。 それはPCのスペックに依存してしまうこと、システムのアップデート、データの取得の問題です。

1つ目ですが、AIは画像を自動解析できますが、PCのスペックに性能が依存してしまう点が問題です。つまりハイスペックなPCを使用している研究機関や企業と、そうでない施設ではAIの精度にバラツキが生まれてしまうのです。

2つ目は、システムのアップデートの問題です。システムのアップデートは、改善する場合もあれば、改悪するリスクも存在しているんです。医療機器は、アップデートの承認を必要とするためスマートフォンのように気軽にアルゴリズムをアップデートできません。

そのため医療機器メーカーは、承認・認証にはかなりの時間がかかるため、市場に出たときには既に世界的には古いAIシステムになってしまうのです。韓国では、特定のメーカーを指定してアップデートの許可を承認しています。そのため、日本のメーカーのシステムは、海外メーカーと比較して2-3年前の古いシステムというケースが考えられます。つまり、アルゴリズムをロックしない可変型のプログラム医療機器に対して理解が進むことが重要です。

FDAでもアップデートや使用許可に対して検討していくアクションプランを提示していますが、日本は法整備の問題がありまだまだ対策が遅れている状況です。

そして3つ目のデータの取得が、一番の障壁です。AIはデータドリブンですので、ビッグデータを集積してシステムを構築、評価する必要があります。つまり、AIの学習には膨大なデータが必要になるわけです。ですが医療領域では、自動運転や自然画像のように膨大なデータ取得することが難しいです。

特に乳がんは病変のバリエーションが多いため、バランスよく一定の情報を収集することが極めて難しいです。

また個人情報の2次利用の障壁も存在しており、データを転用できないのが現状です。2023年6月1日に規制改革推進会議から「規制改革推進に関する答申 ~転換期におけるイノベーション・成長の起点~」が出されました。この指針により、データの一次利用だけでなく、二次利用においても、個人が特定できないなどの一定の条件を満たせば、患者本人の同意が無くてもデータの利活用ができる法整備と基盤構築について言及しています。これが推進されることを切に願っています。

―― 資金面、アップデート、個人情報の問題…なかなか、シビアな課題な気がしました。

病気を見つけるという行為は、診断になるので許可を取る必要があります。乳がんの状態を悪性の順に並べる、検査を個別化・層別化する、乳腺の量が多い・少ないなどは診断に該当しません。

つまりは、患者さんがAIを使うかどうかは、自身で選択できるわけです。なので、診断ではなくて、患者さんがAIというツールを使うかどうかの選択肢を広げるための仕組み作りが大切になってくると思います。

求められるのは、AIによる予測と予防―――


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―――今後の乳がん診断技術の発展について、どのような可能性を見ていますか?

AI-CAD研究に関しては、“今なにが起こっているのか”という「検出」が重要になります。そして、“なぜ起こったのか?”という「診断」というプロセスに移行していきます。
さらに今後は、「予測・予防」が求められていくはずです。

つまり、将来乳がんを発症するリスクの程度を予測するという研究が進んでいくことは間違いありません。実際にアメリカやヨーロッパの一部の地域では、社会実験がスタートしています。アメリカのマサチューセッツ工科大学の研究グループは、台湾やブラジルなど人種に関係なく初速から十分な検出ができる可能性を見出しています。これにより、現在進められている誰でも平等な乳がん検診から、AIの予測からリスクの高い方へ費用が多少掛かっても効果の高い検査を進めていくような公正な乳がん検診、つまり乳がん検診の個別化、層別化にも繋がっていきます。

さらに診断だけでなくゲノム医療の発達により、乳がん細胞の遺伝子発現プロファイルを網羅的に分析して乳がんを分類し、治療方針を決定する新しい指標であるサブタイプ分類が最近では使われます。これに基づいて内分泌療法、化学療法、分子標的療法などの薬物療法が選択されるようになっています。この検査は、病変の細胞を調べる必要があるため、侵襲的な手技が必要になりますが、AIと画像からこれらを推定できれば、非侵襲に治療方針に近づく可能性があります。

つまり、AI技術は画像診断だけでなく、治療へも広がっていくのではないかと期待しています。

―――ありがとうございます。医療全体を考えた時には、AIと医療現場はどのように進化していきますか?

