未来の医療を支える革新技術:中牟田 侑昌准教授の挑戦
2024.07.05

未来の医療を支える革新技術:中牟田 侑昌准教授の挑戦


再生医療は、病気や事故などで失われてしまった組織や臓器を再生させ、未来の医療に革新をもたらす技術です。さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力を持ったiPS細胞など、世界的にも注目される技術が誕生し、一般の方にも広く知られるようになりました。

そんな中、崇城大学の中牟田侑昌准教授が取り組む「人工培養骨」の研究は、再生医療の最先端として注目を集めています。中牟田准教授は、機械工学と医学を融合させた医工連携の分野で再生医療用素材の開発に挑んでいる専門家です。本記事では、中牟田准教授の研究テーマのひとつである人工培養骨に焦点を当て、その革新性や研究の背景、将来的な希望などについてお話を伺いました。

この研究が進むことで、将来的には高齢者の骨折治療をはじめとしたさまざまな医療分野での応用が期待されています。中牟田准教授の目指す未来は、再生医療技術が広く普及し、多くの患者が健康な生活と笑顔を取り戻せる社会です。本記事で、医療の未来が持つ可能性の一端に触れていただければ幸いです。

中牟田 侑昌
インタビュイー
中牟田 侑昌氏
崇城大学 工学部 機械工学科
准教授
平成29年1月 2017 3rd International Conference on Environment and Bio-Engineeringにおいてmost excellent paper賞を受賞
令和5年7月 崇城大学ベストティーチング賞を受賞


医療の未来を創る人工培養骨の開発


崇城大学 取材解説画像
―――まずは先生の研究テーマについて教えてください。

もともとの私の専攻は機械工学で、「医工連携」つまり医学と工学を融合した学問分野に属しています。具体的には、医療機器や医療用人工材料の設計開発を担当しています。現在進めている研究テーマは、「骨固定用のプレートの開発」「人工培養骨(じんこうばいようこつ)」「バイオ電池」「※CT-FEMによる力学解析」の4つです。この中でも特に力を入れているのが「人工培養骨」の研究ですね。

■CT-FEMによる力学解析

「CT-FEM(Computed Tomography Finite Element Method)」とは、コンピュータ断層撮影(CT)技術と有限要素法(FEM)を組み合わせた力学解析手法。この手法によって、医療用素材の内部構造や材料の強度、応力分布を評価する。材料工学や医療工学において非常に有用な技術となる。



―――人工培養骨の研究内容について具体的に教えていただけますか?

人工培養骨の主成分は「ハイドロキシアパタイト(水酸化リン酸カルシウム)」で、この物質が骨組織の形成に大きく寄与します。研究では、ハイドロキシアパタイトと生体吸収性がある材料を組み合わせ、その材料で骨の細胞を一定期間培養することで骨組織を形成し、患者さんに移植した際に接合性と復元性に優れた人工培養骨の実現を目指しています。

人工培養骨は細胞の育ちやすさと強度が重要です。そのため、研究テーマの一つであるCT-FEMという手法を用いて、培養骨の強度や耐久性を解析しています。そうすることで、材料の強度や応力分布をより正確に評価することができるんです。

―――先生が研究されている材料の実用化にはどれくらい時間がかかるのでしょうか?

おそらく、実用化までには6~10年かかると考えています。インプラントとして使用されるためには、非常に厳格な審査プロセスを経る必要があるんです。私たちの研究で開発する素材やデバイスは、患者さんの体内に直接入れるものになりますので、安全性と有効性を確認するための試験と検証が欠かせません。

したがって、専門機関からの承認を得るまでには多くの時間と労力が必要になります。ただ、承認に時間がかかる反面、慎重に進めて承認を得ることで高品質で信頼性のある医療製品を患者さんに提供できるというメリットもあります。承認に時間がかかると海外の研究者に先に特許を取得されてしまうリスクもありますが、安全性は無視できません。

再生医療との出会いと解決すべき課題


崇城大学 取材用写真 ▲実験の様子
―――再生医療研究を始めることになったきっかけや背景について教えてください。

最初のきっかけと言えるのは、大学4年生のときにiPS細胞を開発され、ノーベル賞を受賞された山中先生のお話を聞いたことですね。そのときはまだ山中先生がノーベル賞を受賞される前だったんですが、お話に非常に衝撃を受けたのを覚えています。

私はもともと機械工学やものづくりが好きで得意でもあったんですが、山中先生のお話を聞いて、医学の世界でも自分の得意分野が活かせるのではないかと思ったんです。もともと叔父が医師だったこともあって、医学の分野に進むことに抵抗はありませんでした。

ちょうど大学生のとき医療工学の研究室があったので、そこに配属させていただいて学ぶことができました。さらに、大学院では細胞に関する知識も身につけることで、現在の再生医療の研究につながっています。

―――再生医療は非常に注目されている技術だと思いますが、課題もあるのでしょうか?

材料の製造から細胞の育成までには、おおよそ1ヶ月ほどの時間がかかってしまいます。ですが、患者さんが骨肉腫など骨の癌にかかってしまった場合などは緊急を要することもありますし、骨折などはすぐに治療が必要です。そのため、いかに早く治療に持っていけるかが現在の大きな課題と言えますね。

また、再生医療と言っても、私が研究している「骨」だけでなく、「角膜」や「心臓」などさまざまな部位での研究がおこなわれています。ただ、それぞれの部位に対して適切な材料や知識も必要になるんです。細胞が育ちやすいかどうかも重要ですが、部位によっては患者さんの体重を支えられるだけの強度や柔軟性など、力学的な知識を求められることもあります。

適切な再生医療には、医学だけではなく複数の分野の知識や技術が必要になるということですね。ですから、多くの専門家がそれぞれの専門分野を活かして協力することが必須になってきます。

―――先生が再生医療の研究で直面している課題などはありますか?

骨の再生医療は、人工的な材料を使用することで、骨を破損してしまった患者さんを救うことができます。ただし、人工的な材料で骨をつくるとなると、細胞の育ちやすさと骨の強度のバランスを取ることが非常に難しいんです。

人工培養骨は、患者さんの体重を支え、体を動かす際の負荷に耐えられるような強度を持ちつつ、細胞がうまく成長できる環境を整える必要があります。こうしたことを、限られた条件の中でおこなわなければならないのが難しいところであり、個人的には面白さを感じる部分でもありますね。

人工培養骨の革新性と今後の展望


崇城大学 取材用写真
―――先生が研究している人工培養骨は、どんな部分が革新的なのでしょうか?

先ほども申し上げたとおり、再生医療には複数の専門家の知識や技術が求められます。実際に、人工培養骨も細胞生物学や材料学などの専門家と共同研究しているんですが、そのおかげで従来の人工骨と比較して本物の人の骨に近いところまで近づいているんです。

人の骨は硬ければいいというわけではなく、適度な柔軟性も必要です。そうした力学特性が、力学の専門家である私から見ても明らかに進歩していますね。それと同時に細胞の育ちやすさも確認できていますので、課題となっていた「強度」と「細胞の成長」を両立できている部分が革新的だと言えます。

現時点で使用されている再生医療の材料にも、細胞が育ちやすいものはあります。ただ、人の骨のような力学特性まで再現できているものは少ないんです。そうなると、せっかく移植手術を受けたとしても、安全にかつ長期間にわたって患者さんの体を支え続けるのは困難です。私が研究している人工培養骨は、患者さんが日常生活を取り戻して長年にわたって維持していくために役立つ材料になると考えています。

―――先生が人工培養骨に期待していることは何ですか?

日本人は世界的に見ても寿命が長いことで知られていますが、私は単純な寿命だけでなく健康寿命も同時に延ばしていくことに貢献したいと考えています。現在は、せっかく長寿でも寝たきりになってしまっている高齢者も少なくありません。この原因として無視できないのが、高齢者の骨折なんです。たとえば、高齢者が段差などにつまずいて転んでしまって、大腿骨のような大きな骨が折れてしまうと、ほとんどの場合で寝たきりになってしまいます。

寿命が長いのは良いことですが、せっかくなら健康な生活を可能な限り長くして欲しいと思いますので、骨の再生医療の分野で貢献したいですね。再生医療としては、目や心臓、血管なども対象となって研究が進んでいます。こういった技術の進歩で、現在苦しんでいる方が少しでも救われて、健康で長生きできる未来になっていって欲しいと思います。

崇城大学 取材用写真
―――先生の研究の進捗状況としては、どんな段階に来ているのでしょうか?