医療分野という大きな枠組みで考えると、「説明可能AI(以下:XAI)」と「信頼較正AI」が進化する未来が予想されます。

AIが高度化されるほどブラックボックス化が進み、人間がAI-CADが出したアウトプットを正しく理解することが難しくなります。しかし、現在、XAIを活用することで、AIがアウトプットの理由やプロセスを人間が理解できるように説明することが可能になっています。今後は、『なぜこれが乳がんだと思ったか?』という根拠を医師や患者さんに説明することができるようなAIに進化していくことも十分考えられます。

信頼較正AIは、文部科学省も研究開発を推進しており、将来を考えると必ず重要視されるAI技術になっていきます。医療においてAIのアウトプットが相当優秀であっても、医師が信用してくれないと診断支援ツールとして全く役に立たなくなります。そのため、AI-CADには、性能だけでなく医師の判断をそっと後押ししたり、再考を促すような機能が必要であり、それが信頼較正AIです。

―――なるほど…信用性と説明可能性が重要になってくるわけですね。

そうですね。そのため、将来のAI技術は、がんがあるかないかを判定するAIと信頼性AIが、同時並行でワークするのが主流になるはずです。例えば、自動運転の技術を考えた場合には、自動運転のAIと雨や雪などの状況を判断するAIが同時並行で作動します。そして、ドライバーは、AIと対話しながら状況を判断し運転することが可能になります。

つまり、AIとドライバーの会話の真ん中に、AIを信用させるためのAIが存在する未来がやってきます。

AIという存在と機能を正しく理解することが重要。


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―――技術進化において、どのように許容し向き合い、思考していくべきなのでしょうか?

医療領域で言うと、AIを怖がらずに、そのシステムがどのような機能を持っているかを良く知ることです。そして、医療従事者がAIの機能やメリットについてしっかりと説明できる体制を作ることが大切だと思います。

例えば、オランダのフローニンゲン大学の研究では、被験者はマンモグラフィ検診におけるAIの使用に抵抗があると回答しています。ですが一方で、デジタルメディスンの領域ではAIが推奨されているケースが存在しています。精神科のカウンセリングでも7割の患者さんが「AIがカウンセリング相手のほうが良い」と回答するという調査研究もあります。

このような現状を考察すると、何よりも我々医療側がAIについて十分に理解し、説明できることが「インフォームド・チョイス(Informed choices)」と呼ばれる情報に基づく選択を考えた場合に重要になります。

キーワードは、「人間 VS 人間 + AI」。技術と人の協働による効果を考える。


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―――読者へのメッセージは何かありますか?

ありとあらゆる分野でAIが用いられ、一般化されていきます。医療現場においては、AIが医療従事者をサポートできるため、本来医療者が行うべき仕事や技術的研鑽への仕事に比重を置くことが可能です。

そして、AIの研究や有効活用は、医療における多角的な知識も必要になってきます。そのため、医療従事者とAIの専門家が、チームを作りプロジェクトを進めていくことが理想的です。

また臨床は研究テーマの宝庫ですからその原点を忘れず、そしてAIだけに限らず多角的に研究を行う事で、さらにAI-CADへアイデアが還流してくると考えています。

その上で改めて読者の方へ伝えたいのは、医療は人の命に直結しているということです。そのため、AIだけに医療現場を任せることは不可能です。

世間一般では、「人間VS AI」という構造を考えがちになりますが、「人間 VS 人間 + AI」という技術と人の協働による効果を常に考えていくことが重要です。

―――なるほど…AIと人間の対立の話しや人間の仕事がAIに奪われるといった話しだけが、世の中に先行して出回っているような印象を受けますね。

そうですね、実際にAIは人の行動を妨げるどころか、人をサポートしてくれる恩恵をもたらしてくれます。

実際にGoogle傘下の英DeepMind社の研究ではチーム型対戦ゲームの一人をAIに置き換えて、プレイさせた実験がありました。人間は思想や自我があるので、好き勝手に動くのですが、AIはイニシアティブを取ってガンガン攻めるのではなく、人間のサポートに徹するそうなんです。そしてAIがいるチームが、対戦結果では勝利するようです。

そうすると『人間らしさは何か?』という議論が生まれてきます。AIとチェスのプロ選手を戦わせる実験などがありましたが、「勝つ」ことが人間らしさではなくて、人と対話をしながらチェスを楽しむことが人間らしさだと思うんです。

―――なるほど、AIが進化することで、改めて人は人らしさを取り戻し、本質的価値を再認識できそうですね。

そうですね、先程もお話しましたがAIの技術革新は世界中で広がり、様々なシーンで活用されてきています。特に医療の現場においては、AIを活用することで、これまで助けられなかった命を助けることができるようになる可能性を多いに秘めています。

私の立場は、AI-CADやCT・MRの研究なので、パッと見社会に大きな変革をもたらすような派手さやカッコよさは劣るかもしれません。ですが、一人でも多くの乳がん患者を救い、苦しい思いをする人を一人でも多く救うために、コツコツ地道な検証で医療を通して人の役に立つ研究を今後も続けていきたいですね。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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