現在は、材料をつくって細胞を育て人工培養骨を創製し、実際に細胞が育つかどうか確認できるという段階まで進んでいます。これからおこなわなければならないことは、実証実験を繰り返すことですね。最終的には人の体に入れるものになりますので、まずは動物などで実際に試験をしてみて、骨が元通りに復元するかどうかを試さなければなりません。

動物実験をおこない十分に検証したうえで、いずれ人への応用もおこなっていくことになります。現時点では、動物試験の前段階として細胞を育てたり材料の強度を測ったりしている状況ですね。まだ基礎研究と言われる段階ではあるんですが、それでも従来の人工骨と比較して高度なものができあがっていると考えています。

人の笑顔に結びつく再生医療を目指して


崇城大学 取材用写真
―――人工骨の研究は世界的にも進んでいるんでしょうか?

再生医療全体では、分野によっては海外のほうが進んでいるものも多いですね。人工骨で言うなら、小さなビーズ状の人工骨を患部に入れることで骨を再生させる技術もすでに実用化されています。

ただし、力学的な視点から本物の骨と同様の強度が実現できているかと言うと、課題が残っている状況なんです。確かに現在の人工骨でもちゃんと骨は再生するんですが、その中には力学特性や骨組織の形成が不十分で5年後や10年後に折れてしまったり、ちょっとした衝撃に耐えられなくなってしまったりするリスクもあります。

現在の一部の人工骨のリスクを解消して、治療から何年経っても安心して日常生活をおこなえるような材料をつくることが私の役割だと考えています。

―――再生医療は、今後どのように変わっていくとお考えでしょうか?

「再生医療」と聞くと、失った部分をそのまま復元するようなイメージを持たれる方も多いのですが、現在おこなわれている再生医療というのは基本的に角膜や肝臓のようにシート状の薄いところに限られます。まだ大きな組織を三次元的に再生するのは技術的に困難です。

ただ、これからも世界中の研究者が知識と技術を積み重ねていくことで、将来的には大きな組織を元通りに復元できるようになっていくと考えられますし、それが私の希望でもあります。たとえば、背骨のような大きな骨を再生するためには、ただ再生させるだけでなく体にかかる負荷まで考えた力学的な観点が必要です。そうなると、私の専門性を活かすことができますので、1人でも多くの患者さんを救うことにつながるのではないかと考えています。

骨に限らず、皮膚なども硬さだけではなく柔軟性や滑らかさなども必要ですよね。単純に形を整えるだけでなく、そういった人の組織の役割まで元通りに再現する技術を開発していくことが、私が将来的に目指したいところです。

―――将来的には体の欠損を補えるような再生医療も可能になっていくのでしょうか。

すでに細胞を積層できる3Dプリンターもありますから、耳などであれば失った組織をつくって取り付けるような治療が実現可能になっていくと思います。ただ、マンガやアニメのように失った腕などを再生できるようになるかと言うと、現在の技術では難しいですね。

とは言え、技術が進んでいくことで現在では創作でしかありえないような治療が実現できる可能性は大いにありますし、いつかは実現して欲しいと思います。私自身も、マンガやアニメなどは好きなので、可能性は否定せず実現を楽しみにしているところです。

―――最後に読者の方へメッセージをお願いします。

再生医療を望まれている患者さんは、世界中に数多くいらっしゃることと思います。しかし、再生医療には、まだまだ難しい課題が数多くあるのが現状です。ただ、研究者が真面目にコツコツと知識や技術を積み上げることで打開策が生まれたり、今まで想像もできなかったような技術が実現できたりすることも事実です。今後もそういったブレイクスルーが起こっていく業界だと感じていますので、現在悩んでいる方もぜひ諦めずに希望を持っていただきたいですね。

実際に再生医療のお世話になるのは高齢者が多いと思いますが、病気や事故などで若い方が再生医療を受けるパターンも少なくはないのではないでしょうか。そういった苦しんでいる方も、元通りの機能を取り戻して日常に戻れるようにサポートしたいと思っています。

また、再生医療の分野で活躍していく私のような若手の研究者がもっと育ちやすい環境が整備されればと考えています。私が研究において個人的にもっとも重要だと思っているのは、人の笑顔に結びつくことです。私の研究で、1人でも多くの人を笑顔にすることができれば嬉しいですね。

新井那知
ライター
So-gúd編集部
新井 那知
埼玉県・熊谷市出身。渋谷の某ITベンチャーに就職後、2016年にフリーランスライターとして独立。独立後は、アパレル、音楽媒体、求人媒体、専門誌での取材やコラム作成を担当する。海外で実績を積むために訪れたニューヨークで、なぜかカレー屋を開店することに—-帰国後は、クライアントワークを通してライターとして日々取材や編集、執筆を担当する。料理と犬、最近目覚めたカポエイラが好き(足技の特訓中)。
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